
6 「ふざけんな!!」 きさし グラウンドに、葵矩の憤怒の声が響いた。 シュート練習の最中。 部員の皆も一気に注目する。 葵矩が練習中に声を荒げることなど希だ。 「自信がないんですか?」 あつむ 葵矩の目の前で、ボールを浮かし、リフティングする厚夢。 カケ ――勝負をしましょう。 厚夢は、葵矩に挑戦的な態度で言った。 し な ほ ――どっちがセンターフォワードにふさわしいか。紫南帆さんを賭けて勝負。 「紫南帆は物じゃない。」 本当に怒っている、葵矩の瞳。 真っ直ぐ厚夢をとらえた。 「そんなことにサッカーを使う奴……サッカーが好きじゃないなら、辞めろ!」 見たこともない形相に、部員たちも息を飲んだ。 「そんなこと?サッカーを愛してるってわけですか。――紫南帆さんよりも?」 ちぎり 「契!」 尉折が見かねて、止めに入った。 「皆は休憩にする。」 葵矩に、いいよな。と、承諾を得て、皆を散らばした。 葵矩は尉折に礼をいって、無言で水場に向かった。 蛇口をひねって、頭から水をかぶる。 冷たい水が、首筋を流れていく。 「……。」 無言でタオルを手渡す樹緑に頷いて、尉折はタオルを受け取る。 葵矩の前で差し出した。 「話せよ。中学の時、何があったんだ。」 「……。」 葵矩はタオルを受け取って――、 「あいつは、学校で人気者だった。野球部からバスケット、バレー。あらゆるところから入部の誘いがきてて、あいつは、殆どの運動部を掛け持ちしてたんだ。」 ゆっくりと葵矩は話しだした。 「自分が目立つものなら何でもってカンジで。もちろん、それなりの能力はあった。それは、俺も認める。」 空を仰いだ。 葵矩が中学3年で、厚夢が中学1年。 そのころから、葵矩はサッカー部一筋だった。 よく応援にきていた紫南帆を目当てに、厚夢もサッカー部に顔を出すようになった。 「あいつ、スタンドプレーばかりで、自分がボールをもったらパスをすることをしなかった。……仲間を信用してないんだ。」 個人技はもちろん必要だが、サッカーはチームプレー。 仲間を信頼してこその個人技。 「他の部でもそうなんじゃないかって思った。あいつにとって、サッカーは、部活は、自分を目立たせる手段でしかなかったんだ。」 尉折が、溜息をついた。 葵矩は続ける。 「努力した。少なくとも、俺なりに。仲間との信頼関係を作らせようと。本当にサッカーを……少しでもサッカーが好きなら、もっと好きになってもらおうって。努力したつもりだった。」 葵矩は溜息をはくように言う。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「でも、つもりでしか……なかった。」 ――俺の責任かもしれない。今だ、厚夢がサッカーを好きになれないなら。 「それは、違うと思うぜ。」 それまで黙っていた尉折が葵矩の言葉を遮るように言った。 「賭けをしよう、なんてよほど自信がなきゃ言えない。それなりの能力があったとしてもだ。ずっとサッカーを続けてきたお前に、勝てるわけがない。」 葵矩が尉折を見た。 「契の奴。お前が卒業してから2年間。サッカー部続けてたんじゃないのか?もしかしたら、サッカー部だけを。」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ――お前に出会って、お前のプレーを見て、サッカーを好きにならない奴はいないよ。 尉折が優しく微笑んで、葵矩の肩に触れた。 「それでもあいつがああゆう態度をとるのは、うらやましいからだと思う。契、お前のことがうらやましいんだ。そんで、紫南帆ちゃんのことが、すごく好きなんだ。だから、悔しいんだよ。」 「……。」 ・ ・ ・ 「昔は、自分を目立たせるかざりでしかなかったかもしれない。でも今は違うと思う。お前に会ったから。お前のプレーを見たから。今は違うよ。」 断言した尉折。 「そーですよ。」 後ろから、 「すみません、聞いてしまって。」 るも や し き 流雲と夜司輝。 夜司輝が葵矩に謝って、流雲が続けた。 「僕たちだって、単なる部活でしかなかったんです。サッカー。でも、今は好きです。愛してるっていえます。どうしてだと思いますか。」 問いかけて、 「飛鳥せんぱいに出会えたからです。」 自分で答えを出した。 「せんぱいは、覚えてないかもしれませんけど――、中学の時の試合。S中のセンターフォワード。僕は、目がはなせませんでした。」 流雲の言葉に、夜司輝も頷いた。 「体いっぱい感じました。飛鳥せんぱいのサッカーに対する熱い思い。あのときから、飛鳥せんぱいが僕の、永遠の憧れの人になりました。せんぱいとプレーしたいって、思いました。何でも一生懸命やろうって、思いました。」 