♦JとKの約束
♣
9
近いんで。と、言われ、
龍月は、
桔平の家におじゃますることになった。
Luisにも承諾を得たし、家にも連絡は入れたので、時間は気にする必要はなかったが、さすがに病床に伏す母親と幼い妹たちが寝ている家に上がるのは、気を遣う。
時刻は、22時を回っていた。
どうぞ。と、ぶっきらぼうな桔平の声に、小さな玄関の三和土で靴を脱いだ。
予想通り、質素な家だった。余計なものは何もないように思える。
だが、確かに優しい家庭の雰囲気があった。
ギリセーフ。だったよな。と、龍月はお茶を淹れてくれている桔平の背を見つめて、心中で溜息をつく。
玉満から、桔平がまた呼び出された。と、連絡を受けた。
捕まったハズの、桔平の“飼い主”。
柊からきいた経緯と発信元を調べ、確かに捕まっていることを確認した。よもやSDS
が取り逃がすはずがない。
だとしたら。と、龍月の頭に黄色信号が灯ったのだ。予感的中だった。
「……あのさ。最近誰かとぶつかったりとか、した?」
はぁ?と、辛口な返答。まあ、そうだよな。と、心中で納得する。
龍月は辺りを見回した。壁にK学の制服がかかっていた。
立ち上がって触れる。
「……おっさんも、そうしてた。」
突然桔平が口にした。おっさん?と、龍月が聞き返すと、
父親の同僚の男。らしい。と、言って席に着く。お茶とお菓子―――子供が好きそうな。を、龍月に差し出した。
龍月は、ありがとう。と、言って座る。お茶を頂いた。
桔平は、日曜日のことを話してくれた。
“おっさん”は、
日向 恭兵。と、名乗ったらしい。寿司やお菓子を振舞ってくれたようだ。
龍月は、スマホを取り出して、日向 恭兵について照会した。
おそらく、CIAは、桔平に盗聴器を仕掛けたのだ。そして、“飼い主”のフリをして桔平を呼び出した。
「……さっき、家に連絡入れるって、白いスマホでしたよね。」
桔平が龍月の手元の黒いスマホを見て、鋭い指摘をした。
2台持ちって。と、眉をひそめられた。
「何者なんですか、
如樹 龍月先輩。」
ははっ。と、空笑いでごまかす。中学生だよ。タダの。と、口にすると、鼻で笑われた。着信メール。確認して安堵する。
「うん、大丈夫。日向さんは、信用に足る人だ。」
「……歌舞伎町で、誰かとぶつかりました。」
桔平は、鋭い視線を向けながら、そう口にした。理解したようだ。おそらくその人物は、CIAだ。桔平の学ラン―――多分襟章の裏。に盗聴器をつけた。だから、“飼い主”と桔平の関係を知れたのだ。
日向 恭兵は、SDSの仲間だ。と、Luisから連絡があった。
学ランに触れていたということから、盗聴器を回収、適切に処理してくれたのだろう。
龍月が襟章に触った時、少しだが、ベタついていた。
メールには引き続き。日向についての詳細があった。
日向 恭兵。警察庁次長。……って、わお。思わず口に出すところだった。
次長は、警視監。警察組織全体において序列1位だ。
時に、警視総監―――日本の警察官の最高階級。より権限は上だという。
日向は、桔平の父、
逸平と同窓。とあった。
おそらく今回の件を知ってのことだ。逸平さんの死も知っているのだろう。
JOKERが、“
Caucus Race”は、2月13日だと言っていた。
どうやら日向からの情報らしい。
CIAは、ビデオ通話を使ってまで桔平を“Caucus Race”に参加させるよう仕向けてきた。
ビデオ通話―――逸平さんは、フェイクだ。何て、残酷な、非情なことをするか。
龍月は、桔平を見て、逡巡した。
柊にも改めて窘めたかったが、それは自分の役割ではないと思いとどまった。
仗にも
諒にも、あの後すごく謝られて礼を言われた。
さっき、桔平には少し厳しい言い方をしてしまったが、でも。
この家を守れるのは、もう、桔平しかいないのだ。
「……知っている事。教えて下さい。」
桔平の目。何かを確信している様子と、恐怖の感情が観えた。
うん、わかった。と、龍月も真剣な眼差しで返す。だから、家に招いたのだろう。
龍月も覚悟を決めた。
「お父さんからのビデオ通話。あれは、フェイクだ。」
桔平は、目を瞑った。長い溜息をつく。
音声データ、容姿が分れば、誰にだってなれてしまう現代。
ものまねなどできようものなら、まずバレることはないだろう。
まず、最初の一言で信じさせられたら簡単だ。人は、潜在的に信用してしまう。
ディープフェイク。映像だから。LIVEだから。と、いって本物とは限らないのだ。
何でもそうかもしれないが、使う人、遣い方によって、技術は、善にも悪にもなる。
「……親父は、生きてないんスね。」
念を押すような言い方に、龍月は、誠実に答えた。Yes。と。
逸平が握っている何らかの情報開示に桔平が必要なのだ。と、説明した。先程監禁された理由。だ。
逸平の素性―――CIA。を、暴露。
2月13日の“Caucus Race”に参加。協力してほしい。と、頼んだ。
もともと龍月は、桔平に協力を仰ぐつもりだった。
何も知らずに参加させるのは、リスキーだと思ったし、JOKERから、方法や詳細の指示はなかったからだ。JOKERからは、ただ、確保しろ。とだけ言われていた。
桔平は、しばらく黙していた。
思うところがたくさんあるのだろう。当然だ。父親の死、素性。自身が鍵。いきなりそんなことを言われたら、思考停止になってもおかしくはない。監禁されたばかりでもある。
「……じゃ、騙されたフリをして、指定場所に行けばいんスね。」
実に堂々とした言い方だった。
父親のこと、実感はわかないはずだ。現状に混乱もしているだろう。でも。いや、それだからこそ、か。桔平のその雰囲気は、孤高。気高さをまとった狼のようだった。
桔平の自宅をお暇する。玄関を出たところで、馴染みのあるエンジン音が聞こえた。
いや……さすが。というか。はぁ。敵わないなぁ。と、龍月は、運転席にいる男と目を合わせた。
父、
紊駕だ。
Nissan GTR。ブラックチェリーを思わせる
紫色のボディー。プレミアムスーパーカー。
「……ありがと。」
正直、帰路に困っていた。終電は終わっていた。まあ、歩けなくはないが、助かった。龍月は、助手席におさまった。
紊駕は、全て察していたように一笑に付して、GTRを始動させる。
さらに、自宅の七里ヶ浜を通り過ぎて、由比ヶ浜でGTRを停めた。
ほんと、必要な時に必要なことを必要なだけ手助けしてくれる父親だ。と、龍月は、もう一度礼を言って、GTRを降りた。
「夜分にすみません。」
立派な和風構えの門前。龍月は、防犯カメラを見上げた。
当然、話は通ってるよなぁ。と、思った瞬間。予想通り解錠された。
「中学生がこないな時間に。感心せんなぁ。」
その男は、わざわざ出迎えて、そう口にしたが、次の瞬間には、まぁ、親も一緒やし、ええよな。と、片エクボをへこませて笑った。
GTRの方をみやる。
男―――日本一大きなヤクザ組織、
飛龍組総統、
飛龍 海昊。別名、
王龍海。つまり、“Aのお茶会”の組織SDSのトップ。JOKERが心酔する男だ。
海昊は、寒いし、早ぅ入り。と、龍月を中に入れた。
「……お願いがあります。」
おそらく想定内だろう。海昊は、ゆったりとした笑みを浮かべ、龍月の先を促す。
本当に、非凡だ。と、龍月は溜息をついた。当然、心中で。
17才という若さで、組の跡を継ぎ、30年以上。この裏社会を背負ってきた男。
SDSを造り、世界の有能たる人々を率い、トップに君臨し続ける男。今でも海昊さんの人柄に魅了され、その信念に賛同し、SDSの仲間は増加しつづけていると聞く。
この温厚篤実を絵にかいたような性格に、風格と厳かな雰囲気を漂わす、ギャップ。こんな高い地位にいながら、皆―――周りのおかげだ。と、本心で感謝をする広大無辺な海の様な人。
父、紊駕の友人でもあり、“
BAD”を造った仲間でもある男だった。
「……なので、桔平のことは、俺が責任を持っ……」
手で遮られた。
「龍月。」
思わず、唾を呑んだ。
海昊の声音は、良く通り、心胆に響く威厳があった。
映画やドラマなどで見る“ヤクザの親分”的な容姿では全くないのに、いや、逆にそれだからか、この人には、敵わない。と、思わせるオーラだ。
「責任を取るんわ、大人の役目や。」
大丈夫や。と、海昊は、笑った。左エクボがへこんだ。
龍月は、やはり自分の選択は間違いではなかった。と、強く思った。
SDS―――“Aのお茶会”の仲間に入ったこと。海昊を信じたこと。
自身の正義を貫き、“約束”を守る。
はい。と、龍月は、頭を下げた。
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