
14 「りんご食べる?」 穏やかな光が差し込む病室。 りつか たつる 俚束は果物ナイフを片手に、立を見た。 立は軽く頷いた。 「……俚束。」 手を止めず、りんごに注視しながら、立の言葉に返事をした俚束に――、 「約束……してくれないか?」 「何を?」 俚束は、立に笑顔を向けた。 「幸せになってくれ。」 「……。」 俚束の手からりんごが滑り落ちた。 良く清掃の行き届いている床を転がる、剥きかけの真っ赤なりんご。 その行く手を見ることなく、俚束の眉間に皺がよる。 果物ナイフを置く手が震えた。 「どうして……?そんな言葉……欲しくない。」 「俚束。」 立は、俚束の腕をつかむ。 体を起こして抱き寄せた。 「いつまでも、俺の面影ひきずって生きていくのはよしてくれ。」 ――俺が死んでも、ずっと独りでいるなんて、そんなのはよしてくれ。 「……立。」 「お願いだ。俺は、俺のでき得るかぎりお前を幸せにする。だから俚束も。幸せに……一生幸せでいてくれ。」 俚束も立の背を抱いた。 「……立は、それで幸せ?」 「ああ。幸せだよ。」 俚束は立の肩で軽く頷いた。 わかった。 2人は、唇を交わした。 何度も。 何度も――……。 「タツルっ!!」 騒々しい物音と、大声が静寂を破った。 程なくして病室のドアが乱暴に開かれる。 ひさめ 「……氷雨。」 姿を現したのは、真っ赤な顔をした氷雨。 肩で息をしている。 「……タツル……?」 窓辺に立っていた立を見て、少し拍子抜けたような表情。 みやつ とひろ 後からやってきた造と斗尋も――、 かみじょう 「龍条さん。……入院したっ……て。」 「あー、たいしたコトじゃねーよ。」 立は、白いTシャツから伸びた腕で頭をかいて、薄い唇を緩めて、笑った。 自分の為に駆けつけてくれた仲間。 「んな、大ゲサになってたのか。悪い。」 わざわざ来てくれてありがとう。立は、優しく笑った。 心配してソンしたじゃねーか。 氷雨は、唇を尖らせた。 着の身着のままに来た様子が伺えた。 フルスロットルでCB400FOURを走らせてきたのだろう。 俚束も、そんな氷雨たちに微笑んで、密かに涙をぬぐった。 「じゃあ、またね。ちゃんと風邪治すんだぞ!」 立の肩を叩いく。 氷雨たちは、病室を後にする俚束に頭を下げた。 ややってから、造が口火をきった。 「俺たち……話し合ったんです。」 あおい 「で、龍条さんに通しておこうって。な、滄。」 斗尋が氷雨に話しを振る。 氷雨は、頷いて――、 ロ ー ド 「THE ROADはバラす。」 毅然とした氷雨の表情。 立を見据えた。 立も氷雨を見た。 「最初は俺、逃げることしか考えてなかった。自分さえよけりゃいーって思ってた。タツルや造、斗尋……皆にかっこいーことゆったけど。今のうっぷんを紛らわすため、全てこじ付けだった。」 ――純粋な気持ちで単車を愛してたんじゃなかったんだ。 氷雨の瞳。 何かが吹っ切れたような、そんな蒼の瞳だった。 「でも。それを全て否定してくれた奴がいた。4つも年下で、自分が恥ずかしくなるほど、そいつ、人間ができてた。」 氷雨は、大きく息を吸って――、 「好きなモン同士走らせる。THE ROADをバラす。」 始終、口をはさむことなく耳を傾けていた立は、そうか。と、軽く頷いた。 「氷雨の思うとおりやればいい。」 立は、真っ白なベッドに腰を下ろした。 手を膝の上で組む。 「俺は、お前のゆうことに反対はしない。」 突如、心痛が立を襲った。 少し顔をゆがめる。 「……。」 「俺は――いつまでも見守っててやる――……。」 乾いた咳がひとつ。 また、ひとつ。 胸を押さえて、激しく咳き込みだした。 短くて、強い咳。 止められない。 「タツル!」 ベッドに横たわって、腰をくの字に曲げる。 口元と胸を押さえる。 「龍条さん!!」 氷雨が背に触れ――、 「大丈夫……ちょっと、風邪で、さぁ。」 ムリヤリ声を出す。 苦し紛れの言い訳。 「タツル……。」 咳は止まらない。 「……。」 氷雨たちが自分を注視している。 口元を押さえる手。 温かい、滑り気のある感触を感じた。 咳とともに吐き出される真っ赤な血。 「タツル!!」 「さわぐな!大丈夫だから……背中、さすってくれ。」 氷雨の震える手が再び、立の背に回った。 呼吸を整えて――、 「お前には、言おうと思ってた、ずっと。」 立は、咳が落ち着いた後、吐血をタオルで吹きながら、氷雨を見た。 「氷雨、俺――……」 氷雨は、立がいいかけると、おもむろに耳をふさいだ。 目もきつく閉じた。 「……。」 立は、その腕を取った。 「俺、もう、長くない。」 氷雨を始め、造、斗尋の表情が変わった。 立は、続ける。 「前から解ってた。ハタチまで生きられればいいほうだって、ゆわれてた。」 身動きひとつしない氷雨。 時が止まったように、立を見つめる。 呆然と立ち尽くす造と斗尋。 「氷雨、聞いてくれ。俺はお前に会えて――……」 「何でだよ!医者だろ!!お前のオヤジ、医者なんだろ!!なんで、なんでっ!!」 病院中に響く、声。 氷雨は立に子供のように泣きついた。 「今の医学じゃ、治せない。」 ――お前と会った2年、一番、最高楽しかった。 お前は、俺に勇気を与えてくれた。 生きる強さを教えてくれた。 お前がいなかったら……お前に会えてなかったら、俺は、変われなかった。 「俺の分まで生きてくれ。お前らしく、さ。400FOUR大事にしろよ。」 「タツル……タツル……。」 しゃくりあげて泣き崩れる氷雨。 立は、笑顔でその背をたたいた。 「しっかりしろ、氷雨。世の中、どうしようもねーことも、ある。でも――……。」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「どうすることもできることも、ある。」 立は大きく頷いた。 ……それを、お前は俺に教えてくれたんだよ。 だから、俺はまだ生きていられる。 「俺は、精一杯生きるよ。自分の寿命がつきるまで。」 残された命をさ。 立は、もう一度、にっこり笑って見せた――……。 「立さん、本当へーキなんすか?」 いつもの山下埠頭。 いつもの仲間。 しかし、立の姿はない。 「ん。もうすぐ退院できるらしーよ。」 矜は極めて普通に口にした。 氷雨たちの計画を立から聞いて、矜は賛同した。 それがきっと一番いいことなんだろうと。 ゆづみ 「そーいえば、最近夕摘さん、きませんね。」 「ああ。忙しいんだろ。」 「さみしーでしょ。」 ながき 修の茶化した声色に矜は、噴き出した。 「告白しないんですかぁ?」 「ばっ、何いって……」 皆が一斉に笑った。 バックれてもダメですよ〜。と、真っ赤になる矜をからかう。 皆に煽られ、さらに赤面して、 「いんだよ。幸せを見守るのもいいポジションだと思うよ。」 咳払いをひとつ。 マジメに呟いた。 短大に進学した夕摘。 新しい仲間もたくさんできたのだろう。 人は変わっていく。 季節が変わるように。 こうき 「なーんか、箜騎みたいなことゆー。」 「なっ……」 今度は箜騎が頬を染めた。 矜は箜騎に矛先が向いて、ほっ、と胸をなでおろしてはみたが、一抹の不安はずっとぬぐえない。 ……立、早く俺たちの元へ戻ってきてくれ。 このまま、遠いところになんて……行かないでくれ。 矜は大空を見上げた――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |