♥Qの憂鬱
♥
1
「不思議の国のアリス。最後のシーン覚えてる?」
大きな円いテーブルのど真ん中で、チェシャ猫は人差し指を掲げた。
テーブルの周りには、
Heart、
Diamond、
Club。そして、
Spadeの
Aceが装飾された椅子がある。
如樹 龍月は、所定の
HeartのAceに座っていた。
チェシャ猫は、宮廷道化師の鈴の付いた、紫と黒のストライプ柄の帽子をかぶっている。
「最後のシーン。あれでしょ。アリスがハートの女王に断罪されて裁判に立つ場面。」
向かい側のClubのAceの手元にあるのは、透明な液体の入ったショットグラス。
陽気で優しい笑顔―――フォトリアル。を振りまいて語った。
不条理な事で責め立てられて立腹したアリス。
今まで、相手を気遣ったり、その場を取り繕うために
体の大きさを
合わせてきたが、それをやめる。
自分を殺していた今までの自分を捨て、主体的な意志で相手に会わせないことで、本当の自分を取り戻すのだ。
「夢の世界との決別。」
SpadeのAceが珍しく口を開く。
白のシルクハットを目深にかぶり、透けるような白く長い指でカップを掴んだ。
おそらく中身は龍月と同じ、ブラックのホットコーヒーだ。
「僕には理解できないけどねぇ。自分の心、信条、興味、享楽。自制なんて出来ないよ。っていうか、する必要、ある?」
チェシャ猫―――道化師。つまり、
JOKERは、横浜中華街のタピオカミルクティ専門店のドリンクを飲んでいる。
おそらく、ストロベリーだ。
お前は少しはしろよ。と、辛口でJOKERを窘めたのは、龍月の左隣、Diamond のAceだ。
頬杖を着く左手。右手は琥珀色した液体の入ったグラスをゆっくりと振る。
丸氷が耳触りの良い音を立てた。
思い思いの飲物を自由に口にする、この茶会は、不定期でしかも予告もなしに催される。
全てJOKERの気まぐれにして、享楽の一つだ。
歪んだ紫と黒の市松模様の天井、壁、床。
至る所にある鏡。
流石に慣れたが、初めは平衡感覚が狂わされそうになった。
“不思議の国のアリス”、“鏡の国のアリス”の世界観。
「ま、とりあえず。ようやく正体を現した
アリスが
女王様を襲撃しにくるって話。」
うーん。面倒くさいねぇ。と、ClubのAceは唸るも、緊張感はない。
“気違いのお茶会”とまでは言わないが、ここで扱われる事柄の深刻さや危険度に対し、至極“お気楽”なのだ。
ただ、裏を返せばそれは、このメンツの“有能さ”を表していた。
「龍月くんには、
女王様の護衛のお手伝い。してもらっちゃおっかな。」
ClubのAceは、
この件に係る事案の担当だ。
この件は、長期戦で先が見えない。
“火種”の渦中にいる人物の一人は、龍月の幼馴染の
天羽だ。今回の
女王様とは、天羽の母、
冥旻のことだった。
じゃあ。と、JOKERはいつの間にか並べてあった裏返しのトランプ4枚うち、1枚を表にした。
Heartの
Queen。
「お嬢の護衛も任せたよ。僕は、別件で潜るから。サポートはいくらでもCとDに。」
C―――ClubのAceは、笑顔でうなづく。
DiamondのAceは先程まで頬杖をついていた左手で葉巻を燻らせていた。
もうひと口吸う。紫煙が天井まで昇っていった。
JOKERはそれを見届けた後、自身も高く昇っていく。
龍月たちの頭上で、チェシャ猫が笑った。
「じゃ、Operation Start。」
SpadeのAceは、シルクハットを目深に被りなおした。
DiamondのAceは、葉巻をゆっくり横たえる。
ClubのAceは、はいはーい。と、陽気な返事をして、両手を振った。
龍月が了解しました。と、声に出した途端。天井や壁が勢いよく崩れだした。
この後は、真っ暗な深い穴に落とされる。
毎度の手荒い
戻され方だ。
初めて体験したときには、さすがに驚いたが、今はすっかり慣れた。
「ふぅ。」
慣れはしたが、毎回溜息はでる。
龍月は、ゆっくりとVRゴーグルを外す。
もう少し穏やかに
帰してほしい。と、ひとりごちて、机の上のコーヒーを飲んだ。
豆を挽いて淹れたコーヒーは、冷めても後味にコクがあって美味しい。
「……別件で潜る。ね。」
龍月の今回のMission―――JOKERは“お題”という。は、一つだが、JOKERを含め、他のAceたちは、数十件のMissionを同時にこなしているのだ。
先月のMission―――通称“中華街事件”にしても、本来の決行日より早まった緊急対応を難なくこなしてみせたJOKER。
JOKERは生まれは中国だというが、
何人なのか不明だ。
名前も多数持っているし、必要とあればどこの国の誰にでもなれるし、なる。
他のAceもそうだ。世界的にも優秀有能な人材たち。
「……。」
龍月は再び溜息をついた。
自分がこのメンツの中で一番劣っていることなど、百も承知だ。
だからといって劣等感を強めてばかりでは、自分の理想―――目標。には近づけない。
自分を鼓舞し、窓の外を眺め見た。
そういえば、今日はストロベリー・ムーンだ。
大きな理想を描いて前身するとき。そして、恋愛運をアップさせる月。らしい。
龍月は、ふと、JOKERの言った“護衛”の意味を、その表情を思い出して、熟考した。
早速送られてきたClubのAceからの資料や指示を高速で処理しながら。
「……。」
再び窓の外に視線をやる。
高台に位置する自宅は、1階のリビングからでも七里ヶ浜海岸が見渡せるが、2階の龍月の自室からはさらに江ノ島も望める。
昨日は、梅雨前線に台風2号が重なり、大雨だった。
今日は一転、朝から晴天。
今夜は、満月―――ストロベリー・ムーンが見られるかもしれない。と、独話した。
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