Qの憂鬱


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 「不思議の国のアリス。最後のシーン覚えてる?」

大きな円いテーブルのど真ん中で、チェシャ猫は人差し指を掲げた。
テーブルの周りには、HeartハートDiamondダイヤモンドClubクラブ。そして、SpadeスペードAceエースが装飾された椅子がある。
如樹 龍月きさらぎ たつきは、所定のHeartハートのAceに座っていた。
チェシャ猫は、宮廷道化師の鈴の付いた、紫と黒のストライプ柄の帽子をかぶっている。

 「最後のシーン。あれでしょ。アリスがハートの女王に断罪されて裁判に立つ場面。」

向かい側のClubのAceの手元にあるのは、透明な液体の入ったショットグラス。
陽気で優しい笑顔―――フォトリアル。を振りまいて語った。

不条理な事で責め立てられて立腹したアリス。
今まで、相手を気遣ったり、その場を取り繕うために体の大きさ・・・・・合わせて・・・・きたが、それをやめる。

自分を殺していた今までの自分を捨て、主体的な意志で相手に会わせないことで、本当の自分を取り戻すのだ。

 「夢の世界との決別。」

SpadeのAceが珍しく口を開く。
白のシルクハットを目深にかぶり、透けるような白く長い指でカップを掴んだ。
おそらく中身は龍月と同じ、ブラックのホットコーヒーだ。

 「僕には理解できないけどねぇ。自分の心、信条、興味、享楽。自制なんて出来ないよ。っていうか、する必要、ある?」

チェシャ猫―――道化師。つまり、JOKERジョーカーは、横浜中華街のタピオカミルクティ専門店のドリンクを飲んでいる。
おそらく、ストロベリーだ。

お前は少しはしろよ。と、辛口でJOKERを窘めたのは、龍月の左隣、Diamond のAceだ。
頬杖を着く左手。右手は琥珀色した液体の入ったグラスをゆっくりと振る。
丸氷が耳触りの良い音を立てた。

思い思いの飲物を自由に口にする、この茶会は、不定期でしかも予告もなしに催される。
全てJOKERの気まぐれにして、享楽の一つだ。

歪んだ紫と黒の市松模様の天井、壁、床。
至る所にある鏡。
流石に慣れたが、初めは平衡感覚が狂わされそうになった。
“不思議の国のアリス”、“鏡の国のアリス”の世界観。

 「ま、とりあえず。ようやく正体を現したアリス・・・女王様・・・を襲撃しにくるって話。」

うーん。面倒くさいねぇ。と、ClubのAceは唸るも、緊張感はない。
“気違いのお茶会”とまでは言わないが、ここで扱われる事柄の深刻さや危険度に対し、至極“お気楽”なのだ。
ただ、裏を返せばそれは、このメンツの“有能さ”を表していた。

 「龍月くんには、女王様・・・の護衛のお手伝い。してもらっちゃおっかな。」

ClubのAceは、この件・・・に係る事案の担当だ。
この件・・・は、長期戦で先が見えない。
“火種”の渦中にいる人物の一人は、龍月の幼馴染の天羽てんうだ。今回の女王様・・・とは、天羽の母、冥旻みらのことだった。

じゃあ。と、JOKERはいつの間にか並べてあった裏返しのトランプ4枚うち、1枚を表にした。HeartハートQueenクイーン

 「お嬢の護衛も任せたよ。僕は、別件で潜るから。サポートはいくらでもCとDに。」

C―――ClubのAceは、笑顔でうなづく。
DiamondのAceは先程まで頬杖をついていた左手で葉巻を燻らせていた。
もうひと口吸う。紫煙が天井まで昇っていった。
JOKERはそれを見届けた後、自身も高く昇っていく。
龍月たちの頭上で、チェシャ猫が笑った。

 「じゃ、Operation Start。」

SpadeのAceは、シルクハットを目深に被りなおした。
DiamondのAceは、葉巻をゆっくり横たえる。
ClubのAceは、はいはーい。と、陽気な返事をして、両手を振った。

龍月が了解しました。と、声に出した途端。天井や壁が勢いよく崩れだした。
この後は、真っ暗な深い穴に落とされる。

毎度の手荒い戻され方・・・・だ。
初めて体験したときには、さすがに驚いたが、今はすっかり慣れた。

 「ふぅ。」

慣れはしたが、毎回溜息はでる。
龍月は、ゆっくりとVRゴーグルを外す。
もう少し穏やかに帰して・・・ほしい。と、ひとりごちて、机の上のコーヒーを飲んだ。
豆を挽いて淹れたコーヒーは、冷めても後味にコクがあって美味しい。

 「……別件で潜る。ね。」

龍月の今回のMission―――JOKERは“お題”という。は、一つだが、JOKERを含め、他のAceたちは、数十件のMissionを同時にこなしているのだ。

先月のMission―――通称“中華街事件”にしても、本来の決行日より早まった緊急対応を難なくこなしてみせたJOKER。

JOKERは生まれは中国だというが、何人・・なのか不明だ。
名前も多数持っているし、必要とあればどこの国の誰にでもなれるし、なる。
他のAceもそうだ。世界的にも優秀有能な人材たち。

 「……。」

龍月は再び溜息をついた。
自分がこのメンツの中で一番劣っていることなど、百も承知だ。
だからといって劣等感を強めてばかりでは、自分の理想―――目標。には近づけない。
自分を鼓舞し、窓の外を眺め見た。

そういえば、今日はストロベリー・ムーンだ。
大きな理想を描いて前身するとき。そして、恋愛運をアップさせる月。らしい。

龍月は、ふと、JOKERの言った“護衛”の意味を、その表情を思い出して、熟考した。
早速送られてきたClubのAceからの資料や指示を高速で処理しながら。

 「……。」

再び窓の外に視線をやる。
高台に位置する自宅は、1階のリビングからでも七里ヶ浜海岸が見渡せるが、2階の龍月の自室からはさらに江ノ島も望める。

昨日は、梅雨前線に台風2号が重なり、大雨だった。
今日は一転、朝から晴天。
今夜は、満月―――ストロベリー・ムーンが見られるかもしれない。と、独話した。



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