♦JとKの約束
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13
放課後。
龍月さんが俺を連れ出した場所は、K学の隣の寺だった。
K学は、この寺が師弟の為に造った教育施設だったらしいが、宗教色もなく、中1の時に座禅を体験するくらいで、特に馴染みはない。
先を行く龍月さんについていく。
観光客は、まばらだった。一直線上に並ぶ、三門。仏殿。そして、法堂。
その法堂の前のスペースに、袈裟姿の男―――住職。が佇んでいた。
「……。」
……俺。この、光景を見たことが、ある?
いつだ?何才くらいのときだ?
住職がこっちに気が付いて、合掌した。
前言撤回。特に馴染みがない。と思ったここ。だが、この広場を、俺は、覚えている。
法堂からさらに直線上にある方丈―――龍王殿。から、道着姿の男が、こっちに駆けてきた。住職と並ぶ。そっくりな顔だった。
龍月さんが足を止めた。振り向く。
「思い出した?」
優しい笑顔だった。
住職も。そして、道着の男―――
宗尊も。
俺は、幼少鎌倉市に住んでいた。どこかの広場で、
親父に連れていかれて、柔術に初めて触れた。
思い出した。俺は後ろを振り返り、歩いてきた参道を見る。
目線が高くなったせいか、すぐには思い出せなかったが、確かにここを親父と歩いて、そして、この広場にきた。
「でかくなりすぎだろ。」
そこで、出会った少年は、小さくて、痩せていて、病気がちだった。
そうだ。タケ。少年をそう呼んでいたことを思い出した。
タケ―――宗尊。は、大きな口を開けて笑った。
「
桔平も、でかくなったじゃないか!」
お前は、幅もな。と、悪態づいて、宗尊の言葉を思い出した。
―――友達だろ。……それに……。
続く、言葉。同クラになったときも、すぐに声をかけてくれた。
こいつは、気づいていたんだ。俺が幼少、一緒に柔術を学んだ奴だと。
俺は、こいつに話させる機会すら与えなかった。心を閉ざしていたんだ。
「大きく、立派になりましたね。
逸平くんも喜んでいますよ。」
住職は、大空を見上げた。優しい口元には、少しの哀愁。
知っているのだろう親父の事を。
「
平ちゃん家―――逸平さんは、檀家さんなんだって。といってもお墓はなかったろうから、知らなかったよね。」
龍月さんは、言った。
つまり、ウチの
新極家代々ではなく、親父が始めたこと。という訳か。
そういえば、祖父母の墓参りとか、行った事ない。
つーか、両方の祖父母のこと、知らない。
フツーに考えたら。フツーじゃない。そんな事すら今まで考えなかった。
5人の暮らし。親父がいなくなって、4人。それが、俺のフツーだった。
檀家―――つまり、自分の死後。ここに。と、いうことなのだろう。
CIAである、親父の“終活”。か。
「……桔平。俺はな、あの頃、すごく消極的で、ネガティブだったんだ。」
今の宗尊しか知らなければウソだろ。と、突っ込むところだ。宗尊は、俺のおかげで、前向きになれたんだ。と、心の内を話した。
小学校に上がる前。ほんの数年、共に柔術を学んだ。
「桔平は、言われたことを何でもすぐできて、かっこいかった。強かった。そして、優しかった。……約束。覚えているか?」
約束……。ああ。忘れていたけど、思い出したよ。俺は頷いた。
あの頃の俺は、何でもできると根拠のない自信だけがあった。
ようするに、ガキだったんだ。妹ができて、兄貴風を吹かせてた、ガキ。
―――俺は、もういないんだぞ。タケ。
幼少の自分の姿。今、脳裏によみがえる。
辻堂に引っ越すと決まった時だ。宗尊は、大泣きをした。引っ込み思案で、いつもおどおどしていた。いじめられっ子だったタケに、俺は偉そうに言った。
―――次、会うときは俺に勝てるくらい強くなってろ!そんで、
闘ろうぜ。約束だぞ!
そうだ。だから、引っ越しても俺は柔術をやめなかった。教室を探して、自身を高めたんだった。こいつも同じ……。
約束……。
「で、
闘ろうってワケか。」
宗尊の道着姿に言った。宗尊は、笑う。
「と思ったんだけどな!柔術は合わなかったみたいで、今、俺はボクシング部なんだ。だから……」
異種格闘技戦だね。と、龍月さんはスマホを掲げた。
「ボクシング対柔術。お互いの強みを活かして、2分。どうかな。」
どうかなって、龍月さんの策でしょ。確実に。俺に思い出させるための。
俺は、鼻で笑って学ランの上を脱いだ。寒っ。思わず呟いた俺に、龍月さんは、俺の意をくんで頷いた。
住職の許可の下、畳張りの屋内に案内された。昔、柔術を教えてもらった場所だ。やはり、脳は、懐かしい。と、言った。
こんなにすぐ近くに、思い出の、約束の、場所があったなんて。
懺悔と謝罪を込めて、宗尊と向き合う。
つーか。改めて対峙すると、デカすぎるだろ。180は絶対あるな。身長差10pくらいか。だけど、問題は、体重差だ。しかも、ボクシング。
「じゃ、構えて。」
龍月さんの用意。の、合図。
宗尊は、満面の笑み。自信に満ちた顔。でも、俺を見くびってはいない。
「始め!」
宗尊は、始めパンチは出してこなかった。
様子見。不用意に間合いに入ると、やられる。フェイントをかましつつ、じりじりと間合いをつめる。
龍月さんは、タイマーを起動している白いスマホ片手に、俺と宗尊を観る。
宗尊が俺につられて龍月さんを見た、刹那。
「うわぁ!!」
「……。」
広間に響いた大きな音。振動。そして、余韻。
宗尊は、大きな声で笑った。
「やっぱり、桔平はすごいな!!投げられるなんて、何年振りだろうか。気持ちいい!!」
天井を仰いだまま、すがすがしい顔をする。
ったく。だから、デカくなりすぎだ。ギリだっつーの。と、心中で悪態づいた。
宗尊のパンチをもらわず、フェイントをかましつつ、一撃必殺。
こいつを倒すには、文字通り
倒すしかない。そして、俺の得意の投げ。一本だ。試合終了。
「うん。まさに、柔よく剛を制す。だね。さすが、平ちゃん。」
龍月さんの称賛。素直に嬉しかったが、龍月さんなら、秒殺だろう。
俺は、宗尊に手を伸ばす。
まだまだだな。と、言ってやると、俺の手をしっかりつかんだ宗尊は、ああ。だから……と。言葉を濁した。
「また、
闘ろう。」
「次は、負けない。」
俺と宗尊の声が被った。お互い、笑い合う。
そんな俺らを見て、住職は、何かを袈裟から取り出す所作をした。
……手紙?
心の準備が整ったら、開けなさい。と、住職は言った。
手紙の表面には、親父の筆跡で、桔平へ。と、書かれていた。
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