第四章 Bad Boys 恋愛事情

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 江ノ島、封鎖された道路。
 弁天橋。
 野外リンクの死闘に目を張る、BAD BOYs
   みたか
  「紊駕ぁ、焦んなよ。俺らはゆっくりいこうゼ。」
                 たつし
 ランチコートを脱ぎ捨てる闥士。
 線は細いが、決して痩せてはいない、均整のとれた体。
 紊駕より、背は低いが、負けずとも劣らない端整な顔。

  「さあて。どう料理してやろうかな。紊駕。」

  「めずらしいな、闥士。お前がサシで勝負なんて、脳ミソ入れ換えたか。」

 紊駕も黒のロングコートを脱ぎ捨てた。
 黒のYシャツ、ズボン。
 前髪をかきあげる。
 覗く、切れ長の蒼の瞳。

  「お前こそ。脳ミソおっこどしたか?」

 失笑の後、ニヒルに笑った。
 意味ありげの顔。

 「お勉強に現抜かして、オンナつっくて。」

 闥士が口を開く前に、紊駕は目線を追った。

 ――オンナつくって。
      し な ほ
  「……紫南帆。」

 弁天橋の下。
 二人の男が紫南帆を捕まえていた。
 首元に光る、ナイフ。

  「100万。手に入らない情報は、俺にはない。」

 世の中は金だ。
 親指を逆さに落とした。

  「てめぇ。」

 紊駕の左拳に力が入った。
 今にもこめかみに血管が浮いてきそうだ。

  「おっと。もう一人いたなぁ。」

 反対側を見やった。
 きさし
 葵矩。

  「明日試合だって?ヤベーな、こんなトコロにいたら、出場停止だなぁ。」

 全国高校サッカー選手権大会予選、決勝戦。

  「きたねーぞ!」

  「ざけんな、コラ!!」

 BAD BOYsの野次が飛び交った。
 ざわめき。
 いつ、大乱闘が起きてもおかしくない状況。
 糸が切れる。

  「黙ってろ!!」

 紊駕の一声で、周りが静まった。
 闥士は一笑に付して、紫南帆と葵矩を橋の上へ連れて来るようにと促した。

  「紊駕ちゃん……。」

  「ごめん、紊駕。」

 紊駕は闥士を直視した。

  「……ったのむ。」

 紊駕の右膝が地面に触れた。
 全員の視線が下になる。

  「大事なんだ、放してくれ。俺にとってそいつらは、大切なんだ。」


 ―――――――……。


 一瞬。
 風の音も波の音も消えた。
 壊れかけの電灯が、紊駕の背中を照らす。
 静寂。

  「……っざけんナ!!」

 金属音が静寂を破った。
 策が、衝撃波を数メートル程運んだ。
 電子音のように響いて、余韻を残す。

  「ムカつくんだよ、そうゆうてめぇの態度がぁっ!!偽善者ぶりやがって!!!」

 闥士のクールな表情が崩れる。

  「ツラ上げろ。俺がバカみてぇじゃねーか!!いつも見下しやがって!!勝負してやんよ。勝負。チキン・ランだ。」

 取り乱した闥士が、叫んだ。
 唇をかみ締める。

  「……。」

 紊駕は跪いた体勢のまま、顔を上げた。
 真っ直ぐなROADを見つめる。
 チキン・ラン。
 ストレートな道路で行われる、勝負。
 センターラインの上を、バイクで真っ直ぐ走る。
 壁に向かって。
 海に向かって。
 相手に向かって。
 相手よりも早くブレーキをかけたり、ライン上から逃げたら、そいつが臆病者、チキン・ヤロー。
 一歩間違えれば命は無い、度胸試しだ。

  「わかった。」

 静かに頷いた。
 闥士にクールな表情が戻る。

  「紊駕。」
   きさらぎ
  「如樹さん。」
 かいう     たきぎ りんき
 海昊や薪、麟杞も、どうやら決着がついたようだ。
 紫南帆は身をかがめて震えている。
 葵矩は呆然。
 BAD BOYsたちも固唾を呑んだ見守った。
 死のROAD。

  「Ready――、GO!!」

 フルスロットル。
 引く気はこれっぽっちも、ない。

  「やめて!紊駕!!」

  「きゃあっ!!」

 Crazy Kidsの群れの中から、あさざが飛び出してきた。
 み ら     しぐれ
 冥旻に時雨もいる。
 あと数メートル、両者一歩も引かない。
 が。

  「!!」

 寸前で闥士がバイクから飛び降りた。
 残されたバイクは真横にスライドして、ナイフのように突き刺さる。
 目指すは紊駕。
 ギアチェンジも急ブレーキも間に合わない。

  「紊駕!!」

  「如樹さん!!」

  「如樹さんっ――!!」

 鈍い音。
 金属音がすれる音。
 火花が散って、オイルタンクから漏れ出したガソリンに引火するのに、時間はかからなかった。
 オレンジ色の炎が燃え上がった。
 黒い煙とともに。

