9


  「あがって、あがって。」

 残暑が幾分和らいで、秋らしい風がふく頃。
 つづみ  りつか                                    ゆづみ
 矜と俚束は、鎌倉市の二階堂にある夕摘の家におじゃました。

  「まじ、大丈夫だった?」

  「うん。あ、弟の友達きてるけど、気にしないで。」

 一軒家の二階の階段を上りながら、夕摘。
 部屋のドアを開けて――、

  「こら、つづ。友達くるから部屋あけてっていったでしょ。てつも。さ、でてったでてった。」

 中にいた幼い少年を追い払うように、手の甲を振った。
 6畳ほどの部屋。

  「あー、いいのに。弟さん?」

 矜と俚束は、夕摘に招かれて部屋に入り、入れ違いで出て行かせられる少年たちを見る。
 夕摘は、頷いて、

  「こっちが、うちの。で、おとなりさん。2人とも小3。」

 ドアに向かった少年を指し示し、背の低い少年に、挨拶は。と、促す。
   れづき    つづみ
  「澪月 坡です。」

 夕摘に向けて口を尖らせ、自分の名前を言う。
   うどう     てつき
  「得道 轍生です。」

 小学校3年生にしては、大柄な少年が挨拶。
 坡は、ゆづ姉、凶暴だからヤダ。と、ぼやいて、俚束にいらっしゃい。と笑顔を見せた。

  「こんにちは。はい、これ坡たちに。」

 俚束は笑顔で、腰を屈めて紙袋を坡に手渡した。

  「やったケーキだ!!」

 袋を覗いてケーキだと悟った坡は、おもむろに喜んで、口にした。
 夕摘は、目で叱って、

  「いいのに。もう。」

 紙袋を弟から取り上げる。

  「あ、僕んのだぞ!」

  「うるさい。だまれ。」

 夕摘は、子供のように顔をゆがめて、いーだ。と白い歯をみせた。
 矜と俚束が失笑する。

  「矜がどーしてもって。」

  「え?ありがとう。」

 ケーキを高く挙げて、弟をからかいながら夕摘は、矜に向き直って笑顔で礼をいうと――、
                         ・  ・  ・                                   ・  ・
  「夕摘。だまされちゃだめだよ〜姉をおとすには、弟を手懐けようってハラだから。」

 にっ、と口元を緩ませた俚束。
 矜は、あほ。と、軽く睨む。

  「小3だっけ。けっこー年はなれてんだな。」

 既にケーキを頬張っている坡を見て、矜。
 結局、部屋に5人、腰下ろしてケーキを囲んでいる。

  「ん。なんか子供みたいでしょ。だから一緒に歩くのヤなのよねぇ。」

  「若奥さん。なんつって?」

  「そうそう。失礼しちゃうよねぇ。」

  「あら。いただいたの。すみませんねぇ。」

 ノックもなしに、母親が部屋に上がってきた。
 気のよさそうな、肝っ玉母さん風の女性。
 お盆に紅茶が乗っている。
 矜と俚束は頭を下げて、おじゃましてます。と、すまして挨拶。

  「夕摘が男の子連れてくるなんて、初めてだから。拝んどかなきゃ。」

  「……あのね。お母さん。」

  「あら、冗談よ。」

 軽やかに笑う母親に夕摘は、まったく。と、呆れて溜息をついた。
 矜と俚束は微笑んむ。

  「さて。始めようか。」

  「目的を忘れるとこだった。」

 今日は、今月末に控えている就職模擬試験の勉強に、夕摘の家へ集まったのだ。
 高校3年の秋。
 進路に向けて本腰を入れる時期だ。

  「ごめんな。ゆづは進学なのに。」

  「いーえ。2人にも頑張ってもらいたいもん。」

 矜と俚束は就職、夕摘は進学を希望していた。
 坡と轍生に静かにしてなさいよ。と、釘うってから、夕摘は、教科書を広げて――、

  「矜は、何したいんだっけ。」

  「あー、音楽関係?ゆくゆくは、店もちたいなって。」

 胡坐をかいた状態で、長い前髪をかきあげた。
 ちょっとはにかんだように、

  「ギターとか弾いてんだ。で、ライブハウスとか、経営してみたいっつーか。」

 口にする矜。

  「兄ちゃんかっくいー。」

  「まじ?お前、話わかるなぁ。」

 上を見上げて言う坡の頭を撫でて笑顔。
 俚束は、冗談ぽく、ほら、もう手懐けた。と、笑って見せた。

  「こいつさ。ガキの頃から音楽すきでね。よくライブとか一緒いったよねぇ。あたしもさ、何か店もちたいんだよね。」

  「そっか。何か、かっこいいね。」

  「夕摘はよ?」

 話しを振られて、何気に長い髪に手をやる夕摘。
 首を傾げる。

  「まだ、具体的なことはわかんないんだ。でも、進学して見つけたいな。って。だめかな。」

  「ダメなわけねーじゃん。頑張ろうぜ。」

 3人は、拳を合わせた――……。


  「矜……お前には、迷惑かけるな……。」

 真夜中のHighway。
 立は、セリカの助手席で、流れ行く景色を眺めて呟いた。
 セリカの前後は、数知れない単車が取り囲んでいる。

  「何いって……」

 運転席で矜は、言葉を濁す。
 たつる
 立の背中、痛々しい。

  「そうだ、特隊決めろよ。俺は、もう疲れたし。」

 カラ笑い。
 あれから、矜はずっと葛藤していた。
 立に対しての接し方。
 今まで通り。
 でも、それが一番難しくもあって……。
   ひさめ
  「氷雨、やらないかな。」

 ドアに左肘を預け、顔だけ運転席に向く立。
   あおい
  「滄?……大丈夫か?」

 矜は、大げさに眉根をひそめて見せる。
 その表情に立は、大丈夫だろう。と、相好を崩した。

  「ま、アイツのことだ。いつも先頭切ってんよ。」

 矜は苦笑して、運転席の窓を開けて、近くの単車に手を挙げ――、

  「滄、前?」
             ヨンフォア
  「前も前っすよ。400FOUR走りますからねぇ!ちくしょーいいなぁ、立さぁん!!ずっこいですよぉー!」

 セリカの隣にならんだ単車は速度をそろえた。
 運転手の男は、声を張り上げる。
 立は、助手席から顔を覗かせて微笑した。
 前に向き直る。

 何処までも続くテールランプ。
 バックミラーには、無数のヘッドライト。
 唸るエンジン音。
 立は、思った。
 このまま永遠に続けばいい――……。


  「ざーんねん。もう、走っちゃったの?」

 いつも通り、横須賀街道を抜けて、本牧通りを走り山下埠頭へ戻った。
 ヤサの前には、俚束と夕摘の姿。
 ヘッドライトを遮るように手を顔の前にかざしている。

  「何だ、来てたのか。遅せーんだよ。」

 矜は、セリカを安全に停め、ドアを開けた。
 立も無言でそれに倣う。

  「……立。」

 消え入りそうな声の俚束。
 立は、俚束を捉えるが、薄い唇に言葉を閉じ込めたままだ。
 矜はその様子を見つめる。
 あれから、この二人がまともに話しをしているのを見ていない。
 別れた、とウワサする仲間もいるほどだ。

  「立さーん!……あ。」
 こうき
 箜騎が駆け寄ってきて、そして口をつぐんだ。
 気まずい空気を感じたのだろう。

  「何だ?」

 立は、俚束を振り切って箜騎に体を向けた。
 故意に避けるかのように、歩き出す。

  「……。」

 矜は、その様子を垣間見て――、

  「おい、箜騎。滄の奴、どこいったぁ?」

  「それ言おうと思ったんですよー!矜さんも見なかったんですかぁ?立さん、滄の奴、まだ走ってんみたいでぇ。」
  ※ びれん
  「尻連にも聞いたけど、知らねーってよ。箜騎。」
                                        ほずみ
 短髪をかき回すようにして、しゃがみこんだ箜騎のうしろから、保角。
 その言葉に、箜騎はさらに顔をゆがめた。

