JとKの約束


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強盗犯は、3人。いずれも互いの面識はなく、SNSで集められた若者だった。

 「さすが、 紊駕みたかセンセの子。」

目の前に淹れたてのコーヒーが置かれた。
龍月たつきは、アゴを軽く下げて頂く。ブルーマウンテンだ。
歌舞伎町セントラルロード。“C.H.新宿”。今まさに、強盗に襲われた貴金属店の2階。で、龍月は、店主の男と向き合っていた。

 「……ゆってくださいよ。悪シュミです。」

龍月が唇をとがらせると、店主の男――綺羅 零己きら れいきは、艶冶に笑った。
コーヒーカップをつかむ長く白い指には、クラッシックオーバルリング。
白い頬についている右手には、ケルティックVバンドリング。
華奢な首元には、ストリートリンケッツのペンダント。
全てCHROME HEARTSクロムハーツのアクセサリーで、計50万はくだらない。

零己は、いつ会ってもアンニュイな表情をしている。と、龍月は思う。
中性的で年齢不詳な雰囲気は、JOKERジョーカーと重なるが、JOKERのように多弁ではなく、物静かな男だ。

だが、そのオーラは、ある種不気味だ。と、龍月は感じていた。
銀色に透けるさらさらなストレートな髪と、整った目鼻立ち。妖艶な口元は、間違いなくイケメンで、某アイドル会社にいてもおかしくない。
JOKER同様、龍月が生まれる前から、父、紊駕を知り、幼少は良く遊んでもらった仲でもある。

 「終わったぞ。」

2階に上がってきたのは、警察官の制服を着たLuisルイスだ。
盗ませた品は、全て元に戻しておいた。と、言った。

 「琉生るいくんも、ひどいです。」

琉生―――Luisの日本名。にも、唇を尖らせた龍月に、Luisは、犯人捕まえてえらいなぁ。と、まるで、幼児をほめるかのように龍月の頭を撫でた。

先の強盗は、わざとここ、零己の店で行わせたのだった。
龍月は、宗尊むねたけと一緒に桔平きっぺいを追い、強盗現場にでくわした。
犯人の男の一人は、盗んだ品物の入ったバッグを桔平に渡したので、宗尊がその後を追い、龍月は、逃げてきた犯人の男2人を捕まえた。

圧勝。何のことはない。一人は、足をひっかけて転ばせ、もう一人は、背負い投げをして、転ばせた男の上に落とした。わずか数秒だ。
さすがの犯人も、すれ違いざま―――しかも少年。に捕まるとは予想もしていなかったのだろう。
龍月は、中3にして、既に空手と柔道、ついでに剣道も有段者だった。

犯人を丁度来た警察官―――今、その警官もヤラセと判明。に、任せた。
宗尊を追った。途中で桔平にカバンを渡した犯人を伸して、やはり、警官に預けた。
宗尊は、桔平と対峙していた。が、桔平は宗尊の制止も聞かず、去った。
とりあえず、宗尊には帰宅するように促し、インカムを通して全て見聞きしていたであろうLuisに頼んだのだ。

しかし、そもそもLuisは、事の全容を知っていて、桔平を逃した・・・
新宿のコインロッカーで桔平に声をかけ、鍵をすり替えた。
盗品―――零己の店の商品。をコインロッカーから取り返し、今ここにもってきたというわけだ。
今頃桔平や強盗犯に指示を出した黒幕は、捕まっているだろう。

 「……DJ。新極 桔平しんごく きっぺいは、何のキーパーソンなんですか。」

龍月は、短刀直入に訊いてみた。
逃した理由―――警察に捕まったら、こっち・・・が困るのだ。おそらく。
つまり、“Caucus Raceコーカス・レース”で桔平を確保することが必須。言い換えれば、“Caucus Race”に桔平を行かせる必要がある。というわけだ。

 「が絶賛するワケ。か。」

龍月が断定口調で訊いた事に、Luisはそう返答した。
奴―――JOKERのことだ。
零己は鼻から息を吐いた。Luisの言葉に昂然と笑ったのだ。
いいのか。と、Luisは、インカムに訊いた。

―――いいよん。

お気楽で陽気なJOKERの声が龍月の耳からも聞こえてきた。
龍月に話してもいいのか。と、JOKERに許可を得て、Luisは口を開いた。

 「DJの親父は、……もう、この世にはいない。」

突然、思いもよらぬ言葉に、龍月は絶句した。
桔平の父親―――新極 逸平いっぺい。は、自宅に帰っていないということは調べがついていた。
事実上、桔平の家は、母と2人の妹との4人家族。
母親、菊花きくか。は、病気で働ける状態ではないらしい。
その上、借金がある。
逸平が事業に失敗したらしく、億に近い借金があるようだ。到底中学生が支払える額ではない。日々の食費にさえ困っている状況だ。

 「……何で。」

 「新極 逸平は、人が良すぎた。」

Luisは、逸平が破綻した経緯を話し出した。
逸平は、元々半導体製造会社に勤務していたが、同僚に誘われ新会社を立ち上げた。逸平は、その同僚を気の置けない仲間数人。菊花も共に共同経営とした。
初めこそ上手くいっていたが、不況のあおりを受けた。
原因については、諸々あったのだろうが、結果失敗した。
連帯責任を負い、同僚が各所の“夜の店”で作ったツケさえ肩代わりしていたという。

 「その、同僚の男は、某国の産業スパイだった。」

 「え……。」

急に映画のような話になってきた。と、龍月は、Luisを見るも大真面目だった。
つまり、逸平の同僚の男は、元会社の例えば技術、プロセス。など知的財産に関する情報などを収集していたというのだ。
産業スパイのターゲットとなりやすいのは、コンピューターソフトウェア、ハードウェア、生物工学、航空宇宙、通信などテクノロジーに関する産業だ。

半導体―――先端半導体は、スーパーコンピューターや人工知能(AI)に使う。
その製造装置や技術は、外為法に基づいて輸出規制されている。

 「その男は、自国に情報を持ち出さんとして、逸平に咎められた。……というか、そもそも逸平の調査対象は、その男だった。」

Luisはそういって、龍月を見た。
品定めをするような、一重の切れ長の瞳。
零己は、一口ブルーマウンテンを啜った。

 「……公安?」

その数秒の間に、導き出した龍月の答えにLuisは、いい線だ。と、褒めた。
Luisの口ぶりと、Luisの顔を見て、まさか、FBI。と、思った瞬間。

―――CIAだよ。

JOKERの声が頭に響いてきた。
またまた……映画のような。と、龍月は眉根をひそめるも、ウソではない事は理解している。“Aのお茶会”は、そんな世界観だ。

桔平の父、逸平は、CIA―――Central Intelligence Agency。アメリカ大統領直轄の組織―――中央情報局の人間だという。
CIAの主な職務は、アメリカ国内外の情報収集や諜報活動だ。
FBIのように逮捕権があるわけではなく、必要な情報を必要な部署に提供するのが仕事だ。
日本の会社に潜入―――NOCノンオフィシャルカバーと呼ばれる民間人になりすまし、生活をしていたようだ。

 「先端半導体……そうか。産業スパイの自国は、中国。」

龍月の言葉に、Luisは、今度はあからさまに称賛した。
アメリカは、対中規制を強化している。過度な制限を課す措置を繰り返せば、中国による継続的な報復措置を拡大させる危険がある。

―――そ。だから、僕らのGODはね、バランスを保ったんだ。

JOKERが神―――GOD。と口にする時、心酔する姿が容易に浮かぶ。
“Aのお茶会”は、今や世界中にネットワークをもち、膨大な情報と人材、資金を有する団体、SDS―――Sky Dradon Society:空龍会くりゅうかい。の諜報機関の一つだ。
そのトップは、王龍海ワンロンハイ。JOKERが神。と呼ぶ男だ。
SDSは、世界のどの公的機関にも属さず、世界のベクトルを平和へと導く理想論ともいうべく理念を掲げ、尽力している。

ニュースに乗る大きな事件から、全く知られない小さな事件まで。決してSDSの名はでないが、関与している。
例えばJOKERがいっていた今回のアメリカ大統領選挙。
前大統領は、強硬派で時に対中対策は、米中の関係悪化が懸念されていた。さらに、一族企業に不正があり、裁判にもなっている。

―――今回の件はね。そんな米中関係の最中に起きた、悲しい事件が発端だ。

JOKERの言葉に慈悲は感じられなかった。
龍月は、零己の事を不気味と感じることがあるのと同様、JOKERには、腹の底が知れない、とらえどころのなさを観る。

悲しい事件。逸平が亡くなった事。か。と、龍月は思いを馳せた。

 「本国に情報を提供せず、産業スパイを事実上かくまったDJの父親は、CIAを裏切ったとみなされ……殺された。でも、……それは、表向き。」

 「……正解だ。」

Luisの表情には、多分な慈悲が観えた。近い立場によるものか、性格か龍月には判断できなかったが、この中で一番庶民感覚が近い。人間味があるように思える。

 「つまり、“Caucus”は、CIAの集まり。DJは、父が持つ“不都合な情報”のキーパーソン。」

Luisは、称賛の溜息をつきながら、頭を縦に振り、一部の・・・。な。と、訂正。
だから、大統領を変えた・・・んだ。と、こともなげに言った。
“CIAの一部”が桔平の父を殺めた。桔平の持つ情報を狙っている。

情報―――それは、一体何なのか。JOKERは口にしなかった。
つまり、訊いても答えはない。龍月のMissionは、“Caucus Race”でDJ―――桔平を確保すること。全容を知る立場には居ない。と、暗に言われたのだ。

それ以上突っ込まない龍月をLuisは、大人だ。と、言った。
褒めているわけではないのは判ったが、かといって侮蔑や揶揄が含まれた表情でもなかった。
全てを見聞きしていた零己は、ただ、艶然と微笑んだ。



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