11 みたか 「全て、話してしもたからな。紊駕。」 かいう 海昊の家。 タバコの煙が立ち昇った。 「……勝手なコトすんな。」 し な ほ 「ワレのことやから、何もゆうてへんのやろ。心配しとったで、紫南帆ちゃん。」 睨みつけ、紊駕は、タバコを灰皿に押し付けた。 立ち上がって黒のロングコートをつかむ。 荷物とりに戻る。低く呟く。 「紫南帆さん、ゆってたぞ。紊駕のこと好きだって。」 たきぎ 薪に鋭い目が向いた。 「紫南帆が、そうゆったのか?」 「ああ。きっぱりと。紊駕だってそうなんだろ。紫南帆さんのこと……」 「余計な詮索すんな!!」 言葉は、さえぎられた。 「……紊駕。」 勢い良くドアが閉めらる。 低く唸り声を上げるZEPHYR。 苛立ちを表してる。 134号線をフルスロットル。 タコメーターの針が、レッドゾーンに入る。 「紊駕ちゃん。」 玄関を開け、無言で自分の部屋に一目散に向かった。 紫南帆の憂う言葉は、度外視。 「紊駕ちゃん。」 荷物を適当な鞄に無理やり詰め込んで――、 「何で、カイたちにあんなことゆった?」 紫南帆の腕をつかんだ。 真っ直ぐ紫南帆を貫いた。 「……大切だから。紊駕ちゃんのこと、好きだから。」 紫南帆もまっすぐ自分に視線を向けてくる。 紊駕はたまらなくなって、強引に紫南帆の細い腕を引っ張った。 その反動で、紫南帆の体が宙に浮いた。 「これでも好きだって言えんのか!!」 紫南帆をベッドに押し付ける。 唇に柔らかい感触。 大きすぎない紫南帆の瞳を振り切って――、 きさし 「お前は、葵矩のことだけ心配してればいい。」 「紊駕ちゃん……。」 「俺のことに構うな。」 体を紫南帆から離した。 ベッドが軋む音。 「……紊駕。」 呆然とたたずむ、葵矩。 ベッドに横たわる紫南帆の姿を見て、顔色が変わった。 「てめっ、紫南帆に何したんだよ!!」 電光石火。 葵矩の右手は紊駕の胸座をつかんだ。 あすか 「飛鳥ちゃん!」 紊駕は胸座を預けたまま、前髪をかきあげた。 「野暮なコトきくんだな。」 「何……だと。」 冷笑。 左手に力を込めて、葵矩の腕を振り払った。 「うんざりなんだよ。てめぇらの恋愛ごっこに付き合ってらんねんだよ!!」 紊駕は家を飛び出した。 疾風の如く。 「紊駕ちゃん、待って!!」 紫南帆が後を追いかける。 暖機の必要は無い。 ZEPHYRは準備万端だった。 紫南帆は紊駕の後ろ姿を見送った。 芝生の上に腰砕けになる。 風がZEPHYRの音を消した――……。 「紫南帆……ごめん、俺……。」 取り残された二人。 葵矩が紫南帆の肩に触れる。 「飛鳥ちゃん……。」 静寂なリビング。 「俺は……一体紊駕の何を見てきたんだ。あいつのこと、全然解ってなかった。」 葵矩は悔しさをかみ締めて、呟いた。 紫南帆がため息をつく。 「紊駕ちゃん、私たちの為を思って……。」 ZEPHYRの背中。 物悲しい空気。 「くそっ、何にもできないのか。」 拳を握り締めた。 時は無情に過ぎる。 今夜も月は見えなかった。 黒雲が夜空に広がって、星さえも姿を現してはくれない。 静かな、夜。 それでも、朝は来る――……。 「飛鳥!」 「あ、ごめっ……」 朝レンの時間、葵矩は心、そこにあらずだった。 フォーメーション、フォローの無視。 最悪のコンディションだ。 「飛鳥!決勝近いんだぞ!そんなんじゃ、レギュラーはずすぞ!」 えだち みま キャプテンの徭 神馬の叱責。 「す、すみません。……そのほうがいいかもしれ……」 最後まで言い終わる前に、 「ふざけんな!!なめてんのか。そんなに辞めたきゃさっさとやめろ!そんな根性なしとツートップなんてやってられるか!!」 いおる 尉折に頭を叩かれて、我に返った。 葵矩は一礼をして、水のみ場に向かった。 頭を冷やそう。 蛇口をひねって、頭を強引に突っ込む。 冷水が少し癖のある柔らかい髪をぬらし、首筋に流れた。 髪の先から雫がたれる。 「はい。」 横からタオルが差し出された。 受け取って――、 いぶき 「檜……ありがとう。」 「そんなんじゃ、体もたないぞ。何があったか知らないけど、飛鳥くんらしくないな。」 じゅみ 樹緑は微笑した。 「俺らしいって、どんな?なのかな……。」 手を止めて、尋ねてみると、樹緑は人差し指を口元にもっていく。 太陽。 空を指差した。 「飛鳥くんの笑顔は、人を元気にさせるよ。だから笑ってなきゃ。」 太陽……。 「こら、ヒトの彼女くどくな。」 「尉折。」 後ろから小突かれて、振り向く。 樹緑は彼女、といわれて嬉しそうだ。 「さっきは、悪かったな。」 ハスキーな声。 頭を下げた。 「いや、俺のほうこそ、ゴメン。」 きさらぎ 「……この間、如樹と話したよ。」 水を口に含んだ。 尉折の喉が隆起する。 言葉を続けた。 「K学に試合に行ったときの話。海昊っていったけ。と、もう一人の奴、いたろ。あの金色の髪で、背の低い。そいつのこと詳しく聞かれた。」 葵矩の脳裏に紫南帆の言葉が蘇った。 なしき たきぎ 流蓍 薪。 海昊と一緒にきて、話をしてくれた。 背が低くて、金髪。 海昊とは違う族だが、二人はとても仲良さそうだった。 流蓍。 年から言って、教育実習生、流蓍 あさざの弟か、親戚ではないか、と。紫南帆は言っていた。 葵矩は心配をしてくれた二人に礼をいって、朝レンに戻った。 昼休み。 「流蓍先生。」 葵矩はあさざを呼び止めて、時間をもらえるか尋ねた。 あさざは有無も言わず、了承してくれて、二人、屋上へ上がった。 「紊駕のことでしょ。」 長いソバージュをかきあげて微笑。 何でもお見通しのようだった。 葵矩は、少し驚いて、頷く。 「紊駕とは族仲間。私は、紊駕の入ってた族、BADの頭のオンナ。」 端的にあさざは言った。 頭の回転が速い。 「……紊駕って、族にいたとき、どんなでした?」 族の紊駕。 夜遊びが絶えなかった中学時代。 喧嘩をして帰ってくることもあった。 ただ、ZEPHYRがとても大好きで、走るのが好きだった。 「そう、ね。クールなトコは変わらないけどね。強いて言えばオンナのことかな。中坊の頃はいろんなコと付き合ってたわよ。でも……アイツ優しいから。」 昔を懐かしむように空を仰いだ。 髪がなびく。 「私が彼氏とちょっとしたことで喧嘩して、むしゃくしゃしてて、危ない目にあったときとか、必ず助けてくれんだよね。彼氏に振られたコとか遊びで紊駕に興味もった女とか、紊駕ってへーキで付き合うの……だけど。」 心そこにあらず。 ため息をつくように笑った。 「クールなプレイボーイ。族内でのアイツのアダナ。」 葵矩の方を向いた。 「でも、本当は苦手なんだと思う。本気で自分のことを好きなコを相手するのが。」 そういえば、学校で告白されても誰とも付き合わない。 冷たく接する。 「それは多分……」 あさざは言葉を濁した。 そして、 「幼馴染か。いいわね。自分が一番安心できる場所で本当の自分でいれる、場所。」 うらやましそうに葵矩を見た。 切れ長の瞳をさらに細めた。 微笑む。 「そう、でしょうか。紊駕はずっと我慢してたような気がします。こないだ、うんざりだ、って……。」 うんざりなんだよ。 紊駕の、言葉。 葵矩は策にもたれかかった。 ため息。 「それは違うわ。我慢なんかしてなかったと思う。」 策に背を向けて、隣に立つ。 背中を反らした。 「紊駕なりの優しい言葉なのよ。不器用で……自分を犠牲にしても他人を守る。そんな奴だから。」 葵矩はもう一つため息をついた。 「俺なんかより、先生や海昊って人のほうが、紊駕をよく知っています。」 軽い嫉妬。 あさざは少し困った顔をする。 「大切にしたい人ほど、知られたくないのよ。自分の全てをね。」 「……。」 あさざは見かねて話を振った。 「ね、私も聞きたいことがあるの。今、何が起こってるの?」 葵矩は紫南帆から聞いたことを話した。 100万円のでまかせの件。 ぐし 虞刺という奴が少年院から戻ってくる話。 あさざは黙して聞いて、そして細い手を顎に添えた。 「100万の話。おかしいな……その話、渋谷でも聞いたのよ。」 眉根をひそめる。 綺麗に引いたルージュがへの字になる。 へんり 「何か、イヤな予感がする。虞刺と遍詈は悪どいやつらだからね。」 裏に何かがある……。 そう み 「悪いことはいわないわ。飛鳥くん。蒼海さんにも言っておいて。かかわらないほうがいいわ、だから紊駕もあなたたちを遠ざけたのよ。」 「……でも、何もできないんですか。」 あさざは頷いた。 何もできない。 「そういえば、薪って人は……」 「弟よ。」 葵矩の言葉にかぶせるように言った。 やはり。 「海昊って人と弟さんは違う族なんですよね?」 「そう。BADとBLUESは元々敵対してた。でも3年前の事件がきっかけで、薪が頭についたの。」 せいむ 青紫は、薪の一番信頼していたコだったから。 あさざは目を閉じた。 「私たちの両親は、薪が生まれてすぐ死んだの。薪は人間不信なところがあって、青紫だけには心を開いてたんだけど、あんなことになって。」 鮮明に蘇る記憶。 震える弟の姿。 背負った大きな傷。 「海昊くんは、そんな薪を救ってくれたの。今は同じガッコに通ってるわ。」 葵矩は、K学に行ったときのことを思い出した。 うっせーんだよ、お前は。 金髪に鋭い目。 厳しい言葉に海昊は呆れたように、でも許容する笑顔。 信頼関係のなせる業だった。 親友を亡くした薪。 そして姉。 言葉では言い表せないほどの傷を背負ったのだろう。 そして、今でもきっと。 人間は自分に関係ないことには無関心だ。 TVや巷での事件、事故。 聞き流す。 もちろん、当然と言えば当然か。 ただ。 自分の知らないところで、他人が苦しみ、悲しんでいることを、忘れないでいよう。 辛いのは自分だけではない……。 「先生は、何で先生になろうとしたんですか。」 少し照れたような表情で、長い髪をかきあげた。 「恥ずかしい話。私、中学のとき、すっごいグレてて。先生には嫌われてた。でも、一人だけ……そう、あの先生だけは、私のこと差別しなかったんだよね。」 その先生が、英語の先生だったの。 はにかんだ。 「単純な、動機。」 葵矩は、首を振った。 すごいです。と、口にする。 「そんなことないよ。懐かしいな。その先生、僕も族に入ってたんだ、とかいって。全然ありえないっつーのに。……必死で英語頑張ったけな。」 あさざは少女の顔をしていた。 何故だか、葵矩には懐かしい、という感情よりも、切なさが強く伝わってきた。 あさざの表情。 何か、事情があったようだ。 葵矩はあさざに礼をいって、別れた。 紊駕。 今日も学校に来ていない。 渋谷の100万、虞刺に遍詈。 不安材料はたくさんあって、葵矩には、やはり何もできることはなかった――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |