13


 初夏の風が吹く頃。
 たつる
 立の容態は、悪化していた。
 週に何度も通院しなくてはならない日々。
 仲間には、ウソをつき続け、短期入院も何度か繰り返している。
 治療の効果は望ましいものではなく、副作用も立を悲嘆させたが、立は前向きに立ち向かっていた。
                   あおい
  「まだ、顔みせてませんよ、滄の奴。」
  ロ ー ド                                      ・  ・  ・  ・
 THE ROADの本部、支部も含めた上の奴らたちが、顔を揃えた。
 病院の個室。
 立は、ベッドに横たわったまま頷いた。
                                   かみじょう
  「ま、そのほーが俺らも熱くならなくていいけどよ。……龍条さん。何で、アイツなんですか?」

 独りの男が率直に口にした。
 何人かも頷く。

  「何で、滄じゃなきゃ、ダメなんスか?」

  「内乱は抑えようとしてますけど、滄がきたら、ムリですよ。……本部だけじゃなく、支部だって。」
 つづし
 矜は無言で立を見た。
 何も言わない立に、さらに続ける。

  「まだ15じゃないですかー、立さん!」

 立は、ベッドの横にあるサイドボードを拳で軽く叩いた。
 皆が口をつぐむ。

  「俺は、氷雨以外に頭やらせる気はない。絶対意志は曲げない。」

 そうすることが、一番いいと、立は確信していた。
 新しいTHE ROAD。
 根拠なんてない。
 直感とも言うべく何かが、氷雨の何かが、そうさせる。
 静まり返った個室。

  「お兄ちゃん!」

 突然の衝動に立は、目を疑った。
 ドアが開いて、柔らかい何かが立に体当たりする。
      しぶき
  「……飛沫?」

 周りも驚きを隠せずに、妹なんていたんですか。と、声にだした。

  「あ、ああ……。飛沫。どうしたんだ、急に。」

 皆にそういってから飛沫に向き直った。
 満面の笑みの妹。
 あれから、手紙のやりとりや、電話は頻繁にしていたが、会いに来るなんて一言もいっていなかった。

  「驚いた?」

 飛沫は少しまた大人びた表情で、イタズラに笑った。
 立は、あたりまえだろう。と、目じりを下げる。

  「……あ、立さん。それじゃあ、俺たち……」

 気を利かせた仲間たちに――、

  「ん。さんきゅうな。――抗争だけは、絶対に起こすなよ!!」

 立の言葉に、男たちは深く一礼して病室をでていった。

  「飛沫。本当に、お前……」

 改めて飛沫に向き直る。
 ベッドに腰をかけて足を宙に浮かせて、嬉しそうに微笑む飛沫。
        かいう
  「へへ〜海昊くんと一緒にきたの。」

 そういって、入り口の横でちょこんと立ちすくんでいた少年を指差した。
 小柄で色白の男の子。
 飛沫が手招きをする。
        ひりゅう   かいう
  「あ。……飛龍 海昊ゆいます。よろしゅう。」

 ややってから少年は頭を下げた。
 穏やかな関西弁は、少年の穏和さを表していた。
 きちんとした風格に、しっかりしているという雰囲気を感じさせる。

 小学校5年生の2人。
 ゴールデンウィークを狙って大阪からここ、神奈川まで来てしまったのだという。

  「ありがとう。……嬉しいよ。ごめんな、会いにいけなくて……おっきくなったな。」

 立は涙ぐんで、妹の綺麗な髪を撫でた。
 飛沫は、おもむろに笑って――、

  「やだお兄ちゃん。それ、変だよ。妹にむかって、おっきくなったな。なんて。」

  「ごめんごめん。学コはどうだ?」

  「うん。楽しいよ。海昊くんいるし。」

 飛沫のその言葉に、海昊は頬を染めた。
 立は、優しく微笑む。
 辛くても決して口に出さない妹。
 いつも笑顔の前向きの妹。

 ……俺も、お前を見習うよ。

  「そっか。よかった。親父や母さんに会ったか?」

 首を振る飛沫に、立はベッドから立ち上がった。

  「いいよ、お兄ちゃん寝てて。」

  「大丈夫。今日は気分いいんだ。」

 穏やかな日。
 病室の窓からは爽やかな風と日差しが差し込んでいた。
 両親も飛沫の行動に驚いて、しかし喜んだ。
 それから5人で昼食を共にした――……。


  「ムカツかないんですか。」

 山下埠頭。
 数人の男たちの環。

  「本当なら、矜さんが頭になんのが、筋ってもんでしょ。なのに、特隊も滄で、次の頭もなんて――……」

 不服そうな表情をする数人の男たち。
 矜は、無言で見回して首を振った。

  「立の決めたことだ。俺は、それに従う。」

 缶コーヒーを静かに喉に流し込んだ。
 アイツなら、やってくれるよ。と、付け加えた。
 無言の男たち。

  「それに、俺もそろそろ降りようと思ってるからな。」

  「え?辞めちゃうんすか?」

 周りの驚きに、まだわからない。と、矜。
 そんな空間に、

  「大変ですよ!!」
 こうき
 箜騎が血相を変えて駆け込んできた。
 皆は立ち上がる。

  「滄の奴がっ……」

 後を追ってきた保角の声は、
                                             ひさめ
  「おらぁぁぁ!!!文句ある奴ぁでてこい!!!俺は逃げねぇ!!滄 氷雨は逃げも隠れもしね――!!!」

 氷雨の怒鳴り声にかき消された。
 皆が埠頭の入り口を注目する。
 CB400FOURにまたがった氷雨。
 ここへ顔をだすのは、久しぶりだった。

  「んだと、クソガキ!」

  「あんだけ殺られてまだ懲りねーのか!!」

  「やったろーじゃねーかぁ!!」

 それまで落ち着いていた男たちも、氷雨の一言でヒートアップ。
 一触即発。

  「ばっ、箜騎!止めろっ、立呼んでくる!!」

 矜は急いで、ZELVISの鍵を拾い上げた。
 暖気もせずに一気にエンジンを吹かす。
 病院までノンストップ。

  「立!!」

 病院だということお構いなしに、矜は大声をはりあげ、立を見つけ出すや否や有無を言わせず、ZELVISにムリヤリ乗せる。
 立は、その動向に悟ったらしい。
 静かに頷いて、そして矜に従った――……。


  「……氷雨!!」

 さすがの立も、そのすさまじい光景に一瞬言葉を失った。
 何人もの男たちが山になって、氷雨に襲い掛かっている。
 鉄パイプなど、武器をもっているやつらも多数。

  「のやろー!!」

  「ざけてんじゃねーぞ!!」

 罵倒。
 飛び交う血。
 そんな中で、氷雨は必死に叫んでいた。

  「俺は、逃げね――!!逃げねーぞ――っ!!」

  「やめろ!!……」

 立はその山の中へ駆け出した。

  「てめぇら、やめろやぁぁ――!!!」

 普段は見せないものすごい形相の立。
 体いっぱいで声を張り上げた。
 その低く、凄みのある声に、THE ROADが静止。

  「散れ!!!」

 有無をゆわせない叱責に、ほとんどの単車が港の外へ出て行った。
 そして、氷雨に近づく。

  「……ばかやろう。」

 立は、氷雨の前に膝をついた。

  「何で。お前……。」

 ……何で自分を傷つけるようなこと、すんだよ。

 立は、氷雨を見つめた。
 アバラを固定している氷雨。
 前にリンチされた傷さえも癒えていない。

  「……ねんだよ。」

 氷雨が小さく呟いた。
 立に抱えられた、寝そべった格好。
 浅く、深い、息。
 強かに殴られ、蹴られ、あちこち傷だらけだ。
            しょ
  「アタマなんか、背負いたくねんだよ。」

  「……。」

  「尊敬とか……慕うつーのは……」

 強制させるもんじゃねー。

 氷雨の鋭い瞳が立を貫いた。
 蒼の瞳。

  「楽しいから走ってる。俺は、単車転がしてる。誰のためでもねー。」

 薄い唇を噛んだ。
 途切れ途切れだが、力強い声。
 静まった港に響く。

  「……束縛されなきゃ走れねー族なんて、いらねぇ。外ばっかでかくて、中身がねー族なんて……」

 いらねぇ。

 息遣いあらく、しかし、しっかりした口調で氷雨は言った。

 ……氷雨。

 立は、斗尋と造に氷雨を託して、背を向けた。
 氷雨の瞳、言葉。
 胸に突き刺さった。

 ――外ばっかでかくて、中身がねー族なんて、いらねぇ。

 それからしばらく、また氷雨は姿を消した。
 斗尋と造も学校をさぼり、港に来ない日が多くなり――、
   かみじょう
  「龍条さん。滄の奴、いってました。」

 造と斗尋が久しぶりに港に訪れた。
 ヤサのソファーに腰下ろす。

  「龍条さんが、尊敬されたいから、頭をやってるとは思ってない。けど、仲間内でたかがアタマが誰になる。そんなことで、いざこざなんておかしいって。」

 立は、静かに聴いた。

  「誰からシキって指図して、そんなんでいーのか。って。走るのが好きなんじゃねーのかって。」

  「自然だったら文句はいわない。本当に尊敬して、慕いたくて、それだったら、文句はいわない。けど、そうじゃない。アタマが変わるたびに、そいつのこと気にくわねー奴が、でてくる。それでも、そいつをアタマだって認めなきゃならないのか。って。」

 だったら、一人でもいい。
 気の合う仲間だけでいい。
 そんだけで走ってもいーじゃねーか。
 何で、強制されなきゃなんねんだよ。

 立は目を閉じた。
 氷雨の蒼の瞳が脳裏に浮かんだ。
 立を真っ直ぐ貫く、その蒼の瞳――……。


  「そうかもしれない……」

 病室で立は独り言のように呟いた。
 矜はその傍らで、

  「立?」

 立に向き直る。
 窓から外を眺めて――、

  「同情を求めていた。信頼を……いつも求めていた。そんな俺についてくる奴なんて、いるはずなかったんだ。形だけの族……中身のない……」

 ――外ばっかでかくて、中身がねー族。

 立は、咳き込みだした。
 背中を丸めて顔をゆがめる。

  「立!」

 矜は、優しく背中をさすった。

  「……。」

 最近、咳が止まらないことが多い。
                りつか
 この間も吐血があったと俚束から聞いた。
 あれ以来、決して弱音ははかないが、薬の副作用も相当なものらしかった。

  「しばらく、入院させる。」

 丁は、それだけいって外出は控えるように。と、矜に頭を下げた。
 短期入院ではもう済まされないほど、立の病状は見る間に悪化した。
 さすがに、仲間にも――、

  「え?入院?」

  「ああ。たいしたことじゃない。軽い気管支炎だってさ。」

 仲間はほっと胸を撫で下ろした。

  「あんま心配かけんなよ。胃潰瘍にでもなっちまうぜ、あいつ。」

 心配かけぬようにおおげさに笑った。

 立。
 形だけの族……そうじゃねーよ。
 お前には、こんなに心から心配してくれる仲間がいる。
 滄だって、本当に立のこと慕ってんだよ。
 遠いところに行ってしまわないでくれ、立。

 矜は空を見上げて、立を想った――……。


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