JとKの約束


                12


Caucus Raceコーカス・レースの終わり。
しんっ。と、静まり返ったテラスは、イルミネーションすら寂しげに輝いていた。
本当に、映画かドラマかのような光景世界だった。

プールには、まだ漣が立っていた。涙の、プール。ドードー鳥は言った。
先にプールに落とされた5人も、後に落とされた数人も、命に別状はないらしい。龍月たつきさんと日向ひゅうがのおっさんが言っているのを聞いた。

残されたのは、俺と、龍月さんと日向のおっさん。
それから……。

 「……お巡りさん。」

テラスを静かに、黙々と片付ける男。もう、仮面はなかった。
歌舞伎町で俺に声をかけたお巡りだ。間違いない。
きっと、あの事件もこの人たちの掌の上の事だったんだろう。
とはいえ、罪は罪だ。今までの事も。

お巡りは、プールの栓を抜いたようだ。水位が下がっていく。
俺の声に振り返り、両腕を出した俺を見つめた。
龍月さんも日向のおっさんも、注視した。

 「ああ。」

お巡りは、理解した。と、表情に出す。ポケットに手を突っ込んだ。
俺は、覚悟を決めて、両腕に力を入れた。
お巡りの手がポケットから出る。

 「……。」

はっ……?
思わずお巡りを見上げる。
お巡りは、俺の手に触れたかと思いきや、拳を開かせ、その上にチョコを乗せた。Caucus Raceの賞品。とばかりに。

 「ははっ。……へいちゃん。誕生日、おめでとう。」

龍月さんが、乾いた笑いの後にそう言った。
お巡りは、俺、逮捕権ないし。と、言ったように聞こえた。
触法少年14才未満”だろ。と、龍月さんの肩を叩いて向こうに行ってしまった。

 「大丈夫だよね。平ちゃんは、良い子だから。約束・・。守れるもんね。」

まるで、幼児にするかのように龍月さんは俺の頭をかきまわした。
ったく、この人は。

 「やめてください。……つーか濡れてるんで。」

触んないでください。と、睨んだ俺に、あ。ごめん。と、素で謝る龍月さん。
……本当に。フツー、飛び込むか。この寒空の下。
しかも、悪人のために。

そして、約束。

―――猟犬になるな。意志を持って抗え。

家族を……守る、約束。

 「ガキじゃないんで、守りますよ。……約束くらい。」

龍月さんの猟犬になら、なってもいい。と、本気で思った。
礼の代わりの俺の言葉に、龍月さんは、うん。と、笑ってくれた。
本当。水も滴る……何とやら。だよ。言わないけど。

そんな様子を、ずっと黙って見守ってくれている、日向のおっさん。
借りた20万。まだ返してなかった。

返します。と、言うと首を横に振られた。いや、さすがにそれは……と、言おうとして、日向……さんは、言った。

 「その代わり、またお家にお邪魔しても、いいかな。」

照れたような、はにかむ笑い。
どことなく親父オヤジに似ている気がした。無口で、気骨のある、男臭い笑み。

俺がうなづくと、よし。誕生日会をやろう!肉買っていこう!と大声ではしゃいだ。子供かよ。
そのまま日向さんは車で俺を自宅まで送ってくれて――― 一緒に来た。

 「で、何で龍月さんまで?」

龍月さんの着替えを買って、3人。辻堂の俺の家。
龍月さんは、荷物あるし、助かります。と、ちゃっかり日向さんの車に同乗。濡れた服一式置いて、車を降りた。

 「え。誕生日会でしょ。まぜてよ。友達でしょ。」

……本当にやるつもりかよ。
日向さんも笑って、スーパーにいってくるよ。と、一人でさっさと行ってしまった。

 「ただいま……って、あれ。」

猫の額ほどの玄関の三和土。男物の革靴。
訝し気にして家に上がる。

 「……。」

その人は、おじゃましています。と、関西弁で言って、頭を下げた。母親の傍ら。
もう、驚くことはないだろう。と、高をくくっていたが、それは間違いだった。

 「初めまして、飛龍 海昊ひりゅう かいうゆいます。」

一目で理解した。
龍月さんに視線を移す。知っていた顔だ。
この人が、龍月さんの……わからないが、何らかの組織。仲間。の、トップなのだと。

オーラがまず別次元。龍月さんに負けず劣らずのイケメン。年の功は、30代後半か。少し少年のような童顔さを考慮して、40代。その穏やかな雰囲気の中、凛とした瞳。威厳。異彩を放っている。
俺は、その人の前で、正座をして、しばし動けなかった。

 「逸平いっぺいさんのこと。改めてお悔やみ申し上げます。」

武道を極めた人の座礼。スーツをきっちり着こなした飛龍さんは、親父を救えなかったことを謝罪した。おそらくこの人のせいではないだろうに、“大人の代表”として、全ての責任を負う。との誠実な態度だった。

母さんも身体を起こして、礼を言った。泣いている。

 「……桔平きっぺい。ごめんね。ありがとね。」

俺を抱きしめる。痩せぎすの体。でも、すごく温かい。
母さんは、頑張るからね。と、涙声で何度も繰り返した。
外から、肉、肉。と、はしゃいだ妹たちの声がした。日向さんも一緒のようだ。玄関が開いた。

飛龍さんが、立ち上がる。頭を下げると、片エクボをへこませて笑った。
……誰かに。あ、由比ヶ浜のかわいい女子だ。の、笑顔に似ていると思った。

妹たちを外に連れ出してくれたであろう、飛龍さんの連れ。が、飛龍さんが玄関をでるまで扉を支えていた顔を上げた。
……うわ。またもやイケメン。だ。
両目の泣き黒子。ストレートの明るめの髪。ビジュアル系イケメン。

 「お兄ちゃんに買ってもらったぁ!」

 「そまも、見て見て、にぃに!!」

妹たちが抱き着いてきた。両腕に抱きとめる。
龍月さんが、初めまして。と、挨拶をすると、基本的に警戒心の強い彩愛あまなまでもが龍月さんに抱き着いた。面食いか。

日向さんは、大きなビニル袋をキッチンのテーブルの上へ置く。

―――これからも良い事続くぞ。

日向さんの自信に満ちた顔も。

―――意外と何でもできちゃうんだよね。

龍月さんの余裕顔も。
飛龍さんと会って、理解できた。

次の日だ。
学校の昇降口で、龍月さんを見つけた。

 「……袋くらい用意してきたら、どうですか。」

俺の言葉に、うわっ。と、龍月さんは声を上げる。宙に舞うチョコレート・・・・・・たち。
その、マンガみたいな光景に、やっぱK学ここって共学かよ。と、俺は、心中で呟く。
全てのチョコをキャッチして、こちらに向いた龍月さんは、さすがに、それは。と、嫌味のない笑いで、おはよう。と、言った。

校門の手前で数人の他校の女子がいた。
おそらく、毎年のことなのだろうと察する。K学の奴らからのもありそうだが。

龍月さんの脇を抜けようとして、平ちゃん。と、呼ばれる。

 「今日、放課後ちょっと付き合ってよ。」

 「……いんですか。」

俺の返答に首を横に傾けて、龍月さんは、ん?と、言う。
彼女とか約束あるんじゃないスか。と、言葉にすると、ああ。と、チョコレートをみて、大丈夫。といった。彼女の有無。はぐらかされた。

 「平ちゃんが、予定ある?……でも、こっち優先でお願いしたいな。」

 「ありませんよ。つーか、嫌味ですか。……付き合えますよ。」

俺に、彼女なんかいるわけないだろ。さすがに僻みか。と、自嘲したが、龍月さんは、上手くスルーして、良かった。じゃ、放課後昇降口ここで待ってる。と、言って3年の教室階へ消えた。

 「桔平!!おはよう!!今日は、バレンタインだな!!」

教室に入るなり、坊主―――宗尊むねたけがバカでかい声でバカでかい袋を取り出して、机の上にその中身をぶちまけた。大量のチョコ。

当然、龍月さんのように“もらったチョコ”ではない。
その証拠にクラスの男共が、一斉に群がってきてチョコを奪い合った。

 「大丈夫、皆分あるから!」

宗尊は、まるでサンタクロースのように、もう一つの袋を掲げた。
隣のクラスからも人が集まってきた。おそらくこれも毎年のことなのだろうと察する。宗尊と同クラになったは今年が初だから、昨年までは知らないが。

 「桔平。好きなの取りなさいよ。」

宗尊に言われて、目の前のチョコを手にした。何故か満面の笑みの宗尊。
昨日、あのお巡りがくれたチョコを思い出した。
アメリカの有名チョコレート。Hershey's Kisses。あの、銀色の小さなタマネギのようなやつだ。

そういえば、親父もよくあのチョコをくれた。思い出すと、この時期。親父は、母親にプレゼント―――花束などを買って帰ってきたような気がする。
バレンタインデー。アメリカでは、男が女にプレゼントをする、“愛と感謝を伝える日”らしい。

今だから思い出すと、親父とアメリカとの接点があったことが、判る。
だからといって実感などはやはりわかないし、未だ、泣けない。

飛龍さんたちの計らいで、母親は病院で診察を受けれることになり、今朝、日向さんが迎えに来てくれて、妹たちをも任せた。

日向さんは、警察官だった。親父とは、同窓だったという。
母親は、親父の素性を、死を、どう受け止めたのか、わからないが、少しの前向きさが観れたような気がしている。

―――頑張るからね。

痩せぎすの体。でも、その表情には何かを覚悟したかのような、決意を似観た。



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