
1 夏のフィールド。 輝いていた。 何もかも。 全てが光を放っていた。 <決まったぁー!!決勝点!ここでホイッスルが空高く鳴り響きました。エースストライカー、 かみじょう たつる 龍条 立。何と中学1年生!MVP間違いなし!!龍条 立、大きくガッツポーズ!> <いやぁ、将来楽しみな選手ですねぇ。> 実況中継。 アナウンサー、解説者の熱のある声。 <本当ですね、既にプロも注目していますし、まだまだ伸びる選手ですよ。> 大きな夢を胸いっぱいに抱いていた。 <将来日本代表のユニフォームを着て、走っている姿が目に浮かびますねぇ。> 永遠に破られぬ夢だと。 いつか、近い将来叶う夢だと。 信じていた。 ――あきらめなさい。これ以上サッカーを続けたら、身体がもたない。 ――何でだよ!ただの気管支炎だろ、熱だってすぐ下がる。 ――病気を甘く見るんじゃない!気管支炎から肺炎にだってなるんだ。 ――何で、たかがそれくらいで、辞めなきゃいけないんだよ!! ――たかがじゃない!父さんの患者が肺炎で何人亡くなったと思ってるんだ!! ――俺は、父さんの患者じゃない! ――立!……チームの監督にはもう、言ってきた。 ――ふざけんな!!何で勝手に決めんだよ!!俺は、俺は。 サッカーがやりてーんだよ――……。 「……る。……立、立。」 りつか 「……あ、俚束。」 夜の港。 使われていない、錆びれた倉庫。 ところどころ破れているレザーのソファーに腰を下ろしたまま、立は腕を尖った顎から下ろした。 「また、遠くを見てる。……何考えてたの?」 すみ りつか 隣の少女――澄 俚束が顔を覗き込んだ。 大きな二重の瞳、少し背伸びをして化粧を施した顔。 ソバージュの赤い髪が、揺れた。 「何でもない。」 立は、その瞳を振り切って、窓の外を眺めた。 横浜の夜景。 宝石を散りばめたような無数の光。 近くに視線を動かす。 宝石に劣らない、明るく光を放つ無数のライト。 地を這うような地鳴り――エンジン音。 「龍条さーん。流しいきましょ。」 外からの声に立ち上がる。 立の手の中で、金属音が鳴った。 外に出ると、港からの夜風が肌にねっとりまとわりついた。 おもむろに手に握っていた鍵を差し込んで、HONDA CB 400 FOURに息を吹き込んだ。 低音の唸り声を発する。 ヨン フォア 「かっくーいすよね、4FOUR。」 ハ マ ゾク ロ ー ド 横浜一大きな族、THE ROAD。 総統、龍条 立、高校1年。 立の単車を先頭に無数のバイクが連なる。 街の全ての音を掻き消すような騒音。 交通量の多い三車線道路の幅いっぱいに広がる。 赤信号。 ブレーキはかけない。 唸る低音で、存在を知らせ、数台の単車が左右の車をシャットアウト。 <止まりなさい。前のバイク、止まりなさい。> 後ろからの赤のランプが回るにも――、 「止まりなさいって、どーしますぅ?」 小バカにした声。 立の隣に並んだ。 「聞こえねーよ。」 一笑に付す。 その合図に、最後尾の数台の単車から鉄パイプが振り落とされた。 急ブレーキをかける音。 「ざまぁねーぜ。俺たちを止められると思ってんのかぁ。」 「ごくろーさん。」 甲高いサイレンたちは、一瞬にして遠ざかっていった。 やがて、町並みが閑静なものへと変わり、潮の香りがようようと強くなった。 国道一号線を抜け、134号線へ出た。 湘南海岸。 ブルース 「BLUES、挨拶させっかぁ。」 誰かが言った。 BLUES――湘南暴走族、THE ROADの支部。 あさわ しなだ 総統、浅我 氏灘、25歳。 いつの間にか。 こんなに大きくなっていた。 この何年かで、何十倍もの単車が立の後ろに連なっていた。 いつの間にか。 こんなに大勢の人が、自分を囲んでいた。 ――龍条さん。 ――立さーん。 ――立さん、流しいきましょ。 上辺だけでも、自分を慕ってくれた。 でも、自分は……? 江ノ島に伸びる橋の手前で、ブレーキをかけた。 後ろは皆、それに倣う。 「BLUESの奴ら、いねーじゃん。」 「流しいったんじゃね。」 後ろからの声。 立は単車を無造作に止めて、海の見える場所へと移動した。 真っ黒な海。 横浜にはない、波の音。 心地良い。 別に、慕われる風格などもっていない。 俺の周りに人がいるのが、不思議なくらいだ。 俺は誰一人にも、自分を話しちゃいないのに。 立は、潮風に包まれながら、空を見上げた。 オールバックにした黒髪から数本の髪をなびかせる。 整った顔立ちは、年齢より大人びて見える。 こんだけ、人がいる中で、誰がどんだけ俺のことをわかっているのか。 ため息をついた。 瞳を閉じる。 「っのやろー!!!」 突然の風上からの怒鳴り声に、顔を上げる。 「てめ、もっかい言ってみやがれ!!」 とひろ 「やめろよ!斗尋!」 すいき とひろ 須粋 斗尋がなにやら叫んでいる。 みなき みやつ それを止める、皆城 造。 ロ ー ド 二人ともTHE ROADのメンバーだ。 「何だ。何だ。」 他のメンバーたちが一斉に興味を示して、浜へ脚を運ばせる。 立も重たい腰を上げた。 「耳遠いんじゃねーの。粋がってんじゃねーよ!!っつったんだよ!!!」 斗尋に負けず劣らず、大声で怒鳴った男。 斗尋にTシャツの胸座をつかまれている。 「ってっめぇー!!!」 迷わず振り落とされた腕。 男も拳を振り上げる。 「っのやろ!!」 「お、楽しそ。俺らもいくか。」 周りがざわめいて、加勢しようとしたところを、やめろ。と、短い言葉で立が制した。 「斗尋とアイツのケンカだ。タイマンでやらせろ。」 無言で、立の言葉に従う。 斗尋と男を囲んで人垣ができた。 数分、殴り合い、蹴り合いは続いた。 砂浜にいくつもの痕跡を残し――、 「お前、強ぇーのな。」 斗尋が浜に横になった。 「お前だって。」 両者、互角。 男も浜に背中をつけて、言った。 「悪い。ムシャクシャしてた。」 夜空を見上げた。 砂だらけになった手で前髪をかきあげる。 二人とも息切れしていた。 「久しぶり、んな、ケンカしたの。すげー気持ちい。」 「俺も。」 やんちゃな、少年の目。 立は、ため息をひとつついて、手を伸ばした。 「いつまでも寝てんな。」 二人に差し出す。 「すいません。THE ROADの総統、龍条 立さん。」 斗尋は立の腕に引かれ、立に敬礼をして、そして、男に立を紹介した。 男も立の腕をつかみ、尖った顎で挨拶をして――、 あおい ひさめ 「……氷雨。滄 氷雨。」 ――滄 氷雨。 変な感じがした。 何だ、この気持ち。 真っ直ぐ、鋭い、蒼い瞳で、こいつが俺を貫く……。 物怖じしない氷雨の瞳。 立を直視する。 思わず、 「来るか。」 立は手を差し伸べていた。 氷雨は無言でその手をとった――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |