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 「ギブアップだ!赤髪少年!」

でかい坊主―――大道寺 宗尊だいどうじ むねたけ。高1の先輩が畳を叩いた。
よっしゃ!!
俺は関節技をかけている手足を緩めた。

 「すごいね!いっちゃん、たけちゃん先輩に勝った!」

アホそらが大声を上げる。うるせぇ。と、返すが気分いい。
クソ龍月たつきの策略で入部させられた、新生総合格闘技部。
入部当初は、そのでかさとボクシング経験者のこの坊主ぼうず先輩に勝てなかった。
190はある巨体。加えて動体視力の良さ。
でも遅い。俺はスピードで凌駕して関節技を決めることに成功。

 「やるなぁ。維薪いしん。尊ちゃんに関節技。尊ちゃん、日々精進しなきゃね。」

課題はスピードだ。との龍月の指摘に、礼儀正しく光栄です。
と、敬礼する坊主先輩。
龍月は中2のゲス男先輩―――善住 真央人よしずみ まおと。の相手をしている。

 「完敗だ。すごいなぁ。赤髪少年は。どんどんスピードも増している。」

加えて関節技の精度も高い。と、坊主先輩は右手を差し出した。
俺は顎だけ下げてその手を握った。
ルール上は勝てる。ガチのケンカならあのまま首を絞めて落とす。
しかねぇだろうな。殺す手前の手加減が難しそうだ。

 「今の。結構苦しいスっか?」

 「だなぁ。もう少しで意識がなくなってしまうかと思ったぞ、赤髪少年。」

坊主先輩は、入学時に染めた俺の髪の特徴で俺を呼ぶ。
そうか、あの首の太さでも。か。
視線を感じたのか、おおかみ先輩―――新極 桔平しんごく きっぺい、高1。が睨んだ。

 「まさか、ソレ次俺に仕掛けようとか思ってないだろうな。」

 「もちろんっス。狼先輩の首、細いんで、今のだと死にますね。」

俺の返答に狼先輩は、眉をひそめて舌打ち。
狼先輩は、孤高な雰囲気を持つ、柔術の使い手。
その180を超える身長。手足の長さ。つかまれたら投げられる。
悔しいがまだ勝ったことがない。でも、次はぜってぇ勝つ。まだ負けてねぇ。

龍月主導で4月から始動したこの総合格闘技部は、部員総勢8人。
アホ空とボケ天にクソ龍月。坊主先輩と狼先輩。
それから、入学式当日、俺に殴りかかってきた、ケンカど素人のゲス男先輩。
和解はしたが、ゲス男先輩をいじめていたK-1経験者、中3の黒我 斗威くろが とうい
黄色い長髪がプリンみたいだから俺はプリン先輩と呼んでいる。の8人だ。

今のところ対中、高の試合は、完勝。
そもそも他校での総合格闘技部は珍しいが。
とりあえず、県内トップ。
今では、他校の空手部、柔道部、ボクシング部などから試合依頼があるらしい。

 「プリン先輩。次相手してもらっていいスか。」

坊主先輩に勝てた今。この部で倒すべきは二人。
クソ龍月は除外だ。こいつは今の俺ではまだ勝てない。
プリン先輩は、狼先輩を目で示して、俺が先でいいのか。と、口にする。

狼先輩の前に試してみたいことがあった。
K-1のプリン先輩に俺の本気のケリがどのくらい通用するか。
ライトスパーは何回か対戦したが、さすがに重心の乗ったいい蹴りだった。
殴られる蹴られるにある意味慣れていて、全くびびらないプリン先輩。
スキがない。だから、真っ向勝負で、力で勝つしかねぇ。

 「ふーん。何でそんなにトップにこだわんの?」

冷めた、少し侮蔑を含む言い方。
悪気はない。と、自分で弁解して続ける。
トップを目指したって、世界一なんて無理だろ、絶対。と。

俺は、プリン先輩をまっすぐ見据えた。
人それぞれ色々あって、背景がその考え、性格に影響する。
良くも、悪くも。

 「諦めたくないから。スかね。」

諦めたらそれ以上前には進めない。
それに、世界一になれない。なんて、誰がいつどうやって決めるのか。
諦めずに前に進み続ければ、確実に近づく。自分の限界。そしてその先。
俺の言葉にプリン先輩は、自身と対話しているようだった。

 「俺にとってトップを目指す。勝ちたいってメシを食うみてぇなもんスよ。」

プリン先輩が珍しく破顔した。
そしてファイティングポーズをとる。手加減しねぇよ。と。
望むところだ。

 「お。じゃあ2分でいこう。」

龍月がタイマーをもってきて、皆も場外にはけた。
プリン先輩の闘気が一瞬で収斂された。殺気すらまとった空気。
身長差、ほぼなし。でもガチのケンカに対しての経験は負ける。

プリン先輩は、アンダーグラウンド・リングで大人相手に闘っていた。
そこのオーナーだった父親が5月に賭博で捕まり、飛龍ひりゅう組に助けられた。
今は、あおぞら園で生活している。

リングでは手出しするな。と、いわれ、殴られ屋をやらされていた。
でも、昔は闘っていたらしい。

さらに父親のDVに晒され、鬱憤を弱い者イジメで晴らしていた。
まあ、それはもう済んだこと。
とにかく、強いのは疑う余地なし。

 「つっ……。」

速いパンチ。右頬をかすった。続けざまにハイキック。左右。
やっぱ威力すげぇ。受けた腕がしびれる。
ケリの後の重心のブレが全くない。すぐに秀逸なパンチがくる。
宣言通り、手加減なさそうで安心したわ。
思い切りやれる。ガチのケンカ。

俺も渾身、パンチにキック。回し蹴り。
投げたらルール上は勝てる。でも、狼先輩には勝てない。
だからプリン先輩に打撃で勝つ必要がある。

そこから2人とも殴り、殴られ、蹴り、蹴られ。ほぼ互角。
体中痛ぇ。特に顔。やっぱ顔面パンチ、痛ぇな。

 「30秒。」

龍月のカウントとともに、ダッシュ。パンチ、蹴りの速度を上げた。
一気にケリを付ける。
空手蹴りのメリット―――フェイント。を仕掛け、腿側面膝蹴り。最大威力。
プリン先輩の体制が崩れた。押し込む。みぞおち突き。上段キック。
畳みかける。
プリン先輩が倒れた。

 「タイム、アップ。」

よっしゃ!!勝った。
痛ってぇ。と、悔しそうにプリン先輩が立ち上がった。
こっちも痛ぇわ。顔面血ぃでてっし。

 「すごい!いっちゃん!投げ技なしで斗威先輩に勝つなんて!!」

知ったようにアホ空が声を張った。
龍月は拍手しながら俺に濡れタオルを渡す。プリン先輩にも。

 「やっぱ空手のフェイント蹴り、慣れねぇ。」

 「顔面パンチも慣れねぇっス。」

プリン先輩と握手を交わす。

 「斗威は、時間配分のクセな。次は2分全力で。」

龍月の言葉アドバイスに、鬼か。と、悪態づくプリン先輩。
K-1経験者のプリン先輩は、3分×Rのクセがついてる。
だから、2分、短時間の戦いは空手優位。

俺は、飛龍組の道場で、空手、柔道、剣道。
など、あらゆる武道を教えてもらっている。
その利もあったが、蹴りの根本的な違いも大きい。
空手蹴りは、膝を抱えた一挙動。直前で狙いを変えることができる。
対して、K-1の蹴りは、ボールを蹴るように軸足をステップさせる、二挙動。
だから、フェイント対応に慣れていない。

それに、K-1は、顔面パンチでK.O狙い。
蹴り一撃必勝の空手で勝つには、顔面パンチ覚悟の接近戦。
肉を切らせて骨を断つ。的な。

 「よっしゃ!!狼先輩!!」

 「はぁ?まだスタミナあんのかよ。」

いい感じだ。このまま狼先輩にも勝つ。

 「あ、チャイム。」

ボケ天が水を差した。部活終了を告げるチャイムが鳴った。
カンケ―ねぇ。と、言おうとして、部長の坊主先輩が残念そうに俺を見た。
すまんな。と、謝って皆に片づけを指示する。ルールだ。と。
ちっ。くそっ。お預けかよ。

 「狼先輩。次、必ず倒します。」

狼先輩は、えー。と、嫌そうな顔をして、龍月が爆笑した。
アホ空は、相変わらず、すごい。を連発して、ボケ天は雑巾を手にした。
ゲス男先輩は呆れ顔で箒に顎をのせた。

 「ほんと、維薪って……何ていうか、向上心MAXだよね、いつも。」

 「ゲス男先輩も見習えよ。」

いじめられっこのゲス男先輩。
努力はしてるようだが、まだまだ根性が足りねぇ。
ゲス男先輩は俺を睨んだ。
その呼び方やめてって言ってるじゃん。と、唇をとがらせる。

 「じゃあ、ゲス真央先輩。」

 「……先輩つけりゃいーと思ってんでしょ。」

ゲス男先輩が箒を振り上げた。
本気じゃないのはわかってたから、特に避ける素振りもしない。

 「最初にゲス男っていったのは、クソ龍月っスよ。」

 「うそ!」

入学式の日。
ゲス男先輩を含む、中3の先輩たちに俺、アホ空、ボケ天は囲まれた。
プリン先輩の指示で俺らにいちゃもんをつけてきたのだ。
ゲス男先輩は、俺をうしろから殴ろうとして、俺に蹴られた。

その時、アホ空が、腹を抱えたゲス男先輩に手を貸した。
でも、ゲス男先輩は、それを逆手にアホ空の手を引っ張り、転ばせようとした。
まあ、結果はアホ空の俊敏性と柔軟性が勝ったが。

それを見ていた龍月が、ゲス男先輩のことを、ゲス男。と、いったのだ。
どうやらまだ気づいていない。
プリン先輩を入部させるための一駒として利用されたことに。
今でも龍月を慕っているようだから、ネタばらし。

予想通り、ゲス男先輩は固まった。
クソ龍月を知らなすぎるツケは、大きいようだ。

 「いっちゃん。たっちゃんは、たまたまそう言っただけじゃん。」

呼び方変えてあげてよ。と、良い子のアホ空が俺を叱咤した。
はいはい。
どうせ、龍月に問い詰めてもはぐらかされる。策士たる所以。
あいつのどこにその信頼性を観るのか。理解不能。
ま、どーでもいいけど。

 「じゃあ。ウエーブくん。は?」

ボケ天が口を出して、アホ空がかわいいね。と、賛同。髪型からの愛称。
当のゲス男先輩―――改め、ウエーブ先輩。
は、言ったんだ。とまだショック中。

 「ウエーブ先輩。早く掃いて。帰りますよ。」

俺の言葉に、ぶつぶついいながらも箒を動かした。
龍月がこっちを見て、人差し指を口にあてて左目を瞑った。



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あとがき

読んでいただきありがとうございます。
只今7話執筆中。

世間では首都圏にまた緊急事態宣言が発出されるとのこと……
なんだか落ち着かない日が続きます。
僕なんかもれなくヒッキーですわ。

なわけで、逆に!どんどんストーリー進めようっと。
前向きに、頑張りまーす!

皆さまも引き続きご自愛ください。


2021.7.30 湘




















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