♦JとKの約束
♣
2
こいつの第一印象は、デカイ坊主。
次いで、ウザイ。暑苦しい。だった。
俺、
新極 桔平は、前の席にこっち向きで座り、俺の英語のノートに勝手に何やら書いている男―――
大道寺 宗尊。を、睨みつけた。
「……でな。ここ、テストでるって先生、言ってたぞ。」
こつこつ。と、赤ペンでノートをつつく。
俺は大きく溜息を付く。わざとだ。
昨日、サボった授業のノート。頼んでもいないのに、こいつは勝手に俺に教え始めたのだ。
わかるか?と、上げた顔。太い眉、でかい鼻口。善人顔の、坊主。
「頼んでねぇ。」
俺の言葉に、そうだな。でも、テストに出ると言っていたから、重要だ。と、大真面目な顔でうなづいて、ここもな。と、次のページをめくった。
俺は、諦めて窓の外を見た。
良く晴れた青空。
木々の葉は枯れ、風に吹かれて落ちる。
“約束の日”まで、もう日がない。
どうすっか……
「……。」
学ランのズボンが振るえた。スマホを取り出す。
表示を確認して立ち上がる。
“坊主”が何か言ったが、シカトして教室を出た。
そのまま学校をフけて、鎌倉駅へ向かう。
「……はい。わかりました。」
歌舞伎町に来い。電話の主はそういうとさっさと通話を切った。
鎌倉駅から大船駅。藤沢まで出て、小田急線で新宿まで。
約1時間半。
新宿歌舞伎町一丁目。飲食店や風俗、アダルトショップなどが密集する裏通り。
学ランの下に着こんだパーカーのフードをかぶって、指定された店の前へ。
着きました。メールを送った。
返信が来るまで、壁によりかかり四角い空を見上げた。
陽が落ち始めている。
だんだんとオレンジ色に染まる空を見ながら、俺は、何をやっているのだろう。と、自問する。
答えはない。
落ちていた空き缶を蹴る。からん。と、中身のない空虚な音がした。
俺の頭も同じ音がするかもな。自嘲が漏れた。
―――金パツ、黒短パツ。2人組。チビとデブ。
メールを確認してポケットにしまった。
数分後。
メールの示した特徴と同じ2人組がこちらに来た。
すぐにわかった。風体でチンピラだとわかる。
肩で風を切る、威張った歩き方。
「おい、どけ。ジャ……」
最後まで言わせなかった。
相手は何が起こったかわからなかったはずだ。俺は、出された右手を掴み、手首を返して大きくひねっただけ。相手が勝手に転んでもう一人を巻き添えにした。
そして、唖然として下から見上げた男たちを無言で睨みつけた。
ただ、それだけだ。
「……ちっ、覚えてろ。」
いちいち覚えていられるか。
捨てセリフを吐いて逃げ行く2人の背中を見て、溜息をついた。
柔術はどっかの寺だか神社だかで何かの集まりに参加したのがきっかけで始めた。
確か、5、6才だったか。
自分には合っていたようで、そこそこ強いと思っている。
175p、60kgにも満たない、中坊の俺でも、大の大人を伸すことができる。
見た目とのギャップに油断するのか、いつも一瞬でケリがつくことが多い。
こうやって、指定された場所で、指示された人物を猟る。
獲物に興味はない。淡々とこなすだけ。
小遣い稼ぎ。だ。
―――ごくろう。
メールと同時にカギの在処。カギを入手してコインロッカーに向かった。
2万円の収入。今日は食いつなげる。が……。
―――大きいの、ないですか。
2万じゃ全く足らなかった。返信すると、また連絡する。といわれた。
今月中に100万。どうしても必要だった。
とりあえず、今日は終いだ。
駅へ戻ろうと振り返った瞬間、誰かにぶつかった。
「痛っ……。」
ぶつかってきた人物は、謝るわけでもなく、うつむいたまま振り返りもしない。
ちっ。と、俺は舌打ちをして歩き出す。
「おかえり!!」
「おかえりぃ!」
自宅の玄関を開けると、幼い2人の妹が抱き着いてきた。
その2人を抱きとめてかがむ。
「こら。兄ちゃんじゃなかったらどうするんだ。いつも言ってるだろ!」
5つ下の妹、
彩愛がごめんなさい。と、言い、7つ下の妹、
想愛は、だって歩く音がにぃにだったもん。と、頬を膨らませた。
溜息をついて家に上がる。今日の収入2万円で買った夕食の材料をキッチンのテーブルの上においた。妹たちが中をのぞいて、お菓子あるぅ。と、笑顔を見せた。
藤沢市辻堂。駅から20分程の安アパート2DK。
家賃は、5万だが、滞納が何ヶ月あるのか覚えていない。
「……桔平。帰ってきたの。」
隣の部屋。どんどんと弱々しくなる母親の声がした。
ああ。と、返事をして夕食作るよ。と、学ランを脱いで、壁にかけた。
父親は、ずいぶん前から行方不明だ。
借金を返せないと今更気が付いて逃げたか、ヤクザにでも殺されたか、知らない。
女と蒸発したのかもしれない。毎月大量に送られてくる催促状にキャバクラだか風俗店だかのものあった。
ある日、借金の取り立てにヤクザが来た。
そのヤクザを伸したら、おそらくボス。が、俺を飼う。といった。
仕事を回してくれるようになった。
仕事―――殆どがブラックに近いグレーゾーン。の。
別にブラックだとて関係なかった。
金が手に入るなら、何だってやるつもりだった。いや、今でも。
まあ、現実問題、捕まったらこいつらに食わせてやれなくなるから困るが。
ヤクザが俺を飼うことでメリットがあるのだろうし、WinWinだ。
そんな生活は、もう一年になる。
「うわぁ。今日はごちそうだね!」
「本当だ。たくさん具が入ってる!」
妹たちが背伸びをして鍋の中を覗き込む。
ジャガイモ、ニンジン、タマネギ。珍しく肉の入ったシチュー。
金がないときは、タマネギだけのときもある。
米はない。閉店間際のパン屋で、不要になった耳をもらう。それにかけて食す。
わかっている。いつまでも続くはずはない。
学校も行けなくなるだろう。児相に言えば妹たちは引き裂かれる。
母親も生活保護は受けられない。せめて、離婚してくれれば。と思う事もあるが、それで援助をもらえても焼け石に水。
借金を返せるはずはない。手遅れなのだ。何もかも。
とりあえず、今をつないでいくしか選択肢はない。
窓の外を見ると、右側の欠けたアンバランスな月がこっちを見ていた。
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