♥Qの憂鬱
♥
9
「えっと……すみません。さすがに、ちょっと怖いです。」
龍月は、立ち止まって、闇夜に呟いた。英語で。
ふっ。と、息を吐く音。少しの称賛だろうか。と、考え自惚れかと自戒する。
陽の下で見ても、そのオーラ、存在感。圧倒されるというのに、夜の灯りの下では、一層肌寒い。
殺気がなくてこれだ。大げさではなく、この人に睨まれたら、死を覚悟しなくてはならないだろう。
「……
Yuriが高く評価していた。」
低く、心胆を震わせる声音も、また、この人の非凡さを示している。と、龍月は、姿を現した男―――
秦皇羽。を、見つめた。
「買いかぶりすぎです。
冥旻ちゃんを危険に晒した。そして、髪……失態です。」
冥旻ちゃんは笑ってくれたが、無理やり髪を切られたのと同義。個人差こそあれ、ショックを受けたであろうことは想像に難くない。
「責任があるのは、Yuriだ。龍月、礼を言う。冥旻の性格を知っていたからこその対応。素晴らしかった。」
秦皇羽は、日本語で龍月を労った。
完成度は高い日本語だが、ネイティブでない言い方が逆に温かみを感じた。心が伝わる。
金髪、青と茶のオッドアイ。鋭い目。尖ったアゴ。端正な顔立ち。
180を優に超す均整の取れた肢体。容姿は全く異なるのに、龍月は何故か父、
紊駕を観てしまう。
紊駕は医者だ。
寡黙で目でものをいうタイプ。だ。龍月を信頼し、見守り、陰から手助けをしてくれる。何があっても味方でいてくれる。
余計なお世話だと思いますが。と、前置きをして、秦皇羽に冥旻のケアを頼んだ。
秦皇羽は、わかった。と、口元を緩める。
そういう仕草―――普段は、冷静沈着、クールで冷たいようにも感じる表情。それが、人間味帯びる、瞬間。が、似ているのかもしれない。
だからか、勝手に親しみを感じる。
「……もうひとつ。お願いがあるんですが。」
龍月は、口元を引き締めた。
ずっと、考えていた。“アリス”と最終決着をつける、方法。
海空の言葉にヒントをもらった。
「……了解した。」
頼んだ。と、秦皇羽は言い残して、闇夜に消えた。
後出しじゃんけん的になるが……大丈夫だろ。と、龍月は、夜空を見上げた。
七里ヶ浜の小高い丘に建つ一軒家。リビングの明かりが温かく灯っている。
玄関を開けると、母、
紫南帆の優しい笑み。おかえり。と、言われる。
紫南帆は、臨床心理士で、紊駕と同じ病院―――祖父、
淹駕が造った。で働いている。だから、龍月も院内で育ったも同然だった。
病気やケガで入院している患者たち―――年齢問わず。と、接し、医師、看護師、職員たちに見守られ、薫陶を受けた。龍月のコミュ力が人並み以上に高い理由の一つかもしれない。
龍月は、2階の自室でPCと向き合った。
まずは、Yuri。そして
JOKERに承諾を得る。そして、情報収集。
「あ、タマ。ちょっと力、貸してほしんだけど。」
不躾に電話越しの第一声にも、タマ―――
千光寺 玉満。は、嫌な感じ一つ見せずに、わかりました。と、いってくれる。
東京を仕切る、チーム。
東京華雅會の幹部。2年ほどの付き合いだ。
飛龍組のBrainこと、
総士朗さんは別格とはいえ、タマも相当なやり手だ。
ハッキングは当然として、自作の情報解析収集ソフトを中学生で着手、完成させた。一般人が使う汎用の検索エンジンは、もはやオモチャだ。と、言わざるを得ない程の完成度だ。日本中を裸にできる。と、考えれば恐ろしい。
「中華街、中華系。ですね。了解しました。」
真面目で慎重。情に厚い。故に漏洩を気にしなくてよい。これで高一。よくできた子だ。報酬の希望を訊くと、十分です。と、いってくれる。
玉満に依頼をしながら、龍月は、手元のIPインカムを見る。
先程YuriとJOKERと話したが、“Aのお茶会”も世界レベルの技術を持っている。
このインカムにしても、複数人で秘話通信が可能。LANを使い、実質、キョリを考えなくていい。超高規格品。
さらに人材もまた。
“Aのお茶会”は、基本的には英語が共通語だが、Yuriの母語、アラビア語やロシア語、さらにはスペイン語や中国語が飛び交うこともあり、語学学習が急務だ。と、痛感する。
とはいえ、龍月も一般的な日本の高校生に比べれば、英語は当然、中国語も日常会話程度ならできる。
ちなみに、JOKERと
Spadeの
Aceは、ほぼ世界中全ての言語を解す。らしい。マルチリンガルにして、バイリテラルな世界レベルの天才だ。
「あ、龍月くん……」
報酬は、いらないのですが。と、玉満は、気になることがあります。と、言った。
小さい事ではあるようだが。東京華雅會のメンバーが嫌がらせ的な事を受けた事案、数件。大事に繋がりそうで心配です。と、相談をしてきた。
龍月は首をひねる。
その詳細を教えてもらえるように、玉満に言うとすぐにファイルが送られてきた。
日付、時刻、対象に場所。内容。映像付きのものまで。さすがだ。
龍月は、高速でそのすべてに目を通し、任せて。と、玉満に言った。
思案。
実は、つい最近も同じような相談を受けたばかりだった。
にちかのいとこにして、
維薪のいとこでもある、
滄 氷風。湘南を仕切る暴走族、
BAD×BLUESのトップからだった。
タマからの内容を聞く限り、氷風くんからの案件も似たり寄ったりだな。
さらに横浜の族、
YOKOHAMA BAY ROADも関係している。と、氷風くんは言っていたな。
これは……、無関係ではあるまい。と、龍月は良く整った眉をしかめる。
龍月は、玉満と電話を切った後、すぐににちかにLINEをした。
―――早速、力かして。
最速既読。りょ。―――了解。の文字。
風呂でもトイレでもスマホを持っていそうで笑える。
にちかとは、親同士が知り合いで、幼いころからの仲だ。
にちかは、金に執着があるのは事実だが、心根は優しい。多分。
都内23区とその周辺―――小競り合いも含め、調べてもらえるように頼んだ。
あらかじめ数件の店―――タマからの情報。を指示する。
そういえば、にちかが言っていた“Queenのお茶会”。
本人は別の含みがあったようだが、“Aのお茶会”と命名の仕方が被ってる。恐るべし。
“Umi-海”では、パティシエの
梢依の試作品を“試食する会”が、定期的に行われていた。その梢依とは、“あおぞら園”に弁当を配給している関係で、知人だ。
龍月は、海空の動向を教えてもらえるように頼んでいたのだ。
梢依もにちかも、言い方は悪いが、“使える人材”だ。加えて武闘派の海空に
紫月。“Qのお茶会”のメンバーとしたら、最強女子会。だ。
そこに、冥旻も加わったら……。と、龍月は、乾いた笑いをした。
冥旻は、龍月に、礼と共に言った。
―――勝手なマネはするな。って?策士、よねぇ。
正式に、にちかたちに手伝いを依頼したこと。
事実、“本末転倒”の回避。想定外で動かれるより、コントロールしやすい。
龍月が困った顔を見せると、ウソよ。と、冥旻は微笑んだ。
いずれそうなる―――海空たちも関わってしまう。のを見越しての布石でしょ。と、言ってくれた。
当然、この件は
まだ終わっていない。むしろ、これから。だ。
冥旻も海空の動向を注視してくれると言い、龍月は、自身の安全も重視してほしいと冥旻にお願いした。そんな龍月に冥旻は、無理しすぎずに。と、龍月の頭を軽く、労わるように叩いた。
兄でSDSのトップ、
海昊と同じ笑顔だった。
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