12 きさらぎ みたか 「紊駕ぁ――!!如樹 紊駕ぁ、でてこいやぁ――!!」 授業中のS高。 校内は騒然。 いつか見た光景。 ただ、今回は、バイクと車。 車――、紫のフェラーリ。 「バックレてんじゃねーぞ!!」 今日も紊駕は学校には来ていない。 三年の教室で――、 「先生、ちょっと気分悪くて……保健室に行っていいですか。」 せのう 「どうした、瀬喃。顔色悪いな。……外に変な奴らが来ているようだが、相手にするなよ。」 大事な時期なんだから。 りんき 担任は麟杞に釘をさして、保健室に促した。 麟杞はもちろん、保健室などには目もくれず、階段を下りた。 「……あ、あさざさん?」 「え。麟杞??」 正門に向かう途中で、麟杞とあさざは鉢合わせした。 「あんたって、ここの生徒?」 「あさざさんこそ、何でここに?」 二人はお互い、S高にいることを知らなかったようだ。 なんて、話をしている場合じゃない。 二人は我に返った。 顔を見合わせる。 窓の外を見る。 ぐし へんり 「間違いないです。あれは虞刺と遍詈。」 たつし 「ええ。そして紫のフェラーリ。……闥士。」 早足で階段を駆け下り――、 なしき 「流蓍先生!」 し な ほ きさし 紫南帆と葵矩だ。 紊駕の名前を聞いて、いてもたってもいられなかった。 麟杞を見て――、 「紊駕ちゃんの友達ですか?」 そう み し な ほ あすか きさし 「ダチっていうか、俺、麟杞ってんだ。もしかして、蒼海 紫南帆さんと飛鳥 葵矩……?」 麟杞の言葉に、紫南帆と葵矩は怪訝な顔をして頷く。 だが、自己紹介してる場合ではない。 四人は昇降口にでた。 「ぞろぞろ舎弟がでてくるかと思ったら、何だ、四人?しかも女がいんじゃん。」 縦も横も十分に肥えた、遍詈。 紫南帆とあさざを舐め回すように見た。 厚い唇をなめる。 乾いてひび割れた唇。 「アイツはいつも一匹狼だったろうよ。紊駕はどうした。」 低い声。 ガタイは遍詈より細いが、がっちりしている、長身。 サングラスにリーゼント。 「あさざさんじゃねーか。」 紫のフェラーリの助手席から、ドアを開けさせて、闥士が降りてきた。 ハード・アメカジのルックス。 肩まで垂れる黒髪。 「何?ここの教師?」 よく通った鼻筋をゆがめる。 「紊駕はどこだ。」 豹のような目つき。 「さあね。」 あさざは顔を背けた。 間髪入れずに遍詈があさざをつかんだ。 「やめろ!」 「あん?麟杞じゃねーか。頭に向かってナメてんのか?」 遍詈は虞刺を指し示して、麟杞を睨むが、脂肪でできた腕をつかんだまま、ツバをはき捨てた。 虞刺の足元に落ちる。 「えれぇ態度だなぁ、麟杞よぉ。」 虞刺は、麟杞の吐いたツバを黒の革靴で踏みにじった。 砂利がすれる音。 「誰が頭だって?」 麟杞は怯まない。 ブルース たきぎ 「BLUESの頭は、薪さん一人だ。」 「んだと、コラッ!!」 殴りかけた腕を、 「やめろ。」 闥士が止めた。 内輪モメはまたにしろ。 「俺、今、機嫌悪りぃよ。」 地を這う声。 切れ長のシャープな目がさらに細くなる。 「早く紊駕探してこい!!」 「は、はい。すみません!」 虞刺と遍詈、敬礼。 あさざは、待って。と二人を制して――、 「紊駕は学校にはきてないわ。校内で暴れるのはよして。学校はカンケーないでしょ。」 「良い女になったなぁ。あさざさん。」 闥士は薄く、端整な唇を跳ね上げた――……。 江ノ島東海岸。 「紊駕。ガッコ行かんでええんか。」 「ヒトのこといえんのか。」 かいう つづみ てつき 海昊を始め、薪、坡、轍生。 ささめ ささあ くろむ そして、細雨、篠吾に黒紫までもが揃っている。 俺たちはいつものことっス。と、坡が口元を緩めた。 冬の海。 風が冷たい。 ひさめ 「細雨……氷雨、元気か。」 紊駕が細雨に向き直る。 バンダナをした、幼い顔立ち。 「兄貴ですか。元気ですよ。今、仕事忙しいみたいですけど。」 細雨は足元の砂をもてあそび、答えた。 氷雨は両親の離婚後、働かない父親に代わって生計を支えてきた。 父親の暴力に耐え、弟を守るために。 「そうか……。」 今回の件は、氷雨には通していない。 紊駕も賛成していた。 「こら、お前たち。こんなところで何やってるんだ。」 弁天橋の上から叱責が降ってきた。 皆が見上げる。 「何、おっさん。俺たちにゆってんワケ?」 薪が鋭い目を突きつけた。 サラリーマン風のきっちり着こなしたスーツ。 「学生だな。こんな時間に……如樹。」 紊駕を見て、言葉を止めた。 しなだ 氏灘だ。 あさわ 紊駕は焦る様子もなく、クールな表情のまま、浅我先生、と声にした。 「セン公なワケ。やばくねぇ、如樹さん。」 坡が轍生に耳打ち。 「どうしたんすか、こんなところで。」 紊駕は物怖じしない。 弁天橋を見上げる。 「それはこっちのセリフだ。」 まあ、いい。と、鼻に皺を寄せて紊駕たちの側に来た。 懐かしいな。独り言を呟く。 「俺もよく、学校さぼってきたもんだ。」 表情が青年に戻った。 特にとがめることも無く、紊駕たちにまざった。 「……娘さんとは、話できましたか。」 三つ網のオサゲの少女。 まじめを絵に描いたようだった。 だが、無数のためらい傷。 氏灘の顔が曇った。 「恥ずかしい話しだ。娘の好きな奴のことでな、ちょっとモメたんだ。」 「本当に好きなヒトと一緒になるのが、幸せなんじゃないのか、ってゆってましたよ。」 娘と話したのか。と、前置きをおいて、そうか。と、頷いた。 空を仰いだ。 父親の顔から青年の顔に戻った。 「私が27の時だったか。まだ新米の教師で、担当を受け持ったクラスのコに、少しはみ出しているコがいてね……。」 知らないうちに想いを寄せ合っていた。 教師と生徒。 「同じクラスにやっぱり、少し不良っぽい男子がいてな、その子は彼女のことが好きだったんだ。……私は、彼に彼女を押し付けたんだ。」 彼女を愛していた。 しかし、生徒だ。 深いため息。 「わかんねぇよ。」 薪がはき捨てた。 「かっこつけすぎだよ。その女がどんな気持ちだったかわかんのかよ。」 「薪。」 海昊の静止にも、言葉を続ける。 「世間体気にしすぎなんだよ、あんた。マジでホレてんなら、カンケーねーだろ。」 「薪、やめい。」 さきほどより、大きな叱責。 肩に触れる。 薪は声のトーンを落とした。 「知ってんだよ。そういうやつ。その女、毎日顔赤くはらして、死にそうな顔してよ。こっちが耐えらんねーよ。」 「……薪、っていうのか、君。」 氏灘の顔つきが変わった。 薪が怪訝な顔する。 氏灘は異様に焦った雰囲気。 紊駕は海昊に顎をしゃくった。 何やらピンときたらしい。 「皆、腹減ったやろ。」 いこうや、立ち上がった。 皆、海昊に倣う。 皆の姿が見えなくなってから、紊駕は口を開いた。 「流蓍 あさざ、ですか、その生徒の名前。」 氏灘が観念したように、頷く。 その頷きを確認して――、 「娘さんの好きになった相手が、薪、か。」 「娘に、知られてな。咎められた。今でも好きなんだろう、と。」 氏灘は遠くを見やった。 またひとつ、ため息。 「結局。私はお金につられたんだ。今の妻は財産家でね。薪くんのいう通りだ。世間体を気にして、格好つけて……。」 「ヒトには色々な事情があります。先生は間違ってなかった。あさざも解ってますよ。」 ありがとう。氏灘はそういい残して背を向けた。 紊駕はその広い背中を見送った。 タイミングを見計らって海昊は、皆を連れて戻ってきた。 その後ろから――、 「薪さん!!」 バイクが弧を描いて停まった。 息せき切った、麟杞の姿。 一度家に帰ってバイクをとってきたと思われるが、制服姿だ。 「麟杞、どした。」 「き、如樹さんは?――如樹さん。」 薪の声に、尋ねて、そして紊駕の姿を見つけた。 紊駕が目を向ける。 「さっき、S高にぐ、虞刺たちが乗り込んできて……。」 「何やて?」 周りに響くほどの音量で、 クレイジー・キッズ 「闥士と一緒だったんです!あの、渋谷のCrazy Kidsの闥士です!!」 叫んで、肩で息をする。 周りの人たちが何事かと振り返るが、一蹴する。 「ド派手な紫のフェラーリで、如樹さんを呼んでて……。」 「……。」 紊駕の前髪が潮風に揺られた。 虞刺、遍詈。 そして闥士。 「……闥士って誰?」 薪の言葉に、黒紫、篠吾、そして細雨が頷いた。 海昊は、知らんのやな。と納得して――、 「アイツもBLUESだったんや。せやけど、いざこざゆうかな、があってな。BLUESを辞めて、渋谷にいったゆう話や。今はCrazy Kidsの頭をはっとんのやけど――……。」 紊駕を見る。 「俺のことを恨んでる。」 「お門違いや。ワレのせいやない。」 海昊が訂正した。 渋谷の100万、不穏な風がまた、吹いた。 「チームっスか……100人はカタイっすよね。いつ乗り込んでくるかもわからないって……。」 坡が頭を抱えた。 BAD、BLUES、そしてCrazy Kids。 「どうします、いつでも集合かけれるように体勢とっとかなきゃ……」 轍生の言葉に、待て。紊駕がさえぎる。 鋭い瞳。 「BADとBLUES、全員集合させるつもりなのか。」 「そうでもしなきゃ、虞刺と遍詈だけならいざしらず、チーマーもなんて、数で勝ち目ないっすよ。」 麟杞が、いやな脂汗をぬぐう。 こわばった顔。 「周りの迷惑も考えろ。BADにBLUES、それにCrazy Kidsが集合してみろ。マッポどころのさわぎじゃねぇ。」 「じゃあ……。」 坡が海昊を垣間見た。 端整な顔をゆがめて、無言。 防波堤に腰を下ろして、右手を額にあてがった。 ため息。 「相変わらずだなぁ。紊駕よう。」 一斉に弁天橋を振り仰ぐ。 野生の豹のような瞳を細めて、ほくそ笑む――、 「闥士。」 「四六時中、背中に注意しろってゆったろ。」 紫のフェラーリ。 津蓋に虞刺、そして遍詈。 麟杞の後をつけてきたと思われた。 浜へ降りた。 「マッポは全て押さえてやる。それだけじゃねーぞ。お望みなら、江ノ島全体を無人にだってしてやるぜ。」 右目を細めて、薄い唇を跳ね上げた。 嫌味な笑い方、嘲笑。 世の中は金、金、金。 「24日がいいな。クリスマス・イヴ。」 お前たちの命日。 にやり、笑った。 「……どこに何時だ。」 低く押し殺した声。 紊駕が厳しい目を突きつけた。 「午後11時。場所はここ、江ノ島――ホームゲーム。お前たちのが有利だろ、ハデにあばれろよ。」 「薪ぃ、てめぇ随分とえらくなったなぁ。」 虞刺が薪を見下ろした。 二十センチ近い差。 薪はもろともせずにツバをはきかけた。 虞刺の頬に命中。 「……っやろう。覚えておけ。」 はき捨てた。 「そこの黄色い兄ちゃんよぉ。どっかで見たコトあんだけど……。」 闥士が薪を睨みつけて――、 「ああ、あさざさんの弟、かぁ。大きくなったじゃん。」 黄色い頭を小バカにするように上から叩いた。 その腕を払って、 「てめ、殺されてぇのか。」 薪は唸るように呟いた。 闥士は失笑して、 「これが、BLUESの頭かよ。楽しみだな。」 にやついた笑み。 よく通った鼻筋に皺がよる。 去ってゆくその不敵な笑みに、薪を始め、麟杞、篠吾、黒紫、皆が睨みを利かせた――……。 「あ、いたいた、お兄ちゃ……」 み ら 冥旻が江ノ島駅方面からやってきて、異様な雰囲気を感じ取った。 言葉を飲み込む。 「冥旻。どないしたん。」 海昊はきわめて普通に、妹の名を呼んで、受け入れた。 しぐれ めみ め の 冥旻に時雨、萌、碼喃。 私立K女子学園のセーラー服が、四体も揃った。 「あー、この間のかっこいいお兄さん!」 「紊駕。」 「あ……。」 碼喃、時雨、萌の順で、紊駕を見て口を開いた。 私立K女子学園へ、冥旻を迎えに行った紊駕。 時雨の家へ一泊した紊駕。 小町通で万引きをとめた紊駕。 「薪……。」 「時雨かよ。」 「え、姉貴?」 次は、時雨、薪、細雨が言葉にした。 「どーなってんだ?」 坡や轍生が頭の上にハテナマークを浮かべる。 どうやら、さまざまな事情の上、さまざまな人間関係が成り立っているようだ。 時雨と薪、そして萌は中学の同級生。 時雨と細雨は姉弟だが、久しぶりに再会したようだ。 そして――、 「時雨の兄貴って、氷雨のこと、か。」 「紊駕、兄貴のこと知ってたの。」 時雨たち兄妹弟は、両親の離婚のため別々に引き取られた。 時雨は母親に、氷雨と細雨は父親に。 「世の中は狭いんやな。」 海昊は左エクボをへこました。 紊駕も、瞳を細めた。 束の間の穏やかな時間を、かみ締めるように――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |