Qの憂鬱


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“地球温暖化”といわれた夏の猛暑を忘れてしまう程、一気に寒さがやってきた10月。それなのに、来月初めは夏日予想だという。

 「寒っ。」

龍月たつきは思わず呟いて、ノートPCを持ってベッドに横たわった。
この2か月。情勢がかなりめまぐるしく動いた。

まず、タマや“Q”、他から集まった情報により、東京華雅會とうきょうはなみやびかいBAD×BLUESバッド ブルースにちょっかいを出した男―――巳嵜 麒みざき あきら。が判明。
通称“六本木事件”で対処。

麒は、JOKERジョーカーが潜った組織―――世界多幸教せかいたこうきょうの信者であり、教祖の妻と良い仲―――本人は利用していただけのようだ。だった。教団の資金を生み出していた當金 狛路とうがね はくろを手中におさめ“世界統一”を目論んでいたが、通称“世界多幸教事件”にて対処。

しかし、それでも懲りず、BAD×BLUESを再び巻き込み、“令和維新れいわいしん”を起こした。

 「うん、いいね。」

龍月は、ログを見直しながら、独りごちた。
麒が起こした一連の事件を解決に導いたのは、維薪いしんだった。そして、空月あつきの成長。目を見張るものがある。
龍月は、情報を集め、関係各所に適切に連絡、指示、依頼をしただけだった。

龍月が落とした一滴が波紋のように広がり、重なり、影響し合う。ベクトルが指す先。平和というゴール。
龍月は、写真を手に取った。
梢依こづえがわざわざプリントアウトしてくれたものだ。

 「Qのお茶会―――カルテット。」

呟いてみる。間違いなく、最強戦力だ。
にちかの情報収集力、海空みあの危険察知能力に紫月しづきの超認識力、記憶力。

そして……詩弦しづる
彼女は、梢依の妹であり、龍月も良く知るYOKOHAMA BAY ROADヨコハマ ベイ ロードの副隊長。いうまでもなく、強い。

結成約4か月。
どれほど頼りになったか。そして、今後も。
情報戦において、今後、どんなことがあっても負ける気がしない。と、龍月は、本気で思っている。

 「それにしても、すごいなこのかき氷。」

Queen―――ハート、ダイヤモンド、クローバーにスペード。各々をモチーフに豪華で煌びやかなフルーツが盛られた、見た目にも鮮やかなかき氷だ。
人物と対比して推測するに、優に20センチはあるだろう。
これは、海空は喜んだだろうな。と、龍月は、笑顔でかき氷を頬張る海空を想像して、頬を緩ませた。
少しは、憂鬱も晴れただろうか。

あれから、特に相談はされていない。扇帝みかどに対する想い。
維薪に関しては、おそらく年末あたりか。
決闘―――まさか、本気にするとは思わなかった……いや、想定内だが。苦笑。

それにしても。と、龍月は、写真の妹を見る。
プロポーズを提案するとは、少し意外だが、的は射ているかもしれない。
おそらく、好きだの付き合ってだのは通用しまい。

とはいえ、梢依に対しての言動や、六本木事件での立ち回りなど、妹ながらにあっぱれだ。当然、両手を挙げて褒めても一笑に付されるだろうが。と、龍月は誇らしげにもう一度写真を眺めた。

 「……懸念は、こっち。だな。」

PCのログが切り替わった。
龍月は、ベッドから起き上がり、写真を机の引き出しにしまって、イスに腰かけた。
先月、相模湖でキャンプ中の天羽てんうが自爆ドローンに狙われたログ。
やはり、維薪の機転で事なきを得たが、別勢力だ。と、JOKERは、言った。中国ではなく、おそらくロシア。
今回は、偵察か監視か。それ以上は今に至るまで音沙汰なしだ。
秦皇羽シンファンユーが見事な腕でドローンを射止めた。残骸は解析、分析にまわされているだろう。

天羽は、文化祭の時も、キャンプでのことも少なからずショックを受けている。Yuriユーリィも当然調べを進めているだろうが、龍月も情報収集を既に始めていた。
アンテナを十二分に広げて、数多の情報を集める。
そして、取捨選択。分析、調整。的確な判断と適切な指示。

 「……こっちは、また東華とうかに係るかもしれないな。」

呟いたその瞬間。スマホが呼応するかのように振動した。
夜中の3時だが、お構いなしだ。龍月は、VRゴーグルを装着して、PCを再起動、ログインした。完了までの間に、自室に備え付けてあるコーヒーメーカーのスイッチをONにする。

今日は、マンデリン。苦味とコクを中心とした味わいが好きだ。
豆が挽かれて、良い匂いが充満する。

瞬きをする間に、目の前は野原になった。
“アリス”のように燃えるような好奇心は、ない。少しの不安とそれを凌駕できる自信を持って、龍月は、一歩、踏み出した。

兎は、いない。追いかける必要はないのだが、少し小走りになる。
やがて、古い大樹が現れた。
幹には、鍵のかかっていない扉。開けると、トランプの嵐が吹き荒れた。

龍月はAliceアリス―――秦愛琳シンアイリン。に想いを馳せた。
秦愛琳は、女優として返り咲きを成功させた。と、ネットニュースでも話題になっていた。
その時の記事に女優として復活するきっかけは。と、インタビューを受けてのコメントがかかれていた。

―――白兎さんに助けられて、夢の世界へまた戻ってきたの。

龍月は、口元を緩める。
龍月は、思った。秦愛琳は、自分の信条を全うな手段で曲げずに、生きる決意をしたんだ。と。夢の世界との決別。そして、新たな夢の世界へ。

龍月は、紫と黒の市松模様の歪んだ世界を力強く歩き進める。
チェシャ猫が、樹の上から龍月を見下ろして、口角を上げた。




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 お ま け ♠♣

こんにちは、湘です。
読んでいただき、ありがとうございました。

さてさて、龍月Story第2弾ですが、第1弾、KとJの道理ルール
よりは、前の話です。

ちなみに時系列(現時点でUP済ストーリー)では、
UNTITLEDの後のお話で、Over The Topと一部被る。って感じです。

旧世代ストーリーともちょいちょい関連があるので、気になった方は是非SORAも読んでいただけると嬉しいです!

ではでは、次の物語で。


2023.10. 30 湘