JとKの約束


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CIAたちの集まりは、まさにCaucus Raceコーカス・レース―――幹部会の争い。だった。
南青山にある、レストラン&バー。を貸し切った。
地上34階天空レストラン。テラスには、プール。東京の夜景が見渡せる。

これだけでも既に非日常だというのに、パーティーメンバーは、皆、仮面を被らされていた。
ネズミ、アヒル、オウム。その他動物の。
そう、不思議の国のアリス。の世界観。

龍月たつきも、白ウサギの格好をさせられた。
互いに姿をさらしたくない、CIAたちには好都合でもあったのだろう。CIAに扮したJOKERジョーカーの提案に皆、乗った。

 「誰が抜け駆けした。」

 「誰のためにもならんぞ。名乗りださせて制裁だ。」

皆が口々にひそひそと言い合っていた。
数十人もの邪なCIAたち。SDSは、一人残らず洗いだし、ここに集めた。
皆、桔平きっぺいの持つ情報を欲しがっている。いや、抹殺しようとしていた。

バーラウンジには、三月ウサギの面をつけたバーテンダー。
カウンター席に、白狐の面をつけ、シルクハットを被った帽子屋が座る。
そして、ドードー鳥がマイクをとった。

 「お集りの皆さん。こちらが―――Ratsラッツです!!」

仮面舞踏会の様相を呈す、この空間で、Caucus Raceは、終わりの始まりを迎えた。
5人の男。手足を縛られた、Rats―――裏切り者。が、テラスのプールの縁に立たされた。
桔平を監禁した男たち―――龍月が伸した。には、もう一人別の黒幕がいた。らしい。だから、JOKERは、桔平にもう一度盗聴器をつけさせ、黒幕を手中におさめた。そして、今、その男になり替わっている。

JOKERの演技力が高いのだろう。誰も気づいていないようだ。
ドードー鳥―――JOKERが、Ratsラッツの一人を足蹴にした。プールに沈む。一人。また、一人。と。
周りは、笑った。拍手さえ、おきた。

何だこれ……。
龍月は、今にもプールに飛び込みたい衝動に駆られたが、三月ウサギのバーテンダーが微かに首を横に振るのが見えた。唇を噛んで、耐える。
この5人。いや、6人は、情報を先に入手して、他を欺かんとしていたか利用しようとしたか、とにかく裏切った。
SDSに捕まり、とりこまれた。だから、殺しはしない。多分。

 「さて。アリスは、時期来る。」

うわぁ。と、歓声にも似た声が飛び交った。悪事を共有しているという安心感からか、妙な同調。連帯感。龍月には至極不快だった。
アリス―――桔平は、色々詮索することもなく、従ってくれた。
一緒に来る日向ひゅうがにも事前に話を通し、店の外で待機してもらっている。

 「……親父オヤジ?」

桔平には、父親―――逸平いっぺいが生きていて、呼び出されたていで、来てもらえるようお願いした。胸が、痛んだ。
桔平は、テラスに現れ、ぎょっ。と、した。これは、演技ではなく本心だろう。
仮面舞踏会。異様な雰囲気。察したようだ。

すかさず、JOKERが、マイクで言った。お父さんから代わりに頼まれた者だ。と。桔平は、はぁ。と、うなづいて辺りを見回し、出された手に、USBを手筈通り置いた。

 「どうも、ありがとう。―――君は、もう。用ナシだ。」

本気のようで、少し恐かった。桔平も素だったろう。えっ。と、声を出して、JOKERのオーラに圧倒されて固まった。
バカな小僧だ。と、横から英語が聞こえた。中身は確認済だろうな。うしろからも。さっさと始末しろ。等々。飛び交う英語。

ドードー鳥は、三月ウサギに目配せ。三月ウサギは、龍月を見た。
予定にはない。アドリブ。おそらくドードー鳥は、そういう男・・・・・なのだ。龍月は、三月ウサギからショットグラスを受け取った。桔平に近づく。

 「……へいちゃん。ごめん。」

演技。バレぬように細心の腹パン。一発。
桔平が前かがみなるのを、支え、顔を上げさせ喉に流し込んだ。桔平は、そのまま床に沈み込んだ。歓声。ウザイ。龍月は、面の下で睨んだ。

 「さてさて、アリスは、白ウサギによってお帰り。と。」

龍月は、JOKERの下がれ。の、サインに素早く桔平を確保。避難させた。JOKERは、三月ウサギのバーテンダー―――LuisルイスにノートPCをもってこさせた。いよいよ、大詰めだった。

 「……まじ。痛かったんスけど。」

龍月の腕の中。桔平が片目を開けて、睨んだ。
ごめん。と、口にすると、ウソっス。と言われた。このまま退避。龍月の役目は、終了だ。

 「……最後まで。見届けたいっス。」

 「……。」

当然といえば当然。か。龍月は、頷く。隠れて、事のなりゆきを見守ることにした。
テラスでは、丁度大きなスクリーンが降りてきたところだ。周りが騒めいた。
映し出されたのは、アメリカ大統領だったからだ。

 「お前たちの悪行は、白日の下に晒された。言い逃れ、不可能。」

有無を言わせない言い方だった。前大統領も含め、弾劾は免れないだろう。CIAたちは、ドードー鳥を睨みつけたが、さすがに直の上司に言われては、終わり。だった。
逸平が保持していたPC―――ハードディスクは、藤沢市辻堂の事務所―――桔平が監禁された場所。に、あった。
裏切りを働いた6人は、だからそこに桔平を連れて行った。SDSは、ハードディスクを回収し、桔平の協力の下、データを入手した。

データ―――CIAの本名とその悪行の詳細リスト。逸平が調べ上げたものだ。
本来、CIAの任務とは、アメリカの不利益に成り得る情報―――特に国家安全保障に関する。を、収集分析することだ。

しかし、この人達は……。と、龍月は、大型スクリーンに映し出された詳細リストを眺め見る。任務を超えた過剰な情報収集。それを元に脅しや搾取。裏金作り。私利私欲の為の不正行為の数々。
そして、逸平の殺害。

 「……。」

桔平は、自分の父親を殺した男たちの名前が映し出されているスクリーンを凝視していた。クールな表情を保ってはいるが、噛みしめた唇。血が滲んでいた。
龍月は、そっ。と、桔平の背中に触れた。
どんな言葉も気休めにしか……いや、気休めにすらならない。だろう。

テラスは、大騒ぎになっている。頭を抱える者、膝を折るもの。静観を決め込む者。開き直った態度を取る者。様々いたが、大半は観念などしていない様に観えた。そんな、カオスな状況で、ドードー鳥は、言った。

 「はい。Caucus Race。終わり!!」

その瞬間。どーんっ。と、大きな爆発音。
びっくりした。テラスの天空。花火?が打ちあがっていたのだ。皆が一斉に空を見上げた。今までテラス全体を飾っていたイルミネーションが消えたせいで、東京の空に浮かぶ花火が、良く見えた。
数十発。

 「……っ!!」

屋内の物陰から、それを見ていた龍月は、一早く異変に気が付いた。丁度、音を聞きつけて、日向がこちらに来てくれた。龍月は、桔平を日向に任せ、テラスに飛び出した。

花火の音に同調して―――いや、させたのだろう。CIAの男たちが、次々とプールに落ちた。うめき声。叫び声。

花火が終わって、イルミネーションが再び灯った。
青色に輝いていたプールは、赤……いや、紫。ピンク。……とにかく人間の血液の色が混ざった色に染まっている。と、龍月は、息を呑んだ。

ふふ。と、笑い声。龍月は、振りかぶる。
ゆらり。と、存在感のない、この世の者とは思えない、帽子屋が佇んでいた。
細く長い、白い指に握られていたのは、銃だ。
龍月は、今度は、唾を呑み込まされた。

こういうところだ。帽子屋―――SpadeスペードAceエース綺羅 零己きら れいき。が、不気味だと感じるのは。人間を人間と思っていない。というか、自身の生死にも頓着しない。今までも、零己の猟奇的、狂気。を観ることがあった。

 「皆、濡れたよねぇ。これは、涙だ。無残に殺された、正義のCIAの。家族の。友人の。」

心に留めるといい。と、ドードー鳥―――JOKERは、言った。が、それどころではないだろう。死にゆくCIAたちは、もう余裕なんてないはずだ。他者を押しのけ、我先にとプールの端を目指す。苦悶の表情をしながら、叫びながら。

中には、沈みゆくCIAもいた。撃たれているのだ。出血多量でそのまま死んでしまうかもしれない。龍月は、プールに飛び込んだ。

……JOKERは、これを容認した?Luisも?まさか、SDS―――海昊かいうさんも?いや。そんなハズはない!!龍月は、葛藤しながらも沈み行くCIAをプールサイドに引き上げる。一人、一人。
大丈夫。水は飲んでいるが、生きている。撃たれたのも、脚や腕のようだ。いずれにしても溺れなければ致命傷ではない。

日向が連れてきたのだろうか。おそらく公安。も、CIAをプールから引き上げて、次々と拘束していく。
そんな様子を、JOKERは、澄ました態度で観ていた。死ぬ奴は死ね。という態度にも観えた。

 「僕たちのGODに逆らうことは、未来永劫許さない。覚えといてね。」

口調は、どこか茶化すようなのに、零己と同等―――いや、それ以上の不気味さと狂気が観えた。
不思議の国のアリス―――Caucus Race。は、涙の海から上がった動物たちが身体を乾かすために行ったが、この、Caucus Raceは、JOKERの支配下。反競技の最たるものだった。JOKERに言わせれば、自由な世界。だ。

アリスの飼い猫は、ネズミも鳥も食べる。と、言ったが、チェシャ猫は、全てを食らう。
チェシャ猫は、次々と捕まっていくCIAたちを見ながら、言った。

―――全員漏れなく賞品をあげよう。“地獄”という賞品を。ね。

ぞっ。と、した。
アリスは、皆に“お菓子賞品”をあげて、自身も“指ぬき”をもらう。チェシャ猫は、全ての“動物CIA”を自分のものにするつもりだ。日本の警察は、CIAを逮捕することはできない。のだから。

 「Mission Complete,Ace。」

チェシャ猫―――JOKERが龍月に言った。
龍月は、ずぶ濡れの髪をかきあげる。零己を探して、すぐに諦めた。既にいない。逃げた。のではなく、興味がなくなったから、去ったのだ。
振り返るとJOKERの姿もない。

 「……ありがとうございます。」

Luisが溜息をついて、龍月にタオルを渡してくれた。

―――水も滴るイイ男。風邪。ひかないように。寒いからね。

風の音と混じってJOKERの声が流れてきた。

 「……誰のせいですか。」

せめてもの反抗に、頬を膨らませて空を睨んだ。
Luisは吹き出して、静かに食器類を片付け始めた。パーティの後始末。食い散らかされた食事。空のワインボトル。まるで、最後の晩餐。か。裏切り者は一人ではなかったけど。と、龍月は長く息を吐いた。

 「龍月さん。……大丈夫ですか。」

日向に守られて、桔平が姿を表した。大丈夫、大丈夫。と、龍月は、笑みで返す。
桔平を守れた。とにかくそれが、俺への最高の“賞品”だ。と、龍月は、満月に近づく月を見つめた。もう、ウルフ・ムーン飢えた狼は、いない。



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