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「すみませんでした、俺のせいで。」
皆の前で
朔弥という男が頭を下げた。平塚の奴らが消えた後。
パープルアッシュの短髪。耳にはたくさんのピアス。
よく見ると幼い。たぶん、同じ中坊だ。
氷風はそいつの肩を優しく叩く。
未来空は大丈夫か。
と、殴られた頭を心配した。
「維薪っていった?K学の、
流蓍 維薪?」
俺のほうを向く。またデジャブか。と、思った。
そいつは、ありがとう。と、言った。
タイマンを妨害しようとした男たちを伸した、礼。
俺が顎を下げると、相好を崩した。
「すげぇ、強ぇのな。まじで助かったよ。」
おかげで皆を巻き込まずに済んだ。さんきゅう。と、くしゃっと笑う。
そして名乗った。
澪月 朔弥。同中の3年だよ。と。
K学の先輩らしい。
が、こんな紫髪にピアス。見たことねぇ。
俺の無反応に、あんま学コいってないからね。と、乾いた笑い。
ま、とにかくありがとう。と、三度目に頭を下げた時、よろけた。
「……大丈夫。っスか?」
氷風も未来空も注視した。
氷風は集会を解散させて、朔弥先輩を
CB400FOURの後ろに乗せる。
と、口にした。
次いで、氷風はさらりと運転しろ。と、俺に言う。
氷風の指す、朔弥先輩の
KAWASAKI EX-4。
青く輝く400CC。フルカウル、スーパースポーツタイプ。
未来空は朔弥先輩の承諾を得て、鍵を受け取って俺に投げた。
口角を上げる。
転がせねぇ?と。
「できるわ!」
俺はカギをキャッチして朔弥先輩に断ってからEX-4にまたがった。
もちろん、無免。初運転。でも、原理は知ってる。
右手が前ブレーキ。左手がクラッチ。右足が後ろブレーキで左足がギア。
「あ、あんま
下ないから、エンスト、気ぃつけて。」
傷つけないでね。と、朔弥先輩は笑う。
俺は舌打ちした。
改造車かよ。
始動させると、低くうなる抜けの良い音。
「お、サマになんじゃん維薪。病院行く。ついてこい。」
言ってるそばから氷風はCB400FOURを発進させた。
病院って。俺は空を見上げた。ようやく赤みが差してきた東の空。
未来空は顎で氷風に続け。と促してうなずいた。
まぁいーや。ついてけばいんだろ。
少し恐る恐るアクセルを開けて、半クラ。思ったよりスムーズに走った。
ふわり。身体が浮く感覚。何か、良い。
つーか、速ぇから。と、心の中で悪態づいて氷風を追う。
時々後ろに乗っている朔弥先輩が振り返る。指で丸をつくる。
でも、頭が痛いのだろう。ちょっと辛そうだ。
氷風は鎌倉方面、R134を走って七里ヶ浜で左折した。
不格好にも大回りした。
どのくらい倒せばいいかわかんねぇ。
TVなんかで見るレーサーは、地面すれすれでコーナーを曲がってくイメージ。
とりあえずエンストはせずに済んだが、信号待ちのEX-4は不機嫌だった。
下―――ローギアが不安定。
スピードを好む持ち主の性格が判った。
澪月 朔弥。澪月ってどっかで聞いたことあった気がする。
思い出せねぇ。
などと考えてるうちに、氷風のバイクが数メートル先で停まった。
「……。」
氷風がスマホを片手にして、声を出す前に目の前の家の玄関が開いた。
でてきたのは、大人。
Tシャツに黒のズボン。ラフな格好だが、サマになる。
髪をかきあげた。
のぞく瞳は鋭く、渋さの加わったイケメン俳優の様な出で立ち。
「おはようございます。
紊駕センセ。」
氷風の愛嬌のある態度に呆れた顔を隠さない。
如樹 紊駕―――
龍月の父親。だ。
そう、ここは龍月の家。七里ガ浜の高台にある、一軒家。
紊駕さんは、俺らの髪を眺め見て、ハロウィンか。と、嘲笑。
そんな顔もニヒルで格好が良い。
すぐに朔弥先輩に肩を貸して、俺らにも家に入るよう促した。
紊駕さんは医者だ。そしておそろしく察しが良い。
氷風が電話をする前から、バイクの音に気がついて出てきた。
そして、恐ぇ。何かオヤジに似てる。
寡黙さと、見透かすような鋭く真っすぐな瞳。
龍月とはあんま似てない。どちらかというと妹の
紫月のが似てるかも。
つーか。ここが病院。かよ。と、氷風を睨む。
「うわ、維薪。それ転がしてきたのかよ。
ふっりょう。」
「うるせぇ。」
龍月が2階の窓から身を乗り出して声を張った。
家の中に入ると、リビングに案内された。
龍月の母親―――
紫南帆さん。
は、こんな朝っぱらだというのに、穏やかな笑み。
俺らに麦茶を振る舞ってくれた。
ダイニングと一続きのリビングで朔弥先輩が横たわって、紊駕さんが診る。
氷風が傍らで見守る。龍月も降りてきた。
さく
「朔、頭やられたの?」
龍月が小声で未来空に聞いた。察しが良い所は父親譲りだ。
どうやら朔弥先輩とも仲が良いらしい龍月。2コ下の後輩という関係。
「朔弥は預かる。」
紊駕さんは端的に言って、俺らには帰るよう促した。
どうやら大事には至らない様で、ほっ、とした。
俺はEX-4の鍵を朔弥先輩に手渡した。朔弥先輩は4度目の礼を言った。
再びCB400FOURの後ろに乗って帰路。
途中で未来空と別れた。
「氷風!」
「維薪!」
予想通り、玄関前には鬼の形相のあさざさん。と、お袋。
ひさめ
氷雨さん。に、オヤジもいやがる。
紊駕さんからの連絡。にしては早すぎる。
家に入った時点で、紫南帆さんが紊駕さんの指示で連絡した。
それがしっくりきた。
まじか。雷必至。だ。
CB400FOURの後ろから降りるや否や、お袋の鉄拳が飛んできた。
避けるもギリ。本気だ。
まこと
「真実ちゃん!悪いのは、氷風だから!」
あさざさんがお袋を止めた。
すかさずCB400FOURで逃げようとした氷風。
寸出のところで氷雨さんが鍵を抜いた。
氷風が両手を挙げる。
家に入って2人して正座。朝の6時。
「氷風、反省してんの?維薪はあんたと違って優秀なんだから。」
夜中に呼び出すなんて、言語道断。と、平手炸裂。
はいはい。すんませんでした。と、氷風は適当にいなす。
俺を預かってる責任がある。と、あさざさん。
お袋は俺も悪い。と、俺を叩いた。
「まぁ、ま。もう反省してっし、いいだろ。」
氷雨さんがあさざさんとお袋を諫めて、朝食作ってやって。と、お願いする。
2人、キッチンへと向かった。
「どうだった、初単車。」
氷雨さんが急に子供っぽい表情をして俺に聞いてきた。小声で。
どうやら紊駕さんからの追加情報。
オヤジの顔を見る。
相変わらず不愛想だが、怒ってるワケじゃなさそうだ。
何か、意外。
まぁ、オヤジはやみくもに怒鳴りつける事は、いつもしない。
お袋はだいたいいつも怒るが。いや、先に拳が飛んでくる。
「……何ていうか、高揚。した。ちょっと。」
初めてバイクを動かしたときの感覚。
ふわり。と、羽が生えて、飛んだ。と、錯覚したカンジ。
次いで後ろにひっぱられるG。
心地よかった。
「何コウヨウって。まじ、すげぇってことだろ?」
わかるわー。と、氷風は満面の笑み。
自分もそうだった。はまるだろ。やばいよな。と、矢継ぎ早に言葉にする。
その興奮具合にオヤジが目で制す。お袋に聞かれる。と。
氷風がすんません。
薪さん。と、顎を下げた。
「当然、
法律的には無免はダメだ。」
オヤジは諭すように俺に言った。
氷風は、EX-4を置き去りにするわけにはいかなかった。
自分が強要した。と、弁解。
「でも、そのお蔭で朔弥は大事に至らなかったんだろ。」
反省してるよな。と、俺の頭を撫でるように軽く叩く氷雨さん。
「つーか、薪。お前も言えた義理じゃねーじゃん。」
氷雨さんは、今度はオヤジの頭を叩こうとして、はねのけられた。
わかってるよ。だから。と、オヤジは俺を見た。
「自分のケツは自分で拭け。だろ。理解してる。」
俺の言葉にオヤジはうなずいた。
つまり、今回無免で捕まったら自分でちゃんと責任を取れ。と、いうこと。
責任が取れないならやるな。と、いうこと。
「まぁ、若い頃しかムチャってできないからな。」
昔を懐かしむように氷雨さん。
「青春、青春。」
穏やかに笑った。
でも、聞いた話だと、若い頃は相当ヤバかったらしい。
BADの初代総長。元
THE ROADの特攻隊長。
THE ROADは、当時横浜一でかい族だった。
抗争、仲間割れ、他。族全盛期。
氷雨さんはTHE ROADを
解散して自由に走らせた。らしい。
上下関係などない、信頼できる仲間。気の置けない仲間。たちで走る。
バイクが好きだった。走るのが、好きだった。
そして、BADが造られた。
紊駕さんも絡んでいた。ともきいた。
そして今、息子がその意志を継承している。
「そういえば、薪さん。
GSX。まだあるんすか?」
氷風が目を輝かせてオヤジに尋ねた。いつか、俺に譲るつもりなんだろ。と。
ジスペケ―――察するに
SUZUKI GSX。バイクの名前。だ。
「ダメだろ、バラしちゃ。薪の父親の威厳。」
「何、イゲンって。いーじゃん、譲ろうぜ!」
氷雨さんと氷風の親子の会話にオヤジが呆れて、ため息。
何か。オヤジの一面を見た気がした。
若い頃のオヤジ。B×Bからの話も加味。
BLUESのトップに君臨した、男。
ぶっきらぼうだけど、一本芯の通る、強い、男。
そして、今。警察、公安のトップ。きっとかわらない、その人となり。
「……心配かけてすみませんでした。」
俺は改めてオヤジに頭を下げた。
こんな朝早くに松濤の自宅から鎌倉まで来てくれたことにも謝った。
オヤジは母さんに言え。と、言ってから親なんだから当然だ。と、頭を叩いた。
その手。温かかった。
「でも維薪。マジでスマートに乗りこなしてたよ、EX-4。」
自分が強制したくせに、しゃあしゃあと言う氷風を睨みつける。
ケンカも強かったしな。と、余計なコトを付け加える。
オヤジに睨まれた。
俺は目線をそらしたが、オヤジの視線。強すぎる。
とうか
「東華とモメたばっかだろ、維薪。ほどほどにしろよ。」
って知ってんのかよ。
天下の公安様。侮れねぇ。
いや、クソ龍月か。アホ
空から
海昊さんか。どのルートも可能性あり。
全て。が正解かもしんねぇ。
俺はもう一度謝るハメになった。
ほどなくして朝食が運ばれてきた。
そのすべてを平らげた俺と氷風は昼過ぎまで爆睡した。
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あとがき
薪のオヤジ感イメージできねぇ!!と、まだゆっている僕。
でも、僕も息子がいたらZEP譲ってたかもなぁ♪なんか、いいな。
朔弥けっこうお気に入り♪父親譲りの優しいコ。でしょ。
3枚目→
Over The Top 0
赤、黄、緑、そして紫きたー(笑)
さらに次話、陽色の橙(オレンジ)で、さらにさらにカラフルMAX♪
陽色の登場。お楽しみに!
氷雨のヤバかった若かりしのころのお話はこちら(笑)
→
To Be ーそして大人へー
2021.8.12 湘