Qの憂鬱


                6


目の前には、テーブルいっぱいのスイーツ。
ひしめき合うように並ぶ、小皿。
マンゴープリン、ゴマプリン、杏仁豆腐を始め、ゴマ団子、月餅。中華おなじみのスイーツも山盛りだ。

 「この間、梢依こづえさんのとこで食べたばっか。よね、大量に。」

しかも先月もここでも食べたんでしょ。と、にちかは呆れ顔を隠さない。
事実。そうなのだ。
月一くらいならこのくらいなんてことはないが、今回はどうも、何と言うか“もやもや”を晴らすため―――ストレス発散。の様だ。
自分の気持ちに、“ようだ”を付けたのは、イマイチわからないからだ。
何かすっきりしない。気持ちが、晴れない。

 「……何かあった?みぃちゃん。」

鋭い観察眼で、しぃちゃんは、おそらく一心不乱に食しているのを見て心配そうに訊いてくれた。

 「なんや、こう。もやもやすんねんな。自分でもようわからんねやけど。」

胸元をおさえて吐露する。こんな気持ちでも美味しいものは美味だが、スイーツたちに失礼な気もしてきた。
焼け食い的な感じなわけ?と、にちかが驚く。
6月11日。日曜の今日は、龍月たつきたちが通うK学の文化祭だ。
にちかとしぃちゃんと3人で、昼過ぎに顔を出すと約束した。

その前に中華街、デザート食べ放題を開店から予約。
制限時間60分でまだ8分目くらいだが、少し満足かなと、店を後にして、石川町まで歩く。鎌倉駅には13時前には着きそうだ。

うーん、やっぱり変やな。
何やろ、この感じ。消化不良?いやいやちゃんと消化しとるし。

首を傾げながら、中華街、西門通りを西へ進む。

 「……あれ。扇帝みかどさんだ。」

にちかの言葉に、自分でも意表つかれたほど、驚いた。
心が異様に反応したのだ。
にちかの視線を追う。こっちに向かってくる扇帝。と、知らない女性。

扇帝は、今日もオシャレにグレーの七分袖サマーニットカーディガンを白Tの上に羽織っていた。センタープレスの利いたパンツで、ラフになりすぎず、キレイめなシルエットは、今年の流行だ。変に若作りではなく、かっこいい大人な男。

 「お嬢。」

扇帝がこちらに気づいて、隣の女性を友人だと紹介した。
女性は、長い金髪、青瞳の欧米人だ。こんにちは。と、日本語は意外にも上手だった。
にちかが挨拶をして、しぃちゃんも頭を下げる。

 「……あ。ウチら。今からK学の文化祭いくねん。」

一瞬、何を言っていいか迷った。アビー。と、紹介された女性の素性を訊くのはおかしいし、友人。と紹介されては、恋人か。とも尋ねられない。

扇帝は、相変わらず優しい笑みで、そう。いってらっしゃい。と、言った。
すれ違う。後ろを少し振り返る。
アビーが扇帝の腕に自分のそれを絡めたのを見て、思わず首を振って前に向いた。
イイ男には、イイ女よね。と、にちかが呟いた。

……シットやねんか、このもやもや。
あの夜。満月ストロベリー・ムーンを一緒に見損なってからや。
胸の奥の何とも形容し難い、この感じ。
こんなに、好いててんか、扇帝のこと。
改めて、そう想うと、何だか胸が苦しくなった。

文化祭は、2日目の今日も盛況のようだ。校門手前から人々が流れに従って滞りなくQRコードを読み込み、進んでいく。
スマホで校内案内図を確認。空月あつきたち1年トリオは、家庭科室で喫茶店をやっているようだ。“おやつ”に寄ろう。

 「何か。男子校いいね。かっこいいコいるかな。」

にちかがきょろきょろと周りを見回す。維薪いしんの奴は、まじめにやってるかしら。と、加えた。にちかと維薪とは、いとこのいとこ。という関係だ。
にちかのママと維薪のパパのお姉さんの旦那さん。が、兄妹。
2人の両親も維薪のお姉さん夫婦も皆、パパの友人だ。
とりわけ、維薪のパパとは大の親友なのだ。

 「あれ、にちか。彼氏、いたやんなぁ?」

 「別れた。だって、おごってもくれないケチなんだもん。」

にちかは一蹴して、龍月のとこ行こうよ。と、高等部を指した。
しぃちゃんは、女王様みたいな言い草。と、呟く。
にちかは、当然のように、男は女に貢ぐもの。と、言い切ってしぃちゃんに昭和かよ。と、苦笑された。

 「確かに。大人の男のヒト、ええよなぁ。」

 「おじさんは、シュミじゃないけど、扇帝さんみたいな大人の男なら、いいわね。」

思わずにちかの言葉に大きく頷いて、にちかににやり。と、された。
インディアンエクボが意味ありげにへこむ。
ほんと、みぃちゃん素直。と、先週もいわれたセリフがしぃちゃんの口から溜息と共にもれた。

2年A組の教室前。すごい人だかりができていた。
ほぼ、女子。に囲まれて笑顔で案内しているのは、龍月だ。
背が高いので、目立つ。こちらに気が付いて手を振った。
しぃちゃんが嫌そうな顔をする。

とりわけ、仲が悪いわけではない。逆に甘えがあっての反抗期のようなものだと思っている。
しぃちゃんは、他人にも自分にも厳しいストイックな子だ。聡明でクール。学校では、ひそかに“アイスクイーン”と呼ばれる程、女子校ならではの人気者だったりする。
実は気遣い屋さんで、もう少し肩の力を抜いたら良いとも思う。

そんな妹を容認する優しさが、兄、龍月にはある。本当にハイスペックだと感心する。今も妹の態度を上手にスルーして、暑い中来てくれてありがとう。と、労ってくれた。

 「何、龍月。でないの?」

クラスでは、寸劇をやっていて、龍月は何の役もやっていないようだ。
にちかが、急な対応できないもんね。と、自分のスマホを掲げる。
斗威とうい”のことを、にちかとしぃちゃんに話した。その時、にちかは、やっぱりね。と、口にして、しぃちゃんも頷いた。

あの時、扇帝は、曖昧な返事をしたが、どうやらまた何かあるようだ。

 「さすが、情報通にちか様。」

龍月は隠そうとはせずに、そう茶化した。にちかは、にちか探偵事務所でも開こうかしら。と、まんざらではない顔をする。

 「空月たちが関わっとんのやったらゆうてや。約束。したやろ。」

丁度、人がはけた時、龍月に伝えた。知らなかった。は、一番いやだ。と、言うと少し困った顔をする。

 「大丈夫。空月たちは、関係ないよ。でも、にちかの情報網と、海空の強さ。行動力は、すごい助けになるよ。力、貸してもらうかも。」

そんな、笑顔でいわれると、誰も断れない。
人を魅了する。とは、このオーラだろう。慣れているはずのにちかでさえ、一瞬見とれて、そして咳払い。どんどん借りなさい。と、胸を叩いて見返り期待してるわ。と、笑った。

龍月は、しぃちゃんにも、頼むな。と、優しく頭を叩いて、舌打ちされるも笑顔。
しぃちゃんも少し恥ずかしそうにしたが、内心は、嬉しいはずた。
やはり、龍月は、すごい。人の心を読む。というか、入り込む。というか。人を容易に扇動する。良い意味で“煽る”。

でも、煽られて大きくなった力の収拾もちゃんと行う、行える。のが龍月だ。今回、空月たちは無関係。と、龍月が言うのなら、そうなのだ。
力になれることがあれば全力でする。

寸劇は、面白かった。
七夕に因んだ恋愛コメディー。男同士のそれもウケた。織姫役の男子もかわいい系ではまりやく。周りのはやし立てる黄色い声も面白かった。
文化祭も終盤。中等部の1年A組主催の喫茶店。家庭科室へ向かう。

 「姉ちゃん!しぃちゃん。」

にちかちゃんも来てくれたの。と、かわいい弟、空月が迎えてくれた。
天羽てんうも目で挨拶を交わす。

見渡すと、天羽のママ、冥旻みらちゃんの姿。
冥旻ちゃんは、パパの妹。空手の師匠でもあり、お姉さん的存在。
かわいくて、強くて、優しい。頼りにもなる。

ふと、冥旻ちゃんのうしろに座っていた男が気になった。
何。というわけではないのだが、雰囲気オーラ
中華系のような、男だ。目立つ、赤色のTシャツ。
一人でテーブルに席に座っている。
スマホをいじる仕草。すぐに立ち上がって教室を出て行ってしまった。



>>次へ

<<5へ


<<タイトルへ


 1  /  2  / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10
 11 / 12 / 13 / 14 / 15

TOPへ
What's Newへ