JとKの約束


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近いんで。と、言われ、龍月たつきは、桔平きっぺいの家におじゃますることになった。
Luisルイスにも承諾を得たし、家にも連絡は入れたので、時間は気にする必要はなかったが、さすがに病床に伏す母親と幼い妹たちが寝ている家に上がるのは、気を遣う。

時刻は、22時を回っていた。
どうぞ。と、ぶっきらぼうな桔平の声に、小さな玄関の三和土で靴を脱いだ。
予想通り、質素な家だった。余計なものは何もないように思える。
だが、確かに優しい家庭の雰囲気があった。

ギリセーフ。だったよな。と、龍月はお茶を淹れてくれている桔平の背を見つめて、心中で溜息をつく。
玉満たまみつから、桔平がまた呼び出された。と、連絡を受けた。
捕まったハズの、桔平の“飼い主”。

しゅうからきいた経緯と発信元を調べ、確かに捕まっていることを確認した。よもやSDS が取り逃がすはずがない。
だとしたら。と、龍月の頭に黄色信号が灯ったのだ。予感的中だった。

 「……あのさ。最近誰かとぶつかったりとか、した?」

はぁ?と、辛口な返答。まあ、そうだよな。と、心中で納得する。
龍月は辺りを見回した。壁にK学の制服がかかっていた。
立ち上がって触れる。

 「……おっさんも、そうしてた。」

突然桔平が口にした。おっさん?と、龍月が聞き返すと、父親オヤジの同僚の男。らしい。と、言って席に着く。お茶とお菓子―――子供が好きそうな。を、龍月に差し出した。
龍月は、ありがとう。と、言って座る。お茶を頂いた。

桔平は、日曜日のことを話してくれた。
“おっさん”は、日向 恭兵ひゅうが きょうへい。と、名乗ったらしい。寿司やお菓子を振舞ってくれたようだ。

龍月は、スマホを取り出して、日向 恭兵について照会した。
おそらく、CIAは、桔平に盗聴器を仕掛けたのだ。そして、“飼い主”のフリをして桔平を呼び出した。

 「……さっき、家に連絡入れるって、白いスマホでしたよね。」

桔平が龍月の手元の黒いスマホを見て、鋭い指摘をした。
2台持ちって。と、眉をひそめられた。

 「何者なんですか、如樹 龍月きさらぎ たつき先輩・・。」

ははっ。と、空笑いでごまかす。中学生だよ。タダの。と、口にすると、鼻で笑われた。着信メール。確認して安堵する。

 「うん、大丈夫。日向さんは、信用に足る人だ。」

 「……歌舞伎町で、誰かとぶつかりました。」

桔平は、鋭い視線を向けながら、そう口にした。理解したようだ。おそらくその人物は、CIAだ。桔平の学ラン―――多分襟章の裏。に盗聴器をつけた。だから、“飼い主”と桔平の関係を知れたのだ。

日向 恭兵は、SDSの仲間だ。と、Luisから連絡があった。
学ランに触れていたということから、盗聴器を回収、適切に処理してくれたのだろう。
龍月が襟章に触った時、少しだが、ベタついていた。

メールには引き続き。日向についての詳細があった。
日向 恭兵。警察庁次長。……って、わお。思わず口に出すところだった。

次長は、警視監。警察組織全体において序列1位だ。
時に、警視総監―――日本の警察官の最高階級。より権限は上だという。

日向は、桔平の父、逸平いっぺいと同窓。とあった。
おそらく今回の件を知ってのことだ。逸平さんの死も知っているのだろう。
JOKERジョーカーが、“ Caucus Raceコーカス レース”は、2月13日だと言っていた。
どうやら日向からの情報らしい。

CIAは、ビデオ通話を使ってまで桔平を“Caucus Race”に参加させるよう仕向けてきた。
ビデオ通話―――逸平さんは、フェイクだ。何て、残酷な、非情なことをするか。

龍月は、桔平を見て、逡巡した。
柊にも改めて窘めたかったが、それは自分の役割ではないと思いとどまった。じょうにもりょうにも、あの後すごく謝られて礼を言われた。
さっき、桔平には少し厳しい言い方をしてしまったが、でも。
この家を守れるのは、もう、桔平しかいないのだ。

 「……知っている事。教えて下さい。」

桔平の目。何かを確信している様子と、恐怖の感情が観えた。
うん、わかった。と、龍月も真剣な眼差しで返す。だから、家に招いたのだろう。
龍月も覚悟を決めた。

 「お父さんからのビデオ通話。あれは、フェイクだ。」

桔平は、目を瞑った。長い溜息をつく。
音声データ、容姿が分れば、誰にだってなれてしまう現代。
ものまねなどできようものなら、まずバレることはないだろう。
まず、最初の一言で信じさせられたら簡単だ。人は、潜在的に信用してしまう。
ディープフェイク。映像だから。LIVEだから。と、いって本物とは限らないのだ。
何でもそうかもしれないが、使う人、遣い方によって、技術は、善にも悪にもなる。

 「……親父は、生きてないんスね。」

念を押すような言い方に、龍月は、誠実に答えた。Yes。と。
逸平が握っている何らかの情報開示に桔平が必要なのだ。と、説明した。先程監禁された理由。だ。

逸平の素性―――CIA。を、暴露。
2月13日の“Caucus Race”に参加。協力してほしい。と、頼んだ。

もともと龍月は、桔平に協力を仰ぐつもりだった。
何も知らずに参加させるのは、リスキーだと思ったし、JOKERから、方法や詳細の指示はなかったからだ。JOKERからは、ただ、確保しろ。とだけ言われていた。

桔平は、しばらく黙していた。
思うところがたくさんあるのだろう。当然だ。父親の死、素性。自身が鍵。いきなりそんなことを言われたら、思考停止になってもおかしくはない。監禁されたばかりでもある。

 「……じゃ、騙されたフリをして、指定場所に行けばいんスね。」

実に堂々とした言い方だった。
父親のこと、実感はわかないはずだ。現状に混乱もしているだろう。でも。いや、それだからこそ、か。桔平のその雰囲気は、孤高。気高さをまとった狼のようだった。

桔平の自宅をお暇する。玄関を出たところで、馴染みのあるエンジン音が聞こえた。
いや……さすが。というか。はぁ。敵わないなぁ。と、龍月は、運転席にいる男と目を合わせた。

父、紊駕みたかだ。
Nissan GTR。ブラックチェリーを思わせる紫色ミッドナイト・パープルのボディー。プレミアムスーパーカー。

 「……ありがと。」

正直、帰路に困っていた。終電は終わっていた。まあ、歩けなくはないが、助かった。龍月は、助手席におさまった。
紊駕は、全て察していたように一笑に付して、GTRを始動させる。

さらに、自宅の七里ヶ浜を通り過ぎて、由比ヶ浜でGTRを停めた。
ほんと、必要な時に必要なことを必要なだけ手助けしてくれる父親だ。と、龍月は、もう一度礼を言って、GTRを降りた。

 「夜分にすみません。」

立派な和風構えの門前。龍月は、防犯カメラを見上げた。
当然、話は通ってるよなぁ。と、思った瞬間。予想通り解錠された。

 「中学生がこないな時間に。感心せんなぁ。」

その男は、わざわざ出迎えて、そう口にしたが、次の瞬間には、まぁ、親も一緒やし、ええよな。と、片エクボをへこませて笑った。
GTRの方をみやる。

男―――日本一大きなヤクザ組織、飛龍組ひりゅうぐみ総統、飛龍 海昊ひりゅう かいう。別名、王龍海ワンロンハオ。つまり、“Aのお茶会”の組織SDSのトップ。JOKERが心酔する男だ。
海昊は、寒いし、早ぅ入り。と、龍月を中に入れた。

 「……お願いがあります。」

おそらく想定内だろう。海昊は、ゆったりとした笑みを浮かべ、龍月の先を促す。
本当に、非凡だ。と、龍月は溜息をついた。当然、心中で。

17才という若さで、組の跡を継ぎ、30年以上。この裏社会を背負ってきた男。
SDSを造り、世界の有能たる人々を率い、トップに君臨し続ける男。今でも海昊さんの人柄に魅了され、その信念に賛同し、SDSの仲間は増加しつづけていると聞く。

この温厚篤実を絵にかいたような性格に、風格と厳かな雰囲気を漂わす、ギャップ。こんな高い地位にいながら、皆―――周りのおかげだ。と、本心で感謝をする広大無辺な海の様な人。
父、紊駕の友人でもあり、“BADバッド”を造った仲間でもある男だった。

 「……なので、桔平のことは、俺が責任を持っ……」

手で遮られた。

 「龍月。」

思わず、唾を呑んだ。
海昊の声音は、良く通り、心胆に響く威厳があった。
映画やドラマなどで見る“ヤクザの親分”的な容姿では全くないのに、いや、逆にそれだからか、この人には、敵わない。と、思わせるオーラだ。

 「責任を取るんわ、大人の役目や。」

大丈夫や。と、海昊は、笑った。左エクボがへこんだ。
龍月は、やはり自分の選択は間違いではなかった。と、強く思った。
SDS―――“Aのお茶会”の仲間に入ったこと。海昊を信じたこと。

自身の正義を貫き、“約束”を守る。
はい。と、龍月は、頭を下げた。



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