♦JとKの約束
♣
15
親父の葬儀、納骨も済み、少しずつ俺は、気持ちの整理ってやつをつけていったが、まだ、手紙は開けられないでいた。
「パパは、天国にいったんだよ。」
彩愛は、断る事に
想愛にそういって聞かせていた。まるで、自分に言うように。
母親は、見る間に回復し、もうすぐ退院できるらしい。
俺は、母親の身の回りの物を片付けながら、改めて病院を見回す。
如樹病院。
日向さんから母親の入院先を聞いた時、まさかとは思ったが、そのまさかだった。
ここは、
龍月さんの父親が院長、祖父が会長だという、私立病院だった。
ノックがあった。どうぞ。と、返事をすると、日向さんと、男の姿。
男は、母親と俺らの顔を見るなり、土下座した。
「すみません!本当にすみませんでした!!何て謝ればいい……謝ってもダメ……わかる……。」
泣いて謝る男に、顔を上げてください。と、言ったのは、母親だ。
病床に伏す以前……いや、その頃よりも気丈で凛とした雰囲気だ。
話はある程度聞いた。この男は、
親父と母親、3人で新会社を造ったという、中国人。そして、産業スパイだった。と。
本来、親父の仕事は、この男を傍聴するのが任務だったらしいが、この男は、どうやらスパイを辞めたがってたらしく、親父は情けをかけたという。
それに乗じて、例の
Caucus RaceのCIAたちが自分たちの不正を握っていた親父を脅そうと、証拠を隠滅しようと、画策したという。
親父は、この男の為に新会社を造り、支援した。
借金やキャバクラなどの請求書、その他方々へのそれも、全て、つまりはCIAの仕業。嫌がらせだったようだ。
「
逸平さん、本当によい人。……私、何と礼を言ったらいいか……。」
自身の素性を家族にも言えないというのは、状況を弁解すらできないというのは、やはり、苦しいもの。だったろう。
俺は、今まで憤りを感じていた親父への気持ちに少し、後悔した。
親父によって救われた、この男の、親父への気持ちを知って、少し、誇らしかった。
それで、手紙を開こうと、決めた。
「……。」
病院のロビー。湘南海岸が一望できるソファーに座った。
親父の手紙は、長くはなかった。でも、毎年更新されていたんだと、判った。
―――
桔平へ。
もうすぐ、高校生だな。
この手紙を読んでいるということは、ある程度父さんの事を知ったよな。
そして、きっと父さんはもう、この世には、いない。
すまない。本当に、すまない。
でも、これだけは、わかってほしい。父さんは、母さんを、桔平を。彩愛と想愛を、愛してる。
そして、桔平の幸せを願っている。
桔平、母さんを、彩愛と想愛を、頼む。
封筒の中には、母さんと、彩愛と想愛への各々の手紙も入っていた。
「バカ親父っ……俺が、これを捨てたら、どーすんだよ。」
思わず口をついて出た。俺に託された、想い。
くそっ。泣いてなんかやるもんか。勝手ばっか言いやがって。
勝手に……死にやがってっ。
「……人は、死んだら、無だ。」
はっ、として顔を上げると、海を見やる、龍月さんの後ろ姿。
相変わらず、気配をわからさせない人。だ。
龍月さんは、こっちを向いた。優しく慈悲のある表情。
「でもさ、俺は思うんだ。想いは、繋がってくよ。」
龍月さんは、俺の後ろに回り、優しく頭を叩いた。
俺は唇を噛みしめた。龍月さんの手のせいで上を向けない。
涙が、勝手に落ちそうになる。
「泣いていいよ。」
「泣きませんっ。」
俺のばればれのやせ我慢に、思い切り泣いたほうがスッキリするよ。と、茶化した笑みで両腕を広げる龍月さん。
「要りません。……どうせなら、女性がいいス。」
冗談で言った言葉に、龍月さんは待ってました。と、ばかりの笑みを浮かべて俺の手を引いた。OK。と、口ずさむように連呼。何なんだよ、一体。
龍月さんは、そのまま俺を、病院の一室へ連れてった。
「女性っていったもんねぇ。
平ちゃん。
女の子。じゃなくて。」
そういってドアに手をかける。母さん。と、言った。引き戸が徐々にひらいていく。
は?母さんって……おばさ……
「初めまして、桔平くん。」
……女神か。と、見紛った。
その女性は、
紫南帆さんといった。龍月さんは、母親だと紹介したが、いやいや、姉の間違えだろ。と本気で言いたくなった。
ストレートな黒髪は、左右をゆるやかにハーフアップでまとめている。
二重の大きな瞳は、確かに龍月さんに似ている。小さな鼻口が小顔にバランスよく並ぶ。容姿も童顔で、少女のようだが、何というか雰囲気が包み込むオーラというか、柔らかく優しい。声のトーンも仕草も。
「私は、臨床心理士。いつでもいいから、声かけてね。」
臨床心理士……そうか。
はい。と、俺は紫南帆さんに返事をして、頭を下げる。
龍月さんを見る。きっと、龍月さんは、俺の心を心配してくれたんだ。
……つーか。
「何スか、家族自慢?父親は院長なんでしょ。」
俺の嫌味に、龍月さんは、あれ。知ってた?と、やはり笑顔で流す。
全く。
「……ウソです。でも、大丈夫っス、もう。」
まっすぐ龍月さんを見る。
そっか。と、龍月さんは、頷いた。
「俺もね、約束。したんだ。だから、そのために強くなりたいと思って。日々精進さ。お互い、頑張ろう。」
「それ以上強くなってどーすんですか。」
そんなコトないよ。と、笑う龍月さんに、ウソ。と、いうと、うそなの。と、眉根をひそめられた。
面倒くさいな、意外と。苦笑。
でも、ありがとうございます。言葉にはしないけど。
立春は、とうに過ぎたが、ようやく実感として春を感じるようになったころ。
「うん、良い顔だ。」
俺に会うなり、龍月さんは言った。
「ふっきれた。……というより、背負った。感じかな。いいね、覚悟が、観える。」
男前グレードアップ。と、茶化す龍月さんを一蹴。
今日は、親父が残した会社―――あの、家の近くの、俺がラチられた所。龍月さんとの“出会い”の場所。の再開に向けて片付けなどの手伝いをしに来ていた。
どこから聞きつけたのか―――どこからでもか。龍月さんは、
宗尊をも連れて、やってきた。
改めて、入口や表にある看板―――社名。を見る。
星見製作所。
星見―――星見草。とは、菊の異称。母の名、
菊花。からとったのだと容易に判った。
飛龍さんは、あの日。
この会社の利権と操業再開の資金を約束してくれた。らしい。
母親に生きる理由を与えてくれたのかもしれない。会社の代表は、母親。元スパイの中国人と数人の従業員。そして。
「お。すぐにでも再開できるね。」
日向さん。も手伝ってくれるという。
親父は、CIAを辞めて、母親とそして、いずれは俺と。この会社を盛り立てていくのが夢だ。と、言っていた。と、日向さんから聞いた。
親父が残したデータ―――俺の虹彩、静脈認証で得た。は、CIAの不正だけではなく、この会社に係る諸々のデータもあった。
龍月さんは、こっちが本来残したかったデータだ。と、言った。
そのお陰で迅速な事業再開ができるのだそうだ。
「あの……坊ちゃん。コレ。花……ココ、いい?」
元スパイの中国人―――
宋扶郎。さんは、俺を見て言った。
俺はうなづいて、その呼び方やめてください。と、デジャブを覚えて口にする。
龍月さんが吹き出したので、睨む。
「ごめん、ごめん。平ちゃん。俺が活けるよ。ありがとう、
宋さん。」
龍月さんは、手際よく華ばさみをもって、花を切る。
つーか、この人。まじで何でもできるんだな。と、見ていると、龍月さんは、“きくか”だね。と、呟いた。
手に持つのはガーベラ。“菊科”か。と、頭の中で音を漢字にする。
「桔梗。そして、ホタルブクロ、ツリガネソウの別名は、“アマナ”と“ソマナ”。皆、同じ、菊科だ。」
「……。」
良い名前だ。と、俺に向いた。逸平。菊花。桔平、彩愛と想愛。
知らなった。父、母の想い。愛情。繋がり。強く感じた。
「桔平。もう、何も心配はいらない。一緒に前へ進もう。」
「そうだぞ大丈夫だ!約束だからな、一緒に強くなろうな桔平!!」
どんだけ博識なんだよ。本当に。と、俺は龍月さんに心中で呆れ、宗尊にウルさい。と、悪態づいた。龍月さんが、笑う。
華を活け終えて、大方掃除片付けが済んだ。大人たちは何やら事業の相談している様だったから、誰かが大量に買ってきてくれたペットボトルのお茶を龍月さんと宗尊に配った。
「……あのさ、平ちゃん。」
龍月さんは、真面目な顔で俺に訊いてきた。
―――ヤクザ。は、悪だと思う?
俺は、すぐに飛龍さんを思い浮かべた。
飛龍さんは、日本一大きなヤクザ組織、飛龍組のトップだった。実は、ウィキで調べた。
顔写真こそなかったが、由比ヶ浜の家、出身、年齢など、経歴。間違いなくあの、飛龍さんだと確信した。まあ、オフレコだろうが。
飛龍さんは、まぎれもなく俺らを救ってくれた人だ。それに、オーラ。温厚で、でも威厳があって誠実だった。
「俺の善悪の基準は、俺にとってどうかってことで、世間はカンケ―ないっス。」
龍月さんが、何故飛龍さんと関係があるのか、何者なのか判らない。
けど、もしも仮に龍月さんが、世間的に悪でも、俺には善だ。
恩人で尊敬に値する
人間だ。もちろん言葉にはしないけど。
龍月さんは、そっか。と、口元を緩めた。
「じゃ、俺は、平ちゃんのヒー……」
「違います。」
俺が、遮って言うと、どこからか宗尊が、割って入ってきて、ヒーローっすよ!なぁ!!と、バカでかい声を上げた。
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