♥Qの憂鬱
♥
14
夏休みの最終週。まだまだ暑い日々。
35度は超えずとも、連日30度以上。地球温暖化ももう日常やな。
キャミソールすら脱ぎたいわ。
「お。お嬢、ご無沙汰。」
別にご無沙汰やないやん。と、
王虎昊に突っ込んで、冷凍庫からアイスを取る。
当然のようにキッチンのイスに座る王虎昊。
ほんま、猫みたいや。
身長は、180以上はあるやろな。茶髪のストレートな髪にアーモンド形の瞳は、鳶色。大きめの口は、猫口で、いつも人を小ばかにするように笑う。
暫く会えなくなるゆうとったやん。と、さらに突っ込むと、暫し帰還。と、返答。イミわからん。“パルム”の封を切って、くわえる。ゴミを捨てた時。
「淋しかった?」
「つっ……!!」
不覚にも後ろから抱きすくめられて、くわえた“パルム”を落としそうになった。
最近ようあるな、こういうの。
……ではなく!!
王虎昊は、どさくさにまぎれてウチの首筋にキスしよった。
しかも、振り払おうとして身体を捩るも、力、強っ!!
両腕ごと抱かれているため、“パルム”を口から抜けん!!
数秒膠着状態。しゃべれんし。
力緩んだ瞬間にケリいれたる。見逃さんで。
「!!」
と意気込んだら、急に王虎昊の顔が横から迫ってきた。
“パルム”奪う気ぃやな!!
「
空空のさぁ。」
王虎昊は、耳元で囁いた。空空。とは、ウチの中国語名。愛称や。
大好きな
老大哥は、空空をお子様としか観てないないよね。と、王虎昊は続ける。
老大哥―――中国語で、兄。
扇帝のことや。
王虎昊は、パパを
老大―――ボス。と、呼び、扇帝を兄貴。と、呼ぶ。
そんなん、百も承知や。
扇帝がウチのこと子供やと思うとることなんて。しゃべれんけど、心の中で反論した。
「キス。……なんてしてくれないでしょ。」
王虎昊の吐息が耳にかかる。
どう、その先も僕なら教えてあげれるよ。と、茶化す。
だから、しゃべれんって。はよ、腕どかせや。“パルム”溶けてまうやんか。
「……なっ……」
人の気配。息をのむ音、絶句。
一瞬、王虎昊に隙ができた。王虎昊の腕を瞬時にふりほどく。
「あらら。」
良い所だったのに。と、飄々とする王虎昊は、ウチの後ろ蹴りを避けよった。
振り向きざまに気配が扇帝だったと悟って、目配せ。
扇帝が王虎昊に睨みを利かす。おおっ。ほんまに恐いわ。
扇帝は、ビジュアル系イケメンだが、時に残忍なくらい、非情やと誰かがゆうとった。それは、パパのため。日々鍛錬を重ねとるんやて。
「ウチのパルム、奪おうとした……やなくて。強姦されたわ。」
「だから、言い方……。」
あ……。
ヤバい。と、思ったんわ、扇帝のオーラが、ほんまに殺気を帯びとったからや。
無言の圧が、王虎昊を襲う。こっちに来い。と。
キッチン―――母屋。と、組の事務所、そして道場は、渡り廊下で繋がっている。
扇帝は、道場を顎で指し示して、王虎昊を連れ出す。
うーわ。めっちゃ恐いやん。ウチは、おそるおそる後を付けた。
「三度目はない。いい加減にしろ。」
扇帝は王虎昊を道場の壁際に押し付け、胸座を掴みあげた。
身長は、王虎昊の方が高いが、王虎昊は、つま先立ちになった。
うわ、まじなやつやん。どないしよ。
とりあえず“パルム”を食べ終えて、一旦棒を母屋のキッチン―――ゴミ箱に捨ててから、再び道場に戻る。足早に。
「あれ。何に怒ってんの。」
王虎昊のようわからん言葉に、扇帝は、掴んでいた腕を押し離す。
中国語でまくしたてるように話し出した。意味わからんけど、ウチのために怒ってくれとるんやろな。何や嬉しいなあ。
「……あ。」
もう一方の道場の入口で、
維薪の姿を発見した。察するに、自主練。
この状況に道場に入れないでいるのだろう。声をかけようと近づく。
「自制なんてさ。しようとしてできるもんじゃないでしょ。」
王虎昊の日本語。
維薪と目が合った。
別の場所でやってもらおう。めっちゃ迷惑やんか。
「こんなとこで話しよったら、稽古できひんやろ。」
扇帝が維薪に気が付いて、いつもの笑顔で謝った。
維薪は、軽くアゴを下げて、更衣室へ向かう。
ほっ、としたのも束の間、扇帝は、再び王虎昊を睨みつけた。
ウチがもうええわ。と、ゆうてもダメです。と、拒否られた。
あー、ガチに怒っとうやつやん。まあ、殺しはせんやろ。多分。
「ああ、維薪。模試、受けるんやて?」
トレーニングウェアに着替えて更衣室からでてきた維薪に声をかける。
維薪は、学校でも塾でもトップやと、
空月やにちかから聞いている。
ほんま、凄い子や。向上心も人一倍あって、何でもこなしよる。
それでいて
天羽の為に赤髪にしてくれる優しさもあって、ええコや。
「一位やったら、何かやろか。」
ご褒美、あげたる。と、ウチが言うと、維薪は、何故か扇帝と王虎昊を見た。
「……んじゃあ。海空。もらうわ。」
沈黙。
一瞬気後れして、何ゆうとんねや。と口にしたが、王虎昊は、驚きを隠さずに、中国語わかったのか。と、チェシャ猫のような笑みをみせた。なんなん?
当の維薪は、無言で竹刀を振り始めよった。
扇帝が小さく、参ったなぁ。と、呟くのが聞こえた。次いで、突然オーラを解放した
龍月の失笑が聞こえた。
「本当にトップ取っちゃうよ、維薪は。要注意だねぇ。」
王虎昊に負けず劣らずの茶化すような口調で、龍月は扇帝と王虎昊を見て言った。
いつから居たんや。ほんま、全く気付かんかったわ。
しかもウチだけ話についていけへん。3人は、何や牽制し合うかのようなオーラや。
軽く笑った王虎昊が、性懲りもなくウチにハグして、Pending―――保留。ね。と、言い残して、その場を退散していった。意味不明や。
「……大丈夫。維薪は、頭、いいからさ。」
その夜。龍月に相談してみた。自室。
龍月は、相変わらず砂糖もミルクもいれないコーヒーを一口飲んで、言った。
維薪は、“蚊帳の外”だったことにちょっと怒っただけや。と。
ウチが、維薪のことを恋愛対象としてみていないことも理解している。と。
「……龍月は、知っとったんやろ。ああ、ウチ。あかんな。もう。」
自分に腹が立った。
軽々しく維薪にあんな約束……。維薪のことやから、絶対模試一位とるよる。どないしよ。
「そんなことないよ。海空は、自分に正直でかわいいよ。」
手に掴んでいる砂糖とミルクたっぷりのコーヒーの入ったカップを見つめて、龍月に視線を移す。溜息。何や、ちょっと、龍月がさっきから王虎昊に見えてきたわ。
少しの軽薄さ。いや、ウチやからゆうんやろ。せやけど。
「龍月、あんま誤解されるようなこといわんといてな。ウチやからええけど。」
惑わされるコ、ぎょうさんいてるで。と、いうと、気をつけます。と、口元を緩めた。
そういう笑顔や。無駄にイケメンなんやから。
「あーせやけど。“プレゼント”どないしよう。」
ベッドに寄りかかって伸びをする。天井を見上げて、顔をしかめる。
「そりゃ、一番いいのは、ハグとかちゅーとか。……って、ごめん、冗談。」
だーかーら。その顔でいうな。龍月に睨みを利かす。
龍月も天井を見上げ、少しニヒルな顔をした。
「決闘は?」
決闘!おおっ。ええな。
ええアイデアや、それ。お得やし。さすが、龍月や。
模試の結果、いつ頃やろな。鍛えとかんと。もう身長もずいぶん抜かされとるし、ガチでやらなあかんな。
「で、まじで決闘することにしたの?バカじゃない。龍月のやつも。」
何いってんの。と、にちかに呆れられた。
梢依さんから連絡をもらって、”Umi-海”に集合した。
ウチが扇帝のことを好きだという事同様、維薪がウチを好いている事を皆知っとった。らしい。少し自己嫌悪や。
「えー、いいねぇ。
海空ちゃん。もてもて。」
梢依さんの言葉。“もてもて”ではないねんけどな。
ああ、もう何や。ようわからんくなっとう。扇帝のこと王虎昊のこと。ほで、維薪。またもやもや再発……いや、いっこうに消えてへんかったけど、濃くなったわ。
「……大人。だからって、ズルい。」
ずっとだんまりしていたしぃちゃんが、顔を上げてウチをみた。
「みぃちゃん。いっそプロポーズしちゃえば。」
「……。」
しぃちゃんは、たまに突飛なことをいう。
きっと、色々なことを考えて、考えての帰結なんやろけど、ウチには、そこに至る過程がわからん。
「……梢依さん。いいですよ、
兄貴に連絡しても。」
ぎくっ。と、梢依さんがマンガのようなセリフを声に出してうろたえた。
ふーん、へぇ。なるほど。と、にちか。
「まぁー、そうねぇ。とりあえず、はい。」
梢依さんは、ごまかし、笑って、ウチらの前にどんっ。と、置いたスイーツ。
ウチの前には、イチゴとモモ。にちかの前には、マンゴーとオレンジ。しぃちゃんには、マスカットとキウイ。赤、橙、緑の豪華なかき氷だ。
うわあ。めっちゃキレイ!きらきらしとう。そや、お店の前にポスターあったやつやん。にちかを見ると、やはり、どドヤ顔。
“イチゴのふわふわかき氷”の改良、完成形だ。
既に爆売れで、まだまだ暑いため、大幅利益が見込める。らしい。
「名付けて、“
Queenのお茶会―――カルテット 2023”。」
にちかが人差し指をかかげた。
そういえば、そんなこと、ゆうとったなぁ。前に。
そして、イメージは、ウチらだ。と、梢依さん。
それぞれのかき氷の器やソーサーには、ハート、ダイヤモンド、クローバーの模様。
そして。
「あ、来た来た。しづちゃん。はい。」
2階からおりてきたのは、梢依さんの妹で、中1の
詩弦ちゃんやった。
ウチらに軽くアゴをさげて、挨拶。目の前のスペードのかき氷を見て、眉根を潜めた。
どうやら、Queen―――カルテットのもう一人。は、詩弦ちゃんのイメージのようや。
フードを被っている、そこからのぞくストレートの前髪は長く、左下がりで左目を隠している。その大部分は、発色の良い紫色。
丁度、かき氷のグレープとブルーベリーの色と合致する。ボーイッシュで個性的なコや。小顔で大きな瞳がかわいらしい。
ハート、ダイヤモンド、クローバー。そして、スペード。のかき氷。
4つをまとめて売り出すことでリピーターも増えるらしい。
「写真、写真!撮らせて。」
詩弦ちゃんは、少し身を引いたが、梢依さんに押し出されて、4人。そしてかき氷4つ。梢依さんの合図でぱしゃり。
「青春!ステキ。ハートちゃんの憂鬱もまだ続きそうだけど、いいのよ。」
梢依さんは、ウチをみて微笑んだ。
それも青春や。と。ん?ようわからんけど、まあ、ええか。
ああ!!早う食べんと、溶けてまう!
イチゴとモモが待っとる!ふわふわの氷も、甘いシロップも。
頂きまーす!!!
ウチは、もやもやをふきとばすように、ハートのかき氷を頬ばった。
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