2 1994年、冬。 きさらぎ みたか 「如樹 紊駕おるかぁー!!」 県立S高校の校門前。 テナーヴォイスが、冬の空に響いた。 放課後の学校。 「ワレ、如樹 紊駕は2年何組や?」 男は、校門から出てきた一人の男子生徒の腕をとり、生まれつきと思われる関西弁で尋ねた。 「し、知らない、です。お……僕、1年だから。」 どう見てもひ弱そうなその男子生徒は、肩を小刻みに震わせて、男を腫れ物にでもさわるように見た。 おびえた瞳。 男のナリが恐かったのか。 黒の短ランに、太めのズボン。 黒髪は後ろに撫で付けてられていて、自然に少し額にたれている。 「そか。そりゃ、悪かったな。」 男は、左エクボをへこました。 整った顔立ちをしている。 喋り方は、穏やかだ。 「さぼっとるんちゃうやろな。」 男は寒空に呟いた――……。 「紊駕ちゃん、紊駕ちゃん。校門で誰か呼んでるってよ。」 そう み し な ほ 長いストレートな黒髪を揺らしながら、二年一組の教室に入って来た、蒼海 紫南帆。 愛らしい二重の瞳。 紫南帆の言葉に、紊駕は長い脚をゆっくり運ばせた。 「……カイ。」 いつもはポーカーフェイスの紊駕。 男の前で呟くと、切れ長のシャープな瞳を細めた。 「紊駕、おるんならはよ、でてこんかい。お。」 カイ、と呼ばれた男は後ろにいる紫南帆を見て――、 「彼女かいな?」 首を横に振って即答で否定し、紫南帆に先にいってろ。と、促した。 ひりゅう かいう 「ワイ、飛龍 海昊や。よろしゅう。」 海昊は、左エクボをへこます。 紫南帆も自分の名前を名乗って、軽く会釈した。 「……何?」 紊駕は相変わらずのクールな表情。 「久しゅう。変わりはったな。」 「……。」 海昊は、何故だか、残念そうな表情をした。 「そんなコト言うためにわざわざ来たんじゃねーだろ。」 「……そや。話が、あるんや。」 紊駕は何かを悟ったのか、まだその場に立ち尽くす紫南帆に、早く行け.。と、顎をしゃくった。 紫南帆は良く整った眉の間に皺を寄せて、小さく頷いて、後ろ髪を引かれるように先に足を運んだ。 紊駕は、幼いころから大人びていた。 人を射抜く、鋭い蒼の瞳。 族にもチームにも知り合いがいる。 俗にいうBAD BOY。 中学時代は夜も帰ってこない日や、喧嘩をしてくる日も多々。 学校もサボりの常習犯。 しかし、今の状況になってからは、高校もマトモに行くようになった。 今の状況――、 あすか きさし 紊駕と紫南帆と、サッカーが大好きな少年の飛鳥 葵矩は幼馴染。 生まれたときから一緒にいたといっても過言ではない。 その両親が、学生の頃から仲が良く、それぞれ世帯をもっても関係は続いていた。 そして、紊駕たちが、中学二年の春。 三家族が同居するという、常識離れした考えの下、今が成り立っていた。 「紫南帆〜!」 額に薄くかかった、少し癖のある前髪を風にまかせ、白い息をはいてかけてきた。 太陽を背中で背負った葵矩だ。 「飛鳥ちゃん。」 「今日さ、ミーティングだったんだ。」 部活が早く終わった事を伝えた。 葵矩の所属するサッカー部は、全国大会に向けて頑張っていた。 順調にトーナメントを勝ち進んでいるのだ。 「あれ、紊駕は?」 一緒に帰ったであろう紊駕の姿が、なかったことに首をかしげた。 「う……ん。」 紫南帆はうかない顔をして返事をした。 そんな紫南帆に――、 「何か、あったの?」 「……さっき、海昊さんって人がきて話を、ね。」 風になびく長い髪を押さえた白い手の間から覗く瞳が、曇っていた。 葵矩は、大丈夫だよ。と、紫南帆の肩をたたいた。 紊駕が紫南帆に心配かけるようなことはしない。 笑顔を作る。 太陽のような笑顔。 幼い頃からサッカーが大好きで、実力も兼ね備えている葵矩は、いつも明るい。 周りをも明るくしてくれる。 葵矩を太陽にたとえるなら、紊駕は月だった。 表だって輝くことはないが、気がつけばいつもそばにいてくれる。 優しく見守ってくれる。 対照的な二人ではあるが、なかなかどうして、仲が良い。 十二月も半ばの寒空の下で――、 「……戻って見るか。」 先に口を開いたのは、葵矩。 なかなかこない紊駕。 そろそろ限界だった。 「うん……。」 「……。」 そこには、左手の拳をきつく握った紊駕の姿。 声をかけようと思ったが、できなかった。 今までに見たこともない、形相。 冷淡ともいうべくいつもの紊駕の表情が、あきらかに違った。 赤く長いストレートな前髪から覗く鋭さが増す、瞳。 強かに海昊を睨みつけていた。 「殴ってもええで。まさか、殴れんようなったんちゃうやろな。」 「てめぇ。」 さらに拳に力が入った。 紫南帆と葵矩は息を呑んだ。 いまにもその左手が振り上げられそうだ。 「図星、と思うてええねんな。」 「殺すゾ。」 本当に殺気立っている。 低く、モノトーンの声。 「冗談。まだ死にたくないさけ。」 薄い唇の端をあげた。 「紊駕、どうしたんだよ。」 葵矩が間をみて、紊駕に声をかけた。 紊駕は――、 「別に。」 一蹴して、海昊の側をすり抜けた。 海昊を一瞥して。 「紊駕ちゃん……。」 紫南帆の言葉には答えがなかった。 前を通りすぎて振り返らず、長い脚を帰路に向かわせた。 それはまるで、止まっていた歯車が悪循環に回り始める前兆。 そんな予感が冷たい潮風と一緒に三人の間を、掠めた――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |