第四章 Bad Boys 恋愛事情

                             8

           しぐれ
  「ねぇ、ねぇ!時雨ってば、今朝朝帰りしたんだってぇ。」

 私立K女子学園高等部、放課後の教室。
 舌足らずな声に、黄色い声が飛び交う。
 時雨は、朝帰りってゆうのかなぁ、あれは。と、まんざらでもない顔をして、女の子数人の輪の真ん中に腰をおろしている。

  「いいじゃん、いいじゃん。で、かっこいいの?」
                                              ぬまれ     めの
 高く二つに結った、長い髪を揺らしながら時雨の座っている机を叩くのは、奴希 碼喃。
 まるい顔に大きな口。
 愛嬌のある小型犬を思わせる。

  「あったりまえ。あたしがかっこわりーのを家にいれると思う?」
                   かいう
  「あ、タカビーだ、時雨。ね、海昊さんよりも〜?」

 語尾を伸ばす。
 時雨は視線を右上にして――、

  「海昊さんもかっこいいかもしれないけど、あたしの好みじゃないしなぁ。」
          み ら
  「だってよー冥旻。海昊さんよりもかっこいい人がこの世にいるのかしら?」

 碼喃は円らな瞳を上へ向けて、口を尖らせる。
 話を振られた冥旻は、微笑。

  「へぇ。私もお兄ちゃんかっこいいとは思わないしなぁ。」
                      めみ
  「いいーもん、冥旻なんてぇ。ねー萌はどーおもう?」
                       あさわ   めみ
 いじけた表情を笑顔に変えて、隣の浅我 萌に視線を合わせた。
 サイドを三つ網にした、肩に少しつくくらいの長さの髪。
 きちんとした身なり。
        なしき
  「わたしは流蓍くんONLYだもん。」

 まじめな風体とは似合わない、語尾にハートマークがつくような言い方で、一蹴した。
 笑顔。

  「そっかー萌にすれば一番かっこいいもんね。」

  「ね、時雨。」

 様子をうかがう瞳。

  「……うーん。あたしは好みじゃないし……。」

 あいまいな返事をした。
 一瞬、萌の瞳は冷ややかになる。

  「いーなー。ね、冥旻は好きな人いるの?」

 女子高生の話題はつきない。
 まわりなどお構いなしに、碼喃はさわいでいた。

  「うん。」

 はにかんで、冥旻。
 頬が薄桃色になっている。

  「だれだれ〜?」

 おしえないよ、というように冥旻はかわいく舌を出してみせる。
 綺麗なストレートの黒髪が揺れた。

  「そういえば、冥旻、ストパーかけたんだな。」

 男っぽい言葉遣いの時雨。

  「うん。」

  「心境の変化か〜?」

 時雨は楽しそうに冥旻の髪をかき回した。

  「やだ、時雨ってばやめてよ。あ、もう帰らなきゃ!」

 冥旻は、細い腕に巻かれた時計を見て、鞄をつかんだ。
 とても嬉しそうな笑顔。
 四人は昇降口へ向かう。

  「校門にすっごいかっこいい人がいる〜!!」

 なにやら、騒がしい。
 黄色い声が響いている。

  「ねぇ、いってみよう!」

 好奇心旺盛な碼喃はすばやく靴を履き替えて、皆に手招きをした。
 そんな碼喃に時雨は、あんた海昊さんONLYでしょ。と、ため息。

  「えー。ONLYなんてゆってないよ、わたし。」

 振り返ってにっこり。

  「まあったく。」

 時雨と冥旻はゆっくりと靴を履いて、萌は全く興味なさそうに、

  「じゃ、私車だから。」

 迎えに来てもらう旨を端的に伝えて、そっけなく帰りの挨拶を済ませた。

  「萌っていつも車でお迎えだよね〜。」

 うらやましい気持ちと、帰りに寄り道できないことを残念だと含みをいれた碼喃の言葉。
 ただ、次の瞬間には既に校門に足が向いていた――……。


  「S高のせーふくだぁ!」
                                     みたか
 校門には、長く赤い前髪を風に任せてZEPHYRにまたがる、紊駕の姿。
 白のYシャツにネクタイ。
 着崩した制服がサマになっている。
 強かに注目を浴びているが、本人は気にも留めていない。

  「みた……」

  「紊駕じゃん!」

 冥旻の言葉をさえぎって、時雨は紊駕に駆け寄った。
 冥旻は、言葉を飲み込んで時雨を見送った。

  「よう。」

 紊駕は、相変わらずのポーカーフェイスで時雨と挨拶を交わす。

  「あんな頭いーガッコでも、ヤンキーっぽくてかっこいいヒトいるんだぁ。」

 碼喃は、周りの女子高生同様、きゃあきゃあ騒いでいる。
 冥旻は、もしかして、時雨が朝帰りした人って……。と、紊駕をみた。
 頬を膨らませる。

  「冥旻。」

 紊駕が冥旻に目線をあわせ、顎をしゃくった。
 ヘルメットを差し出す。

  「何?……冥旻を迎えに来たの?」

 今度は時雨が頬を膨らます番だ。
 冥旻に笑顔がもどった。
 そんな二人の想いに気がついているのか、

  「そ。お兄様の使いでな。」

 口元を跳ね上げる。
 冥旻は口元を緩めたまま、紊駕からヘルメットを受け取った。

  「じゃあね。」

 バイクの後ろに乗った。
 慣れた乗り方。
 いささか悦に浸って、時雨たちに手を振る。

  「時雨、本当ありがとな。」

 紊駕は片手を振ってスロットルを回した。
 その言葉に――、

  「紊駕さん、時雨のこと知ってるんですか。」

  「ああ、ちょっと世話になったんだ。」

 あっさり答えた。
 冥旻は紊駕の腰を掴みなおした。

  「そこのお店で停めてください。」

  「……。」

 冥旻の言葉に、紊駕は安全にZEPHYRを停める。
 古びた個人経営の駄菓子店。
 店の前には、さび付いた自動販売機。

  「どした。」

  「……ちょっと、飲み物、欲しくて……。」

 紊駕が気を利かせてバイクから降りようとしたのを、あわてて制して――、

  「大丈夫です。ありがとうございます。紊駕さんは?」

  「いや。」

 首を振った紊駕に、冥旻は自動販売機を無視して店の中に、姿を消した。

  「……。」

 風が冷たい。
 木々が乾いた音を立てている。
 車通りの少ないこの道は、人気も少ない。

  「きゃあ!」

 冥旻の甲高い声に、紊駕は素早く翻した。
 古ぼけた駄菓子店。
      きさらぎ
  「よぉ、如樹さん。」

 中には、二人の男。
 一人は冥旻に小型ナイフを突きつけている。
            ブルース      あやぶ ふひと
  「なんのマネだ。BLUESの殆に史利。」

 紊駕の瞳が厳しく二人に突きつけられた。
 殆と呼ばれた男は、おでこで分けている脱髪をかきあげた。

  「覚えててくれたなんて光栄ですね。なあ、史利。」

 ハードムースで前髪をおっ立てている史利は、にやついた笑みを漏らす。
 ナイフが冥旻の細い首で、不気味な光を放っている。

  「冥旻を放せ。さもないと……。」

 左腕が引かれた。
 冷たい瞳。

  「待ってください。如樹さんとヤりあうほどバカじゃありませんよ。」

  「だったらその光モンどかせ。万が一傷ついたらどう責任とるんだ?」

 あくまでもポーカーフェイス。
 冥旻は微動だにしない。

  「……わかりました。その代わり。」
        バッド
  「土曜日、BADのヤサに来てくださいよ。」

 慇懃な態度。
 二人、頭を下げる。

  「BADの……?ワケは?」

  「それは、今は言えません。」

 上からの命令。
 紊駕は一呼吸おいて、

  「わかった。」

 冥旻を優しく引き戻した。

  「悪かったな、巻き込んじまって。」

  「……いえ。」

 冥旻は紊駕の瞳を見ない。
 先ほどの殆と史利の言動。
 BLUESの殆と史利が、BADのヤサに来いと言った。
 今は言えないワケ。

  「……。」

 紊駕は再び冥旻を後ろに乗せて、家へ送った。

  「冥旻。カイ、どこに出かけたか知ってるか?」

 ヘルメットを脱ぐ手が止まった。
 どうしてですか。

  「……知らないならいんだ。」

  「……寄っていきませんか。コーヒー淹れます。」

 見上げた。
 さんきゅう。冥旻の頭に優しい響きを残して、紊駕はメットを受け取った。
 また、今度。
      し な ほ
  「……紫南帆さんって、綺麗なヒトですよね。」

 唇の端が微妙に下がっている。
 上目遣いの瞳。
 ありがとうございました。と、言い残して制服のスカートを翻した。

  「……。」

 紊駕は冥旻の後ろ姿を見送り、ZEPHYRにまたがる。
 前を見た。
 厳しい瞳。
 冥旻の言動、海昊の言動。
 殆、史利のそれ。
 頭の中で、フラッシュバック、リフレイン。


  「紊駕、おかえり。」
                                              きさし
 玄関をあけると、リビングのソファーでサッカー雑誌を片手に、顔を向けた葵矩。
 顎で挨拶する。

  「今日は骨休み。」

 紊駕の心の疑問に答えるように、言った。
 こんな時間に葵矩が、家にいることは希だ。
 全国高校サッカー選手権大会が順当に進んでる証拠だ。

  「順調だな。」

  「まあね。」

 サッカー雑誌に目を向ける。

  「オンナのほうも、順調を祈るぜ。」

  「なっ……。」

 雑誌を落としそうになって、あわてて掴みなおした。
 そこへ、

  「あ、紊駕ちゃん、お帰り。」

 自室からでてきた紫南帆。
 葵矩の顔がますます赤く染まった。

  「今日、ガッコサボったなぁ。」

  「ヤボ用。」

 紫南帆の小さい拳が空振った。
 冷たい空気。
 その空気を察して、紫南帆は無言で紊駕の背中を見送った。
 ため息。
 次の瞬間には、葵矩は紊駕の部屋に向かっていた。
 ノックはない。

  「ノックぐらいしたら?」

 冷笑。

  「紊駕!何であんな態度とるんだよ!最近おかしいぞ。紫南帆に冷たすぎる。紫南帆はなぁ、すごく心配して、こないだだって、お前が帰ってこないから、朝まで待ってたんだぞ。遅刻したって、お前のこと待ってたっていうのに!!」

  「お前が連れて行かないのが悪いんだろ。」

  「紫南帆を物みたいに言うな!!本当に何があったんだよ。あの、海昊ってやつのせいだろ。この間も今日も、何処で何してたんだよ!!」

 葵矩は肩で息をした。

  「その短気。どうにかしろよな。」

  「話を反らすな!!」

 冷淡な言葉をさえぎる、熱い声。
 紊駕の端整な口が開いた。

  「何でもお前に話さなきゃいけないワケ?ぎゃあぎゃあ女みたいにうるせーよ。だから男に犯されんだろうが。」

 二人の間のガラスに罅が入った。
 崩壊寸前。

  「……俺、海昊ってやつを一生うらむよ。」

 涙の雫が流れるような、声。
 両拳に力をいれ、唇を強かにかみ締めた。
 そして、葵矩は紊駕に背をむけた――……。


>>次へ                                   <物語のTOPへ>
1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10
11 / 12 / 13 / 14 /
あとがき