JとKの約束


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 「弟なんだ。」

と、“先輩”は、しゅうの事を言った。

 「え。あ……すみません。弟くんに……。」

龍月たつきは、柊に対しての言動を“先輩”に謝った。
弟……。龍月は、柊が去った道を振り返る。

 「いや。強いんだね。……如樹 龍月きさらぎ たつきくん。」

“先輩”―――嵩原 諒たかはら りょうと名乗った。は、複雑な表情をしたまま、龍月の名を呼んだ。
K学では、有名人だから、知ってるよ。と、笑った顔は、さやかな雰囲気が柊と重なった。
宗尊むねたけといい、諒といい、そんなに目立った事はしてないと思うんだけどな。と、龍月は苦笑。

 「……僕は、卑怯なんだ。」

 「……。」

諒は、龍月と同じく、柊の去った道を見つめて、ぽつり。と、言った。

 「弟の罪を見て見ぬふりをしていた。ずっと。」

詳しい事情はわからないが、弟の素行を心配しているのは、伝わった。
早くここから立ち去ったほうがいい。と、龍月の身を案じる優しい心根も。

 「……嵩原先輩は、卑怯ではないですよ。卑怯な人は、自分をそんな風にはいわない。現に今、身体を張って弟くんと向き合おうとした。」

正しくあろうとする、弟思いの優しい人だ。
龍月の言葉に、諒は、ありがとう。と、口にしてうつむいた。

やがて、夕日を背負って現れたのは、大柄な男2人を先頭に先の5人。
そのうしろに、3人。
思ってたより少なかった。総勢10人か。
龍月は、夕日に目を細めながら、目算した。

 「仲間をったのは、お前か。」

左の大柄の男が言った。
いや、ってない。と、言おうとしたが黙す。
全員鉄パイプを持っている。なんと、古典的で昭和っぽい族か。
龍月は、良く整った眉根をひそめる。

 「逃げなかったのは褒めてやる。」

右の大柄の男の言葉。
いや、逃げる必要ないし。と、やはり心中で呟く。

 「この男は、関係ない。柊を返してくれよ、兄貴。」

今度は諒が龍月を守るように前に出た。
兄貴……って。と、龍月は、諒が見つめる左の大柄の男を見る。

 「諒。何度言わせんだ。柊は、好きでここに居んだ。黙ってろ。俺はなぁ。仲間をった奴に落とし前を付けに来ただけだ。」

落とし前って……まぁ。見た目ヤクザ風体ナリ。成人だろうけど、まさか昭和生まれではないよな。と、龍月は、先に会った零己れいきLuisルイスを思い浮かべて、零己は比較にならないか。と、思い直した。
言いようによっては男気のある、昔カタギの男―――諒と柊の兄。に睨まれた。

 「はっ?こんなヒョロガリのチビにられたのかよ、お前ら。」

右の男が鼻で笑った。
チビって……一応170はあります。と、三度目の独話。
確かに2人とも180……いや、190近いか。と、見積もっていると後ろから忍び笑い。

 「そのヒョロガリ・・・・・られちゃったねぇ。」

 「ね。しっかりと。」

その笑いは、シンクロした。
一人はスマホを掲げて、先の龍月の立ち回りのビデオを流した。大男2人に見えるように。
もう一人の男は、東浜で暴れるな。約束だろ。と、叱咤した。
どちらも同じ顔。同じ声。

 「……昂大こうだいくん、悠大ゆうだいくん。」

湘南暴走族BAD×BLUESバッド ブルースのメンバー、得道 昂大うどう こうだい得道 悠大うどう ゆうだい
得道ツインズと呼ばれる一卵性の双子で、龍月の知り合いだった。
二人を見分けるコツは、髪型。
向かって右分けの髪―――昂大。左分け―――悠大。なのだが、分け目を変えられたらアウト。どいうほどそっくりだった。

 「ああ?知り合いかよ。」

右の男が昂大を睨んだ。悠大の持つスマホを見て目を細める。

 「じょう雷杞らいき。龍月に敵うわけないじゃん。誰の子だと思ってんの。」

悠大がスマホを振りながら大げさに言う。

―――天下の如樹 紊駕きさらぎ みたかさんの息子よ。

……って、何か悠大くんの持ってるスマホが、水戸黄門の印籠のように見える。と、龍月は、苦笑い。
とはいえ、ははぁっ。と、皆が地面に頭を垂れるワケはなく、しかし、マジかよ。と、かなりザワついた。

BAD×BLUES―――通称B×B。の前身は、湘南暴走族BADとBLUESという二つの族が合体してできた、湘南最大規模の族だ。
そのBADを造ったのが、若かりし頃の父、紊駕だということは、龍月も知っていた。が、ここまで浸透しているとは知らなかった。
どうやら紊駕は、カリスマ的、レジェントと称されているらしかった。

 「で。話をきいてっと、柊が犯罪に手ぇ出したのがナシってことだろ。」

 「軽はずみ。ありえないね。」

昂大、悠大の順で言い、仗の責任だ。と、昂大が叱責した。
顔も声も仕草までもそっくりだが、兄の昂大のほうが、言動がしっかりしていて、悠大は追随する感じだ。

 「……すみませんでした。」

柊は、素直に謝った。平塚連合の皆、鉄パイプを下し、対話に応じてくれた。この辺は、実に平成―――令和っぽくて、良い。

 「柊。お前がそんなんだから、諒が心配しすぎんだろうが!」

清々しい拳骨の音が響いて、仗に殴られた柊は、頭を抱え再び謝罪。
仗は、諒に、俺たちはバイクが好きでここにいる。と、言った。
認めてくれ。と、言うようにしっかりと諒の目をみた。
周りからは不良と呼ばれるが、俺たちなりの矜持があるのだ。と。
金輪際犯罪には手をださせない。約束する。と、仗は諒に頭を下げたのだ。

 「………わかった。柊の事しっかり見てよ、兄貴。」

諒は、頷いて、平塚連合の男たちにも約束してくれと言った。
どっちが兄貴か。と、昂大は苦笑して、約束破ったらウチの頭出張らせるからな。と、タンカきった。

平塚連合の男たちは、ひえっ。と、悲鳴を上げる。
ウチ―――B×Bのトップは、やはり前身BADを紊駕と共に造った初代総統の滄 氷雨あおい ひさめ。の息子、滄 氷風あおい ひかぜのことだ。
当然、龍月とは、生まれる前からの知り合いのような間柄だった。

とりあえず、一件落着。
気が付けば、陽が沈み、海風が冷たくなってきた。

 「そうだ、柊。」

龍月は、柊の耳元で訊いた。諒が心配するのでなるべく小声で。
今日の強盗の件。どんな経緯だったのかを。
柊は、龍月の先の立ち回りと紊駕の息子という“ブランド”に至極興奮して、色々と話してくれた。

 「何すか。龍月さん。おまわりの手伝いしてるとか?」

んっー。そんな感じ。と、はぐらかすと、すげぇ。と、目を輝かせた。
柊は、中1だった。全く悪人になど見えない。
そんな少年が犯罪に手を出す。出せてしまう世の中に龍月は、怒りを覚えた。
SNSで不特定多数の少年たちを“バイト”と称し騙し、犯罪をさせる。少年たちは、気軽にバイトに応募し、決行。結果、逮捕されたとしても大元は痛くもかゆくもないのだ。

防衛手段の一つは、教育だろう。
犯罪を行わない、行わせない。
平塚連合もB×Bもバイク好きな集まりで、犯罪集団では、決してない。
トップが、仗や氷風なら、大きな間違いは起きないし、起こさせないだろう。
そうあってほしい。
龍月は、桔平きっぺいに思いを馳せた。

 「あ、そういえば、来月あたり朔弥さくやたち帰国だって。」

 「うわ。陽色ひいろくんのか。」

悠大が龍月に言って、昂大がのけぞった。二人のおさななじみだが、龍月も幼少会ったことがる兄弟だ。
また仲間が増えるな。と、龍月は、新月になりゆく月を見つめた。



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