Qの憂鬱


                12


 「はい、どうぞ。」

 「……っおおきに。」

扇帝みかどからペットボトルを受け取って、ベンチに腰下した。
イチゴオレ。両手で包んだ。冷たい。
扇帝が隣に座る。
少しの沈黙の後、扇帝は、突然笑いだした。

 「さっすが、お嬢だね。大男も立つ瀬ないな。」

 「……笑わんといて。もう、すまんかったって。」

唇を尖らすウチを尻目に、扇帝は腹を抱えて大ゲサに笑いよる。もう。ほんま、失態やわ。恥ずかし。

扇帝が、仕事だ。と、言って飛龍家うちを出て行ったのをこっそりつけた。
七夕の夜。なんとなく、デートちゃうかなって思ったんや。
案の定、扇帝は、稲村ケ崎の駅で、あのアビーという女性と待ち合わせをしていた。
だから、追いかけてしまったのだ。

二人は、腕こそは組まなかったが、仲良さそうに並んで歩いていた。
なぜか、アビーは黒髪ポニーテール。まるで、冥旻みらちゃんのような格好。
そういえば、扇帝もいつともファッションが違った。
そのワケ。今さっき聞いた。

ウチは、稲村ケ崎へ向かった二人に、しぃちゃんの言葉を思い出して、間違いなくデートやん。と、思ってしもたんや。
二人で天の川、流れ星を見に来たんや。と。

そんで、何や二人を襲おうとしている男を発見して、伸した。
まさか、芝居やったなんて。その大男もよう見たら組のモンやったし。
はぁ、ほんま恥ずかしいわ。アビーという女性も驚いてウチを見よったし。

諸々説明してもろて、今。という訳や。
“仕事”は無事に済んだようで、解散。扇帝だけが残った、鎌倉海浜公園。周りは静かで二人きりのようや。

 「……。」

何や、急にドキドキしてきたわ。波の音が大きい。いや、ウチの心臓のが大きい。二人きりなんて、家でもフツーにあるのに。何でや。

 「寒い?」

扇帝が上着を脱いで、肩に掛けてくれた。
真夏でも海からの風は、少し涼しく、キャミソール一枚は失敗やった。
飲物、温かいほうがよかったか。と、扇帝は呟いて、ごめんな。と、いう。
今時期、温かいのなんて売ってへんやんか。と、言いそうになって、何処へでも買いに行ってくれそうな扇帝を想像した。

 「……おおきに。大丈夫や。」

掛けてくれたジャケットに手を通す。袖が長すぎて手ぇでんわ。
大きいんやな。と、改めて思う。
アビーと歩く姿も、座っていても、二人はとてもお似合いやった。
まるで、ほんまのカップル。本当に付き合ってないのかききたいけど、きけなかった。胸のもやもや。さらに大きゅうなっていった。

 「飲んだら帰ろう。ね。」

子供をあやすかのような言い方。
斗威とういの件”をつきつけたときもそうや。やっぱ何か嫌やな。子ども扱い。蚊帳の外。でも、ジャマしたないしな。

仕事、ぎょうさんあるんやろな。それなのに、ウチの前では忙しさなんて微塵も見せん。手ぇ、届きそうなのに届かない。星のようや。
精一杯空に手を伸ばしてみた。

 「綺麗だね。」

見上げた星空。扇帝も目線を同じくする。
その横顔。キレイや。キレイで……星のように、遠い。

 「……お、お嬢?」

扇帝のびっくりした声。
自分でも驚いたわ。急に涙でてきよった。胸の奥が締め付けられるように苦しくて、目の前がぼやけ出したんや。自分ではどうにもできひんかった。
大丈夫や。と、いいながら、溢れ出る涙を制御できん。どないしたんやろ、ウチ、おかしなってもうたんか。

 「……。」

扇帝がハンカチを手渡してくれた。
ポンポンと、頭を優しく叩かれて、撫でてくれる。
イチゴオレの甘酸っぱさと、涙のしょっぱさが鼻腔を刺激する。

無言で数分。
呆れたやろな。引いたやろな。ほんま、しょーもないな、ウチ。

 「……すまん、帰るわ。」

立ち上がったら、扇帝は、背をさすってくれた。
うん、帰ろう。と、家まで送ってくれよる。仕事まだあるからか。いや、優しいんやろな。誰に対しても、きっと。ウチが特別なわけあらへん。

今まで色々な子と付き合うてきたんやろな。
聞いたこと、ないけど、彼女いるかもしれんし。結婚はしてへんけど。
一途なのかもしれんし。

二人きりの夜。なのに、もやもやが広がりすぎて、いっぱいいっぱいで、ウチは、一言も喋らんと、扇帝と別れた。

 「……はぁ。」

自宅で即、風呂に入った。
こんな顔、誰にも見られとうない。
ほんま何なん。この気持ち、自分の心やのに、理解できへん。イラつくわ。

 「食べる?」

お風呂上り、キッチンでママが、マンゴーを切ってくれた。
カットして、表面に格子状の切れ目。こんもりとドームのよう。
髪をタオルドライしながら、頂いた。
甘い。ほどよく完熟で、少しの酸味。

 「……ねぇ。ママは、何でパパと結婚したん。」

向かいで一緒にフォークでマンゴーをつつきながら、きいてみた。
ママは、笑った。当然のように、大好きだから。と、答える。
知っとったわ。知っとったけど……。

 「ね。気持ちは止めようとしても止まらないものよ。逆に冷めてしまうこともある。ようは、コントロールできなくて、普通。」

 「……。」

全てお見通し。のような顔で、ママは笑った。
そっか、普通。か。
ほなら、ええやんな、無理にどうこうせんでも。アンコントロールやもん。しゃーないし。もやもやは、大きくなったり、小さくなったり。またものすご大きくなるかもしれん。せやけど、これが自分。それも、自分なんやな。
大きく深呼吸。
イチゴオレの酸味がマンゴーの甘味にとって代わった。



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