Climax
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       6 / / 8 / 9 / 10 / 11 / あとがき

                     6


  「ふざけんな!!」
          きさし
 グラウンドに、葵矩の憤怒の声が響いた。
 シュート練習の最中。
 部員の皆も一気に注目する。
 葵矩が練習中に声を荒げることなど希だ。

  「自信がないんですか?」
                                 あつむ
 葵矩の目の前で、ボールを浮かし、リフティングする厚夢。
    カケ
 ――勝負をしましょう。

 厚夢は、葵矩に挑戦的な態度で言った。
                               し な ほ
 ――どっちがセンターフォワードにふさわしいか。紫南帆さんを賭けて勝負。

  「紫南帆は物じゃない。」

 本当に怒っている、葵矩の瞳。
 真っ直ぐ厚夢をとらえた。

  「そんなことにサッカーを使う奴……サッカーが好きじゃないなら、辞めろ!」

 見たこともない形相に、部員たちも息を飲んだ。

  「そんなこと?サッカーを愛してるってわけですか。――紫南帆さんよりも?」
   ちぎり
  「契!」

 尉折が見かねて、止めに入った。

  「皆は休憩にする。」

 葵矩に、いいよな。と、承諾を得て、皆を散らばした。
 葵矩は尉折に礼をいって、無言で水場に向かった。
 蛇口をひねって、頭から水をかぶる。
 冷たい水が、首筋を流れていく。

  「……。」

 無言でタオルを手渡す樹緑に頷いて、尉折はタオルを受け取る。
 葵矩の前で差し出した。

  「話せよ。中学の時、何があったんだ。」

  「……。」

 葵矩はタオルを受け取って――、

  「あいつは、学校で人気者だった。野球部からバスケット、バレー。あらゆるところから入部の誘いがきてて、あいつは、殆どの運動部を掛け持ちしてたんだ。」

 ゆっくりと葵矩は話しだした。

  「自分が目立つものなら何でもってカンジで。もちろん、それなりの能力はあった。それは、俺も認める。」

 空を仰いだ。
 葵矩が中学3年で、厚夢が中学1年。
 そのころから、葵矩はサッカー部一筋だった。
 よく応援にきていた紫南帆を目当てに、厚夢もサッカー部に顔を出すようになった。

  「あいつ、スタンドプレーばかりで、自分がボールをもったらパスをすることをしなかった。……仲間を信用してないんだ。」

 個人技はもちろん必要だが、サッカーはチームプレー。
 仲間を信頼してこその個人技。

  「他の部でもそうなんじゃないかって思った。あいつにとって、サッカーは、部活は、自分を目立たせる手段でしかなかったんだ。」

 尉折が、溜息をついた。
 葵矩は続ける。

  「努力した。少なくとも、俺なりに。仲間との信頼関係を作らせようと。本当にサッカーを……少しでもサッカーが好きなら、もっと好きになってもらおうって。努力したつもりだった。」

 葵矩は溜息をはくように言う。
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  「でも、つもりでしか……なかった。」

 ――俺の責任かもしれない。今だ、厚夢がサッカーを好きになれないなら。

  「それは、違うと思うぜ。」

 それまで黙っていた尉折が葵矩の言葉を遮るように言った。

  「賭けをしよう、なんてよほど自信がなきゃ言えない。それなりの能力があったとしてもだ。ずっとサッカーを続けてきたお前に、勝てるわけがない。」

 葵矩が尉折を見た。

  「契の奴。お前が卒業してから2年間。サッカー部続けてたんじゃないのか?もしかしたら、サッカー部だけを。」
                                   ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・
 ――お前に出会って、お前のプレーを見て、サッカーを好きにならない奴はいないよ。

 尉折が優しく微笑んで、葵矩の肩に触れた。

  「それでもあいつがああゆう態度をとるのは、うらやましいからだと思う。契、お前のことがうらやましいんだ。そんで、紫南帆ちゃんのことが、すごく好きなんだ。だから、悔しいんだよ。」

  「……。」
                  ・  ・  ・
  「昔は、自分を目立たせるかざりでしかなかったかもしれない。でも今は違うと思う。お前に会ったから。お前のプレーを見たから。今は違うよ。」

 断言した尉折。

  「そーですよ。」

 後ろから、

  「すみません、聞いてしまって。」
 るも        や し き
 流雲と夜司輝。
 夜司輝が葵矩に謝って、流雲が続けた。

  「僕たちだって、単なる部活でしかなかったんです。サッカー。でも、今は好きです。愛してるっていえます。どうしてだと思いますか。」

 問いかけて、

  「飛鳥せんぱいに出会えたからです。」

 自分で答えを出した。

  「せんぱいは、覚えてないかもしれませんけど――、中学の時の試合。S中のセンターフォワード。僕は、目がはなせませんでした。」

 流雲の言葉に、夜司輝も頷いた。

  「体いっぱい感じました。飛鳥せんぱいのサッカーに対する熱い思い。あのときから、飛鳥せんぱいが僕の、永遠の憧れの人になりました。せんぱいとプレーしたいって、思いました。何でも一生懸命やろうって、思いました。」

 そして、夜司輝――、

  「先輩、流雲、S高に入るために、本当に頑張ったんですよ。僕も驚くぐらい。勉強なんて大嫌いだぁーって叫んじゃう流雲なのに。先輩は、僕たち2人を変えてくれたんです。」

