♦JとKの約束
♣
10
「
平ちゃん。」
次の日。というか、数時間後。だ。教室に
如樹 龍月が現れた。
何で、この人。こんなに爽やかなワケ。眠っ。
俺は、大あくびをしながら、睨みつけた。
「なれなれしい呼び方、止めてください。」
うざそうに言ってやると、だって、仲良くなったじゃん。と、笑った。
学校での如樹 龍月は、昨日―――夜。のような畏怖は全くと言っていいほど纏っていなかった。
品行方正、成績優秀。クリーンで人気者のイケメン生徒会長。
共学か。と、言いたくなるくらい、周りは騒がしくなった。
その、全てに応じるように笑顔を振りまく。
―――君のお父さんは、CIAだ。
今でも実感がわかない。つーか、一生わかない。
親父がCIA?んなの、映画かTVでしか聞いたことがない。
そんな俺の反応に、この人は、至極丁寧かつわかりやすく説明してくれた。
頭、いんだな。と、納得させられて、我に返ったほどだ。
親父が残した情報は、当然。俺の何がどう鍵なのか全く心当たりなんてなかった。
あの、ビデオ通話の親父がフェイクだなんて、疑いもしなかった。
それだけ、親父と“キョリ”があったのだろう。いまさら、生身にあってもわからなかったかもしれない。もう、居ない。らしいが……。
涙も出なかった。
母親や妹たちにも言ってない。とりあえず、コーカス・ゲーム。とやらが終わってから考えることにした。
―――コーカス・レース。って何スか。
そう尋ねた俺に、知らない?不思議の国のアリス。と、如樹 龍月は、言った。
不思議の国のアリス。といえば、アリスが白ウサギを追って、不思議な国に迷い込む話。狂った茶会とか、帽子屋とかネズミとか。確か、トランプも出てきたか。と、思い出す俺に、如樹 龍月は、そうそう。と、うなづいた。
その、第3章がコーカス・レースらしかった。
ドードー鳥が提案した無意味無益なレース。適当に円を描き、適当な位置から適当に走り出す。さらに適当に終わる。
作者のルイス・キャロルが、政治の世界を皮肉ったのだとか。
如樹 龍月は、さらりと博識をさらけだした。
コーカス―――Caucus。とは、インディアンの部族会議を表す言葉だったが、アメリカの政治用語となって、イギリスにも持ち込まれ、今では、“幹部会”などという意味でも使われるんだ。と。
つまり、2月13日にCIAの幹部会が行われる。そこに、俺が参加するってワケだ。
情報を手に入れたら、当然俺は用済み。
必ず救う。と、如樹 龍月は、約束した。あの、英語で話をしていた相手―――仲間。がいるのだろう。
如樹 龍月が一体何者なのか。何故俺を救うのか。
まるでわからない。それこそ不思議の国に迷い込んだかのような、心境だ。
でも、何故か、大丈夫な気がした。
根拠なんてもちろんないが、この人を、如樹 龍月を信じてみようと思えたのだ。
いままで、友人という友人は、居なかった。
孤独を淋しいと思ったことはなかった。いや、考えないようにしていた。
「如樹先輩!!」
バカでかい声。坊主だ。
―――友達だろ。
坊主の言葉が脳裏に蘇る。
「お。
尊ちゃん。おはよう。」
如樹 龍月は、左手で俺、右手で坊主の肩を同時に叩いた。
タケちゃん?と、坊主は首を傾けたが、如樹 龍月は、全くおかまいなしに、含みのある笑顔で、もう大丈夫だよ。仲直り。な。と、言った。
何だ、ソレ。
「……あざっス!!」
坊主は、理解したらしい。如樹 龍月に頭をさげた。
だから、何だよ。
「平ちゃぁん。心配してくれてる友達を本気で殴ろうとしたり、欺いたりしたらダメだよ〜。」
「……。」
何で、知ってんだよ。という疑問は、もういいや。
愚問ってやつなんだろう。
「……
大道寺。悪かった。」
坊主―――大道寺は、豪快に快活に笑った。そうか、良かった!!と、バンバン俺の背中を叩く。痛ぇよ!
如樹 龍月は、昨夜、こうも言った。
もう、ヤクザからの連絡はないし、借金を取り立てられることもない。と。
「
桔平。」
また、あの声音。あの感覚。どきりとして、如樹 龍月を見つめる。
「孤独と、孤高は違う。尊ちゃんも、俺も友達だ。これからも、ずっとね。」
だから、桔平は、孤高の狼だ。
如樹 龍月は、笑った。俺の心内を見透かして、冷めた、諦めにも似た感情。悲しいとか、淋しいとかいう負のそれを、引きずりだしてきて、強引に、溶かした。
「何スか、それ。」
「かっこいいスね!!」
俺は、鼻で笑って、大道寺は、バカでかい声で言った。
如樹 龍月は、やはり、笑った。
「そういえば、隣のクラスの良く遅刻する生徒。あと、一つ下の生徒の件……」
如樹 龍月は、大道寺と話し出した。
生活委員会がどうとか。よくわからない。でも。
この人は……根っからの世話焼きなんだろうか。まあ、生徒会なんつーのに入るくらいだから、責任感は、強いのだろう。自ら目立とうとして立候補したようには見えないから、きっと推薦。周りからの信頼も厚そうだ。
「何か、ついてる?平ちゃん。」
昨日今日知った人間に向ける笑顔ではない。昔から友人のようなそんな雰囲気に呑み込まれそうになる。でも、悪く、ない。
「だから、その呼び方やめてください。龍月さん。」
勢いでそういって思わず顔を背けた俺に、お。初めて名前よんでくれた。と、思い切り
拾われた。呼んでません。と、猛否定。
呼んだよな!と、大道寺がやはり大声で言って、俺は
宗尊だ。桔平!!と、何も考えナシに、そういった。
如樹 龍月―――龍月さん。は。破顔した。
3日後。
俺は、龍月さんに呼ばれて、由比ヶ浜駅で待ち合わせた。
改札で待っていた龍月さんは、学ランじゃないせいもあるが、やはり大人びて見える。身長はさほど変わらないが、何と言うか全体的にオシャレだ。
長めの黒い前髪は、向かって左、ナナメに長く、右目を隠す。うしろは短く無造作にまとめている。
白のロングコート。黒系の色褪せデニム。シンプルなのに、イケメンをさらに引き立てる。
でも、やはり整い過ぎる、顔だろう。そして、極め付けは、その瞳。
ヤンチャそうな少年そのものの様で、見透かす鋭さと畏怖。優しさも同居する、不思議な雰囲気。ミステリアス。
「ごめんな、学校帰りに寄ってもらえばよかったんだけど……」
由比ヶ浜駅から海へ続く道を歩く。時間は、夕刻。そろそろ陽が沈む。
龍月さんの言葉に、いえ。と、返すが、学ランで来させないためと知る。
俺の学ランには、CIAによって盗聴器が仕掛けられていたらしい。
だが、対処した。と、龍月さんはこともなげに言った。
でも。コーカス・レースまでは、もう一度盗聴されたままでいてほしい。と、言われ、従った。
“敵”を欺く為。のようだ。
数分歩いて、大きな和風の建物が見えてきた。一つではない。道路沿いにカベが海まで続いているかのよう。その中に何個か、何十個か、屋根がある。まさか、自宅ではないだろうな。
龍月さんは、ただいま。とは言わなかった。
「連れてきました。」
和風の立派な門の前。解錠音。
広っ!!門をくぐると、素人の俺でもわかるほど、手入れの良く行き届いた庭。
龍月さんは、慣れた様子で目的の建物まで歩く。
一つの街か。いや、それは言い過ぎかもしれないが……。
その敷地内の一角。迷路のような通路。方向感覚は、とうにない。
入ったら出られないんじゃないか。というような場所。
寒い。地下にいる。それだけしかわからなかった。
子供なら、秘密基地。とかいうかもしれない。忍者屋敷のような建物のその一部屋―――目的地。には、さらに驚かされた。
「そこ、座っといて。」
龍月さんがノックをして入った部屋は、まるでSF映画かという施設。
モニターやPC。よくわからない機器。でかいファン。
龍月さんは、やはり慣れた風で、俺に目配せする。とりあえず座った。
数分して、先の声の主だろう。男がこちらに来た。
自身の右肩を左手でもみながら、首を左右に倒す。ぽきっ。と、乾いた音がした。
全体的にさっぱりとした小柄で細身の男は、細い目で俺を見る。
「あ、
総士朗さん。」
龍月さんにそういわれ、アゴをさげる。俺の名は、知っているのだろう。
紹介なんていらんわ。と、総士朗さんは関西弁で口にして、指差す。
そっちに行けという事か。不愛想すぎるというほどではないが、あまり人とのコミュニケーションは好きではないようだ。
俺もそうだからまあ、逆に助かるが。
とりあえず総士朗さんの言う通りにする。座って眼科検診のような機械で写真をとられたり、両手両足を平らなプレートの上に乗せて、スキャニング?されたりした。
「虹彩と静脈のデータ収集。多分、パスワードはそのどちらかか、両方だ。」
龍月さんは、いった。
親父が鍵として使ったもの。悪用はしないから、安心して。と、言われる。とはいえ、科捜研か。TVとかでしかみたことはないが。
さらに、龍月さんは詳しく説明してくれた。
虹彩―――瞳の瞳孔の周りにあるドーナツ状の模様。人により異なり、一生変化しないらしく、左右でも違うらしい。遺伝の影響がほとんどないため、双子でも異なるのだとか。
静脈は、赤外線を透過しづらいらしく、血液の流れによってパターンが変化するらしい。
虹彩も静脈も高度なセキュリティーを担保できる。というわけだ。
空港の入出国ゲートや銀行ATMなどでつかわれているらしいが、それを使う側ならともかく、使わせる側のこの人たちは、一体何者かと思わずにいられない。
「お疲れ様です。」
全て終わるまでに小一時間かかった。龍月さんは、総士朗さんにいつもそうしているのだろう、箱を手渡す。“かまくらプリン”と書いてある。
総士朗さんは、箱から一つプリンを摘まみだすと、奥の部屋に消えた。
龍月さんは、口元を緩めた。
もう、帰っていい。と、いうことなのだろう。
「平ちゃん、甘いもの好き?」
龍月さんが聞いてきたので、それなりに。と、答える。
そもそも甘いモノ―――嗜好品など、買う余裕などない。そんな余裕があるなら、あっても。妹たちの好きな菓子を買う。
龍月さんは、そんな俺の気持ちを理解していたのだろう。迷路のような通路を迷いなく外に出た後。
「はい。残りは妹ちゃんたちに。」
箱からひとつ、プリンを取り出して、自販機の温かいお茶と共に、俺にくれた。箱も手渡された。
由比ヶ浜海岸防波堤に腰下す。
箱を見つめて、総士朗さんの先の動向を思い出す。胸中で総士朗さんに礼を言って、受け取った。
「……あざっス。」
龍月さんに頭を下げた。箱の中には、陶器にはいったプリンが4つ。手元のプリンを一口スプーンですくう。口に運ぶ。
甘っ。いや、苦っ。甘さとほろ苦さがまざりあって、丁度いい。
美味しい。プリンなんて、いつ振りだろう。覚えていない。しかも、コンビニとかスーパーの安いモンしか食ったことがない。全然、違う。卵の味。カラメルの匂い。濃厚。
高い……んだろうな。ちらり、龍月さんを見る。沈んだ太陽のかわりに左側の欠けた月がでていた。満月に満ち行く月を見つめる龍月さんは、どこか神妙な面持ちをしていた。
「龍月!!」
びっくりした。
突然、後ろからの声。気配とか、わからなかった。数m後ろ。女だ。
龍月さんは、ゆったりと振り返った。判っていたかのように。
女―――S女のセーラー服。うわ。かわいい。
街灯に照らされただけで薄暗かったが、容姿はわかった。大きな目に、小さな鼻口。肩より長い、ストレートな黒髪。
スプーンをくわえたまま思わずかたまるほど、可愛らしいコだった。こっちにもっと近づいてくる。
龍月さんは、俺に断って、立ち上がり、そのコの所へ向かった。防波堤の上。
彼女。か?絵になりすぎる。
彼女がこっちを向いて、笑った。両エクボがへこむ。こっちに手を振ったので、かろうじて頭を下げた。
何か。この人―――龍月さんに出会ってから、驚くこと、不思議な事ばかりだ。
まじで不思議の国に迷ったか。夢。かもしれない。と、俺は本気で思った。
コーカス・レースまでは、あと、3日だった。
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