♦JとKの約束
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14
自宅から徒歩圏内。一駅鎌倉駅方面へ。稲村ケ崎の一戸建て。
龍月は、両親と妹、愛犬のメアリ―――つまり、家族総出。で訪れた。
「いらっしゃい。たっちゃん、しぃちゃん。」
玄関先に現れたのは、母、
紫南帆の両親―――祖父母。と、メアリと兄妹犬であるルパン。
リードをはずしてやると、2頭は玄関でじゃれあった。
それでも4人が靴を脱ぐのに支障のない程の広さだ。
左奥のリビングからも声。父、
紊駕の母―――祖母。
さらには。
「たっちゃん、しぃちゃん!いらっしゃい。相変わらずイケメン、美女。でしょう?ね、
葵矩!」
ハイテンションで、高い声を上げるのは、
飛鳥 聖乃。その夫もいる。
「母さん……。」
母の様子に呆れた顔を隠さず、龍月たちに挨拶したのは、飛鳥 葵矩。
紊駕と紫南帆の幼馴染で、現役のプロサッカー選手。ウィキペディアにも載る、超有名人だ。
無名だった高校―――県立S高校。を、全国大会優勝へ導いた。日本代表で、ワールドカップにも出場。華々しい経歴を持つ。
「やっほー龍月くん、
紫月ちゃん。久しぶり。」
葵矩の妻、
美李那は、明るい笑顔で迎える。
その隣には、少女―――葵矩と美李那の長女、
美葵夏。
3人は、イタリアに移住しているが、日本に帰省するというので久しぶりに集まった。
リビングの奥の書斎から、紊駕の父―――祖父が現れる。
リビングと続く客間。そして、2階へと昇る階段。2階には、3部屋の洋間がある。
さらに、玄関右手には、中2階があり、やはり、3部屋の洋間がある。
ここは、紊駕、紫南帆、そして葵矩のかつての子供部屋だ。
この3人が、中学生のとき、元々となりあっていた3軒を1軒のこの家に建て替えたというから、驚きだ。
つまり、3人の両親を含む、計9人が一緒に住んでいたのだ。
なので、龍月たちが、祖父母の家に行く。とは、この家のみで完結する。というわけだ。
祖父母―――
桔平の父、
逸平の両親。は、アメリカに移住し、アメリカで逸平を生んだ。と、
Caucus Raceの日。桔平の誕生日会の帰り。
日向に送ってもらう道すがら、龍月は聞いた。
日向と逸平は、K学の同窓生だった。
日向は警察庁に入り、公安、裏理事官にまで昇り、次長へ。
逸平もアメリカへ戻り、CIAに所属。当然、お互い身分は伏せてはいただろうが、察していた。
日向は、逸平から家族を頼まれた。
家族あての手紙を寺に保管してあることを告げられ、もし自分が死んだら、家族に渡してほしいと頼まれたのだ。
年に一度の定期連絡。
二人は、いつしか自分たちが生きている証として連絡を取り合うようになっていた。
年一の約束の日。逸平からの連絡は、なかった。
日向は、SDSに頼った。逸平の安否確認。そして、今に至る。
桔平は、逸平さんからの手紙をその場では開封しなかった。心の準備ができてから。と、住職に言われたからだろう。きっと、まだ実感なんて出来ていないのだ。
龍月は、桔平を想った。
逸平の亡骸は、SDSが保護した。まもなく家族の元へ、戻れるだろう。と、
JOKERは、言った。葬儀、埋葬。まだ、一息も着けないはずだ。
でも。
宗尊との闘いは、約束は。少しでも桔平の安息になっただろうか。そうであってほしい。
宗尊は、初めて龍月が会いに行った日。桔平との“約束”を話してくれた。
今度は、自分が桔平を助けたいんです。と、真摯に訴えてきた。桔平と出会った幼少は、病弱で痩せていて小柄だったというから驚きだ。
変わりすぎていて、思い出してもらえないと思います。と、宗尊は言っていた。
桔平を救うには、宗尊は、キーパーソンだった。
おそらく、JOKERの手中。いや、SDS―――
海昊さん。か。と、龍月は納得した。
Caucus Raceでの事を龍月が報告したとき、海昊は困った顔を垣間見せた。
JOKERと
零己。CIAへの対処。
海昊の側近、
石嶺 扇帝は、普段はめったにしない舌打ちを小さくすると、海昊に了解をとって、スマホを片手に席を外した。
JOKERへコンタクトを取るのだろう。と、龍月は察した。
その時、龍月は確信したのだ。やはり、海昊の指示ではなかった。と。
当然、他からも報告があがっていたのだろう、龍月の身体―――プールに飛び込んだ。のを心配してくれた。
「龍月。久しぶりに、やろうか。」
食事を済ませた後。葵矩に誘われて、庭に出た。
紫月は、祖父―――紊駕の父。の書斎に入り浸りだ。祖父は、
如樹病院の会長をしつつ、自身も外科医だった。
紫月は、医者―――医療系に関心があるようだ。
私も!と、龍月と一緒に付いてきたのは、美葵夏。名の通り、向日葵のような笑顔だ。桔平の妹たちを思い出した。二人とも龍月にとても懐いてくれた。
美葵夏は、前に会った時は、抱き着いてきて、遊ぼうとせがまれたが、久しぶりだったからか、年齢的にか、少しの恥ずかしさを覗かせて、龍月と挨拶を交わした。
食事の最中、少しずつ慣れてきたのか、話しかけてくれるようになった。
「たっちゃん。今、サッカーやってないの?」
3人は、ウォーミングアップに、パス回しをしている。
美葵夏は、ボールコントロールが上手だった。さすが、葵矩の子。だ。と、龍月は、美葵夏の質問にYes。と、答えて、増々上達したね。と、褒めた。
龍月は、幼少から小学生まで地域のクラブでサッカーをしていた。
基本的に高いレベルで何でもこなす龍月は、色々な所からの誘いもあったが、結果的にサッカー界には、進まなかった。
「えー。たっちゃんなら、日本代表にすぐなれるよ!」
美葵夏の言葉に、いやいや。と、葵矩を見る。
葵矩も満面の笑みで、そうだな。もったいないな。などという。
「美葵夏こそ、なでしこジャパンにすぐ入れるね。」
美葵夏は、本気でサッカーをやっていると聞いた。龍月は感心した。
父と同じ笑顔で、うん。と、答えた美葵夏は、絶対入るから、試合、見に来て。と、言った。龍月は頷く。
「絶対だよ。約束!!」
―――約束やからな。
突然、脳裏に蘇った。悔しさ、悲しさを唇を噛みしめて、押し込んだ、決意の表情。涙で濡れた頬もそのままに、真っすぐこちらを見る瞳。
―――二人で必ず、守ったろ。
そうだ。だから、俺は、“Aのお茶会”のメンバーになったんだ。
龍月は、改めて、決意した。
「紫月は、何か紊駕に似てきたな。」
よっ。と、サッカーボールが、まるで糸で繋がっているかの様なリフティング。
葵矩は、屋内に視線を向けた。
龍月と目を合わせて、あ、父親似。とかいったら嫌がる?と、人の良さがにじみ出る、慌てた表情。
龍月は、否定して、逆に、喜ぶと思う。と、言った。
紫月は、父、紊駕が大好きだ。その上尊敬している。
そんな父に似ていると言われるのは、嬉しいはずだ。と、付け加えると、葵矩は、そっか。と、微笑。俺も、紊駕は、凄い奴だと尊敬している。と、言った。
そういえば、紫月が、医療に関心があるのは、父さんの影響もあるけど、“約束の日”の出来事が関係あるのかも。あの日以降、紫月の中でも何かが変わったのかもな。と、龍月は、妹を想った。
あの後から、紫月は、龍月の事を“兄貴”と呼ぶようになった。
「しぃちゃんはお医者さんになるの?かっこいいね!」
美葵夏が無邪気に笑った。
その笑顔があまりにまぶしくて、あの時の紫月の表情とは、対照的で、だからか。桔平に想いを馳せた。
紫月は大丈夫だ。でも。桔平は?
負った傷の深さは、誰にもわからない。だから、自分にできるのは、桔平が、暗い底へ沈まぬよう、手を差し伸べ続けることだけかもしれない。
龍月は、青空を見上げた。
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