Qの憂鬱


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渋谷の街は、いつ来てもにぎわっていた。
7月に入り、梅雨明けはまだなものの、前線が南海上に南下した影響で、晴れ―――というか、暑い。人ごみのせいもあるが。
今年の夏は猛暑らしい。

 「ほっんと、暑い!何この暑さ、死ぬ。」

にちかは、語頭にアクセントを付けて、溜息と共に吐いた。
白Tにオレンジメッシュのカーディガンを羽織っていたが、即脱いで、ハンディ―ファンを顔に向けている。

―――依頼よ。

にちかは、LINEを寄越してきた。
龍月たつきから、都内の小さな事件、ウワサなどを調査してほしい。と、言われたらしい。

 「で、何で渋谷なん?」

もう我慢できない。と、“ヒカリエ”に飛び込んだはいいが、にちかは、店を物色し始めた。何で。って、都内だからよ。と、返答。

 「ショッピングしたかっただけ。でしょ。」

隣のしぃちゃんの毒舌も、半ば無視。にちかは、ウインドーショッピングに勤しんでいる。
しぃちゃんは、はぁ。と、溜息をついて通路に設置されたソファーに腰かけた。
館内は冷房がほどよく効いている。にちかもカーディガンをいつの間にか羽織りなおしていた。

午前中から既に30度を超している。35度に迫るかもしれない。と、朝のニュースで言っていた。
渋谷駅でにちかと待ち合わせをし、センター街を往復。文化村通りを往復。数件の店に入り、今。

 「海空みあ。“リーベル”行きたいでしょ。」

にちかは突然そういった。しかも時計を見ながら。
“リーベル”―――果実園リーベル。は、目黒に本店を構えるフルーツパーラー。季節ごとの美味しいフルーツをふんだんに使ったパフェやケーキが有名なお店。
ここ、ヒカリエの6階にある。
スイーツのみではなく食事も充実。丁度昼時。にちかは半ば強制的に6階へ向かった。

 「……前言撤回する。ごめん。」

リーベルで、しぃちゃんはにちかに言った。
にちかは、逆に得意げな顔。称賛しなさい。と、いわんばかりだ。
数十分並んで案内された店内。にちかは席を指定した。

はす向かいには、客―――侍のような格好の男。コスプレ?と、男女のカップル。がいた。

 「で、どう落とし前つける?」

何やら物騒な話をしている。にちかは聞き耳をたてている。
“侍の男”の肩が少し揺れる。笑った。のか?
あきらかに雰囲気が悪い。特に派手なYシャツ、金ネックレスの男。隣の女の子も嘲け笑うかのような口元。

 「琳音りんねは、あんたに無理強いされたってゆってんだよ。」

察するに、琳音という子に何かをした。らしい“侍の男”。を、脅すカップルの図。
にちかは、こっそりスマホで写真を撮っている。

そういえば、センター街でも文化村通りでも、他の店に入った時も撮ってたなぁ。
つまり、闇雲、ましてや、ショッピングしたかったワケではなかったらしい。
それに気づいたしぃちゃんは謝ったのだ。
龍月から具体的な指示があったのかもしれなかった。

とはいえ。
まずは、目の前のストロベリーズコット。食べよ。
うわっ。ワンカット10粒以上あるやん、苺。生クリームもぎゅうぎゅうや。
ホールで欲しいわぁ。
心の声が聞こえたかのように、しぃちゃんが、ホールで頼む?と、訊いた。

 「ちょっと、早く食べて、次いくのよ。」

無慈悲なにちか。
本人はゆっくり食事などをする気はさらさらなかったらしく、高速でスマホに何かを打ち込みながら、にらんできた。

ええっ。ホールやってもそんな時間かからんわ。と、言いたかったが、目の前のズコットを美味しくいただいた。

 「……ああ。じゃ、いいわ。今で。」

ほぼ独り言のように言い、にちかはスマホをこっちに向けた。
はす向かいのお客さんたちは、どうやら帰ったようだ。
にちかに差し出されたスマホを見る。今日撮ったものだ。

 「はい、海空。紫月しづきも。気になった・・・・・人物、教えて。」

いうが早いか、フラッシュカードのようにスマホの画面をスクロールしていく。
気になった人物―――今日観た人物で、実は、数人いた。
根拠はない。だが、時として、人の負の感情というか、ムード、オーラ。が観えることがある。

しぃちゃんにいわせると、危険察知能力。が、異様に高いらしい。
それは、自分に対してではなく他人への危険、事象に対しても働く。

たとえば、文化祭の時の赤Tの男。取り押さえたもうひとりの男。
直感的に不審。危険。と、判るのだ。
そしてそれは、基本的にはずれることはない。

 「あ、この人。さっきこの店にも居た。」

しぃちゃんが、にちかの指を止める。
センター街でとられた写真の男。この店にいたという。
しぃちゃんは、人の顔を覚えるのが得意だ。というか、超認識力、記憶力がすごい。一度しか見たことのない人をよく覚えていて、びっくりさせられる。視野が広く、よく周りをみていて気が付く子だ。

 「このコ。ちょっと嫌なオーラやったなぁ。」

センター街で何か。誰か。を、探すような目つきをしていた男。
にちかは、ふーん。と、うなづいて、さすがね。と、口角を上げた。

 「どうやら、渦中の人・・・・は、東京華雅會とうきょうはなみやびかいのようね。」

にちかの言葉に、しぃちゃんが眉根をひそめた。
東京華雅會―――渋谷を中心とする、東京のチーム。
何人かのメンバーをしっている。そして、そのメンバーの内の一人の妹は、しぃちゃんの友人だ。だからか不穏を感じたのだ。

さっきの“侍の男”も東京華雅會のメンバーだった。と、にちかは言う。
脅しをかけられていたように観えたが、彼なら大丈夫だろう。おそらく、強い。侍のような格好ももしかしたら、稽古帰りかもしれない。

 「龍月は、私たちの介入を極力避けたいから、核心は隠してたけど、甘いわね。」

にちかは、誰に言うともなく口にして、人差し指を横に振る。
やはり、龍月から指示があったようだ。

 「冥旻みらちゃんもゆうとったやんかぁ。あんま、深入りせんとこ。」

逆に足手まといになるのは、ごめんだった。龍月は、飛龍組ひりゅうぐみ、SDSに深くかかわっている。手助けはもちろんしたいし、守られるだけは嫌だが、ジャマだけはしたくない。

 「何言ってんの。私らの能力があれば大丈夫よ。」

にちかはドヤ顔で言った後、でも危険なことはしないわよ。ノーリスク、ハイリターン。と、笑った。しぃちゃんが苦笑する。
大丈夫。ちゃんと理解しわかってる。自分たちがやれることをちゃんとやるのだ。
胸のもやもやはまだなくならない。でも、それも受け入れて、少しずつ前に進む。

 「そうだ、海空。七夕、扇帝みかどさん誘ってみたら?」

うわっ。思わず苺が飛びそうになったわ。もったいない。
にちかの突然の言葉に、かろうじて口元をおさえ、何ゆうてんの。と、返す。
七夕は、金曜の夜。デートに誘って星でも見てこい。という。

 「ストロベリームーン、見れなかったでしょ。稲村ケ崎とか、天の川、見られるかもね。」

しぃちゃんの追い打ち。
稲村ケ崎は、鎌倉市南西部にある岬で、星が良く見える。

何や、ウチが扇帝のこと好きなんわ、公然の事実となっとる。
気恥ずかしさを隠すため、飲物をおかわりしに、ドリンクバーへ向かう。

実は、既に扇帝をさそってみた。
けれど、仕事だ。と、やんわり断られたのだ。彼女とデートか。と訊いて、仕事。といわれては、彼女がいるのかいないのかを訊きそびれた。

とはいえ、いてもいなくても付き合ってはくれないだろう。
というか、付き合いたいわけでもない。そういうの、やっぱりもやもやねんな。

はぁ。と、溜息をついて頭を左右に振る。
あかんあかん、やっぱ、ホール頼も!

 「うわあ!美味しそう!」

席に戻ると、既にしいちゃんが、注文してくれていたストロベリーズコットのホールがテーブルに乗っかっていた。さすが、しぃちゃんや、とりあえず、頂きます!



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