  「紊駕!!」

 一斉に紊駕に駆け寄るBAD BOYs。
 海昊が紊駕に呼びかけた。

  「紊駕。動くんやない。今、救急車呼ぶさかいな。」

 紊駕を炎から遠ざけて、震える手で携帯電話を握った。
 その手を止め――、

  「大丈夫、だ。」

 近づく闥士を捕らえる。
 静かに、強かに怒りを発している。

  「きたねーぞ、てめー!」

  「ふざけんなよ。」

 周りのBAD BOYs。

  「運が良いな。……俺が本気で勝負すると思ったのか?」

 嘲笑。
 言葉の余韻に浸る間もなく、乾いた音が響いた。

  「ザケンじゃないわよ、闥士!!いい加減頭を冷やしなさい!!いつまで汚い手使えば気が済むの!!」

 あさざの姿。
 無造作に振り上げた腕をおろした。
 つりあがった柳眉。
 闥士の左頬には、痺れる痛み。

  「あさざ……さん。」

  「紊駕の勝ちだ。潔く認めろ、闥士。」

 低く、冷静な声。
   ひさめ
  「氷雨……。」
                 あおい ひさめ
 湘南暴走族BADの総統、滄 氷雨。
 BADは一斉に一礼した。

  「ヒーロー気取りかよ。」

 氷雨にツバを吐きかけて――、

  「あんたも紊駕もかわんねーな。あの時と同じだよ。」

 遠くを見やる。
 冷めた瞳。

  「あの時って何ですか……?」
 ささあ
 篠吾が呟いた。
 海昊が解答。

  「3年前、闥士とやりおうたんや。せやけど、CrazyKidsとのからみで妙な事になっとってな。」

 中学二年の闥士。
 そして、旗揚げしたばかりのBAD、紊駕、氷雨に海昊。
 渋谷での乱闘騒ぎ。
 結果的に闥士をかばう形になった。
 屈辱。
 闥士は表情で、そういうと――、

  「きゃっ。」

 紫南帆の細い腕をつかんだ。
 こめかみに冷たく無機質な感触。

  「じょ、冗談。そんなカンタンに銃が手には……。」

  「よせ。本物だ!!」

 誰かの声に、紊駕が叫んだ直後。
 その無機質の物質は、地響きのような声を発した。
 閃光。

  「な……。」

 白い煙が立ち昇った。
 沈黙。
 紫南帆は、耳をふさいでうずくまった。
 銃は天に向いている。

  「……金さえあれば、手に入らねーモンはねんだよ!」

 紊駕は瞳を閉じた。
 眉根をひそめて――、

  「かわいそうな奴だな、闥士……。」

  「うるせー!!」

 銃口が紊駕に向く。
 無表情。

  「もう、どうでもいんだよ。」

 全て、ムカつく。
 この世の中の、何もかもが。
 端整な顔が、悲痛に歪む。

  「闥士!!」

 低く、年齢を重ねた声と、途切れ途切れの低い機械音。
 男はバイクから降りて、闥士を見た。
 優しい瞳。

  「……闥士。皆待ってるぞ。帰ろう。」

 大きな手を差し伸べた。
 しなだ
 氏灘だ。

  「……。」

  「お兄ちゃん。」
 めみ
 萌も優しく兄に呼びかけた。
 紊駕は微笑する。
 闥士の中で、何かが変わり始めている。
 優しい風が吹いた。
   ぐし    へんり
  「虞刺、遍詈!」

 氏灘の叱責に、薪と麟杞に痛めつけられた体を無理やり硬くした。
 あさわ   しなだ
 浅我 氏灘、BLUES初代総統。
 S高の教師でもあり、闥士と萌の父親だ。
 そして――、

  「浅我センセイ……。」

 あさざと氷雨の声に、優しい笑みを見せた。

  「氷雨さん。」

 海昊は氷雨の前にゆっくり歩みをすすめた。
 敬礼。

  「すんまへん。全て、この抗争はワイが起こしたことや。ヘッドの氷雨さんに黙っとって、申し訳ありまへん。」
 つづみ てつき
 坡も轍生も頭を下げた。

  「謝らなきゃいけないのは、俺のほうだ。責任は俺にある。すまなかった。俺――、」

 今日限りでBADを辞める。
 氷雨がBADを振り仰いだ。
 ざわめく。

  「あさざと落ち着こうと思ってる。」

 氏灘を見た。
 真剣で、紳士な眼差し。
 あさざは隣で少しはにかんだ。
 BAD BOYsも一様に嬉しそうな表情を隠せない。

  「……海昊。次の頭は、お前だ。特隊は、坡。」

  「は、はい。」

  「お前だ。」

 氷雨は、紊駕をみた。

  「お前は、紫南帆ちゃんのトコへ戻れ。」

 側によって、いたわるように優しく肩に触れた。
 紊駕は、穏やかな表情を見せる。
 紫南帆と葵矩が近寄った。

  「紊駕ちゃん。」

  「紊駕。」

 二人に支えられて、立ち上がった。

  「時雨、悪かったな。でも、お前のこと忘れてたワケじゃないからな。」

  「解ってるって、兄貴。」

 そんな氷雨と時雨を見て――、
                                        ひりゅう   かいう               れづき   つづみ
  「てめぇら!!二度とこんな抗争起こすな!!BAD、二代目は飛龍 海昊!特隊は澪月 坡。BLUESの三代目は――、」

 虞刺から公表しろ。
 紊駕が虞刺を貫いた。
                     なしき   たきぎ                   せのう   りんき
  「BLUESの……さ、三代目は、流蓍 薪。特隊は……瀬喃 麟杞……。」

  「よく、頭に叩き込んでおけ!!!」

  「はい!!」

 BAD BOYsが一斉に敬礼した。
 深く、深く。
 黒雲に覆われていた月が、顔をだした。
 江ノ島に、月明かりが差し込む。
 まるい月。
 明日は冬晴れになるだろう。
 サンタクロースは皆の心にいる。
 どんな事情があっても、たとえ形がなくとも。
 プレゼントを届けることが、できる――……。


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