♥Qの憂鬱
♥
13
“アリス”の目の前には、ハートの王様と、女王様とが玉座についていた。
その周りは、トランプの札から、小鳥、獣たちが囲んでいる。
その丁度真ん中にテーブルがあり、パイ―――ではなく、“チェシャ猫”が乗っていた。
“帽子屋”、“ネズミ”、“三月兎”。そして、“白兎”に
された龍月が、陪審員だ。
チェシャ猫―――
JOKERの享楽に、龍月は不満気に立っている。
「たとえ、あの小川を越えても、君は、女王にはなれない。」
鏡の歪な世界が映す、野山の風景が一瞬で消えた。
夢との決別の時間だ。と、チェシャ猫は笑った。女王様にとってかわる。
ここからでは、アリス―――
秦愛琳。の表情は見えなかった。
「女王になんて、なる気ない。」
弱々しい声だが、気丈だった。
まだ、麻酔が効いているのだろう。
あの時。龍月は暗闇で、撃たれたであろう秦愛琳の身体を止血しようと試みた。が、しかし。手に触る血の濡れた感触は、皆無だった。
秦愛琳は、静かに呼吸をしていた。
Yuriが放ったのは、麻酔銃だった。
対人麻酔銃。当然、超特殊武器だ。唯一中国で正式に配備、運用されている代物らしい。
麻酔剤や麻酔薬を針管にて人体内部に射入。反抗能力を奪う、非殺傷性単発スムースボア特殊武器。
人体に注入されると、2、3分で眠らせることができ、長くて120分程で覚醒するようだ。直接人を傷つけたり、生命にかかわることはない。とされる。
落ち着いて考えれば、本来一発で射殺するなら、頭を狙うだろう。
冷静を欠いた。やはり、掌の上か。と、龍月は、JOKER―――女王様。を見つめた。
「なる気はない?じゃ、
証人でも呼ぶ?それとも、首、はねちゃう?」
“不思議の国のアリス”のセリフを模してちゃらけたJOKERに、龍月は苛立ちを覚えたが、言葉を発することはできなかった。“この世界”は、JOKERのコントロール下だ。
女王様の断罪―――裁判。は、続く。
「誰に手ぇ出したと思ってんの。」
女王様―――JOKER。は、一度も二度も温度を下げる声音で、恫喝した。
秦愛琳の肩がいかる。龍月でさえ、背筋が寒くなった。
JOKERは、
海昊さんに心酔している。海昊さんのためなら何でもするし、何でもできてしまう。と、聞いた。
この“Aのお茶会”もSDSの為、イコール、海昊さんの為。万が一その天秤が傾くとしても、迷わず海昊さんの利益を選ぶだろう。
つまり、海昊さんの大切な妹、
冥旻ちゃんへの攻撃は、JOKERにとっては許しがたい事象なんだ。
龍月は、“ネズミ”を見る。
“ネズミ”―――Yuri。は、テーブルに顔を伏せていたが、急に目を開いて大きく頷いた。
おそらく、この人にとっても。
冥旻ちゃんは、Yuriの師、
秦皇羽の大切な人だ。
Yuriは、今までも、これからも、秦皇羽の為に動いているに違いなかった。
「白兎さん。告訴状。読み上げてごらん。」
突然、龍月の前にトランプのハートのエースのカード―――両手で持てるほど大きいサイズの。が、現れた。よく見ると、何か書いてある。
―――
判決はまかせたよ。
「……。」
龍月は、女王様―――JOKER。ネズミ―――Yuri。そして、帽子屋の
Spadeの
Aceと、
DiamondのAceを各々見やる。
口を開いて、声が出せることを確認した。
「
Alice。女王様は、貴方を死刑になどしません。女王様は、少女のように純真で、芯の強い女性。王様をとても、愛しています。」
Aliceが顔をあげた。目が合う。
「……世の中は、不条理ですが、自分の信条を、全うな手段で曲げずに、生きて欲しいです。」
はっ。と、した表情のAlice―――秦愛琳。白兎が龍月だと気が付いたのだろう。
秦愛琳の瞳から、大きな涙が零れ落ちて、景色は涙の海に変わる。
―――ありがとう。
秦愛琳の感謝の言葉が響き渡った次の瞬間には、トランプの嵐が舞った。
「……。」
いつもの“Aのお茶会”の風景だった。
大きな円いテーブル。装飾された4つのイス。市松模様の天井、壁、床。
至る所にある鏡は、4人のフォトリアルな顔を映す。
秦愛琳の姿はない。おそらく中国へ強制送還されるのだろう。
「……うん。良い判決だった。」
天井を見上げると、大きなチェシャ猫が大きな口で笑った。
龍月の言った通り、彼女は逆上せず、冷静だった。と、チェシャ猫は言う。
……挑発。宥めすかして相手を観た。という訳か。
麻酔銃を用意していたことからも、殺す気はなかった。のか。
いや、見定め。自分も。おそらく。
「あんときの龍月、こわかったねぇ。年上キラーとは知らなったよ。いや、マザコン。かなぁ。
紫南帆ちゃん、可愛いし。ねぇ、
S。」
チェシャ猫は、良く回る口で次々と喋り倒し、SpadeのAceを見た。
帽子屋から変わっても目深にシルクハットをかぶっているSpadeのAceは、相変わらず無口で、口角を上げただけだった。
年上キラーだの、マザコンだの色々と言ってくれる。と、反論しようとして、DiamondのAceが、葉巻の煙をチェシャ猫に吹きかけた。
「あんま、おちょくるなぁ。いつか、龍月の逆襲に合うぞ。」
三月兎―――DiamondのAce。は、龍月にしてみれば、
この中では比較的まともだと思わせる人物だった。現職のFBIというのも大きいかもしれないが、言動がまともなことが多い。
「Aliceの命もプライドも守った龍月くんは、本当優しいよぉ。そして、
Dをアゴで遣う。受けたねぇ。いいねぇ。」
ネズミからYuriに変わっても、眠たそうで、呂律が少しおかしい。テーブルの上には、いつの間にかウォッカのボトル。半分以上減っていた。
秦皇羽には、冥旻ちゃんと別の場所でデートをしてもらうことと、秦愛琳の全てを
知らぬフリをしてほしいと頼んだ。
秦皇羽には、もう一つ。じゃなく、二つだな。と、苦笑されたが。
「……JOKERから、サポートはいくらでもっていわれたし。」
龍月の言葉に皆が一斉に笑った。
正解だ。と、DiamondのAceがうなづく。そして、妹、可愛いねと、口角をあげて、言った。前言撤回するか。と、龍月は心中で呟いた。
JOKERも
海空の
護衛を
扇帝くんに丸投げしたことも大正解。と、うなづいた。
やはり、食えないメンツだ。
「いやぁ、師匠に殺されるかなぁ。ちょっと今回は、箔をつけようとがんばったんだけどなぁ。」
あの、心胆を震わせる声と動向をそう弁解のように言ったYuriだが、龍月は、十分理解していた。あれは、あの時は、本気モードだった。秦愛琳が死んでも構わない。という。
事実、龍月が抱きとめなければ秦愛琳は、崖下に落ちていた。JOKERとてそうなのだから、今回この判決は、おそらく海昊さんの指示だ。と、龍月は思った。
海昊さんは、温厚篤実を絵に描いたような人。殺しなど、絶対容認するハズがない。
「……そういえば、Yuriの責任だってゆってましたね。」
秦皇羽の言葉を伝えれば、Yuriは顔面蒼白でのけぞった。
うーわ、ヤバ。と、DiamondのAce。
髪は女の子にとって命だからねぇ。と、JOKERも追い打ち。
でも、皆わかっている。秦皇羽は、非凡で冷然たる人だが、非情ではない。
だから、本人を目の前にしてお前の責任だ。などとは言わない。多分。
「……大きな前進。躍進。“
Agitator 龍月”。爆誕。だね。」
JOKERが笑った。皆が龍月を見た。
Agitator―――大衆を扇動する人。の事だ。
今回の一件で、龍月が描いた絵。JOKERは、絶賛した。
自身では、完璧にはほど遠いが、情報収集と情報操作は上手くいったと思う。
タマやにちかたちに感謝だ。と、龍月は、今回の案件に対する自己評価をした。
「“Qのお茶会”も楽しそうだしねぇ。」
うわっ。知ってるのか。今度は龍月がのけぞりそうになる。
さすが、どこにでもJOKERの目と耳は、ある。
上手に使いこなせたら、強いカードだよ。と、JOKERは、真面目に言った。
男たちじゃできないことも可能になる。と。
「期待してるよ、精鋭、
Ace of Heart。」
茶化された気がしないでもないが、実力を証明していけばいいのだ。と、龍月は、JOKERの言葉に、はい。と、だけ返答した。
「ああ、そうだ。今僕が別件で
潜ってる件。どうやら龍月とニヤミスしそうなんだ。」
ニヤミス……
東京華雅會や
BAD×BLUESの件か。
情報提供します。と、口にすると、助かる。と、JOKERは微笑んだ。
ああ。何だろ。やっぱ凄い人なんだよな。思わず納得させられたそのJOKERのオーラ。振りかぶって、上等。超えてやる。と、龍月は心中で意気込んだ。
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