
10 つづし ゆづみ 矜と夕摘が皆の側を二人で離れると――、 「お。ひょっとしてできあがり〜?こっちはどーなって……痛っ。」 ながき こうき 修の発言に箜騎が無言で、修の足を踏んだ。 たつる りつか 修の視線は、矜と夕摘を追った後、立と俚束を向いていた。 あきらかにからかえる雰囲気ではない。 「……。」 修が口をつぐむと、 「立さんって、俚束さんのことマジでどー思ってんだろ。」 2人はすぐ目の前にいるというのに、箜騎は無表情で口にした。 とひろ 近くで聞いていた斗尋が、あわてて聞こえるぞ。と、釘をさしたが、本人は、いいよ。と吐きすてた。 かみじょう 「……めずらしいじゃん。箜騎が龍条さんの悪口なんて。」 ほずみ 聞こえたってかまわない。そんな箜騎の態度にトーンを落として、保角。 「別に。」 箜騎は港を背に無言で立ち尽くしている2人を一瞥した。 時折、船が汽笛をならして行き交う。 オレンジ色の明かりが、何度も立と俚束を照らしては、離れ、また照らす。 「……俚束。」 先に口を開いたのは、立だ。 真っ直ぐ俚束を見た。 「別れよう。」 その瞬間。 先ほどまでの船の明かりが2人を故意に避けるように、辺りを暗くした。 静寂。 「っ……」 「こっ、箜騎!」 それを破ったのは、保角の声。 突然駆け出した箜騎を止めようとしたが、箜騎は、疾風の如く――、 「何でだよ!!」 無造作に立の胸座をつかんだ。 「……。」 それは、皆にとって珍しい光景だった。 ずっと立に敬意を示していた箜騎だったし、そうでなくても平素が穏和な性格だったから――、 「……どうして?」 俚束がかろうじで蚊の鳴くような声をあげた。 立は、胸座を預けたまま無言。 「立さん!何でだよ!何で別れなきゃなんないんだよ!」 箜騎は右手にさらに力を入れた。 「……箜騎!!やめろ、何やってるんだ!!」 騒ぎをききつけて、矜が慌てて立と箜騎の間に分けいった。 取り乱す箜騎の腕を立から引き離す。 「箜騎。」 なおもくってかかろうとする箜騎に、今度は造が、箜騎の腕をとった。 静かに首を振った。 「っ……。」 箜騎は腕をおろして、唇を噛んだ。 「別れよう、俺たち。」 立は、静かに続けた。 しかし、はっきりとした口調。 周りは相変わらず静まり返っている。 誰も口を開く者はいない。 「……どうして……立はいつも遠い目をする。いつも……」 「俚束。」 夕摘が今にも泣き崩れそうな俚束を優しく抱きしめた。 「箜騎っ!!」 その場から、箜騎は逃げるように駆け出した。 保角、、修、斗尋、そして造が追う。 「……箜騎。もしかして……もしかしなくても、俚束さんのこと、好きなのか?」 「……。」 後ろ向きのまま、立ち止まる箜騎。 造はゆっくり近寄って――、 「……箜騎。酷なこというようだけど、立さんたち2人の問題なんだ。」 「造……知って……」 保角が造を見た。 「わかってる。……わかってるよ。」 箜騎はその場にしゃがみこんで頭を抱える。 まるで、子供のように――、 「好きなんだよ。ずっと見てきた。立さんと俚束さん、2人。……別れてほしくない。」 保角たちは、無言のままその背を見つめた。 ここずっと、2人の関係を憂いでいた。 「……立さん。何か悩んでいるような気がする。」 造は遠くの立を垣間見た――……。 立の周りにいた仲間たちは、蜘蛛の子を散らしたように散らばり、気遣いながらも雑多な話しをしている。 しゃがみこんだままの俚束と支える夕摘。 俚束を見つめたまま立ち尽くす立。 そしてその間に矜。 誰も口を開かない。 そこだけが異空間のようだった。 「……。」 立は、しゃがみ伏す俚束から目を離した。 そのまま背を向ける。 ……これが、一番いい方法だと思った。 ヤサのドアを力なく開き、ソファーに腰下ろした。 額を覆う両手。 港の光景を頭から追いやる。 俚束の見つめる瞳。 小刻みに震える肩。 ……一緒にいるのが、辛い。 沈黙の中で、言葉にできない思いを心の中で呟いた。 あれから、病院のベッドで過ごす日々を拒んだ立だったが、自分でもまだ整理がつかずに葛藤していた。 皆と一緒にいたい。 しかし、皆と時を重ねる度、何とも言いようのない気持ちがこみ上げてくる。 それは、恐怖に近い感情。 夜がとても怖い。 ……何故、死ななければならないんだ。 やりなおしたいのに。 もう一度。 何で俺だけ、こんな目に合わなければならないんだ。 報いだと自分でいいきかせながら、心は反発する毎日。 ……生きたい。 生きたい。 生きたい。 生きたい。 立は、唇をかみ締めた。 鉄の味がする。 生きている、味。 諦めきれない。 密かに部屋の片隅に隠してあった空気の抜けたサッカーボール。 何度も抱きしめていた。 