 葵矩はそんな2人に優しく微笑んだ。

  「覚えてる。覚えてるよ、流雲、夜司輝。あの時、俺に言ってくれたよな。」

 ――すごく感動しました。一緒にプレーしたいです。できるように頑張ります。

 脳裏に焼きついている。
 中学のときの試合。
 S中対K中。
 流雲と夜司輝、2人、笑顔で自分の目の前に来てくれた。

  「嬉しかったよ。本当に。2人がS高に来てくれたときはもっとね。」

  「せんぱいは、あの時、待ってるっていってくれたんです。それが、僕たちにはとても嬉しくて。」

 尉折も優しい笑顔を見せた。

  「だから言ったろ。俺だって例外じゃないんだぜ。」

 去年転校してチームプレーのサッカー部に途中から入部。
 それでも今こうしていられるのは、葵矩のお陰だ。と、尉折。

 葵矩は涙ぐみそうになるのをこらえた。
 皆の思いが嬉しくて。
 ありがとう。
 その言葉しかいえなかった。
 自分が誰かの憧れの対象となるなんて。

 葵矩は同時に、昔の自分を思い出した。
 あおぎり  かむろ
 梧 神祖という人に憧れていた自分。
 いつか、そういう人になりたいと思っていた。

  「厚夢――!!」

 葵矩は大声で叫んだ。

  「勝負をしよう。でも、俺が賭けるのは紫南帆じゃない。俺が勝ったら、厚夢。」

 ――サッカーを本気で好きってことを証明してくれ。俺の知らない厚夢の2年間を見せてくれ。

 そんな葵矩に、厚夢は少し、戸惑った様子を見せた。

  「……っ、俺が勝ったら、どーすんですかっ?」

  「負けないよ。」

 にっこり、葵矩は笑った。
 その笑顔は、優しくて、自信に満ちていた。


 そして、練習が終わって――、

  「一対一。時間無制限。G.Kはなし。どっちかが一点いれたら勝ち。異存は?」

 尉折がグラウンドの中央に立った。
 葵矩と厚夢は首を振る。
 練習が終わったにもかかわらず、部員の皆が固唾をのんで見守っていた。
 先攻を決めるコインが春空に舞った。

  「表。」

  「裏。」

  「裏。契先攻。」

 ゴールを前に厚夢は立った。
 ゴールを背に葵矩は立った。
 お互い見つめ合う。

  「どっちが勝つと思う?」

  「俺、飛鳥先輩に1000円。」

  「俺も!」

 1年生が騒ぎ出したのを、

  「1年、黙って。」

 流雲が制した。
 その真剣な言葉に、1年生もまじめな面持ちで見守った。

 厚夢がボールをキープしている。
 ワンフェイク。
 砂をける音。
 
 身長差は6cmで厚夢が上回る。
 足の長さも比例。
 キャリアは葵矩のほうが上。

  「くっ。」

 厚夢が唇をかんだ。
 思うようにゴールに近づけない。
 葵矩は低い姿勢で構えている。
 厚夢はフェイントをしかけ、ドリブルをする。
 ぴったり葵矩はマーク。

  「すげー、契がんばってんな。」

 少しにらめっこ状態が続く。
 葵矩のスライディングで厚夢がボールを腿で浮かした。

  「あ。」

 浮いたボールをスライディングの状態から上側の足を持ち上げ――、

  「来い。」

 葵矩は足の下でボールの勢いを殺す。

  「すっげー先輩。」

 1年生がざわめいた。
 今度は、葵矩がオフェンス、厚夢がディフェンス。
 絶え間なく砂を蹴る音が響く。
 
 何分くらい経っただろうか。

 葵矩の足からボールがはなれた。

  「ミス・キック?」

 誰かが言った。

  「違う。」

 尉折が制する。

 ――あのボール、スピンがかかってる。

 あと少しで、厚夢がボールに追いつくところ。
 ボールが遠ざかった。
 そして――、

  「……。」

 ボールは、厚夢の横をかすめて後ろのネットに突き刺さった。

  「勝負あり。」

 尉折が駆け寄って、笛を吹いた。

  「……セン、パイ。」

 葵矩は厚夢に手を差し伸べた。

  「驚いたよ。厚夢、巧くなったな。ありがとう。」

  「……ばかですね。」

 厚夢はその手を取って――、

  「ばかですよ、センパイ。結果はわかってたのに。俺なんか、センパイの足元にも及ぶはずないのに。素直に俺の賭けにのってりゃいいのに。」

  「そんなことないさ。」

  「――俺、紫南帆さんに振られました。でも、好きですから。それでも、好きだから……なのに……飛鳥センパイって本当ばかなんですから。」

 付き合ってられませんよ。
 厚夢は語尾を強めて唇を尖らせた。

  「……そう、ばかばかっていわないでくれよ。……けっこう傷つくんだぞ。」

 そんな葵矩に厚夢は、失笑した。

  「完敗でした。賭け、受けます。俺、部活頑張りますから。」

 嬉しかった。
 葵矩にとって、厚夢のその言葉。
 そして尉折たちも笑った。

  「いつか、追い越して見せます。」

  「ああ。期待してる。」

 葵矩と厚夢、2人は笑顔を見せ合った――……。


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