8


 真夜中の大黒埠頭。
 スポーツカー、VIPカー、様々な改造四輪が競い合うように並ぶ。
 唸るエンジン音。
 ビートを刻むサウンド。
 輝くを放つ蛍光色。

  「おい。単車族とはモメんなっつったろ。」

 真っ赤なスープラによりかかった男。
 タバコをアスファストに落とし、もみ消した。
 砂が靴底で擦れる音。

  「……す、すみません。」

 跪く男を見下ろした。

  「あっちはあっち。俺らは俺ら。」

 男のジーンズの足が、上がった。

  「モメんことなんてねぇだろがっ!」

 鈍い音が響いたが、サウンドと光がすぐにかき消した。
                  きらず
  「……申し訳ありません。煌津さんっ……」
      きらず   もどき
 男――煌津 擬。は、立て膝をついて、顎をしゃくった。
       かみじょう
  「今から龍条のトコ行くから来いや。」

  「はい。」

 2人、車に乗り込んだ――……。


 山下埠頭では――、

  「めずらしいじゃねーか。ワケ、聞かせてくれよ。」

  「いえません。」
 たつる    しなだ
 立は、氏灘の返答に溜息をついた。
 さっきから、ずっと黙秘し続けている氏灘。
 暴走族にはむかなそうな、大人しめの顔。
 真摯で優しい瞳を立に向け、唇は、きゅっ、と言葉を閉じ込めている。

  「……今頃、煌津たちが、こっち向かってるよ。氏灘が手ぇ出すなんて、何かよっぽどのワケあんだろ。」

 氏灘はやはり無言で、迷惑をかけたことを謝るだけ。
 立が、もう一度溜息をついたところへ、エンジン音が木霊した。
 来たみたいだ。と、独りごちて、立は立ち上がり氏灘を連れて倉庫から出た。

  「何か用かぁ?」
   ロ ー ド
 THE ROADのメンバーが真っ赤なスープラに鋭い視線を向けたので、

  「いんだ。」

 立が制して――、

  「久しぶりだなぁ、龍条。」

  「ああ。」

 擬は、ニヒルに笑ってゆっくり立の下へ歩み寄った。
 隣の男を半ば強引に引き連れている。
 立の前に、その男を押し出した。
       へつ
  「おら、瞥。」
      ろざか   へつ
 男――露坂 瞥。は、つまづくように立の前に出て、氏灘を見た。
 氏灘はやはり真一文字の口を開こうとはしない。

  「……あいつが、俺の胸座いきなしつかんできたんスよ。」

 口を尖らせ、些かふてくされたように口にした瞥。
 立は、2人を交互に見て、

  「……氏灘。お前も何か言わなきゃわからない。……正しいのか?」

 諭すように言うと、氏灘はようやく頷いた。
 しかし、それきり無言だ。
                           ブルース
  「どーしてもいいたかねぇみてーだなぁ。BLUESの総統さんよぅ。おら、瞥。てめぇ何か覚えねーのか。」

 擬に頭を叩かれて、瞥は――、

  「知らねーすよ。」

  「……知らないだと?」

 氏灘の低い声が響いた。
 鋭く睨む、瞳。
 両拳に力が入った。

  「……氏灘?」

 氏灘は、両拳を震わせて、唇をかみ締めた。
 そしてゆっくり口を開く。

  「……やっと見つけた。お前をやっと探し出したのに。お前の記憶からは、あのことは削除されているのか?」

 地を這うような、今にも殴りかかっていそうな勢いの言い方に、瞥はたじろった。
 一歩さがる。

  「氏灘。わかるように説明できないのか?」

  「人権を侵害することになるからです。」

 擬は、立と氏灘のやりとりに、面倒くさそうに金髪の長い髪をかきあげた。

  「難しいことゆーね。……瞥、思い出せや。」

  「……。」

 少しの沈黙。
                                ゆ か な
  「……今から9年前。……お前は、15。……妹、雪花菜も!!」

  「……ゆ、かな?」

 瞥が首をかしげ、眉根をひそめて瞳を左右に動かした。

  「まだ思い出せないのか!!」

  「氏灘!!」

 立は、瞥の胸座をつかんだ氏灘を制した。
 一触即発。
 瞥は、つかまれた状態で、思い出した。と、ゆっくりつぶやいた。
           あさわ   ゆ か な
  「雪花菜……浅我 雪花菜。」

 氏灘は腕を緩めた。
 深呼吸をして、自分を落ち着かせ――、

  「お前のせいであいつは、苦しんだ。辛い思いをたくさんしたんだ!!……雪花菜は……お前の子供は、今9歳になろうとしてる!!」

  「俺の……子供?」

 氏灘の腕から解放された瞥は、その場にへなへなと座り込んだ。
 氏灘はやりきれない思いを一気にぶつける。

 浅我 雪花菜――氏灘の妹。は、中学のとき付き合っていた瞥との間に子供を宿し、中学を中退した。
 瞥は所在不明。
 両親に反対され、中学を中退してまで、雪花菜は子供を生んだ。
                                       つがい
  「あいつは、お前を愛しているからといった……そして独りで津蓋を育てた。今も!!」

  「知らなかった……俺……」

 瞥は、肩を震わせて、力なくうなだれた。
 立と擬は顔を見合わせる。
 お互い溜息をついて――、

  「ちょっと時間をくれ。」

 擬は、氏灘の肩を叩いて、立に頭を下げ、うなだれる瞥をひきずるように連れて行った――……。

  「……氏灘。」

  「……ずっと。ずっと復讐してやろうと考えてました。16だった俺は、あいつを探した。……親は雪花菜の出産には、猛反対で……でも、俺は……」

 氏灘はその場に腰下ろして、半ば独り言をいうように胸のうちを告白した。
 立は、だまって聞いていた。
                                     ヒト
  「あいつは、絶対に生みたいといいはって……俺も……人間を殺せなんて、言えなかった。腹の中の命は……たとえどんな境遇だろうと……生きてるんですよ。」

  「うん。」

 立は、空を仰いだ。
 尊い一つの命を想った。

  「あいつを探すのに、躍起になって。両親に反発して妹を……守るなんてえらそーなこといえないですけど……俺の中では精一杯……でも後を振り返ったらここにいました。」

  「……」

  「父親には、交換条件みたく政略結婚を促され、……教師になりたかった夢も……」

 立は、氏灘の肩を優しく叩いた。

  「後悔は、人生最悪の報い。」

  「……後悔は、人生最悪の報い?」

 氏灘が顔を上げた。
 行きかう汽船のぼんやりしたオレンジ色の光が、時折2人を照らす。
            センセイ
  「うん。尊敬する医者の受け売り。」

 立は、笑顔で――、

  「教師になりたかったのなら、あきらめるな。氏灘。後悔はするな。」

 氏灘は真摯な瞳の立を見た。
 そして、優しく笑って、ありがとうございます。と、礼をいった。

 それからしばらくして、氏灘はBLUESを辞めた。
 瞥が更生したときいたのは、その少し後のことだった――……。


  「つっづし〜!最近、元気ないんじゃん?」
      りつか
  「……俚束。」

 矜は、港の海を独りで眺めながら、呼ばれた声に振り返る。
 俚束が隣に座った。

  「なーにシケたツラしてんのよ。」

 頬に缶コーヒーを押し当てる。
 ひんやりした。
 夏も終わりに近づいていたが、まだまだ残暑が厳しい。
 湿気を含んだ風がまとわりついてくる。

  「いや。……ありがと。」

 あれから、矜はずっと考えていた。
 立を支えたい。
 でも自分には、何ができるのか。
 そして、立の彼女、俚束を見るのも正直辛かった。
                               マブ
  「いいこと教えてあげよっか!もうすぐねぇ〜超美人がくるよん。」

  「え?マジで?」

  「へっへ〜乗ったなぁ。だめだよん。あたしの大事な親友だから!」

 満面のイタズラな笑みの俚束に、

  「ゆっといてそりゃねーよ。」

 大げさにうなだれて見せる。
 俚束はからからとおなかを抱えて笑った。

  「あ、俚束!」

 向こうからの声に――、

  「来た来た。こっちこっち!」

 大きく手を振る。
 真っ白なセーラー服をなびかせて、夕日を背にかけてきた少女。
   れづき    ゆづみ
  「澪月 夕摘ちゃん。」

 よろしく。と、少しはにかんで、夕摘は矜に頭を下げた。
 柔らかな髪をかきあげる。
 優しい笑顔。
      とくさ         つづし
  「……木賊……矜、です。」

 その笑顔は、一瞬で矜の心を奪った。
 矜は、夕摘の一挙一動から目を離せずに、ゆっくりと自分の名前を言った。
 俚束は、何でもお見通し。と、いうような顔つきをして、矜を肘でつつく。

  「あ、何か飲む?夕摘。」

  「うん。ありがとう。」

 俚束はその場から駆け出した。

  「……学校からそのまま来たんだ?」

  「うん。そう。夜までいたら補導されちゃうね。」

 両手を腰につけて、スレンダーな体つきを嫌味なく突き出した。
 小さな舌をだして、笑った。
 矜は心が穏やかになるのを感じ、微笑んだ。

  「あー、矜さん。何ツーショット決め込んでんですかぁ?」

  「ばっ、ばか!」

  「あ、矜さん顔真っ赤ですよぉ〜!」

 けたけたとイタズラな笑みを浮かべた数人が、矜たちの前にやってきて、それぞれ自己紹介をし始めた。
 夕摘も笑顔で皆に名前を伝えている。
          あおい
  「……そいや滄は?」

 ぐるりと港を見渡す。
 夕日は落ちて薄暗くなってきた。

  「走りっすよ。走り。」
 ほずみ
 保角が呆れた溜息をついて道路を後ろ手で指す。
 矜は、またか。と、おもむろに溜息。
 立からCB400FOURを譲り受けた氷雨は、それこそ毎日走りにでている。
 しかも最近では、ますます単独行動が目立ってきていた。

  「そーいや、矜さん。セリカ。どーしたんすかぁ?」
 ながき
 修が、単車に埋もれた一台の車を指差した。
 BLACKのセリカ。
 立の父親から、手渡された鍵。

  「あ、あー。ほ、ほら立が単車、氷雨に譲ったからよ。つなぎ?ってやつ。」

 うろたえる声を抑える。
 頭をヤサに残すわけいかねーだろ。と、苦笑い。

  「ね、今日走るの?」

 夕摘が矜の腕を引っ張って――、

  「私も連れて行ってよ。」

  「え。……あ、うん。」

 夕摘と矜のやりとりに、飲み物をもって戻ってきた俚束が失笑した。

  「くっ……夕摘よねぇ。びっくりしたでしょ。このギャップ。」

 夕摘の肩を抱いて――、

  「お嬢様っぽく見えるけど、実は超不良よ。あたしなんかよりずっーと。」

  「あ、そういうことゆう?」

 人懐こい笑みを漏らす夕摘に、皆も親しみを覚え、すぐに仲良くなった。
 それから、たびたび夕摘は、THE ROADに顔を出すようになった――……。


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