♦JとKの約束
♣
3
「へぇ、やるなぁ。」
思わず言葉が漏れた。
龍月は、自室で動画を見ている。歌舞伎町の防犯カメラ。当然、違法だ。
ハッキングをして龍月に送ってきたのは、ネコちゃん。と、
JOKERが言った、
千光寺 玉満。通称タマ。
“Aのお茶会”が検知した不正アクセスの一つ。龍月が対処した。
タマは、都内の中学一年生。驚くべき才能の持ち主。善人なホワイトハッカーだった。自分と2つしか違わないのに。と、龍月は感心した。
タマは、イジメを受けていた。
使いようによっては、自身のPCのスキルで相手を懲らしめることもできるにもかかわらず、決して悪用しなかった男だ。
龍月は、タマとコンタクトを取った。イジメから救う手助けを、東京を仕切るチーム、
東京華雅會―――当時は結成前だが。のトップとNO.2とに頼んだ。
タマは今、東京華雅會の幹部にして傑物だ。
「……柔術、かな。」
Diamondの
Jack。成程、
番犬……
猟犬。か。
映し出されている男―――少年。は、一瞬で大人を伸していた。
ムダな動きが全くない。最小の力で、最大の効力。
中2にしては背が高い。襟足の長い黒髪。口元右側の黒子。
瞳は鋭く、何者にも物怖じしない様に見える。
しかし、龍月にはその瞳の奥に悲観や諦観が観えた。
少年―――
新極 桔平。は、私立K学園の学ランの下に着た白パーカーのフードで顔を隠し、新宿駅方面へ向かった。
そこから動画は、新宿駅改札外コインロッカー前に切り替わる。
レシートをかざして封筒を取り出す桔平。
レシート―――コインロッカーのカギ。の在処は、先のメールか。
タマは、頼まれずとも桔平のスマホの送受信履歴、内容をも送ってくれた。
封筒は厚くない。2,3万ってとこか。2人伸したから、2万。かな。と、龍月は独りごちて一旦動画を停止した。
メールのやり取りに目を通す。
“ごくろう”の後の“店のポスト”。
メールが短文や単語のみなのは、もしもの時の言い逃れの為だろう。
スマホにしても
とばしだろうから、何かあれば罪は全て桔平に着せられてしまう。
分が悪すぎる。
―――大きいの、ないですか。
報酬額。か。学校をサボってまで仕事を優先し、金に執着。
普通の中学生の生活では、ない。
一線を超える前に対処したい。と、龍月は強く思った。
「……。」
動画を全て見終えて、タマに追加の依頼をする。
DiamondのJack。……に、
Clubの
Kingか。
“
Caucus Race”まであと何日あるか。限りある時間でやれる事は全てやる。
情報収集と分析。調整、判断。適切な各所に適確な依頼、指示。
龍月の脳内。取捨選択された情報。正解ルートへベクトルが決まった時、下の階から夕食できたよ。と、声がかかった。
「お。迎えに来てくれたのか。Good Girl。」
部屋のドアを開けると、飼い犬―――ラブラドールレトリバーのメアリが座っていた。“メアリ”は、アガサクリスティーのペンネーム、メアリ・ウエストマコット。から龍月の母親が名付けた。
そういえば、ラブラドールレトリバーは、元は猟犬。
人の言うことを聞き、守ることのできることから、警察犬や盲導犬にも適している犬種だ。
「父さん、おかえり。」
階段を降りたら、丁度父親が帰ってきた。
といってもまたすぐに出かけるのだろうが、今日は夕食を共にできるのかもしれない。
父親の
如樹 紊駕は、外科医であり、父親から継いだ私立如樹病院の院長をしている故、多忙でめったに家にはいない。
その事に、不満や寂しさを覚えたことは、ない。
限りある時間の、密な親子関係を築いている。と、龍月は思っていた。
「健全な青春と、不安、
不満の混在だ。」
TVのニュースを一瞥して、紊駕は言った。少年犯罪のニュースだった。
龍月を見る紊駕の瞳は、射抜くように鋭い。それなのに、奥底には慈悲的な温かみがあった。
丁度、キッチンから母親と、3つ下の妹の
紫月が最後の料理を運んできた。
「……思春期は、情緒の安定。が大事よね。」
母親が言葉を継いだ。
母親の
如樹 紫南帆は、臨床心理士であり、夫、紊駕の病院で働いている。
人差し指を口元にあてて、たっちゃんは大丈夫?と、訊いた。
何かあれば相談しろ。とのことだろう。
「兄貴には無縁。」
答えたのは紫月だった。
紊駕によく似た切れ長の目で龍月を睨むと、いただきます。と、さっさと味噌汁のお椀を手にした。
「ほめられてんの、かな。」
龍月は、紫月を茶化して、いただきます。と、箸を取る。紫月が一笑に付す。
紫南帆は、しぃちゃん―――紫月。には、有縁?と、本当に心配そうに言って、大丈夫大丈夫。と言われた。
紫月は、雰囲気もそうだが、言動も紊駕に似ている。
年の割には大人びていて、時に辛辣な言葉で的を射る発言をする。
かといって、非情なわけではない。むしろ、有情、慈悲深い。
紊駕もいつも端的で、行間を読ませるように人を諭す。
そんな中、穏やかで少し天然な紫南帆が、場を和ませている。
いい家族だ。と、龍月は口元を緩めた。
少なくとも自分には居心地がよく、生活に何の心配もない、居場所だ。と、龍月は思った。だからこそ、桔平の境遇に勝手に同情―――憐憫の情。を抱いたのだ。
「如樹先輩!はじめまして!」
私立K学園中等部2年の階で、廊下に響くばかでかい声。
予想通りで少し笑える。と、龍月は、忍笑した。
昼休み、
大道寺 宗尊に会いに行ったら、この反応。
宗尊は、誰に聞いても皆口をそろえて言う、善人。
この学校の裏手にあって、関係性も深い建長寺の家系。将来のお坊さん。だ。
180を超える身長に、体格もいい。ボクシング部所属。
見た目坊主で大きいので強面なのだが、真面目で素朴。恬淡、根明な少年。
龍月に声をかけられて、礼儀正しく腰を折った。
中等部生徒会会長である龍月は、学校では言わずと知れた人気者だ。
男子校だというのに、校内を歩くと黄色っぽい声で出迎えられる。
「超有名人の如樹先輩が自分にどのような用で?」
屋上へ連れだった。
やはり、大きな声で宗尊は訊いてきた。
超有名人ではないよ。と、やんわり否定して、龍月は用意していた質問をした。
宗尊は、案の定その優しい表情をくもらせた。
「……新極は、今日も来てないっス。」
知っていたが、そうなんだ。と、あいづちを打った。
生徒会の立場を利用して、生活委員会の活動の一環として、多数の生徒にクラスの状況などを訊いている。と、伝えた。あながちウソでもない。
不登校、生活の乱れ、自分、友人、知人問わず、気になる事、気になった事など何でも話して。と、言うと、予想通り宗尊は、桔平の事を話してくれた。
ClubのKing―――モデルは、アレキサンダー大王。
知と武の男。寛大で器量が大きい。お人好しで面倒見の良い男。
宗尊と重なる。
「中2になって同クラで……昨年はそんな風じゃなかったんス。実は、自分、新極とは……。」
宗尊は、言葉を選びながら胸の内を話してくれた。
そうか。と、龍月は心中で納得した。
他には何かある?と、尋ねると、隣のクラスによく遅刻し出した男がいる。一つ下の生徒を夜、寺の付近で見つけた。などなど。
でてくる、でてくる。当然これらも対処する必要がある。
それにしても。
宗尊からは、常に周りを気にし、学校、いや、世の中を良くしよう、したい。という気概がすごく伝わってきた。
よもすれば、“チクる行為”と言われかねないが、腹黒い考え、邪推などが全くない。清く正しくあろうとするやさしい心根がにじみ出ていた。
大丈夫だ。と、龍月は確信した。
数日の放課後だった。
連絡先を交換した宗尊から着信。どうやら桔平は、朝学校には来たが、午後、どこかに呼び出されて学校を出て行ってしまった。といった。
誰かと電話で会話しているのを聞いた。という。
しかも後を後を追っているらしい。
龍月は、今、新宿にいる。進学の決まっている中3生は、自由登校だった。
タマからの情報で、桔平がここに来ることを知り、先回りしていたのだ。
宗尊に桔平の動向を注視してもらい、連絡をもらいたい。と、伝えていたため、宗尊は、従順に行動したのだろう。
だが。
「俺さ、知り合いにおまわりさんがいるから、相談してみるよ。だから、任せて。」
何か悪いことに巻き込まれているんじゃないか。との宗尊の心配に言った。
宗尊まで危険に晒すわけにはいかない。
宗尊は、あの日。桔平が歌舞伎町で大人2人を伸した現場にいた。
学校を出て行った桔平を心配して、真面目な宗尊が授業をサボってまで桔平を追いかけてきたのだ。今日のように。
タマが送ってくれた映像に映っていた。だから、コンタクトをとった。
JOKERからの指示。ClubのKing―――宗尊。そういうことか。と。
宗尊は、正直に桔平の後を追ったと話してくれた。
あの日も今も、桔平の雰囲気、顔つきが尋常でない。と、言った。
「おまわりさんと知り合いなんて、すごいっすね!!」
宗尊は、素直にうけとり、そういってから、もう新宿駅だ。と、いう。
……うーん。困った。
龍月は、思案して、宗尊と会話をしながら、もう一台のスマホを取り出しLINEした。
知り合いのおまわりさん―――事実、間違いではない。
幼馴染の父親が警察だ。最も、公安だが。そして。
―――了解だ。
LINEの返事。DiamondのAceからだ。この、DiamondのAceも警察。
と、いってもこちらは、FBIだった。
FBIは、Federal Bureau of Investigation―――連邦捜査局。厳密には、警察官ではなく、連邦法に基づいて活動する捜査官。
ただ、警察同様に逮捕権限を持っている。アメリカ全土で。だが。
DiamondのAce―――
Luis Fernandz 篁。Luisは、父親が中国人で、母親が日本とスペインのハーフ。だという。
中国名、日本名ももつ。生まれはアメリカだ。
JOKERとは、悪友。らしい。
―――インカム。
Luisからの短いLINE。龍月は、ワイヤレスイヤホン―――インカム。を装着した。
プレゼント。と、JOKERからもらったものだった。
“Aのお茶会”Missionの報酬。JOKERは、アルバイトしない?と、龍月を“Aのお茶会”に誘った。
まだ小学生だった龍月を。だ。
―――歌舞伎町セントラルロード。
内耳にやや中国語訛りの、しかしほぼ完璧なLuisの日本語が響いてきた。超高規格品のこのIPインカムは、キョリ実質無視の代物。
了解です。と、口にして、宗尊と合流することを伝えた。
宗尊には、先の電話で丁度自分も新宿にいる。と、言ってあった。
宗尊は、全く疑うことなく龍月と同行することを承諾した。
桔平は、後ろを振り向くことなく歩いているようだ。宗尊がLINEで現在地を伝えてきた。行き先はわかっている。セントラルロード。
―――大きいの。ないですか。の、返答だった。
龍月は、気構えた。
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