  「ったぁく、あいつぁー。」

 矜も呆れて、眉目をひそめる。

  「ま、400FOUR音いいから、すぐわかんだろ。帰ってきたらリンチしてやれ。」

 語尾を軽く上げて口元を緩めた矜に、よっしゃー。と、奇声をあげて保角。
 仲間を集めて騒ぎ出した。
 矜は失笑。

  「ねぇね、バイクってそんなに音違うもんなの?」

 夕摘は、矜のシャツの袖を引っ張る。
 ややってから――、
                               ナサート ダブルアール
  「ああ、カスタムしてあるからな。な、立。あれ、NASSERT RRだろ。」

 立は、無言で頷いた。

  「さすがっすよね、そいや、保角の愛車もだろ?」
 ながき
 修が保角の単車、HONDA RVFを指さした。
 カラフルなカラーのレプリカ。

  「あー、でも俺のBasic。RRは高くて手ぇだせませーん。」

 お茶目な保角に、

  「保角のはレース用だしな。」

 矜は大げさに笑って付け加え、終始首をかしげていた夕摘に向き直って――、

  「NASSERT RRとかBasicつーのは、マフラーの名前でさ。」

  「マフラー?」

 素っ頓狂な声を上げる夕摘を予想していたように、

  「このパイプのこと。」

 失笑して、バイクの後ろタイヤの横につきでている筒状のものを指す。
 夕摘は、ふーん。と呟いてうなづいた。

  「これが違うだけで、音質もパワーも違ってくんだ。で、この歯車見たいのが、スプロケっつって、この歯の丁数をかえたり、エンジン自体を改造したりして自分仕様にするってわけ。」

  「へー。何か難しいんだねぇ。」

  「単車好きなら常識だぜ。」

 保角のバイクやいろいろなバイクを見ながら、夕摘は感心したように何度も頷く。
 いろいろな色、形のバイク。
 皆、思い思いにいじって楽しんでいるようだ。

  「夕摘さん、夕摘さん。俺のレース今度見にきてよ!」

 保角は、笑顔の前に右手の親指を上げてウインクをしてみせる。
 夕摘は無邪気な笑顔にもうひとつ頷いた。

  「保角、改造制限超えてね?」

 箜騎は、RVFの側面やうしろに回り込んで、隅々まで見るような格好をしている。

  「超ギリ。」

  「8耐マシンって結構シビアだもんな。」

 箜騎と保角の話は、再び夕摘に矜の袖を引っ張らせた。

  「あ、あー、えっとね。保角、サーキットでバイク走らせてるんだ。で、それ用のバイクが8耐マシンつって、8時間耐久レース用のバイク。で、それ用バイクは改造をしてないと出場できないんだけど、改造の制限が厳しいんだ。なぁ、保角。エンジンは比較的自由なんだろ?」

 夕摘にわかるように噛み砕いて説明してから、保角に声を上げた。

  「んとね。マフラーとかカムシャフト、あとピストン交換はO.K。キャブとかフューエルインジェクションのセッティングも。あと――……」

  「あー、もういいよ。さんきゅう。ゆづの頭混乱してきたから。」

 保角が専門用語を並べるので、見かねて矜がさえぎって――、

  「ようするに、パワーをつけて速くするために改造するんだけど、フレーム、あ。車体の骨格とかはかえられなくて、座るとこのシートとかも元のバイクと全然違う形にすんのは、だめなんだ。だから、決められた中でどれだけ速くするかがポイントってわけ。」

  「ふーん。何だかわかんないけど、すごーい。自分でやっちゃったりするんだ。」

 妙に納得をして、バイクを眺め見る。

  「皆そうだって。俺のも見せようか。こいよ。」

  「うん。」

 バイクに興味をもってくれて、真剣に話しを聞いてくれる夕摘に、矜は嬉しくなって上機嫌で夕摘をつれて自分のバイクの下へ向かった――……。


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※尻連:集団で走る族の一番最後尾の連中のこと