JとKの約束


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お構いなく。と、言われたが、茶菓子などはないし、上等な日本茶などではない。
父親オヤジの同僚だ。と、日向 恭兵ひゅうが きょうへい。と、名乗った男は言った。
親父と連絡が取れないから心配している。と、家に来たようだ。
まあ、借金取りではなさそうだし、まさかられるとも思えないので、中に入れた。

 「……学ランか。懐かしいな。」

俺の、掛けてあった学生服に触れて、独り言のように呟いた。
どうぞ。と、言って茶を差し出すと、こっちを向いて笑った。ありがとう。と。

顔や体格は、どちらかというといかつい。
スーツの胸板は厚く、何かのスポーツをやっている―――やっていた。のかもしれない。
親父のような技術屋には観えない。もっと、役職が高い感じだ。

眼は優しそうに見えたが、スキがないようにも観える。
年は、4、50代か。相応の小じわと白髪はあるものの、身なりに気を使っている風体。無精ひげはない。

 「夕食、まだだよね。寿司、とか好き?」

大好き!といったのは、先程から扉に隠れるようにしながら、こちらをチラチラと見ていた妹たちだ。
俺が目で叱って、あっちへ行けと促すと、残念そうに、二人ははぁい。と、返事をした。

 「同情とかはいりませんし、される筋合いもありません。」

 「……ごめん。気を悪くしたなら、謝る。……ただ、一緒に食べたいな。と。」

実は、家族がいなくて、親父が俺たちの話をするのを聞いてうらやましいと思ってたんだ。と、口にする日向という男の言葉にウソはなさそうだった。
母親の体調のことや名前、俺ら兄妹の年も知っていた。

 「勝手に父親みたいな気持ちになって……すまん。でも、もしよかったら夕食、一緒に食べても……いいかな。」

日向は、へりくだった言い方をしたが、嫌味な感じはしなかった。
というか、タダメシ・・・・なら、本当は大歓迎だった。
ゆっくりとうなづくと、日向は、あからさまに喜んで、すぐに電話をかけた。
妹たちが飛び跳ねて喜んだ。
日向は気前よく特上の寿司を人数分以上に頼み、冷凍保存できるサイドメニューや、ジュース、デザート。普段は到底食べれない物ばかり注文した。

 「菊花きくかさんは、うどんとかなら口にはいるかな。茶碗蒸しとかもあまったら、明日食べてよ。な。」

奥の部屋で母親が、ありがとうございます。と、身体を起こそうとするのと、そのままでいいから。と、大きな手を振った。
やがて、何かの祝いのようにテーブルに乗らないほどの食べ物が届いた。
……頼みすぎだろ。と、突っ込みたくなったが、俺の腹は喜んでいた。

 「ほら、桔平きっぺいくんもたくさん食べて。」

隣でがっつく妹たちを目を細めて見ながら、日向というおっさんは、俺の皿に次々に寿司を乗せていく。

 「うわぁ!最近いい事ばっかり!こないだは、焼肉食べたし、今日はおすしだし!ね、お兄ちゃん!」

ヤバっ。と、一瞬顔に出してしまったが、おっさんは特に何かを気にした素振りもなかった。“この状況”の俺らに焼肉を食う金なんて本当は、あるハズないのだ。彩愛あまなに曖昧に返事をして、寿司を口に入れた。

 「いいな。焼肉!今度一緒に行こう。」

わぁ!と、妹たちは盛り上がっていたが、俺は内心ひやひやしていた。
違法―――犯罪を犯して手に入れた金。バレたらコトだ。

 「そまも春が来たら1年生!」

想愛そまなが“良い事”の続きのように、小学生になることを報告した。
おっさんは、そうか、これからも良いことが続くぞ。と、笑った。

わかってる。そんなことは、言葉のアヤで、意味なんかない。
でも、無責任な言葉に腹が立った。
こっちは、ランドセルすら、小学校の諸々の準備すらできないんだ。
しかも、明日までに100万。あと、20万も足らない。

 「……なぁ。」

同情なんていらないと言っておいて、ムシが良すぎるのはわかってたが、おっさんなら断らない気がした。
食事が済んで、おっさんが洗い物を手伝う。と、一緒に狭いキッチンに並んだ。

 「20万。……貸してくれよ。」

単刀直入に言った。
ぐだぐだ説明や言い訳をしているヒマなんてない。
何故かと聞かれたら、ランドセル代だと答えてやる。

そう、構えていたら、おっさんは、俺の顔を見て、わかった。と、言った。
思わず、えっ。と、聞き返してしまった。

 「……君のお父さんにはすごく世話に……というか、友人だったんだ。新一年生の準備、色々かかるよね。ランドセルとか……何だっけ今は種類がたくさんあって、10万じゃ足りないだろ。あと体操服とか……」

勝手にペラペラとしゃべりだしたおっさんは、自分で納得して、これからコンビニで下ろしてくるよ。と言い出した。
まじか……。
俺は、少し呆気に取られて、彩愛が言った“良い事”の続きか。本当に。と、思ったほどだ。
おっさんはすぐに戻ってきた。今度は大量の菓子の入った袋をぶら下げて。
妹たちに菓子をふるまって、俺の正面に座った。

 「桔平くん。」

その声音が、顔が、大真面目で、真剣だったのでドキリとした。
テーブルの封筒の上に手を置いた。

 「……逸平いっぺい―――君の父さんから連絡は、ないのかい。」

 「……。」

俺は、おっさんから目を反らした。封筒を見つめる。
ない。と、言えばその金をくれるのか。いや逆か。返してもらえるアテがあれば貸してくれるということなのか。
……いや。おっさんの目。本当に親父を心配している目だ。

 「……実は、金曜に連絡がありました。」

久しぶりの親父の顔。心を鎮めてから電話にでたお陰で、いきなり罵倒せずには済んだ。いいたい事、ききたい事はたくさんあったが、予想していた通り、何かヤバい状況らしい事は判った。
おっさんは、何かの事件にまきこまれてるんじゃないか。と、眉根をひそめたが、警察に連絡しよう。とはいわなかった。

 「多分。でも、自分で蒔いた種なんでしょうし、自業自得なんじゃないスか。生きてただけでもキセキっつーか……」

 「そんな風にいうもんじゃない!」

びびった。おっさんは急に怒鳴って、すまん。と、大きな肩を落とした。
いえ。と、首を横に振って親父が俺に、13日の日曜に会おうといったと話した。
2月13日。再来週の日曜は、俺の誕生日だった。

私も行こう。と、おっさんは言った。
特に断る理由もなかったから、一応、お願いします。と、言うとおっさんは自分の電話番号をメモした紙を置いていった。
いつでも連絡をくれ。と、封筒をこちらに差し出して、口元を緩めた。
少しの憐みと、何故か自信に満ちた表情だった。

 「桔平っス。」

歌舞伎町の指示された店。
珍しくヤクザからの取り立てメールがきた。

―――100万は、明日もってこい。

日時場所を指定して。
いつもは、これ見よがしに脅しに家までくるのに。
まあいい。こっちはきっちり100万作ったんだ。文句はいわせねぇ。

入れ。と、言われ中に入る。
それも珍しい。いつもは外で会うことが多い。

 「……。」

知った顔はなかった。何かヤバい。と、思った時には、うしろの扉は閉められていて、身体の自由を奪われた。
くっそ!どうなってやがる。いつものヤクザ。じゃないのか。
目隠しをされて、後ろ手を縛られた。抵抗してもムダか。
ちっ。やっぱついてねぇ。いや、自業自得。だ。

得体のしれない恐怖。身体が震えた。まじ、ダサい。
ヘマをしないようにずっと言い聞かせてきたのに。
母親の顔。妹たちの顔。そして、父親の顔が、脳裏に浮かぶ。

車に押し込められて、何処かへ連れていかれる。
殺される?何で?
いや、理由なんて腐るほどあるか。いままでの悪行。
でも、ヤクザ。はどうした?メールは確かにいつものアドレスからだった。
意味が解らなかった。ポケットに入ったままの100万も。
男たちの顔も全く見覚えなんてない。

一瞬見ただけだが、ヤクザのようなオーラや風体ではなかった。
というか、アジアっぽい男もいたが、外人。
肌の色も国籍もばらばらのような男たちだった。

2時間くらい経過したか。車のドアが開いて、冷たい風が入ってきた。
……潮の匂い?いつもかいでいるなじみのある風だ。と、思った。
この2時間。不気味なほど誰も何もしゃべらない。
こいつらは一体何者なんだ。

 「痛っ!!」

背中を突然押されて、転倒した。閉まる扉の音。
男たちがざわついていた。
どっかの建物。監禁されたらしい。
まじ、何なんだよ。

冷たい空気。電気はついてる感じがしない。床はコンクリート。
何の音もしない。静かだ。防音なのか?
両手をこすり合わせて解放を試みる。
膝を使って目に当てられた布をずらすことに成功した。

やはり、辺りは、真っ暗だった。廃墟。というには廃れてはいない。埃がかぶってる様だが、PCや機器。デスク。オフィスのような部屋だ。
窓に近づいてみる。階段を昇らされたので、2階だということはわかっていた。

やっぱりだ。窓からコンビニ、向かいにスーパーが見えた。
両方とも馴染みがある。つまり、ここは藤沢市辻堂。
ご丁寧に家まで送ってくれた。……ワケはないよな。
下の道路には、先程まで乗せられていたであろう車が停まっていた。
中に人がいるかはわからない。窓は開けられないようだ。
頭を突き出して、窓に額を付けた時だった。

 「……手助け、必要?」

 「……!!」

ごんっ、という鈍い音がして、顔をしかめる。
窓ガラスにぶつかったおでこが、痛ぇ。つーか、全く気が付かなかった。
人間がいた。入ってきた?いつ?初めからいた?
その人物は、デスクの上に足を組んで座っていた。
白のロングコートに黒のパンツ姿。顔は……向こうの窓から入る外からの明かりで見えづらい。

 「てめっ……誰だよ!」

奴らの仲間か?手助け……とか何とかいってたか。意味不だ。
そいつは、よっ。と、軽く掛け声をかけてデスクから飛び降りた。
こっちに近づいてくる。
両手は……コートのポケットの中。銃とか……まさか。

 「強盗罪の幇助犯。」

 「はっ?」

男は、さらに歩み寄ってくる。詐欺罪に傷害罪。と、俺の罪。だろう。を、つらつらと口にする。その声音は、凄みがあるわけでも、恫喝を含んでいるわけでもなく、どこか軽薄にも感じるのに、圧―――オーラが尋常でなかった。
気圧される。じんわり、額に汗が滲んだ。

 「誰だってきいてんだよ!」

虚勢を張った。でなきゃ今にも床にへたり込んでしまいそうだった。
拘束されたままの両手が窓ガラスにぶつかった。知らず、後退りさせられたのだ。

 「あれ。有名人だって、二人にもいわれたんだけどなぁ。」

 「……へっ?」

思わず変な間の抜けた声がでた。
男はさらに近づき、自惚れだったかぁ。と、頬をかいて苦笑した。

 「……!!」

知ってる。……いや、面識はない。だが、学校の人気者。イケメン、秀才。
一つ上の先輩。如樹 龍月きさらぎ たつき
俺の表情を見て察したのか、口元を緩めた。
間近で見るその顔は、遠目で見ていた時以上に男からみても間違いなくイケメンだった。
……というか。そういう問題じゃない。何で、この人。

 「新極 桔平しんごく きっぺい。君のやった事、やってきたことは、犯罪だ。」

ドキリとした。また、オーラが畏怖を帯びた。
動けない。真っすぐな目。射抜かれる。
初めてだった。どんな大男を前にしても、ヤクザに対しても、俺はびびらなかった。
なのに。何なんだ、この人。

 「猟犬になるな。意志持って抗え。母親を、妹たちを守りたいんだろ。」

……。
如樹 龍月は、言った。約束するなら俺が手伝う。と。
何だよ、だから。何者なんだ……。

 「……中坊に何ができるつーんスか。」

 「それがねぇ。意外と何でもできちゃうんだよね。」

後ろ手の拘束が解かれた。笑いかけられた顔。飄々としていて、嘲笑するようでいて、どこか包容力のある優しい表情。

 「……I got it.」

かと思いきや、真剣なまなざし。耳に手をあてて呟いた。
誰かと電話……会話している。しかも……英語。だ。

 「ケガはしてないよね。闘えるね。」

如樹 龍月が、言い終わるが早いか、扉が開いて男たちが入ってきた。
殺したり重傷を負わせたらダメだ。瞬殺、拘束。と、俺に指示をして、男たちに躊躇なく突っ込んでいった。

 「……。」

肌で感じてはいたが、実際こんなに圧倒的な強さを見せられると、もう、言葉もでなかった。
如樹 龍月は、瞬く間に男たちを戦闘不能にしていった。
おもしろいように床をなめていく男たちを呆然と眺める。楽勝。とは、まさにこのことを言うのだろう。
見物料、とるよ。と、如樹 龍月は失笑した。



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