♦JとKの約束
♣
4
くっそ、ウザイ。坊主。
学校を出ようとしたら引き止められた。危うく時間に間に合わないところだった。
歌舞伎町セントラルロード、4時。
ギリギリだ。平日の夕方。日が傾いたストリートは、人通りは多くはない。
目的の店付近。
「……!!」
おそらく4時ぴったり。時報の代わりに響いたのは、ガラスの割れる大きな音だった。
……。
にもかかわらず、街を歩く人々は、手元のスマホに夢中だからなのか、その現場に立ち止まったり集まったりしていない。異様ともいえる状況。
店から男が3人でてきた。ひとりは大きなカバンを持っている。
男の風貌。メールと合致。
これを受け取り、指示された場所に届けるのが仕事だ。
とはいえ、“強盗の代物”とは説明されていない。
まじか。でも、やるしかねぇな。
おあつらえ向き……なのか。通行人たちは、依然無関心だった。
どうなってんだ。お前らの危機管理能力は。と、悪態づきたくなる程だ。
それだけ“平和”ということか。
白昼堂々の貴金属店を襲った強盗。稚拙だが、あまりにも大胆でリアリティーにかける犯罪。
非日常的な光景。危機センサーが働かないのかもしれなかった。
そして、歩きスマホ。周囲に超絶無関心。
犯人たちは、バラバラに逃げた。そのうちの一人が俺に気づいてアクションを起こす。
まだケーサツの姿はない。楽勝。
カバンを受け取る。路地裏に入る。
思ったよりカバンは重かったが、用意していたカバンに丸ごと入った。
ここからはむしろ何事もないように振舞う。
さすがに職質はマズい。ケーサツの前は避ける。
これで10万。コスパのいい仕事だ。
今晩の夕食は何にしよう。などと考えていた俺がバカだった。
「
新極!」
……。
後ろからバカデカイ声。思わず振り返る。
仁王立ちの坊主―――
大道寺 宗尊。だった。
つけられていた……。全く気が付かなかった。くそっ。
「……何、お前。つけてきたのかよ。」
「そうだ。新極が心配だったから。何だ、そのカバンは!」
……いちいち声、でけぇ。
心配って何だ。フザケンナ。保護者か。
関係ないだろ。と、吐き捨てて振りかぶった瞬間。
カバンを引っ張られてバランスを崩しかけた。
「っのヤロ。」
カバンをそのまま肩から下しながら、身体を左にひねり、反動で右腕を坊主の顔目掛けて振る。ここまで、コンマ1秒。
「つっ……。」
なのに、坊主は、左腕で受けやがった。
瞬時に飛びのく。こいつ、やる奴。だ。オーラが変わった。
闘いのそれ。だ。数秒、見合う。
でも、坊主は、反撃してはこなかった。
その瞳は、憐憫。同情。慈悲。くそっ、俺が一番ムカつく類だ。
俺はカバンを掴み返す。が、坊主も離さない。
「待て!新極!何か心配事があるんだろ?話してくれ。友達だろ。」
友達……。
「……いつ友達になったよ。勝手に決めんな!」
「同じ学校の同じクラスは、友達だろ。それに……」
うぜぇ!俺はクソ真面目に持論を口にする坊主に言い放って睨んだ。
こんなことで油売ってる訳にはいかない。
ケーサツも来るかもしれない。とりあえず、この場を去らないと。
ちっ、坊主。カバンを離さねぇ気だ。
わかってる。こいつは、バカがつくほど正直で、根明で、おせっかい。
クラスの……いや、学校の誰もがいう、“いいやつ”。善人。
「……わかったよ。」
俺はカバンから手を離して、両手をあげた。
坊主は、予想通りあからさまに顔を明るくして、そうか!と、口にした。
瞬間、カバンを奪う。猛ダッシュ。
「あっ!」
悪いな。背に腹は代えられない。お前の善意には、俺は、応えられない。
今も。これからも。な。
メールの指示通りに新宿駅のコインロッカーにカバンを預けた。
旧式の鍵タイプのロッカーだ。珍しい。
鍵を学ランのポケットにしまった。
次の瞬間。
「ちょっといいかな。」
全く気配を感じなかった。
肩を叩かれて、振り向く。制服警官だった。
平常心を保て。自分に言い聞かせる。
はい。と、答える。大丈夫。ちゃんと言えた。
先程強盗事件があってね。と、おまわりは言い出した。
やばっ。コインロッカーの中身を確認されたら、アウトだ。
どうする。
「ちょっと、今入れたカバン。調べさせてもらいたいんだけど。」
おまわりは、掌を見せた。
鍵を渡せ。ということだろう。カバンをいれたこともバレている。
万事休すか。
知らない男に頼まれた。とか言い訳する。いや、スマホを見られたらやはりバレるか。
逃げる。いや、つかまるか。殴る。……は、ないよな、さすがに。
考えながらゆっくりとポケットに手を突っ込んで、鍵を握る。
ここまでか。
おまわりに鍵を手渡し、天井を仰いだ。
強盗の片棒。中坊だから、ネンショ―か。前科にはならないかもれないが、前歴。
いや、それより奴らの報復のほうが怖いな。
「……え。あ、わかりました。」
突然、おまわりは何かをつぶやいた。
鍵を差し込む寸前。無線でのやり取り。おまわりの手がとまる。
「すみません。ご協力ありがとうございました。強盗犯は、無事確保しましたので。」
え……。
鍵を返された。何か。狐につままれたような気になった。
かろうじて、はぁ。と、アゴを下げ、ごくろうさまです。と、口にした。
おまわりは礼をしてそのまま駆け出した。
「……。」
俺は、助かった。のか?
鍵は、指示された場所―――ポストにいれた。
完了のメールをうつと、別のポストの指示。そこからレシートを取り出し、駅に戻る。
ロッカーの中身。封筒。厚みは、いつもの5倍。
だが、脳裏に坊主の顔が浮かんで良心が咎めた。
「……今サラ。んな資格すらねーだろ。」
思わず言葉に出た。
坊主の残像を振り払って、小田急線に乗り込んだ。
なのに。
―――何か心配事があるんだろ?
坊主の表情が、声が、言葉が、頭からはなれない。
何とか今日中に80万は、集めた。あと20万。
坊主の家って確か、本当に寺だったよな。寺って、金、あんのか?
一瞬邪な考えが浮かんだ。
借りる……いや、返すアテなんて、ない。
そもそも俺を飼うといった男―――ヤクザ。何とか組。忘れたが。
は、借金をチャラにしてくれたワケでは当然ない。
仕事で稼いだ中から支払うという歪な関係だ。
まぁ、どっかに売られたりするよりはマシで、悪質な取り立てや嫌がらせとかはなくなった。
だから、抜け出すことは不可能。歯向かったら殺される。だろう。
俺に仕事を選ぶ権利はなく、やれといわれたらやるしかない。
今までも危ないことはあった。
得体のしれない中身―――おそらく
薬。を運んだり、あきらかに詐欺の手伝い。とか。
でも、過去一今日はまじヤバかった。
それにしても、あのおまわり。何か妙な気配がした。
雰囲気というか。思い出してみると、日本語の発音がどこか変だった。
なまり。地方……いや、外国人が話すそれだ。
……。
だからって、何ってワケじゃない。
考えるな。与えられた仕事をすればいいんだ。ヘマしないように。
ズボンのポケットが振動した。着信。
「……。」
LINEのビデオ通話だった。
そこに映る顔は、忘れかけていた父親の顔だった。
心を落ち着かせて応答ボタンを押した。
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