
12 真夜中のHighway。 セリカの前を、ものすごい爆音で走る、HONDA CB400FOUR。 フルスロットル。 セリカのスピードメーターが、150をOVERする。 一瞬で流れる景色。 ひさめ 「こら、俺ぁまだヒト殺したかねぇよ。キレねぇうちに降りな。氷雨。」 たつる セリカの助手席から立。 CB400FOURが失速。 車体の後ろを持ち上げ、ジャックナイフ。 停止。 「大丈夫か。」 ヨンフォア 「親に買ってもらった400FOURが?」 メットをかぶらない氷雨の蒼の瞳が、立をイタズラに射抜いた。 その言葉に立は、失笑して、 「そーゆートコ好きよ。行って。」 つづし 運転席の矜に、セリカを走らせるよう合図。 「ったく、あのバカ。」 「氷雨らしいな。」 さらに爆笑した立に矜は思いっきり呆れて、 「笑ってんなよ立。俺たちはあいつのおもりか?」 ためいきとともに吐き出した。 今春から中学3年の氷雨。 相変わらずの荒れっぷりは、さらに増していた。 あおい 「立さぁ〜ん!滄の奴、本牧のほういっちゃいましたよ〜!!」 こうき 青のYAMAHA TRXがセリカに並び、箜騎があからさまに顔をゆがめた。 矜は、立のうしろから顔をのぞかせ大声を上げる。 「つれて来い!立が呼んでたってつれて来い!!」 その大声に箜騎が頷いた。 TRXがセリカを追い抜く。 矜は前に向き直って、大きく溜息。 セリカをヤサに向かわせた。 みなとみらい21計画が着々と進む横浜。 山下埠頭からの眺めも、1年前のそれとは異なっていた。 急速に発展する港。 ……どこまで自分は見届けられるのか。 立は、かぶりを振った。 「タツル〜!!こいつら、送ってやって。」 おもむろに吹かしたCB400FOURの音が近づいてきて、氷雨の無邪気な笑顔が立の頬を緩ませた。 後ろに乗せた少女2人。 「おめーヒトのゆうこときかねぇーくせに、このヤロウ!」 立は、400FOURに乗ったままの氷雨のヘッドロックをかけるような格好で抱きかかえた。 笑顔の氷雨。 「氷雨の知り合い?」 単車から降りた2人。 「同じ学コなんです。」 ボブヘアの背の低いほうが返答。 立は頷いて、セリカを指し示す。 「どこ落とす?」 「……あ、茅ヶ崎、お願いします。」 再びボブヘアが遠慮がちに頭を下げた。 もうひとりの背の高いほうは、無表情のまま口をつぐんでいる。 セリカは、国道1号線を抜けた。 その周りを取り囲む単車たち。 氷雨は相変わらず単独で、セリカをフルスロットルで追い抜いていった。 「っと、あのガキは。」 矜は心底呆れたようにぼやいて、アクセルペダルに力を入れた――……。 「お久しぶりです。」 その夜。 しなだ 1年半ぶりに氏灘が顔を見せた。 きちんときこなしたスーツ姿。 どこからみても教師だった。 ――教師になりたかったのなら、あきらめるな。氏灘。後悔はするな。 立は、目の前で何度も礼を言って頭を下げる氏灘を見て微笑んだ。 人は、変われる。 立はまた仲間から勇気と元気をもらった。 ……俺もまだまだ頑張れる。 「立。」 りつか 俚束が立の名を呼んで、向こうを指し示した。 CB400FOURのシートに座っている女。 この間の背の高い女のほうだ。 「名前は?」 立は、少女の前に歩み寄った。 氷雨が初めてつれてきた、少女。 なしき 「あ、あさざ。……流蓍 あさざ。」 立は、軽く頷いて、あさざを400FOURからおろす。 向こうで斗尋たちと話している氷雨を垣間見て、微笑んで、再びヤサに戻った――……。 「滄の女?」 俚束はヤサに戻る立の背を見つめて、あさざに向き直る。 あさざは、無言で首を横に振った。 軽く溜息をついて、 「ふーん。やめといたほうがいいよ。アイツは。」 向こうでからから笑っている氷雨を見た。 「流しいこ。」 「ばーか。昼間から何こいてんだよ!」 「それでなくても、俺らマークされてんのによ。」 とひろ 斗尋たちの言葉に、唇を尖らせて、氷雨はCB400FOURに舞い戻り、エンジンをふかした。 最近では、警察の取り締まりが厳しく、なかなか大部隊での走りは難しくなっていた。 「アイツ、危ないことヘーキでやるよ。」 俚束はもう一度溜息をつく。 氷雨は一人で港をでて、風を切りに行った。 ながき 斗尋や修、他の仲間たちもその動向に眉根をひそめた。 「どーすんよ。ついてく?」 「まっさか。まだ死にたかねーよ。」 「パクられんのも、ゴメン。」 氷雨は、車どおりの激しい道路に出ても、ブレーキかける気も全然ない。 赤信号もシカト。 CB400FOURの音が遠ざかっていく。 「ね。いつ死んでもいいよーな瞳、してるもんよ。アイツ。」 俚束はぽつりと呟いて、氷雨の消えたROADを見つめるあさざを見た。 「立さんは?」 「へーキ。今、中にいる。」 「バレんじゃね。音で。」 「ったく、またごまかすの?」 皆は呆れて口々につぶやいた――……。 「え?」 矜と俚束の声が重なった。 ――そろそろ頭、おりようと思うんだ。 病室のベッドの上。 立は、2人を前に、口にした。 皆の目を盗んで、通院している立。 癌の進行を遅らす治療にもずっと耐えて続けている。 自分の体調は、自分が一番良くわかっていた。 「具合、悪いのか?」 矜の憂う言葉に、立は笑顔で首を横に振った。 「氷雨に、やってもらいたいんだ。」 「……。」 矜と俚束は、顔を見合わせた。 「あいつなら、できる。」 一瞬、氷雨の表情が頭を過ぎったが、確信を持ってうなづいた。 アタマ ――次の総統、やらないか。 氷雨に言った言葉。 「流してくらぁ。」 氷雨は振り切ってCB400FOURを走らせた。 しかし、立は自分の意志を曲げるつもりはなかった。 何故だかわからない。 でも、氷雨ならやってくれると信じている。 矜と俚束は、ただ無言で立の意志に頷いた。 しかし、その意志は、あらぬ方向へと――……。 かみじょう 「龍条さんっ!!」 保角がいきせききってヤサに飛び込んできた。 「大変スよ。先輩とかに聞いたんですけどね。同盟とか組んだりして、滄リンチするって……」 「何?」 「ケンモンとか入ったり……どーします?」 立が立ち上がる。 保角の後ろから、修も、斗尋も駆けつけてきた。 開け放たれた扉からワインレッドのKAWASAKI GPZが飛び出していった。 みやつ 造だ。 ハマ 「……とにかく、港の奴らは抑とく。」 感情を押し込めて、静かに言い放った立。 だが、氷雨の安否が気にかかる。 「立!」 続いて矜。 「お前が、滄を頭にするっつったのが、気に食わなかったらしい。かなり、ヤベーぞ。」 「……。」 まだ、正式に皆に公表したわけではなかった。 しかし、どこから流れたのが、ウワサが吹聴されたのか定かではなかったが、それを耳にした一部の仲間が、氷雨を叩こうと殺到した。 それは、すさまじいもので、立が自らを呈しても止められない状態で――、 「氷雨!氷雨!!」 やっとの思いで氷雨を捕まえた。 見るも無残な氷雨。 口さえ満足に開けない状態。 父親の病院に運んで手当てを受けさせた。 「っ……。」 「……気がついたか?」 「タツル……痛っ!」 氷雨は起き上がろうとして、顔をゆがめた。 立は、優しく氷雨をベッドに戻して――、 「アバラ折れてる。あと足の打撲も……動くな。おとなしくしてろ。」 氷雨は大人しく横たわったまま、片目を細めて、辺りを見回した。 「心配すんな、オヤジの病院だ。」 安心させてから、頭を下げる。 「悪かった。……軽率だった。俺が、お前に次の頭やらせるなんていって……。」 もっと配慮をすべきだった。 平素が平素なだけに、氷雨を気に食わない奴がでてくるだろうことは、予想できたはず。 「あいつらに、口出しはさせない。もっと早くそうするべきだった。」 何度も頭を下げる。 立のそんな動向を見て、氷雨は蒼の瞳を突きつけた。 「タツル……なんで、そんなに急ぐんだよ。」 無言の立に氷雨は続けた。 「んで、そんな急いでアタマおりよーとすんだよ。」 見透かす、蒼の瞳。 立の心を射抜く。 「この場所。誰にも教えてねーから。安心して休んどけ。家に連絡もいれといた。」 露骨に話をそらして、背を向けた。 アタマ ――次の総統は、氷雨にやってもらう。文句のある奴は俺に言え。氷雨には手出しさせない!! 立は、集会で大声を張り上げて、皆に公表した。 周りはざわめいたが、立の有無を言わせない表情に、あからさまに反発する奴はいなかった。 それから、まだ完治していないにもかかわらず、病室から姿を消した氷雨は、しばらく港には現れなかった――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |