Climax
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        / / 8 / / 10 / 11 / あとがき

                     10


  「……仲直り、しなよ。」
 とゆう                  あつむ
 都邑の言葉に、厚夢はおもむろに壁を蹴飛ばして、苛立ちを顕わにした。
 都邑を睨みつける。
       かすり
  「私は、飛白に謝ったよ……だから、厚夢も……」

  「っせーな!!んだよ、てめぇーわよ!!」

 厚夢の大声。

  「……マネージャー。」

 都邑は静かに呟いて――、

  「サッカー部のマネージャーよ!部内が辛気臭くて嫌なんだけど?あんた、男でしょ!」

 その瞬間、厚夢は勢い良く、壁に都邑を押し付けた。
 都邑の背中が壁にぶつかる。
 厚夢の尖った目。
 皺の寄った眉間。
 両手を都邑をはさんで壁につけたまま、うなだれた。
 茶色の染髪が揺れる。

  「男だってなぁ……男だから、俺はっ!!」
                   わかつ
  「……許してくれるよ。……和葛、許してくれるよ。」

 そのまま数秒。

  「ムリだよ……」
                                      そうみ
  「……ちょっと周りが見えてなかったダケだよ。それだけ、蒼海先輩のこと好きだってことだよ……」
    あすか
 ――飛鳥先輩……心配してた。

 都邑の言葉に、厚夢が顔を上げる。

  「先輩に頼まれたの……っていうのは、言わないでくれって言われてたんだけど……」

  「……ばかだ。」

 厚夢は、溜息をつくように呟いた。
 右手で顔を覆って、都邑の隣の壁に背を預けた。

  「っと、ばかなんだから、あの人。」

 不覚にも、涙がでそうになる。
 ……憎めない。
 きさし
 葵矩だけは、憎めない。
 大好きな、あの人のライバルだとわかっていても。
 中学の頃から、ずっと。

  「勝てねぇよ。」

 厚夢は、背を壁に預けたまましゃがみこむ。

  「どうあがいても、飛鳥センパイには、勝てねぇ。」

 ライバルとしてだけじゃなく、人間としても。
 
  「何もかも、飛鳥センパイは、俺より勝ってる。」

  「そんなことない。」

 都邑が目の前にしゃがみこんだ。

  「そんなこと、ないよ厚夢。あんた、サッカー好きじゃない。誰にも負けないほどサッカー好きでしょ?」

 最初の動機は不純だった。
 もてたかった。
 あの人に見てもらいたかった。
 でも。

  「きっかけをくれたのは、飛鳥先輩だったかもしれないけど。でも、先輩が卒業してからも、厚夢、自分の力でやってきたじゃない。サッカーだけを。本当にサッカー好きだったからやってこれたんでしょ?」

 それだけじゃ終わらなかった。
 いつの間にか、魅せられている自分がいた。

 都邑の言うとおりだった。

  「知ったようなこと、ゆってんじゃねーよ。」

 厚夢は、都邑の頭を叩いて、笑った。

  「何よっ。」

 都邑は唇を尖らせて腕を組んだが、その後、微笑んだ。
 そして、2人、岐路へ向かった。

  「……和葛。」

 昇降口には、先ほど、葵矩と話していた和葛の姿。
 和葛も無言で厚夢を見つめた。
 あれ以来、こうして向き合うのは初めてだ。
 2人とも目を反らさない。

 厚夢の拳に力が入る。

  「ごめん!和葛!!本当に、ごめん!!」

 頭を下げた。
 
  「……。」

 深く、そして微動だにしない。
 目もきつく瞑っている。

  「……いいよ。」

 厚夢が目を開け、少し、顔を上げる。
 そこには、和葛の大きな手。
 和葛は厚夢に手を差し伸べていた――……。


 そんな光景を陰でそっと見守っていた葵矩は、優しく笑って振り返る。

  「飛鳥くんらしいね。」
      いぶき  いおる
  「……檜。尉折。」

 そこには、樹緑と尉折の姿。

  「俺も、契に謝るわ。ひでーこといっちまったしな。」

 尉折は、立ち聞きして悪い、と謝ってから、短髪をかいた。
 樹緑もごめん。と謝る。
 皆、心配していたのだ。
 葵矩は首を振って、そして3人家路に向かった――……。


 その頃、片瀬江ノ島海岸。
 雨はすっかり上がっていて、晴れている。

  「……。」

  「……。」
             みたか
 防波堤に腰掛けた紊駕と飛白の姿。
 無言で海を見つめる紊駕。
 無言で紊駕の横顔を見つめる飛白。
 波の音だけがこだましている。
 
  「帰るか。」

 紊駕は海から視線を放して立ち上がった。

  「……はい。」

 飛白も倣う。
 紊駕に後れを取らないように、少し早歩きでうつむいて、歩く。

  「……紊駕?」

 紊駕が振り返る。
 後ろに流した黒髪。
 黒の短ランに少し太めのズボン。
 精悍な顔立ちに穏やかな表情。
 威厳も兼ね合わせた、不思議な魅力のある男だ。
 
  「……カイ。」
                    ひりゅ     かいう                                  バッド
 カイ。と呼ばれた、その男――飛龍 海昊。紊駕の入っていた族、BADの二代目総統で、私立K学園の生徒。は、紊駕と飛白を交互に見て、複雑な表情をしたが、言葉には出さずに、片エクボをへこました。
 その後ろから、数人、同じ制服を着た青年たちが現れ、一様に驚いた表情をする。

  「ヒマだな。お前ら。」

 紊駕は一笑に付して、飛白の腕をとって、背を向けた――……。


  「マジかよ。ひょっとして、彼女?」

 紊駕と飛白の背中を見送りながら、赤い前髪に左頬に傷跡のある男が呟いた。

  「どー思います?海昊さん。」
                     れづき    つづみ
 その男――BADの特攻隊長の澪月 坡。の言葉に、海昊は無言。

  「……どーみても、ソレだよな。」
              うどう    てつき
 ガタイのいい男――得道 轍生が独り言のように頷く。
          し な ほ
  「えっ――!紫南帆さんはどーなるんですかぁ――?」
                               きりわ   ささあ
 すっとんきょうな声を上げたのは、稚気の残る、桐和 篠吾。

  「何か……違いますね。」
                             てんり     くろむ
 何かを感じとったのか、ぽつりと呟いたのは、天漓 黒紫。
 その言葉に、皆、青空に浮かぶ、白くかすれた月を見上げた――……。


  「あら、紫南帆ちゃん、風邪?」
                                 みさぎ
 キリマンジャロの豆を挽いていた紫南帆のくしゃみに美鷺が言った。

  「ですかね……」

 と、言い終わらないうちに、もう一度、くしゃみが出て、咳も出た。
 薄手の白の長袖Tシャツの肩をさする。
 少し、寒気もする。

  「やだ、大丈夫?」

 美鷺は、紫南帆の形の良いおでこに触れ、自分のおでこに触れた。

  「熱は、まだないみたいね。でも、なんとなく鼻声よね。」

  「大丈夫よ。春に風邪引くなんて、めったにありゃしないんだから。」
                     り な ほ
 美鷺の言葉にそういったのは、璃南帆。
 リビングでドーナツを片手に持っている。

  「でも、紫南帆ならあるかもしれないわねぇ。」

 首をかしげて娘を見てにやりと笑う。

  「どーゆーいみよっ。あんまり食べると太るからねっ。」

  「ぎくっ。」
                                 きよの
 紫南帆の言葉に、ドーナツに向けた手をとめたのは、聖乃。

  「いーのよぉ。べっつに。青春真っ盛りの紫南帆ちゃんとは違うんだから。」

 語尾を伸ばして璃南帆。

  「うっ……そんなこと言ったら私、食べれないじゃない。」

 紫南帆は、キリマンジャロを人数分リビングのテーブルに運んだ。
 何いってんの。と美鷺は呆れて、細く長いジーンズの足を組んでソファーに腰掛ける。

  「でも、本当。お母さん心配だわ。私が紫南帆くらいのころは、たーくさんラブレターとかもらったのに。」

 大げさに溜息をついて、娘にいう璃南帆。

  「……何がいいたいの?」

 紫南帆は、自分の顎近くに、右手で握りこぶしを作って母を見る。
 かわいく唇を尖らせる。

  「はぁ。」

  「うそつきは泥棒の始まりよ。」

 璃南帆の言葉に、聖乃が溜息をつき、美鷺ははき捨てるように言う。
 紫南帆は笑った。

  「何、漫才やってんの。」
       ひだか
 書斎から淹駕がでてきた。
 いつもは大抵病院にいりびたりだが、ときどき自宅で作業をすることもある。
 多忙を極める院長である。

  「もう行く?」

  「いや。」

 美鷺の質問に、淹駕は、腕の時計を垣間見、まだ少し時間はあると短く答えた。
 紫南帆は気を利かせて、珈琲を入れにキッチンへ向かう。

  「ありがとう。」

 紫南帆からカップを受け取って、腰を下ろした。
 
  「うそつきじゃないわよねぇ、淹駕くん?」

 さっきの話しを璃南帆が持ち出す。
 少女のように、頬を膨らませ、淹駕に同意を求めた。

  「何の話?」

 淹駕の即答に、皆が失笑した。
 聞いていたくせに。と、璃南帆はさらに頬を膨らます。
 
 そうこうしている間に、庭先でアルセーヌが吼えた。
 誰かが来たのだ。
 物音から察し、紫南帆は玄関に足を運んだ。

  「紊駕ちゃん。お帰り。珈琲いれるね。」

 制服姿の紊駕。
 軽く顎で礼をいい、自室に向かった。
 数分で私服に着替えた紊駕がリビングに下りてきた。
 
  「ただいまぁ。」

 続いて元気良く、葵矩が玄関をあけた。
 アルセーヌが一緒に上がってくる。

  「お帰り、飛鳥ちゃん。やっぱ筋トレだったんだね。」

 帰りが早いのと、天候から察した。

  「うん。でもすぐやんじゃったよ。できたかもなぁ。」

 紫南帆は、足にまとわりついてきたアルセーヌの頭を撫でて、心底残念そうにいった葵矩に、微笑して、

  「ドーナツあるよ。珈琲いれるね。」

 キッチンに向かった。

  「お。ラッキー。ありがと!」

 葵矩は部屋へ向かった。

  「……親父。」

 時計を見て、珈琲カップをテーブルに静かに置いた淹駕に、紊駕が口を開いた。
 淹駕は静かに立ち上がって、息子の言葉にかすかに頷いた。
 そして、2人、家を出て行った。

  「紫南帆ちゃん。」

 美鷺は、淹駕と紊駕の背中を見送って、リビングの窓辺に立ったまま、紫南帆の名前を呼んだ。

  「将来のことって、見えてる?」

  「……将来、ですか。」

 サーモンピンクのフレアスカートから覗く膝小僧を抱えるように、ソファーに腰下ろした状態で、ゆっくり話しだした。

  「具体的には……まだ。でも、人の役に立てることをしてみたいなって。思ってるんです。世界中の人……なんて大げさなこといえないけど。少しでも、私の行為が誰かの役に立てるような……」

  「そう。」

 美鷺はにっこり笑って長い髪をかきあげた。
 
  「おいしそー!あれ?……紊駕は?淹駕さんは、病院?」

 葵矩が自室からやってきて、満面の笑みでドーナツに手を伸ばして、2人がいないことに首をかしげた。

  「うん。淹駕さんと一緒にでていった。」

 紫南帆の言葉に、そっか。と頷いて、外を見る。

  「あー、完璧晴れてるよ。」

 残念そうに肩をおろした。
 しかし、次の瞬間には、珈琲を飲み干し、ドーナツをくわえると、

  「ちょっと練習してくる。」

 ボールを持ち出し、疾風の如く外へ出て行った。

  「……っと、あいつは将来どうすんだか。」

 聖乃はそんな息子に溜息をついた。

 将来、かぁ。
 もう、そんな時期か。

 高校3年生。
 来年からは、紊駕と葵矩とは進路が異なるはずだ。
 自分の道を見つけていかなくてはならない。
 紫南帆は、紊駕と、葵矩の去った玄関を見つめて、心の中で、そっと溜息をついた――……。


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