JとKの約束


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新宿駅からの帰路。藤沢駅で江ノ電に乗り換えずに江ノ島行に乗った。
夕暮れの片瀬海岸。
自宅最寄り駅の七里ヶ浜駅も海岸が目の前だが、ここはまた違った風景で好きだ。
江ノ島へと続く橋の東側。防波堤に腰下して龍月たつきは思いに耽けた。
波の音が心地良い。

桔平きっぺいは、当然父、逸平いっぺいの素性は知らないだろう。
CIAに所属したことは、例え家族だとしても口外禁止なのだから。
だからといって“偽家族”というわけではなかったろう。

逸平が新事業を立ち上げ―――産業スパイであった同僚の男の為に。破綻するまでは、技術屋として、表向きは会社員だった。
妻の菊花きくかとも職場恋愛で、例えば“協力者”だっにしても、家庭は円満だったようだ。

タマの捜査力をもってしても素性がわからなかったのは、さすがCIAと言うべきだろう。もっと深く探れば可能だったかもしれないが、逆に幸運だったと思おう。
龍月は、空を見上げた。
だんだんと赤くなっていく大空。

おそらく、深く調べを進めていたら―――逸平の素性を探れてしまったら。タマの身に危険があった。
それはダメだ。絶対に避けるべきこと。
龍月は、両手で頬を叩いた。
ぴしゃり。と、少しの痛みと、清々しい音がした。

 「……あれ。あの、男。」

気分を入れ替えた矢先。
龍月の座っている場所の数m東側で怒号が聞こえた。
男たちが数台のバイクの前で、何やら言い争っている。
背中に“看板”―――湘南暴走族、平塚連合。

その中に、一人だけ学ランを着た男。
よく見るとK学。襟章が赤色なので、高等部。
つまり、龍月の先輩。だ。顔見知りではないが。

そして、先程目についた男―――歌舞伎町で伸した犯人の一人。
長髪に青メッシュ。なかなかの爽やかイケメンだと思った。
記憶に新しすぎるその男に“先輩”は、何かを言って、あっという間に“平塚連合”に囲まれた。

見たところ、青メッシュは、自分より年下だ。と、龍月は観た。
つまりは、中学生以下。そんな少年がSNSを通して“簡単”に犯罪者になれる今。“今日の”は、ヤラセだったから良かったものの……いや、罪は同じだ。
未成年だからといって逃れては、いけない。

言い争いは、エスカレートしていた。
“先輩”が青メッシュの胸座を掴み、周りの男たちが“先輩”を押さえつけた。

 「……おいおい。」

思わず声に出た。仲間の一人が取り出したのは、小型ナイフだった。
龍月は、立ち上がる。胸元にはいつもはない重さを感じて触れる。
零己れいきの店から出るとき。

―――ご褒美。

零己は、龍月の後ろから首に触れた。
零己の指は冷たかった。胸元に、CHROME HEARTSのネックレスをつけられたのだ。
シルバーボールチェーン。正方形のフレームにフランス王家のユリの立体的な紋章。

―――権力。主権の意。成功を祈願して。

やはり、零己は、妖艶に口元を緩めて言った。
10万もしないから、気にせずに。と。

数秒、そのCHROME HEARTSフレームドBSフレアチャーム。を見つめ、我に返る。
丁度、青メッシュがナイフを受け取って、“先輩”に危害を加える所だった。

 「ストップ。理由は知らないけど、それ以上は見過ごせない。」

龍月は、瞬時に青メッシュの間合いに入った。
“先輩”をかばうように立つ。
当然、誰だ。部外者はひっこんでろ。等々、ヤジが入ったが構わない。
青メッシュは、まじまじと龍月を見つめた。気が付いたようだ。

 「……お前っ。歌舞伎町で……」

というが早いか、ナイフの先端をこちらに向けて構えた。
フザケンナ、やっちまえ!と、周りも光物や棒切れ、様々な武器を持ち、戦闘態勢。
問答無用らしい。

 「しゅうっ!」

“先輩”が青メッシュの名だろう。を、呼んだが、柊は、周りと同調し、龍月に刃物を向けたままだ。前方に柊。左右に一人ずつ。うしろに二人。
5人。か。と、龍月は全ての男の挙動を把握した。

龍月は、小さく速く呼気を吐いた。
予想通り、うしろの二人がほぼ同時に、一人が棒切れ、一人が素手で殴りかかってきた。それで、とりあえず正当防衛は成立するかな。と、心中で言い訳した。

龍月は風の如く、流れる水の如く、身体を動かした。
秒殺。完勝。
左右の男たちも龍月にかすり傷一つ付けられず、地面に沈んだ。

 「おっと……やばかった。」

思わず自嘲が声にでてしまった。
あと少し、力を入れすぎると、重傷を負わせて・・・・・・・しまう。
“最後の男”を緩手でしっかり仲間の上に落とせたかを確認。
ギリギリセーフ。多分。
そして、柊と向き合った。

 「未成年だからって、罪は罪だ。理由はどうあれ、強盗罪に傷害罪。3度目はないよ。というか、させない。」

柊は、4人の倒れた仲間を見て、龍月を見て、睨んだ。
まだナイフを握りしてめている。地面を這っている男の一人が、スマホを手にしたのは見えていた。おそらく仲間を呼んだのだ。

平塚連合。小さな族とはいえ、20人はいるかな。
めんど。と、龍月は心の中で溜息をついた。

あれ……。
龍月の予想と反して、立ち上がった4人と、柊は一目散に走った。
逃げた……?いや、バイクもあるし、違うか。まあ、いいや。

 「大丈夫ですか。」

龍月は、“先輩”に声をかけた。
“先輩”は、呆然としていたが、ケガはしていないようだ。
ありがとう。と、龍月に言うも、おそらく戻ってくると思う。と、眉をしかめた。



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