きつく。 きつく。 俺は、俺は、生きたいんだっ!! 何度も、何度も、何度も心の中で叫びつづけた――……。 「てっめぇ!ナメた口きいてんじゃねーぞ!」 夜の港に響く、鈍い音。 「ってぇな!!」 「っのヤロ!」 「やめろ!お前ら!!」 造が騒ぎを聞きつけて、そして、声を張り上げた。 ひさめ コンクリートに横たわっている氷雨。 そして、その上に馬乗りになり、腕を振りかぶる箜騎。 斗尋たちも何事かと集まってきた。 箜騎は、氷雨の顔のすぐ横に唾を吐きすて――、 「自分勝手な行動とんのもいーかげんにしろ!」 テメェ 「俺のゆーこときけってか?」 鼻で嘲るような口調の氷雨に、箜騎の眼光が鋭く尖った。 感情のままに腕を振り上げる。 「のやろ!!」 「やめろっていってるだろ!」 造が再び箜騎の腕をとった。 箜騎は、普段では決して見せない冷淡な瞳で造を睨みつける。 「んだよ、造。こいつの味方すんのかよ。」 「味方とか敵とかそういうんじゃない。仲間内でケンカなんてよせよ。」 造の冷静な言葉に、さらに箜騎の瞳は冷たく尖った。 「仲間?こんな単独ヤロー、俺は仲間だなんて思ってねー!」 「箜騎!」 吐き捨てて、踵を返す箜騎を、斗尋たちは後ろ髪を引かれる思いで追う。 造はその姿を垣間見て、そして氷雨に向き直った。 「大丈夫か。」 手を差し出す。 「いーのかよ。ダチだろ。」 氷雨が尖った顎で箜騎を指し示すと、 あおい 「滄も仲間だから。」 造は氷雨を引き起こしてにっこり笑う。 氷雨は、コンクリートに腰をおろしたまま、造を見上げた。 「……箜騎、最近苛ついててさ。……本音じゃないから。」 愁い帯びた顔つきで無造作に前髪をかきあげ、氷雨と目線を同じくした。 立てひざをついた格好の氷雨。 「立と俚束のこと?」 殴られた口元を手で触れながら、造を見た。 全てを見透かすような蒼の瞳。 「……知ってたのか。……ん。たぶん、な。」 氷雨は立ち上がった。 その場に赤黒い血を吐き捨てて――、 「殴られんのは、慣れてんからな。」 後ろ手を振ってその場を離れた。 「……。」 その後姿を造はずっと見ていた――……。 ハマ 「矜さん!箜騎の奴、フルスロットルで港でていっちゃいましたよ!!」 古びたドアが壊れるほど軋んだ。 息せききった保角。 矜は、おもむろに立ち上がって――、 「止めてこい!」 「はい!」 矜はソファーに腰下ろす。 両手を額につけて、 「滄じゃねんだから、よしてくれよ。」 大きな溜息。 立が俚束に別れを告げてから、あからさまに箜騎は荒れていた。 普段は大人しく、冷静な判断ができ、周りからも信頼の厚い箜騎。 「……荒れてるみたいだね、箜騎くん。」 空いていたドアから静かに姿を現したのは、夕摘。 ボーイッシュなパンツルック。 顔を上げた矜の前にゆっくりと歩み寄った。 「……やっぱり、俚束これないって。」 矜は軽く頷いた。 夕摘は、矜の前に立ったまま――、 「立くんは?」 矜の肩が微かに怒った。 用事があるみたいだ。と、かろうじで伝える。 瞳は、夕摘から反らす。 「ふーん。立くんも元気ないよね。」 何かを勘ぐるような口調の夕摘。 無言の矜に思いっきり振りかぶって――、 「おかしいよ。2人、あんなに好き合ってるのに!どうしてわかれなきゃいけないの?」 夕摘は、一気に吐いた。 「……ゆづ。」 「ごまかしたってダメ!立くんは俚束のこと想ってる。でも、進めない。どうしてなの?」 夕摘の核心を得た言葉が、胸に突き刺さる。 生唾を飲み込んで、夕摘を見つめた。 夕摘は続けた。 「矜は知ってる。知ってて黙ってる。辛いよ、そういうの。生殺しで、訳もわからないまま……きらいっていわれたほうが、よっぽどいい!」 思わず、矜は夕摘を胸に引き込んだ。 「……矜。」 「お願いだ。立を責めないでくれ。……立を……」 腕に力を込める。 余分な脂肪など、一切ついていない夕摘の体。 言葉にできない思いを表現するかのように――、 「矜さん。あ……、失礼しました!」 開いていたドアからの隙間。 斗尋は、踵をかえす。 「あ、ごめっ……斗尋!」 矜は夕摘に謝ってから、斗尋を追って外へ出た。 「えっと、誤解だからな!えっ……と、で?」 頬を真っ赤に染めて矜は、照れ隠しに頭に載せた丸グラサンに何度も手をかける。 斗尋は、箜騎が見つかったことを告げてから、口元を緩めて――、 「すいませんねぇ。ジャマしちゃってぇ。」 「ばっ、斗尋!そんなんじゃっ……」 慌ててから、 「箜騎のこと、頼むな。……ムチャしないよーにさ。」 咳払いをした。 斗尋は、マジメに、はい。と、頷いた――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |