JとKの約束


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 「へぇ、やるなぁ。」

思わず言葉が漏れた。
龍月たつきは、自室で動画を見ている。歌舞伎町の防犯カメラ。当然、違法だ。
ハッキングをして龍月に送ってきたのは、ネコちゃん。と、JOKERジョーカーが言った、千光寺 玉満せんこうじ たまみつ。通称タマ。

“Aのお茶会”が検知した不正アクセスの一つ。龍月が対処した。
タマは、都内の中学一年生。驚くべき才能の持ち主。善人なホワイトハッカーだった。自分と2つしか違わないのに。と、龍月は感心した。

タマは、イジメを受けていた。
使いようによっては、自身のPCのスキルで相手を懲らしめることもできるにもかかわらず、決して悪用しなかった男だ。
龍月は、タマとコンタクトを取った。イジメから救う手助けを、東京を仕切るチーム、東京華雅會とうきょうはなみやびかい―――当時は結成前だが。のトップとNO.2とに頼んだ。
タマは今、東京華雅會の幹部にして傑物だ。

 「……柔術、かな。」

DiamondダイヤモンドJackジャック。成程、番犬Watch Dog……猟犬Hunting Dog。か。
映し出されている男―――少年。は、一瞬で大人を伸していた。
ムダな動きが全くない。最小の力で、最大の効力。
中2にしては背が高い。襟足の長い黒髪。口元右側の黒子。
瞳は鋭く、何者にも物怖じしない様に見える。

しかし、龍月にはその瞳の奥に悲観や諦観が観えた。
少年―――新極 桔平しんごく きっぺい。は、私立K学園の学ランの下に着た白パーカーのフードで顔を隠し、新宿駅方面へ向かった。

そこから動画は、新宿駅改札外コインロッカー前に切り替わる。
レシートをかざして封筒を取り出す桔平。
レシート―――コインロッカーのカギ。の在処は、先のメールか。
タマは、頼まれずとも桔平のスマホの送受信履歴、内容をも送ってくれた。
封筒は厚くない。2,3万ってとこか。2人伸したから、2万。かな。と、龍月は独りごちて一旦動画を停止した。

メールのやり取りに目を通す。
“ごくろう”の後の“店のポスト”。
メールが短文や単語のみなのは、もしもの時の言い逃れの為だろう。
スマホにしてもとばし・・・だろうから、何かあれば罪は全て桔平に着せられてしまう。
分が悪すぎる。

―――大きいの、ないですか。
報酬額。か。学校をサボってまで仕事を優先し、金に執着。
普通の中学生の生活では、ない。
一線を超える前に対処したい。と、龍月は強く思った。

 「……。」

動画を全て見終えて、タマに追加の依頼をする。
DiamondのJack。……に、ClubクラブKingキングか。
Caucus Raceコーカス・レース”まであと何日あるか。限りある時間でやれる事は全てやる。
情報収集と分析。調整、判断。適切な各所に適確な依頼、指示。
龍月の脳内。取捨選択された情報。正解ルートへベクトルが決まった時、下の階から夕食できたよ。と、声がかかった。

 「お。迎えに来てくれたのか。Good Girl。」

部屋のドアを開けると、飼い犬―――ラブラドールレトリバーのメアリが座っていた。“メアリ”は、アガサクリスティーのペンネーム、メアリ・ウエストマコット。から龍月の母親が名付けた。
そういえば、ラブラドールレトリバーは、元は猟犬。
人の言うことを聞き、守ることのできることから、警察犬や盲導犬にも適している犬種だ。

 「父さん、おかえり。」

階段を降りたら、丁度父親が帰ってきた。
といってもまたすぐに出かけるのだろうが、今日は夕食を共にできるのかもしれない。
父親の如樹 紊駕きさらぎ みたかは、外科医であり、父親から継いだ私立如樹病院の院長をしている故、多忙でめったに家にはいない。
その事に、不満や寂しさを覚えたことは、ない。
限りある時間の、密な親子関係を築いている。と、龍月は思っていた。

 「健全な青春と、不安、不満フラストレーションの混在だ。」

TVのニュースを一瞥して、紊駕は言った。少年犯罪のニュースだった。
龍月を見る紊駕の瞳は、射抜くように鋭い。それなのに、奥底には慈悲的な温かみがあった。
丁度、キッチンから母親と、3つ下の妹の紫月しづきが最後の料理を運んできた。

 「……思春期は、情緒の安定。が大事よね。」

母親が言葉を継いだ。
母親の如樹 紫南帆きさらぎ しなほは、臨床心理士であり、夫、紊駕の病院で働いている。
人差し指を口元にあてて、たっちゃんは大丈夫?と、訊いた。
何かあれば相談しろ。とのことだろう。

 「兄貴には無縁。」

答えたのは紫月だった。
紊駕によく似た切れ長の目で龍月を睨むと、いただきます。と、さっさと味噌汁のお椀を手にした。

 「ほめられてんの、かな。」

龍月は、紫月を茶化して、いただきます。と、箸を取る。紫月が一笑に付す。
紫南帆は、しぃちゃん―――紫月。には、有縁?と、本当に心配そうに言って、大丈夫大丈夫。と言われた。

紫月は、雰囲気もそうだが、言動も紊駕に似ている。
年の割には大人びていて、時に辛辣な言葉で的を射る発言をする。
かといって、非情なわけではない。むしろ、有情、慈悲深い。

紊駕もいつも端的で、行間を読ませるように人を諭す。
そんな中、穏やかで少し天然な紫南帆が、場を和ませている。

いい家族だ。と、龍月は口元を緩めた。
少なくとも自分には居心地がよく、生活に何の心配もない、居場所だ。と、龍月は思った。だからこそ、桔平の境遇に勝手に同情―――憐憫の情。を抱いたのだ。

 「如樹先輩!はじめまして!」

私立K学園中等部2年の階で、廊下に響くばかでかい声。
予想通りで少し笑える。と、龍月は、忍笑した。
昼休み、大道寺 宗尊だいどうじ むねたけに会いに行ったら、この反応。
宗尊は、誰に聞いても皆口をそろえて言う、善人。
この学校の裏手にあって、関係性も深い建長寺の家系。将来のお坊さん。だ。
180を超える身長に、体格もいい。ボクシング部所属。
見た目坊主で大きいので強面なのだが、真面目で素朴。恬淡、根明な少年。

龍月に声をかけられて、礼儀正しく腰を折った。
中等部生徒会会長である龍月は、学校では言わずと知れた人気者だ。
男子校だというのに、校内を歩くと黄色っぽい声で出迎えられる。

 「超有名人の如樹先輩が自分にどのような用で?」

屋上へ連れだった。
やはり、大きな声で宗尊は訊いてきた。
超有名人ではないよ。と、やんわり否定して、龍月は用意していた質問をした。
宗尊は、案の定その優しい表情をくもらせた。

 「……新極は、今日も来てないっス。」

知っていた・・・・・が、そうなんだ。と、あいづちを打った。
生徒会の立場を利用して、生活委員会の活動の一環として、多数の生徒にクラスの状況などを訊いている。と、伝えた。あながちウソでもない。
不登校、生活の乱れ、自分、友人、知人問わず、気になる事、気になった事など何でも話して。と、言うと、予想通り宗尊は、桔平の事を話してくれた。

ClubのKing―――モデルは、アレキサンダー大王。
知と武の男。寛大で器量が大きい。お人好しで面倒見の良い男。
宗尊と重なる。

 「中2になって同クラで……昨年はそんな風じゃなかったんス。実は、自分、新極とは……。」

宗尊は、言葉を選びながら胸の内を話してくれた。
そうか。と、龍月は心中で納得した。

他には何かある?と、尋ねると、隣のクラスによく遅刻し出した男がいる。一つ下の生徒を夜、寺の付近で見つけた。などなど。
でてくる、でてくる。当然これらも対処する必要がある。

それにしても。
宗尊からは、常に周りを気にし、学校、いや、世の中を良くしよう、したい。という気概がすごく伝わってきた。

よもすれば、“チクる行為”と言われかねないが、腹黒い考え、邪推などが全くない。清く正しくあろうとするやさしい心根がにじみ出ていた。
大丈夫だ。と、龍月は確信した。

数日の放課後だった。
連絡先を交換した宗尊から着信。どうやら桔平は、朝学校には来たが、午後、どこかに呼び出されて学校を出て行ってしまった。といった。
誰かと電話で会話しているのを聞いた。という。
しかも後を後を追っているらしい。

龍月は、今、新宿にいる。進学の決まっている中3生は、自由登校だった。
タマからの情報で、桔平がここに来ることを知り、先回りしていたのだ。
宗尊に桔平の動向を注視してもらい、連絡をもらいたい。と、伝えていたため、宗尊は、従順に行動したのだろう。
だが。

 「俺さ、知り合いにおまわりさんがいるから、相談してみるよ。だから、任せて。」

何か悪いことに巻き込まれているんじゃないか。との宗尊の心配に言った。
宗尊まで危険に晒すわけにはいかない。

宗尊は、あの日。桔平が歌舞伎町で大人2人を伸した現場にいた。
学校を出て行った桔平を心配して、真面目な宗尊が授業をサボってまで桔平を追いかけてきたのだ。今日のように。

タマが送ってくれた映像に映っていた。だから、コンタクトをとった。
JOKERからの指示。ClubのKing―――宗尊。そういうことか。と。
宗尊は、正直に桔平の後を追ったと話してくれた。
あの日も今も、桔平の雰囲気、顔つきが尋常でない。と、言った。

 「おまわりさんと知り合いなんて、すごいっすね!!」

宗尊は、素直にうけとり、そういってから、もう新宿駅だ。と、いう。
……うーん。困った。
龍月は、思案して、宗尊と会話をしながら、もう一台のスマホを取り出しLINEした。

知り合いのおまわりさん―――事実、間違いではない。
幼馴染の父親が警察だ。最も、公安だが。そして。

―――了解だ。

LINEの返事。DiamondのAceからだ。この、DiamondのAceも警察。

と、いってもこちらは、FBIだった。

FBIは、Federal Bureau of Investigation―――連邦捜査局。厳密には、警察官ではなく、連邦法に基づいて活動する捜査官。
ただ、警察同様に逮捕権限を持っている。アメリカ全土で。だが。

DiamondのAce―――Luis Fernandz 篁ルイス フェルナンデス たかむら。Luisは、父親が中国人で、母親が日本とスペインのハーフ。だという。
中国名、日本名ももつ。生まれはアメリカだ。
JOKERとは、悪友。らしい。

―――インカム。

Luisからの短いLINE。龍月は、ワイヤレスイヤホン―――インカム。を装着した。
プレゼント。と、JOKERからもらったものだった。
“Aのお茶会”Missionの報酬。JOKERは、アルバイトしない?と、龍月を“Aのお茶会”に誘った。
まだ小学生だった龍月を。だ。

―――歌舞伎町セントラルロード。

内耳にやや中国語訛りの、しかしほぼ完璧なLuisの日本語が響いてきた。超高規格品のこのIPインカムは、キョリ実質無視の代物。
了解です。と、口にして、宗尊と合流することを伝えた。

宗尊には、先の電話で丁度自分も新宿にいる。と、言ってあった。
宗尊は、全く疑うことなく龍月と同行することを承諾した。
桔平は、後ろを振り向くことなく歩いているようだ。宗尊がLINEで現在地を伝えてきた。行き先はわかっている。セントラルロード。
―――大きいの。ないですか。の、返答だった。
龍月は、気構えた。



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