7 みたか 紊駕は、ZEPHYRを走らせていた。 週末は部屋に閉じこもっていたくせに、月曜日、学校はサボった。 江ノ島方面に134号線を走り、弁天橋を渡った。 単車をとめる。 冬の昼間の海だけあって、人はまばらだった。 近くの花屋に立ち寄った。 こじんまりとした個人店。 「白いバラとカスミ草で花束作ってください。」 ぶっきら棒に注文する。 店員は、真っ白なその花束を怪訝にみて紊駕に受け渡した。 弁天橋の上で――、 せいむ 「12月12日。覚えやすい日にちだな。……忘れられねぇよ。青紫っ――……。」 白い花束は宙を舞って、水面に浮いた。 ふわふわと波のベッドを漂う。 紊駕は橋の策に両手をついて、顔を覆った。 「……キザな奴やな、ホンマ。……来ると思うた、今日。」 「カイ……。」 かいう 振り向くと、海昊と二人の男が立っていた。 海昊と同じ、私立K学園の学ラン。 「お久しぶりです。紊駕さん。」 「ご無沙汰してます。」 二人の男は、礼儀正しく紊駕に一礼した。 ささめ くろむ 「細雨……黒紫……。」 紊駕はゆっくり口にした。 「3年、やな。毎年来よったやろ……。」 「ありがとうございます。」 海昊の言葉に、黒紫がもう一度頭を下げた。 その行為に、 「礼なんか、すんじゃねー!」 たまりかねたように紊駕は、策を蹴飛ばした。 普段では見れない、めずらしい行動だ。 紊駕は、バイクに飛び乗り、無造作にエンジンをふかした。 海昊たちを振り切るように――……。 その轍を見て、海昊。 たきぎ 「薪。見たやろ、アイツはアイツなりに苦しんどる。」 「……ああ。解ってる。」 身を隠していた男は、 「白いバラか……。」 水面に浮かぶ花束を見て呟いた。 「せや。赤やなく、白や。」 「白、ですか。」 細雨は、短めの金色に脱色された髪を掻く。 黒紫は口を閉ざしていた――……。 紊駕は再び、134号線を鎌倉方面に走っていた。 「……青紫。」 冷たい潮風が、尖った氷のように紊駕を突き刺す。 薄い唇をかんだ。 後ろからのパッシングに――、 「んな、フラストレーションの塊みたいな顔しおって、事故りはるぞ、紊駕。」 海昊のバイク、HONDA ROADSTARがZEPHYRと並んだ。 どうやら、海昊だけ、細雨たちと分かれて、紊駕を追ってきたらしい。 手入れの良く行き届いたボディーが黒光りしている。 「ワイんち、寄って行かへんか。」 優しい響きで家へと誘った。 「……。」 紊駕は無言で了承すると、海昊の後を追って――、 「3年振りやろか。」 鎌倉市内の緑豊かな町並みに建つアパート。 海昊は部屋へと案内した。 さっぱりと綺麗に整頓された2DK。 「その辺座っとって。」 海昊は学ランを脱いだ。 白のTシャツから覗く――、 「夏も学ランじゃ暑いだろ。」 「……今はええけどな。」 海昊は、左エクボをへこました。 いれずみ 背中には、Tシャツを着ていても浮きだって見える、刺青。 飛んでいる龍と、 「家紋やさかい、しゃーないし。」 NEPTUNE、海王星の装飾文字。 ひりゅう かいう 飛龍 海昊。 出身は大阪で、日本一大きなヤクザ組織、飛龍組の跡取り。 飛龍家は、代々証として、家紋と異名を彫られるとされている。 海昊は、中学一年の時、ワケあって、ここ神奈川にきた。 みら 「もちろん、冥旻にもあんねんで。ものすごちっちゃいやつやけど。」 女やしな。と、ため息をつくようにいった。 ひりゅう み ら 飛龍 冥旻。 海昊の妹で、異名はPLUTO、冥王星。 いろいろ事情もあったのだろう、兄妹は今、自力で生活しようとしていた。 「ワイのことはどーでもええけど。C学とやりおうたやんか。」 出窓から外を見やる。 冥旻の趣味か、胡蝶蘭が飾ってある。 ところどころに観葉植物も見れる。 時雨の家とは違って、温かかく生活感のある家。 兄妹の仲の良さを表しているかのようだ。 し な ほ 「せで、ガッコに紫南帆ちゃんたちが来おって。なんとかごまかしといたけど……。」 「そういや、K学行ったっつてたか。」 「あんま、外でるなゆうとったやろ。いくら呼び出されたかて。ホンマ天邪鬼なやつやの。」 「……。」 紊駕は左手を顎に添えた。 「……100万のことだけど、まだケツモチわかんねぇのか。」 海昊の動向が、一瞬不審になった。 「……ああ。まだや。土曜に集会あるんやけど、その時なら。」 わかるかもしれん、と浮かない顔を垣間見せた。 そんな海昊に鋭い瞳を突きつけて――、 「渋谷にも回ってるみたいだな。」 たつし 「し、渋谷?そんなんありえ……そんなトコまで?渋谷ゆうたら、闥士にでも鉢合せしおったら大変やないけ!」 関西弁特有の早口で一気に言った。 紊駕は、相変わらずのポーカーフェイスで、 「そーいや、今朝、闥士に会ったわ。」 あっさりと答えた。 「へ?ホンマ?で、どうもなっとらんゆうんか。」 「まぁ、あっちも忙しかったみたいだしな。紫のフェラーリ。相変わらずだな。」 呆れたように、海昊は――、 あさわ 「……親がえろう金持ちゆう話や。渋谷の浅我ゆうたら、ものすご有名やねんか。母親は都内でも一、二を争う大手金融会社社長ときとる。闥士の悪さを金でもみ消してるゆう噂もあるで。」 「父親は?」 「そいや、あんま聞かへんけど、養子ゆう話や。」 海昊は、白い壁に掛かっている時計を見た。 午後三時半。 日もだいぶ傾いてきた。 「紊駕。頼まれてくれへんか。」 冥旻を、迎えにいってくれんか? 紊駕の目は見ずに言った。 「ガッコまでか?」 「今日迎えいく約束しとったんや。」 ヤボ用。 海昊は申し訳なさそうに、紊駕に頭を下げた。 後ろに撫で付けている前髪が、数本額にかかる。 「妹想いな兄貴だな。」 紊駕は、メットと鍵を無造作に手に取った。 玄関で靴をはき――、 りんき 「妹想いっていやぁ、麟杞に会ったぞ。ほら、BLUESの。まさか同じガッコだったとわな。」 「へぇ……。」 「あー、薪にも会ったぜ。ちゃんと頭はってんのな。」 外に出るといろんな奴にでくわすな。と、相変わらずクールな表情。 「……。」 沈黙を守っている海昊。 ため息をひとつ、ついて口を開く。 「……よく、平然としていられるな。自分の立場わかっとらんちゃうか?」 声のボリュームが上がる。 「心配してくれてんの。そりゃどーも。」 じゃ、お嬢様を迎えに。 紊駕は海昊の肩に触れて、口の端を微妙にあげる。 人を嘲るときの仕草。 「冥旻に手ぇつけちゃってもしらねぇぞ。」 にやり、鼻を鳴らして後ろ手を振って玄関をでた。 海昊は紊駕がでていった後、小さなため息をついて、携帯電話に耳を傾けた――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |