♦JとKの約束
♣
16
油断、慢心。不覚……。どんな言葉を並べても言い訳になどならない。
龍月は、珍しく下唇を噛んだ。左手には、白のスマホ。
宗尊からのLINE。
―――
桔平と連絡が取れません。
すぐに黒スマホを操作した。
1限目が始まる5分前だが、教室を出る。
唐突に、2月の
満月のキーワードが頭をかすめた。
―――反省。
今は、捨て置く!!と、龍月は、窓の外。流れる月を睨んだ。
「さすが。早いね。」
JOKERは、ワンコールもせずに電話に出た。全て、お見通しのようだ。
窓の外。と、言われた瞬間には、龍月は昇降口に向かうところだった。
「おっと、優等生さん。
便所。ですか。」
行く手を長い脚で阻んだのは、クラスメートの
貲 立影だ。
龍月は、インカムを装着した手を、そのまま立影の前に開いた。
「カゲ、悪い。超緊急。」
脚が下がるのを見越して通り過ぎる。一瞬、何か言いたげな立影の目が気になったが、仕方ない。最優先は、桔平だ。
「Hey,Bad boy.」
校門。ネイティブの英語とヘルメットが飛んできた。
ヤマハ、FJR1300。ディープパープリッシュブルーメタリックのボディは、太陽の光華で輝いていた。海とも空とも言えるその蒼は、父、
紊駕の友人のバイク、カワサキEX-4を想起させた。メーカーも大きさも異なるが、同じ、ツアラーだった。
龍月がタンデムシートに跨ると、FJRは、発進した。
―――いーのか、学校。
風に乗って流れてくる前からの声と、内耳に響く同じ声。
Diamondの
Ace―――
Luisのものだ。
どうにでもなります。いや、します。との龍月の返答に、口笛を吹いた。さすが。と。
龍月は、その言葉そのままお返しします。と、前置きをして、状況を尋ねた。
FJRは、横浜方面に向かっていた。
―――例の、CIAの護送は、今日だ。狙いは、それ。桔平じゃない。
つまり、犯人の目的はCIAの放免?
……。
龍月は、Luisの行間を読んだ。
桔平じゃない。とは……つまり。
犯人は、CIAを殺すつもりなのか!だとすると、理由は一つしかない。
唐突に、
総士朗の言動が脳裏の蘇った。
飛龍家へ出向いた日。―――桔平と別れ、再び飛龍家へ戻った時。総士朗は、プリンの礼だ。と、言った。総士朗の息子、
身延 廉史朗。を紹介され、使っていい。と、言ったのだ。廉史朗は、中1にしてPCに強い、技術屋だった。
タマには劣る。いや、年齢と環境を鑑みると将来性は……。と、考えて、今は捨ておいた。
廉史朗は、平塚連合のメンバーだった。
江ノ島、
柊との小競り合いの場に居た。最も、遠目だったようだが。なのに、しかし、総士朗は、平塚連合のNo.2こと、
瀬喃 雷杞の言葉をしっかり
聴いていた。
―――ヒョロガリ。ふっ、ほなら、ワイは骨皮やん。
そう、自嘲気味に言ったのだ。
あの時の、総士朗の動向を思い出して、はっ。と、した。龍月は、次の瞬間、思わず胸元のペンダントを握った。
「うわっ。……って、飛ばし過ぎじゃないですか。」
ニーグリップは、している。振り落される心配はないが、両手でしっかりとタンデムバーも握った。200を超す勢いのスピードメーター。当然リミッターはない。しかも、赤色灯も積んでいる。いざという時のか。
日本でも、Luisの国、アメリカでも、警察バイク―――白バイ。は、このFJRが多い。最も、基本白色。和歌山県では、黒。消防系は、赤。たしか、大阪は青バイがあったが。せめて、首都高の黄バイに似せたら……。と、思い、龍月は、心に留めた。
似非覆面警察バイクは、車と車の間を、まるでゲームかのようにすり抜けて、あっという間に川崎市に入った。
「楽しいな。日本の
道も。」
Luisは、独り言のように言ってニヒルに笑った。
東京アクアライン。海ほたるの駐車場で降ろされた。と、同時に学ランを脱がされた。いきなり追剥にあったかのようだ。とは、言い得て妙だが、Luisが無言で手渡してきたのは、ホルスター拳銃だった。
当然ニセモノの訳は、ない。
「……。」
理解してるな。との無言の圧力。
使いません。と、拒否っても鼻で笑われる。だから、素直に装着した。龍月の、その慣れた様子を観て、Luisは、少し眉を動かす。口角も上がった。
桔平の手を握るために。龍月は、意を決してLuisの後ろを進んだ。
海ほたるの上下トンネル。さらに3本目のトンネル用入口があり、どうやらそこから入るようだ。入口は、封鎖されていた。SDSの仲間だろう。
守衛が敬礼した。目顔で入る。
用意周到なことだ。つまり、SDSの想定内。
だとすると、自分の憶測は、限りなく真実に近い。と、龍月は思った。
ってことは、やっぱ……。うわ、俺何か変なコトいってないよな。
今サラ羞恥心が龍月を襲った。
海ほたるの下。は、地下都市のようなコンクリート要塞だった。
道路は上を通っていて、ここは、避難通路となっている。
薄暗いが、歩けない明るさではない。人間を感知すると、電気がつくようになっている場所もあった。
いくつかの扉をくぐり、進んでいるのは、来た方向。川崎方面だ。
東京アクアラインは、神奈川県川崎市と千葉県木更津市を結ぶ、全長15.1kmの自動車専用道路。
東京湾の中央部を横断、川崎から9.5kmがトンネル。木更津から4.4kmが橋梁。その接続部分に海ほたる―――木更津人工島。がある。
海ほたるは、世界でも珍しい、360℃海に囲まれた全長650mの島に建設されたパーキングエリア。5階建てで1階から3階までが駐車場、4階と5階が営業施設だ。
観光名所にもなっていて、常に混んでいるイメージ。
何度か立ち寄ったことがあるが、ここ―――地下は、初めてだ。
Luisは、慣れた足取りで扉の脇に立った。銃を構えている。扉に耳をあてて慎重に聞き耳を立てた。
先程から口笛のような風の音が鳴り、車の通る音と重なって、騒音となっている。非常時、火や煙が入らぬよう、トンネル側へ空気が流れるように強制的に風を送り、気圧を高くしているのだろう。騒音に混じって微かに人の声がした。
龍月も耳を傾ける。
道中。Luisから聞いた話は、こうだった。
犯人は、初めから逸平を殺したCIAに復讐するつもりだった。SDSに逸平を殺したCIAを断定させ、護送中を狙った。
CIAの護送は、SDSとつながっている公安の
任務。おそらく。その日時、場所を知れる人物などおのずと限られる。
―――
上の懸念が形になっちまったな。
Luisは、言った。
そう、つまりSDSは可能性を考えて、事前準備もしていたのだ。龍月は再びペンダントに触れた。
Luisの言う、“桔平じゃない”。とは、つまり、桔平が狙われたのではない。という意味より、“桔平の仕業ではない”。という意味だ。共犯の線も当然なく、潔白。
桔平が拉致された理由は、逸平を殺したCIAの特定。か。
龍月は、天井を仰いだ。
Luisは、桔平は必ずここに連れてこられる。と、言った。
桔平の所在が不明と判ったら、龍月が行動を起こすことも折り込み済みだったのだ。だから、JOKERは、Luisを学校へよこした。
手荒い真似はされないとは思うが、拉致された前例がある。桔平の心身が心配だった。前へ歩き出そうとしていた少年を、また引きずり落とそうとするなんて、許せない。もう、何も心配いらないと断言したのは、自分だ。龍月は、知れず肩に力を入れた。
「……気にするな。不測の事態だ。龍月に非はない。」
Luisは、龍月の心情を理解したのか、慈悲的な口調で言った。
不測の事態……想定していなければならなかった事態。だ。現にSDSには想定内だった。龍月は、自身の能力の低さを悔やんだ。でも、だからこそ。
「ありがとうございます。……俺は、桔平を必ず救います。」
Luisが龍月の表情を確認した。気負い過ぎていないか、冷静か。見定めをする目だ。龍月は、そのLuisの目を真っすぐに見る。
「
聴いていただいた通り、桔平は、
白です。」
「……ああ。正解だ。」
認めた。やはり。と、龍月は胸元のペンダントを少し浮かせた。
―――うわっ。言質とったねぇ。
JOKERの声だ。
どこか誇らしげにも聞こえて楽しそうでもあった。
Luisも溜息を吐く。称賛、諦観。
「いえ、
Dがとらせてくれたんです。ヒントまでくれて。」
―――桔平じゃない。
断定。つまり、桔平を探っていたということ。
零己がくれたこのネックレス。盗聴器が仕込まれていたのだ。そして、総士朗。プリンの礼。とは、
こっちのことだったのだ。
総士朗は雷杞の言葉を
聴いていた。ハッキング。お手の物だったろう。珍しく、礼。などと言われた時、すぐに気づくべきだった。
―――
しゅっ、しょう。
JOKERは、おどけてみせた。
SDSは、桔平が父、逸平の復讐をするかもしれない。と、杞憂していたのだ。やっぱり、すごい。常に何手も先を考え、周到に準備している。
どんな事態になっても対処できるように。
―――でもね、Ace。
JOKERの見透かすような、冷ややかな目が観えた。
―――“白”は、意外と簡単に“灰色”を飛び越して、“黒”になり得る。
覚えといたほうがいい。JOKERの声音は、龍月の心胆を寒からしめた。
白のキャンパスに一点の小さなシミ。じわじわと広がり、一瞬で真っ黒になった。龍月はその脳内イメージを振り払う。
Luisがそっ、と。龍月の肩に手を置いた。
Go。と、短く言い放つ。扉を開いて、身を滑り込ませた。
「……どうした。早く、手錠と目隠しを取れ。」
Luisと龍月の身のこなしは、鮮やかだった。中にいたその誰もが二人の侵入に気づいたものはいない。CIAは、犯人に解放を要求していた。龍月は、目を皿にして、桔平の姿を探した。
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