そして、夜司輝――、 「先輩、流雲、S高に入るために、本当に頑張ったんですよ。僕も驚くぐらい。勉強なんて大嫌いだぁーって叫んじゃう流雲なのに。先輩は、僕たち2人を変えてくれたんです。」 葵矩はそんな2人に優しく微笑んだ。 「覚えてる。覚えてるよ、流雲、夜司輝。あの時、俺に言ってくれたよな。」 ――すごく感動しました。一緒にプレーしたいです。できるように頑張ります。 脳裏に焼きついている。 中学のときの試合。 S中対K中。 流雲と夜司輝、2人、笑顔で自分の目の前に来てくれた。 「嬉しかったよ。本当に。2人がS高に来てくれたときはもっとね。」 「せんぱいは、あの時、待ってるっていってくれたんです。それが、僕たちにはとても嬉しくて。」 尉折も優しい笑顔を見せた。 「だから言ったろ。俺だって例外じゃないんだぜ。」 去年転校してチームプレーのサッカー部に途中から入部。 それでも今こうしていられるのは、葵矩のお陰だ。と、尉折。 葵矩は涙ぐみそうになるのをこらえた。 皆の思いが嬉しくて。 ありがとう。 その言葉しかいえなかった。 自分が誰かの憧れの対象となるなんて。 葵矩は同時に、昔の自分を思い出した。 あおぎり かむろ 梧 神祖という人に憧れていた自分。 いつか、そういう人になりたいと思っていた。 「厚夢――!!」 葵矩は大声で叫んだ。 「勝負をしよう。でも、俺が賭けるのは紫南帆じゃない。俺が勝ったら、厚夢。」 ――サッカーを本気で好きってことを証明してくれ。俺の知らない厚夢の2年間を見せてくれ。 そんな葵矩に、厚夢は少し、戸惑った様子を見せた。 「……っ、俺が勝ったら、どーすんですかっ?」 「負けないよ。」 にっこり、葵矩は笑った。 その笑顔は、優しくて、自信に満ちていた。 そして、練習が終わって――、 「一対一。時間無制限。G.Kはなし。どっちかが一点いれたら勝ち。異存は?」 尉折がグラウンドの中央に立った。 葵矩と厚夢は首を振る。 練習が終わったにもかかわらず、部員の皆が固唾をのんで見守っていた。 先攻を決めるコインが春空に舞った。 「表。」 「裏。」 「裏。契先攻。」 ゴールを前に厚夢は立った。 ゴールを背に葵矩は立った。 お互い見つめ合う。 「どっちが勝つと思う?」 「俺、飛鳥先輩に1000円。」 「俺も!」 1年生が騒ぎ出したのを、 「1年、黙って。」 流雲が制した。 その真剣な言葉に、1年生もまじめな面持ちで見守った。 厚夢がボールをキープしている。 ワンフェイク。 砂をける音。 身長差は6cmで厚夢が上回る。 足の長さも比例。 キャリアは葵矩のほうが上。 「くっ。」 厚夢が唇をかんだ。 思うようにゴールに近づけない。 葵矩は低い姿勢で構えている。 厚夢はフェイントをしかけ、ドリブルをする。 ぴったり葵矩はマーク。 「すげー、契がんばってんな。」 少しにらめっこ状態が続く。 葵矩のスライディングで厚夢がボールを腿で浮かした。 「あ。」 浮いたボールをスライディングの状態から上側の足を持ち上げ――、 「来い。」 葵矩は足の下でボールの勢いを殺す。 「すっげー先輩。」 1年生がざわめいた。 今度は、葵矩がオフェンス、厚夢がディフェンス。 絶え間なく砂を蹴る音が響く。 何分くらい経っただろうか。 葵矩の足からボールがはなれた。 「ミス・キック?」 誰かが言った。 「違う。」 尉折が制する。 ――あのボール、スピンがかかってる。 あと少しで、厚夢がボールに追いつくところ。 ボールが遠ざかった。 そして――、 「……。」 ボールは、厚夢の横をかすめて後ろのネットに突き刺さった。 「勝負あり。」 尉折が駆け寄って、笛を吹いた。 「……セン、パイ。」 葵矩は厚夢に手を差し伸べた。 「驚いたよ。厚夢、巧くなったな。ありがとう。」 「……ばかですね。」 厚夢はその手を取って――、 「ばかですよ、センパイ。結果はわかってたのに。俺なんか、センパイの足元にも及ぶはずないのに。素直に俺の賭けにのってりゃいいのに。」 「そんなことないさ。」 「――俺、紫南帆さんに振られました。でも、好きですから。それでも、好きだから……なのに……飛鳥センパイって本当ばかなんですから。」 付き合ってられませんよ。 厚夢は語尾を強めて唇を尖らせた。 「……そう、ばかばかっていわないでくれよ。……けっこう傷つくんだぞ。」 そんな葵矩に厚夢は、失笑した。 「完敗でした。賭け、受けます。俺、部活頑張りますから。」 嬉しかった。 葵矩にとって、厚夢のその言葉。 そして尉折たちも笑った。 「いつか、追い越して見せます。」 「ああ。期待してる。」 葵矩と厚夢、2人は笑顔を見せ合った――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |