第四章 Bad Boys 恋愛事情

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       みたか
 もう3日も紊駕に会っていない。
 し な ほ
 紫南帆は長い髪を潮風になびかせて、帰路に向かってた。
 毎日会っていたために、3日という期間はとても長い。
 あれから、ため息ばかりついている自分に気づく。
 そして、またため息。

  「紊駕ちゃん……。」

 誰に言うともなく呟いた。
 夕日に染まった海、空。
 帰路に向き直る。

  「……あなたは……。」

 目の前に、ひとりの少女が立っていた。
 ハーフコートの下に、セーラー服が見え隠れしている。
 私立K学園に行った帰りに出会った少女。
 み ら
 冥旻だ。
   ひりゅう  み ら
  「飛龍 冥旻です。」

 頭を下げた。
 黒のストレート髪が前に垂れた。
 癖の無い柔らかそうな髪。

  「飛龍……それじゃあ……」

  「はい、妹です。」

 紫南帆の言葉をさえぎって、答えた。
 小さな唇が震えているようにも見える。
 潤んだ瞳。

  「少し、お時間よろしいですか。」

 小さな両拳を膝上のセーラー服の上で握った姿に、紫南帆は頷いた。
 不安な気持ちを押さえ込む。
 隣に並ぶと、少し紫南帆のほうが背が高いが、背格好は良く似ている。

  「私……紊駕さん好きです。」

  「……。」

 冥旻は歩みを止めた。
 紫南帆もそれに倣う。
 冥旻は真剣な眼差しを向けたが、徐々にその瞳が険しくなる。
 眉間の皺。

  「でもダメです……髪もストレートにして、紫南帆さんに似せたけど。でも……」

 私、紫南帆さんになりたい。
 今にも泣き出しそうな表情。

  「冥旻、ちゃん?」

  「お願いです。紊駕さん、止めてください。」

 頭を下げた。
 紫南帆は戸惑って、しかし優しくいたわるように、冥旻を家に招きいれた。
 母親たちは、その様子を見て何も言わずに、紫南帆と冥旻を二人きりにしてくれた。
 紫南帆はモカを淹れて差し出す。

  「紊駕さんの好きな、コーヒーですね。」

 冥旻はコーヒーを覗き込んで、自分を見た。
 ため息をつく。

  「紊駕さん、きっと無茶します。皆のために自分のこと傷つけて……優しいから。」

 独り言のような言い方。
 コーヒーカップを小さな両手で握る。
 震えている。

  「24日に抗争が起きます。午後11時、江ノ島です。」

  「……でも。私は何もできない。」

 紫南帆は唇を噛んだ。
 やりきれない思いは、二人とも共通していた。

  「紫南帆さんしか止められないんです。」

  「冥旻ちゃん……。」

 時計の針が二人を静寂へといざなう。
 カウントダウン。

  「……すみません。」

 いてもたってもいられなかった。
 想いは同じ。
 冥旻はコーヒーのお礼をいうと、家を後にした。

  「ただいま。」
         きさし
 入れ違いに葵矩が帰宅した。
 太陽はもう沈んで姿は見えない。

  「あれ、さっき……」

 紫南帆は唇を結んで、軽く頭を下げた。
 冥旻がきたことを告げる。

  「24日って……今度の土曜日。」

 全国大会予選決勝戦の前日。
 葵矩は、紫南帆の憂う顔を見て、
      あすか
  「……飛鳥ちゃん。」

 自分の腕の中に紫南帆を抱きすくめた。
 衝動。
 小さな体はずっぽり埋まってしまう。
 両腕に、きつくならない程度の圧力をかける。
 紫南帆の表情は見えない。

  「俺……、俺は紫南帆の側にいる。紫南帆を守るから。俺はずっと……。」

 紫南帆は身じろぎせずに体を預けていた。
 痛いほど伝わってくる、想い。

  「俺は、ストレート勝負をする。」

 自分に言った。
 月は、見えない。
 それぞれの想いを抱いて、夜が更けていく。
 クリスマス・イヴ。
 サンタクロースは、やってくるのか――……。


 そして12月24日、土曜日。
 夜の江ノ島。
 閑散としていた。
 そこに、BAD BOYs。
        バッド     ブルース
 湘南暴走族BADにBLUESのメンバー。
 そして、紊駕。
 無言。
   たきぎ
  「薪さん、ピリピリしてますね。」
 つづみ  かいう
 坡が海昊に耳打ちをした。
 波打ち際で、一人厳しい目を向けている、薪。
                         せいむ
  「せやな。アイツにとって、この抗争は青紫のカタキであり、BLUESの総統としての引導をもらうためでもあるんさかいな。」
                    ぐし
 薪は、BLUESの二代目総統の虞刺から、正式に跡目を任されたわけではない。
 今日、虞刺と勝負をして、そしてケジメがつく。
 クリスマス・イヴ。
 巷ではゆかいな鈴の音と陽気な曲。
 赤と緑の装飾。
 しかし、ここ、江ノ島にはそれを告げるものは一切無い。

  「来た。」

 誰かが叫んだ。
 紫のフェラーリ。
 車、バイク。
     へんり            クレイジー・キッズ
 虞刺と遍詈、そしてCrazy Kids。

  「ハンパじゃないっスね、あの数。」

  「数じゃこっちも負けてねぇ。」

 鉄パイプを担いで、攻撃態勢。
 紊駕が立ち上がった。
 BADとBLUESを見る。
 人を射抜く、蒼い瞳。

  「Crazy Kidsと構える理由はお前らには無い。BLUESは虞刺、遍詈とケジメをつければいいんだ。BADは手を出すな。」

 冷静に声を押し殺す。

  「そんなの今サラ……。」
          きさらぎ
  「そうですよ、如樹さん。」

  「メンツ保つには……」

 周りのざわめきに――、

  「メンツ?メンツのために、人を犠牲にすんのか?」

 声のヴォリュームが徐々に上がった。

  「メンツのために、青紫の二の舞にするつもりなのか!!」

 BAD BOYs、一斉に姿勢を正す。
 海昊は、紊駕の悲痛な叫びを受け止めた。
 三年前と同じことを繰り返すな。

  「紊駕のゆうとおりや、ワイらは無暗な抗争をしにきたんやない。せやな。」

 海昊の穏やかな物言いに、BAD BOYsは強張らせていた体から力を抜いた。
 鉄パイプが砂の上に落ちる。

  「相変わらずかっこいいな、お前わ。」
                  たつし
 高級そうなランチコート姿の闥士。 つがい
 隣には冬だというのにタンクトップの津蓋。
 虞刺に遍詈。

  「てめぇら、寝返るなら今のうちだぞ。今なら仲間に入れてやる。虞刺さんと闥士さんについてくれば恐いもんなんて、何もねーぞ。わかるだろ。」

 遍詈の顔の肉が歪んだ。
 にやけた、下卑た笑い。
 BLUESたちの眼光が一斉に向いた。

  「残念だな、俺たちの仲間に卑怯な奴はいねーよ。」
 りんき
 麟杞が口を開く。

  「お前らについてく奴なんていねんだよ。BLUESは皆、薪さん信頼してんだよ!!」

 啖呵。
 夜の海岸に響いた。
 BLUESはもう一度、戦闘態勢をとった。
 一様にガンを飛ばす数十もの眼。
 一触即発。

  「随分嫌われたみたいだな、虞刺。」

 闥士は、周りを見渡した。
 ランチコートのポケットに手を突っ込む。
 胸を反らす。

  「マッポは押さえた。出入り口は下僕が見張ってる。おあつらえ向きだろ。さあ、殺ろうか。……と思ったけど。」

 こんな、ザコを殺ってもおもしろくねぇ。
 唇の端が上がった。
 肩まで垂れる前髪をゆっくりかきあげた。
 野獣のような眼。

  「紊駕に海昊。それに薪だっけか。に、麟杞。この四人に勝負をたくすっつーのはどうだ。」

 紊駕と闥士。
 海昊と津蓋。
 薪と虞刺。
 麟杞と遍詈。
 一対一、タイマンというわけだ。

  「異存はねぇようだな。」

 八人はお互いの相手と睨みあった。
 BADとBLUES、そしてCrazy Kidsは納得がいかない顔つきを顕わにしていたが、逆らう奴は誰もいなかった。
 弁天橋の真ん中に八人を残し、その周りを取り囲むようにして、BAD BOYs。
 野外リンク。
 死闘が始まる。
 午後十一時ジャスト。
 クリスマス・イブ――……。


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