JとKの約束


                17


登校中だった。
辻堂駅から大船駅。乗り換えて鎌倉駅。いつものルート。のはずが、大船で降りようとした時に、隣に音もなく男が立ち、耳元で言った。

―――そのまま川崎まで。

朝のラッシュ時だ。乗客と身体が触れるのは日常。とはいえ、殺気も感じさせず、いつから俺の隣にいたのかすら不明。
男は、俺の左腰あたりに固い筒のようなものを押し当てていた。
それが本物の銃だったかどうかは、判断しようもなく、俺は従った。

顔を見ようと身を捩ったが、その銃らしきものをさらに強く押し込まれ、諦めた。
川崎で降り、男に言われた通り、中央東口方面へ進み、ガラス張りの建物“アゼリア”を正面に見て、左。外へ出た。

ロータリーに車が停まっていた。東口タクシー乗り場(空島)の乗り場に堂々と我が物顔で。それで、これに乗せられるのだな。と、理解した。
車には、運転手、助手席が見えないよう特別に誂えたのだろう、ボード―――壁があり、先の男は、一緒には乗らず、俺を車に押し込み、ドアを閉めた。

手荒何だか丁重何だか。と、俺は、自嘲したほど不思議と恐くはなかった。この流れが、あのコーカス・レースなら。いや、そうでなくとも。
きっと、あの人は、助けてくれる。

スマホはとられたが、目隠しも拘束もされなかった。
いつぞやの拉致の時とは全く異なった。いや、あの人が居てくれる。と、理解していただけで、俺の気持ちは180℃違った。
確認、信頼、信用。考えてみれば身勝手だが、でも、必ず。

 「へいちゃん。大丈夫?」

ほら、な。
あの人―――龍月たつきさんは、天使のような笑顔で、俺の前に現れた。
車に乗せられ、車窓を見れた為、ここがどこかもわかっていた。

海ほたる。一般人は、基本的に来ることはないだろう。地下。だった。
駐車場から100段以上の階段を降ろされ、監禁されたのは、何かのコンテナの中だ。さすがにその時は、手足は縛られ、目隠しをされたが、俺は無抵抗でいた。

 「予想より早かったです。まさか、空でも飛べるんですか。」

俺の言葉に、龍月さんは吹き出した。さすがに、飛べないかな。と、真面目に応じる。学校に登校していない俺を心配した宗尊むねたけが龍月さんに連絡。その足で学校をさぼってまで来てくれたのだ。
まあ、授業を受けなくとも学年トップは揺るがなそうでちょっとシャク・・・だが。

 「外には、あのCIAが6人。それと、今回の主犯と仲間が3人……いや、主犯一人だ。」

……?
珍しく龍月さんが歯切れの悪い言い方をした。
その後、もう少し犯人に従ってほしい。と、言われ2、3提案―――指示。された。

 「できる?」

天使なんだか、悪魔なんだか。俺は龍月さんの瞳の奥の憂いと、少しの非情さを観て、思った。

 「やれ。でいいっス。」

そう、言い放った俺に龍月さんは、口元を緩めて、さっき外してくれた目隠しを再度俺に付けた。これは、俺の闘い。だ。

コンテナの外での会話はとぎれとぎれの日本語と英語だったが聞こえていた。
どうやら犯人は、護送中のCIAを自分は仲間だと偽って奪取、奪還して、ここへ連れてきたようだ。しかし、真の目的は、殺すこと。だという。

犯人―――龍月さんも教えてくれたが、聞こえてきた日本語と英語。声音、声質は、日向ひゅうがさんのものだった。

日向さんは、警察の偉い人らしく、ここまで俺を連れてこさせたのは、元部下だったようだ。手荒なまねをされなかった理由。そして、その元部下たちは、離脱したようだ。日向さんの配慮。龍月さんが主犯一人だ。と言ったワケ。

日向さんは、俺に親父オヤジを殺したCIAを特定させるため、拉致した。
特定―――あの、コーカス・レースで、初めにプールに落とされた5人。そして、その黒幕。俺は、確かに顔は見たし、巨大スクリーンに映し出された名前と罪状をみた。

だが、実の所覚えていなかった。全て英語表記だったこともあるが、現実に思えてなかったというか、頭になんて全く入ってこなかった。
龍月さんならきっと完璧に覚えているのだろうが。

 「……恐がらせてしまって、すまなかった。」

日向さんは、俺をコンテナからだし、開口一番いつもの優しい口調で言った。拘束を解いてくれた。
まずは、知らないふり。そして、何故、日向さんが。と、一応自分史上渾身の演技。でも、本当に驚いている。親父のために、日向さんが、こんなことをするなんて。曲がりなりとも警察官。いや、だから。だったのか?

 「どういうコト……スか。」

日向さんは、サングラスをしていた。
その前には、6人の拘束、目隠しされたCIAたち。

 「すまない。でも、頼む。私に従ってくれ。」

今から一人ずつ目隠しを取る。誰が、逸平いっぺいを殺した犯人なのか教えてくれ。と、懇願した。
どういうことだ!と、6人中の日本語がわかるCIAだろう。が、叫んだ。
激しく身じろぎする。他のCIAも異変を感じたのだろう。説明を求め、騒めいた。

日向さんは、Shut Out!―――黙れ。と俺は初めて聞く声―――恫喝。をした。焦燥感が伝わってきた。
そこまでして、親父の仇を討とうとする日向さんと親父の関係性。その強さを観た気がした。でも。

 「……すんません。あの時の……ですよね。覚えて、ないですよ。」

覚えてないと言ってほしい。龍月さんからの指示。
いや、本当に覚えていない。目の前の5人は、プールに落とされたCIAのような気もするが、落とされていない黒幕の一人も6人の内誰かなんて不確定。
そもそも外国人の顔なんて、特に不慣れだ。

そうか。と、日向さんは落胆。名前はわからないか。と、問う。
俺は、首を横に振った。

 「どうしたんスか。何をしようとしてるんスか。」

 「……。」

日向さんのサングラスの奥。オーラが、悲しさ、怒り。負をまとっている。考えてみれば数日前、コーカス・レースの後の誕生日会を楽しかった。と、礼を言ってきた日向さんの声は、どこか感傷的だった。
初めから、こうすることを決めていたのだろうか。

 「……もう、桔平きっぺいをこれ以上悲しませないでください。」

全く気配を感じさせず、ゆらり、と現れたのは、龍月さんだ。
学生服姿とその威厳あるオーラが不釣り合いで逆に恐ろしい。

 「……龍月くんか。……じゃあ。……」

と、日向さんは、溜息をついて、周りを見渡した。自分は既に囲まれている。と、悟ったのだ。日向さんは、大きな溜息をもう一度つく。CIAの奪取が楽すぎだとは思った。そうか、そうだよな。などと独り言の様に呟いている。
観念。俺には一瞬そう見えた。
でも。

 「龍月くんは、覚え知っているよな。教えなさい。」

日向さんは、声を張った。
銃を構えている。カチャリ。と、響いた音に、CIA6人は一斉に騒ぎ出す。日向さんが英語で何かを叫んだ。CIAは全員首を横に振って抵抗した。
その時だ。空―――は、見えないが、天から声が振ってきた。

 「右から2番目と、一番左。その2人が逸平に直接手を下した男だ。」

龍月さんが振りかぶる。どこか―――空を睨みつけた。
その声は、英語でも同じことを言ったのだろう。名指しされた2人が同時に肩をいからせた。日向さんは、瞬時にその男のこめかみに銃をつきつける。まずは、一番左の男の。その動きは、やはり警察官なのだろう。至極慣れ、堂に入っていた。
数秒の沈黙。

 「どうしました。撃たないんですか。」

天の声は、どこかおどけていて不気味なオーラを放っていた。声音だけでもそれが自分のような一般人ではないことは判った。

 「日向さん!わかってますよね。そんなの、誰も望まない。誰も、喜びません。もう、やめましょう。」

龍月さんが天の声を張り合うように声を上げた。

 「逸平はね。……善人なんだ。アメリカの為に尽くした。愛する家族の為に……どうして、そんな男が殺されなくてはならなっ……っっ!!」

何が起こったのかわからなかった。
大きな爆発のような音。金属音。日向さんは、自身の手首を掴んで、顔を歪めていた。サングラスは、衝撃で吹き飛んだのだろう。日向さんは、泣いていた。
誰かが日向さんの構える銃を撃った様だ。映画のような、完璧な銃さばき―――プロ。かよ。

 「大切な人を殺されたら、犯人を殺したい。当然の感情だ。」

人間は、完璧じゃない。そう、矛盾だらけ。と、何かの詩をよむかの如く天の声。たとえ、普段は善人、立派な警察官だろうとね。と、天の声は続けた。

 「桔平を巻き込んだのは、見せつけるためかい?俺が、父の仇を討つ。と。桔平が犯人を覚えているか否か。細い糸を手繰るようなこと、不毛だよね。全員っちゃえばいんだから。」

また、先の不気味なオーラを放った天の声は、一段も二段も下げた声のトーンに硬質な気を乗せた。

 「それとも。桔平にらせるため。かい?」

その瞬間。
俺の脳裏には、走馬灯のように親父の顔、声、言葉。今までの少ない思い出の数々が蘇ってきた。俺に向けられる笑顔。目じりの皺。撫でられた手の感触。
無意識に頬に暑いものが流れた。

観れば、足元には日向さんの手から放れた銃。
俺の手はそこに、伸びていた。

父、さん……。



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