Qの憂鬱


                7


丁度、海空みあたちを見送って、再び呼子に専念しようとしていた所だった。
ClubのAce―――YuriユーリィからのLINE。
“アリス”は、斗治とうじの仲間への依頼が頓挫した後、凝りもせずに別の仲間へ“女王様襲撃”を依頼した。
始末に負えないのは、賞金を懸けて、なりふり構わず依頼をバラまいたことだ。

上層部ほど、飛龍組ひりゅうぐみ―――SDS。の息がかかっている為、バカなマネはしない。しかし、下っ端連中―――特に中華街に住む新入り中華系の輩などには、金に釣られるものもいるのが、実情だ。

数日前。2件のLINEとe-mail。e-mailには、“下っ端連中”のデータ。LINEにはYuriからの指示。JOKERジョーカーからの方針。
そして、今のLINEには、決行。の二文字。

冥旻みらちゃんが文化祭に来るのはわかっていた。というか訊いた。
冥旻ちゃんのスマホが学校案内のQRコードを読み取った時、リアルタイムで龍月たつきに知らされるように、飛龍組のBrain―――身延 総士朗みのべ そうしろう。にお願いした。

冥旻は、今中等部1年A組の催物、喫茶店に向かっている。
そのうしろからQRコードを読み取らずに校内に入った男。中華系、二人。
Yuriは、その男たちの服装、特徴を送ってきた。

数時間前、扇帝みかどからも怪しい人物数人の情報が送られてきた。
扇帝をトップとする、石嶺組こくみねぐみの地場は、横浜。中華街は、テリトリーだ。

よもや、校内で手荒なことはしないと願いたいが。
龍月は、コードレスイヤフォンを装着した。
Yuriとつなぐ。対象確認。クリア。と、“Aのお茶会”ではいつも陽気なトーンだが、今は、低く淡とした声がきこえた。仕事モード。

冥旻は、家庭科室に到着。“護れるポイント”についた。という訳だ。
2分で現着。と、英語で言う。
にちかにLINEを送った。すぐに既読。さすが、情報通とされる所以か。にちかは、スマホをいつでも注視している。
どうやらにちかたちも家庭科室に向かっているようだ。

クラスメートにここを離れる。と、伝えようとして、タイミング悪く団体に囲まれた。
誰々に聞いて見に来ました。ウワサされてたので。等々。
クラスを見に来たのか、龍月を見に来たのか。後者だろう。
龍月は、女子たちに囲まれ、笑顔で対応しつつ、英語でYuriに3分で。と訂正。

Yuriから余裕の苦笑が聞こえた。おそらく、“お手伝い”など、必要ないのだ。
とはいえ、安請け合いしたわけではない。3分以内には必ず現着せねば。
龍月がひとグループを案内した後、うしろから視線。

 「代わります。まあ、務まるかは知りませんが。」

桔平きっぺいだった。イヤフォンと手元のスマホ。尖ったアゴで示すと、また何か暗躍中・・・なんでしょ。と、辛口で心優しい言葉。口元の黒子が優しさを表していた。

 「以心伝心!任せたへいちゃん。中にたくさん案内してくれればOK。大丈夫、平ちゃんもイケメンだよ。」

特に口元の黒子がチャーミング。と、手を振りながら、ウインク。
も。ね。と、桔平の呆れた声がかすかに聞こえた。

やっぱ、2分で。いや、1分。インカムに呟いて、頼もしい。と、また苦笑された。対象クリア。との声。

―――にちか。冥旻ちゃんの傍に男、いる?

校内をほぼ全力疾走しながらLINE。にちかたちも家庭科室に入ったと先のLINEでいわれた。

―――いた。中華系。嫌なオーラ。赤のTシャツ。

海空が参入。さすがだ。男の負のオーラを感じたか。

―――でていったよ。数分前。

赤Tの男追います。Yuriに伝え、家庭科室から一番近い出口に向かった。
了解。もう一人は、こっちで。と、Yuri。
どうやら男は、冥旻ちゃんとは接触しなかったようだ。微かな違和感。しかし、冥旻ちゃんはYuriに護られている。自分のすることは、男の確保だ。

どこだ。脳裏の顔写真を高速でスライドさせる。赤T……違う。……違う。
下駄箱と下駄箱の間の通路を一つずつ確認。素早く、奥まで。
龍月の脳細胞がスパークした。アンテナにひっかかった。この男だ。

 「すみません。」


全速力で移動したが、呼吸はさほど乱れてはいない。汗もかいていない。
男に声をかけると、はい?と、何食わぬ顔を演じるが、男の左側の顔が少し歪んでいた。人は、本音を隠そうと表情を取り繕うとき、左側の表情が上手く保てないことが多い。わずかだが、龍月は見逃さなかった。だから、単刀直入に言った。

 「冥冥Mingminを狙ってますよね。」

日本語を解すのは知っていたが、冥旻の名だけ中国語読みで尋ねる。
何のことか。と、とぼけたが、次の瞬間には、ほくそ笑んだ。
やはり、違和感。なせ、この男は何もせずに立ち去った?

 「……。」

本当に何もしなかった・・・・・・・のか?
龍月は、目を細めた。
次の瞬間、男はゆっくりとスマホを掲げた。タイマーの数字がカウントダウンを刻んでいる。03:00。02:59。02:58……

 「何らかの危険物。2分56秒前!」

Yuriが落ち着いた声で、了解だ。と、言った。

―――にちか。冥旻ちゃんの近く。危険物。注意!

たのむ。間に合ってくれ。
龍月は願いながら男と対峙した。男は、学校から遠ざかるように逃げる。北へ。
それは、合理的だ。学校に近づく目的はない。龍月と対峙する必要も、ない。
男の手の中のスマホ。01:56。
未だ報告はない。にちか。海空。龍月は、心の中で叫んだ。

にやついた笑みをはり付けたまま、男は逃げた。
龍月は全速力で追った。01:40。頭でカウントする。
Yuriからの報告。家庭科室に到着。対象の姿、なし。

―――冥旻ちゃんが、カバンを持って外へ。来るなといわれた。

にちかのLINEをYuriに伝えながら、龍月の手は、男の襟を掴んだ。一気に引き寄せる。01:20。

自分のカバンに危険物が入っていると気づいた冥旻ちゃんは、他を巻き込まないために人気のない所へ向かったか。おそらく、そうだ。
飛龍組の娘。ダテではない。
龍月は、冥旻のGPS確認。北へ移動中。

 「男確保。タイマー止められません。おそらくそっちに起爆装置!」

男に詰問するも、やはりにやついたままだ。01:10。
Dディー。と、半ば叫ぶようにインカムに言って、赤T任せます。と、龍月は、赤Tの男を電柱に拘束しながら言い放った。
インカムから苦笑―――少しの称賛の溜息。DiamondのAceが居るのは判っていた。だから、任せた。龍月は、そのまま北へ猛ダッシュ。

冥旻ちゃんは、おそらく第二グラウンドに向かった。人気を避けるために。
Yuriより土地勘のある自分がいくのが合理的だ。

―――もうひとり中華系男。最大注意。

にちかと海空に送る。おそらくそいつが起爆装置をもっている。
爆発物を冥旻のカバンにいれたのは、赤Tだが、赤Tは、ブラフ。わざわざ目立つ色Tを着たのかもしれない。
爆発まであと30秒を切っている。居た。冥旻だ。第二グラウンドに入る。

 「冥旻ちゃん蹴って!!」

龍月の声に冥旻の反応は速かった。おそらく起爆とほぼ同時。
爆発物が炎を上げながら宙に舞う。
まるで花火の打ち上げのようだった。大空に咲く、安っぽく醜悪な炎。
龍月は睨みあげた。

 「……冥旻ちゃん。大……丈夫?」

龍月は、冥旻の傍まで駆け寄る。焦げ臭い。ケガはしていないようだが。

 「……お母さん、髪。」

天羽てんう空月あつき。冥旻の行動を予測して龍月と同じく、ここに最速で来たのだろう。維薪いしんの姿はなかった。
天羽は、母、冥旻のポニーテールの毛先が縮れているのを見て言った。

 「大丈夫。丁度切ろうかと思ってたから。」

母らしい寛大で包容力のある優しい笑顔だった。
龍月に、ありがとう。と言い、まだ文化祭は続いているわよ。と、肩を叩いた。
文化祭を中断させないための判断、行動力。
そして、見事な蹴り。やはり、さすがだ。

―――二人確保。オールクリア。

インカムからのYuriの声。こちらの状況は知っているのだろう。
JOKERの方針―――犯人の男の確保。捕まえて吐かす。

 「大丈夫やったんやね。」

学校に戻ると、海空が冥旻に抱き着いた。髪のことに気づいて眉をひそめるも、冥旻は、大丈夫。と、笑った。

 「もう一人。海空と紫月が伸したわよ。こういう時に限って維薪、いないんだから。」

にちかがぼやいた。
まじか。と、龍月は、海空と紫月の勇敢さを褒めたが、無理はしないでくれ。と、少し窘める。海空たちに危険があったら、本末転倒だ。

 「いっちゃんは、塾の何かで午後からでたんだ。昨日と今日の午前中の役割は、ちゃんとこなしていったよ。」

空月の言葉に、ああ、そっか。と、にちかが呟く。にちかと維薪は、都内でも有数優秀の進学塾に通っている。その上維薪は、その仲でも常にトップと聞く。

 「エセ・・警察官に引き渡した。いんでしょ。」

紫月しづきが、先のもう一人の男の処遇を口にした。
エセ警察官―――DiamondのAceだ。
実のところエセではなく。彼は、本職の警察官―――FBIだったりする。龍月は、だから赤Tを任せた。

妹のクールさに頼もしさを感じ、ありがとうと労う。
当然、ベつに。と、あしらわれるが、その口元には、微笑が観えた。

 「本当、助かった。ありがとう。」

龍月は、1年A組の喫茶店で飲物を驕ると言い、海空にスイーツもな。と、言われ了承した。
ブラックのアイスコーヒーを余分に注文。一目散にクラスに戻った。

文化祭一般公開最終入場時間は、14時30分。
既に過ぎていた。15時には終了。後片付けだ。

 「平ちゃん、恩に着る。」

呼子を結局最後まで務めてくれた桔平に、龍月はアイスコーヒーを手渡した。
貸しです。と、そっけない返答だが、自分を慕い、常に味方でいてくれる心強い後輩と知る。

かわいい女の子いた?と、茶化して、殴りますよ。と、睨まれた。
あえて何も聞かずにコーヒーを飲む桔平に感謝して、龍月は、青空を見上げた。



>>次へ

<<6へ


<<タイトルへ


 1  /  2  / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10
 11 / 12 / 13 / 14 / 15

TOPへ
What's Newへ