4
―――何だよ。タイマンじゃねーの?
長身の男がこっちに向かってきた。
黒髪ツーブロック。片耳リングピアス。黒タンクトップに白シャツ肩出し。
黒ジーンズは細く、どこぞの韓国系アイドルのような風体。
だが、見据えた目は鋭く、人を刺す。
その後ろからもう一人。
その瞬間、大群の全員が一斉に腰を折った。
ピンクのウエーブ長髪。ハーフアップ。ピンクの甚平にビーサン。
イカれた格好。スキップするように俺の前に来た。
にっこり笑う。
なしき いしん
「流蓍 維薪くん。でしょ。」
チャラい風。恫喝も凄みもない。強いて言えば、楽しそう。だ。
俺より低い身長。下から見上げる顔は、幼く、屈託がない。
その後ろでうめき声がどんどん重なっていく。
ツーブロックが男たちに次々にケリを入れているのだ。
さながらドミノ倒しのようにばたばたと倒れていく男たち。
「J小5年の時、S中のこいつらの呼び出し。独りで返り討ちにした。」
「……だったら、何だよ。」
俺は、真っすぐピンク長髪を睨みつけた。
察するに、こいつがトップだ。どう見てもガキのような、ふざけた風体だが。
大群の態度を見れば一目瞭然。
「やるじゃん。」
ピンク長髪は、破顔した。
そして加えた。S中に来んの、楽しみにしてたのに。と。
テディ
「Teddy。こっちは済んだぞ。」
テディ。ツーブロックがピンク長髪をそう呼んだ。
―――俺らトーカの恐ろしさ、見せてやんよ。
トーカ。
東華―――
東京華雅會。のTeddy。
聞いたことがある。渋谷を縄張りとするチーム。
どこぞのキャバクラのようなチーム名。トップの名前もふざけてた。
ホストのような漢字名。
えどう つかさ
江堂 都華咲―――通称Teddy。
「ほーい。おつかれ、りぃくん。」
りぃくん―――ツーブロック。東華のNo.2。
Leeこと、
浅我 俐士。だ。
ドミノ倒しが終わる、今の今まで俺の目の前で硬直している俺に声をかけた男。
Teddyがすぐ横に来て、きょどってやがる。
「おい。」
「は、はい!」
Teddyの声音。一段下がって、気温が一度低くなったと感じさせた。
「お前、誰。」
男が名乗ろうとしたその瞬間。
Teddyよりも高身長、大柄のその男がふっとんだ。
「女の子執拗にナンパするとか、大勢で復讐とかくだらないんだけど。」
……こいつ、どこから見てやがったんだ。
Teddyは、もう一発。倒れた男に馬乗りになって顔面を殴った。
なよなよした身体。と思いきや、どこからこんな力が。
と、思うほどの威力あるパンチ。
男の歯が抜け飛んだ。
「そんな奴。東華にはいねぇよ。」
凄んだ顔。冷酷。笑顔との
落差がすげぇ。
最速で東京を仕切った東華。しかも新生一年未満と聞いた。
Teddyの
矜持は、強さ。
無法な奴らをかたっぱしから伸してったらしい。
向かってくる奴は当然。仲間でさえ。Teddyの意向に添わなければ、制裁。
完全なる、力の上下関係。
でも逆に、Teddyの意向に添うものは、認める。たとえ敵だとしても。
自身が最強だからできる、ルール。
「早く、病院連れていってやれ。」
Leeが、
ドミノ倒され群を見た。
とがった顎でTeddyに伸された男を指す。
男たちは礼儀正しい返事をして、その男を引きずっていった。
「くらだないことしてないで、お祭り楽しむんだよぉ。」
Teddyの茶化すような、ばいばーい。の言動に、すみませんでした。
と、一礼した。一刻も早く逃げ出したい。全員の背中がそう叫んでいた。
Teddyは俺に笑いかけてから、アホ空とボケ天の前まで歩み寄った。
「ありがとうございました。」
アホ空の素直な礼の言葉に、女の子たちに謝らせられなくてごめん。
と、謝罪した。そして、俺から謝っておくね。と、笑って続けた。
「奴らを正してくれてありがとう。君が
空月くん。でしょ。」
それから、そっちが
天羽くん。と、ボケ天を指さした。
……!?
何でアホ空とボケ天のことも知ってる?
「なんで、さっき殴らなかったの?君、強いよね。」
Teddyはアホ空を見て首を傾げた。
「だから、君らは最初、見てただけだったんでしょ?」
俺とボケ天を指す。見透かすような、目。
女みてぇな面のくせに、瞳の奥。炎が宿ってやがる。
そして、堕天使のような、笑顔。こいつ、食えねぇ奴だ。
アホ空はTeddyの意図を量りかねた風に少し考えてから口にした。
「戦わないで済むのなら、それが最善だと思っているからです。」
アホ空は大真面目に持論を展開した。
力でねじ伏せるのは、負の感情を生み、憎しみを増長させる。
終わらない、戦いの始まりだ。だから対話すべきでした。
と、TeddyとLeeを睨みつけた。
Leeがアホ空の前に牽制するように立ちふさがった。
目力強ぇ。殺気すら感じる迫力満点の威圧感。アホ空が蟻に見えるわ。
力でのし上がってきたこいつらの地雷。踏んだか。
緊張が走る。
「なるほど。」
が、Teddyは笑った。
「じゃあ、戦わないで済まないなら、戦うってことだよね。」
不敵な笑み。
「!!」
次の瞬間。
Teddyは尋常じゃない速さで身体を回転させ、飛び回転回し蹴りを放った。
が、アホ空の頬、ギリで寸止め。
アホ空の上段受けを見て、また笑う。
「反応、速っ。瞬きもビビりもしない。やっぱ、強いよね。」
気に入ったよ。
あっくん。と、Teddyは満面の笑みで言って、脚を降ろした。
「僕の攻撃わかってて目線送った
天くんも。止めれるのに、止めなかった。」
独りでうなずいて、独りで納得する。
「あっくんの防御は最強だと信じてる。すごいね。」
ボケ天は、相変わらずりんご飴をなめながら、無言でTeddyを見つめる。
こいつ、バカじゃない。
Teddyは恐ろしく冷静だ。あのケリの寸止め。並みの奴じゃありえねぇ。
やっぱ、強ぇ。こいつは。東華が東京シキってんの。ダテじゃ、ねぇ。
「ねぇ。警察の親にいいつけるぞ。って、いわないの?」
Teddyはまた俺に向き直った。
何だこれは。いつまで続く。この茶番。なんかのテストかよ。
俺は面倒くさいオーラ全開で舌打ちした。
親のことも知ってやがる、こいつの得体の知れなさにイラついた。
「ないね。自分のケツは自分で拭けと教わった。」
俺がケーサツに捕まることしたら、喜んで俺を差し出す。
そういう親だ。と、吐き捨てた。
悪いことは悪い。自分がやった悪行は、自分で責任を取れ。
オヤジもお袋も同じことをいう。保身なんてもちろん、微塵もない。
Teddyは失笑した。
「おもしろ。やっぱ、いいね。何か、りぃくんの父ちゃんみたい。」
「はぁ?」
Leeが片眉を上げた。
Teddyは気にせず爆笑。涙さえ浮かべ、そして言った。
逃げ
「退路も立派な選択肢。うん、正しいね。周りの被害の最小。」
アホ空を見る。
「警察を呼ぼうとしたことも。」
ボケ天を見る。
「売られたケンカは買う。のも。ね、
いっくん。」
最後に俺。
そして、良いトリオだ。
と、ピンク色の長髪を夏風になびかせて、Teddyは笑った。
仲良くなれそうだ。よろしくね。と。
全くよくわからない展開。
何故か俺らは大量の食いモンと飲みモンが広がるテーブルについていた。
祭りのイートインスペース。
「あ、自己紹介忘れてたね。僕、江堂 都華咲。」
Teddyは、丁寧に名前の漢字を説明した。
江戸の江にお堂の堂。みやこ、に難しい方のはな。がさく。で、つかさ。と。
アホ空がかわいい。と、絶賛。すでにお友達オーラ全開。
「都華咲くんのTeddyは、えどうのEdoから?」
ボケ天もいつも通り、誰に対してもタメ口な抑揚のない言い方。
Teddyは、頭もいいんだね。と、笑う。
英名の
Edwardの愛称は、
Edoや
Teddy。
Edoよりかわいくない?と、ふざけてるのか素なのか笑いあっている。
「髪色もすごくかわいい!!」
アホ空がTeddyのピンクの甚平からのぞく、スマホのストラップを指さす。
某ランドのクマ。好きなんでしょ。と。
Teddyは、あっくん、話わかるねぇ。と、やっぱり満面の笑み。
確かにストラップのクマと頭。同じ色。イカれてる。
でも。
「僕はね、僕の
道理に従わない奴は絶対に許さない。」
Teddyは俺にいった。
チャラさ封印の真面目な顔。心胆を震わせる声音。
強い者だけが発する、オーラ。
いま
「現代はフツ―の奴らが平気で悪さする。ケンカも知らないバカ共たち。」
だから、人を簡単に殺す。
言わんとしていることはわかった。警察の暴対法のツケの残り。
ヤクザを街から排除した結果。渋谷はフツ―の奴らがのさばるサバンナ化した。
悪の重しの全く効かない、ハイエナだらけの無法地帯。
「そいつらをまとめて僕が変える。」
悪い奴のための悪い奴が必要なんだ。と、Teddyは言った。
それに自分がなる。と、タンカを切る。
それが、東京華雅會の使命だ。とも。
無茶苦茶なイカれた奴だと思ったが、筋は通っていた。
絶対的力の支配。上下関係。勝者が悪意でないなら、自警団として機能する。
待てよ。
俺は、さっきから感じていた胸クソ悪いイラつき。判明した気がした。
Teddyが髪と同じ色のクマを取り出して、第一声。その答えが明らかになった。
「たっくん!うん、うん。オールOKだよ。」
たっくん―――
龍月のクソヤローだ。100パー。
無言で麦茶を飲んでいた、Leeを睨む。
「……龍月さんのオヤジさんと、俺のオヤジが知り合いだ。」
察しよく、簡潔な答え。ありがてぇな。
そうだったんだね。と、アホ空は納得して、Leeの愛称について尋ねた。
ジーンズが似合ってるから、アメリカのジーンズブランドのリーか。と。
Leeは真面目に、名前からもあるが、それもある。と。
さらに加える。ブルース・リーも好きだ。と。
何歳だよ。と、突っ込みたくなったが、もうどーでもいいわ。
何か。めんどくせぇ。
俺は、祭りの平和な喧騒を聞きながら、思い出していた。
そういえば身近にも自警団的な奴がいたわ。と。
<< 3へ >>次へ
<< タイトルへ
あとがき
TeddyとLeeのらくがきはこちらから→
Over The Top 0
つぎは、2枚目のらくがき、氷風&未来空登場!
ちょっと昔懐かし的な??
どうかな、Cさま、Kさま。
2021.8.4 湘