
15 夏も真っ盛りの、7月31日。 たつる 立は、危篤状態になった。 朝から心痛が呼吸を妨げ、何度も吐血をした。 病院内が慌しく動き回り――、 「立ちゃん、立ちゃん!!」 なみか しぶき 波風は取り乱し、大阪の飛沫にも連絡をいれてしまった。 つづし ゆづみ 矜と夕摘も駆けつけた。 他の仲間には言えない。 「立っ、立……」 りつか 俚束は手術中の赤いランプが灯る扉の前に泣き崩れた。 夕摘が優しく支える。 「しっかりして。こういうときだから、しっかりするの、俚束!」 俚束を抱きかかえるようにして、椅子に座らせ――、 「立くんも頑張ってるの!俚束がそんなんでどーするの!」 矜も唇をかみ締めた。 溢れそうになる涙を必死でこらえた。 ……諦めない。俺たちが諦めてどーするんだ。 心で呟いた。 ……立。 何時間経っただろうか。 赤のランプが消えた。 矜は立ち上がった。 扉の向こうから、ゆっくりと担架が運ばれてきた。 「立!……」 俚束が立の手を握った。 優しい瞳は、少し垂れていて閉じているが、安らかに呼吸をしている。 酸素マスクのガラスが曇る。 矜は胸を撫で下ろした。 そして、夕摘と目を合わせ、その場を去った――……。 「立……」 俚束は、担架に寄り添い病室まで向かった。 波風がその肩に優しく触れて――、 「ありがとうね。俚束ちゃん。」 「おばさん……」 静かな時が流れる立の病室。 点滴や酸素マスク。 いろいろな管につながれた立の姿。 「ママっ!!」 甲高い少女の声が駆け込んできた。 飛沫だ。 真っ赤な目をして――、 「飛沫……ごめんね。取り乱して、あなたに電話なんて……」 「お兄ちゃんは?」 飛沫は勢い良く髪を振って、立の側に駆け寄る。 大丈夫よ。との波風の言葉に、飛沫は立の手を握って――、 「温かい。大丈夫だよね。」 かいう その傍らで飛沫をつれてきてくれた海昊と、大人の男性が立っていた。 波風は一礼をする。 飛沫は立の側にずっと寄り添っている。 ややってから、俚束に頭を下げた。 俚束も倣う。 昼過ぎの太陽はさんさんと降り注いで、暑い日差し。 真っ青な空に入道雲がたくさん浮かんでいた。 「……しぶ……き?」 立の瞳が薄く開いた。 酸素マスクからかろうじて聞こえる立の声。 「お兄ちゃん?私よ、飛沫。ここにいる。」 飛沫が手を握ると、力なく握り返した。 波風も俚束もベッドに近寄った。 立はゆっくりと瞳を動かして、口元を緩めた。 俚束を見つめる。 俚束も見つめ返した。 「……しぶき……」 立が、何かを言いかけたとき。 病室のドアがゆっくりと開いた。 よぼる 私服姿の丁。 丁は、皆に頭を下げて、そして立の酸素マスクを優しくはずした。 立に頷く。 立も目を細めて――、 「今まで、ごめんな。……兄貴らしいことしてやれなくて……」 「何言ってんの?……何、言ってんのねぇ、お兄ちゃん!」 俚束が口元を押さえた。 波風がたまらず背を向ける。 「でもずっと……思ってたから……俺、不幸せなんかじゃ……なかったよ……」 ――すげえ、いい仲間もいるし。 立は、笑った。 まぶたの裏、焼きついている。 大切な仲間たちの笑顔。 「飛沫にも今日、会えたし……父さん、母さん。」 波風が瞳にたまった涙を抑えられずに何度もぬぐった。 丁が腰を屈める。 「ありがとう。……たくさん、たくさん。迷惑かけたね。……ごめんなさい。」 「立……こっちこそ、悪かった。お前たちを離れ離れにしてしまって。」 ――お前たちが私たちの子供でよかった。 丁は、波風の肩を抱いた。 波風は丁に顔をうずめる。 「っ……いやだ!!ちょっとパパ、ママ。何で?何で?何いってんのよぉ――!!」 小さな体で精一杯大声を出して、両親に体当たりするかのように思いをぶつける飛沫。 俚束は立と目を合わせ、立が手を差し伸べたのでその手に触れた。 ――愛してる。 俚束は何度も頷いた。 立は、優しく笑って――、 「飛沫。泣くな。……お前には、強く、優しく生きて欲しい。」 今までのように。 ……飛沫。 「……いやっ、いやよ!お兄ちゃん!!」 飛沫は、俚束とベッドを挟んで反対側で泣き崩れた。 その頭を立は撫でた。 飛沫は大粒の涙を流しながら顔を上げる。 「幸せだよ。俺。」 皆を眺め見て――、 「海昊くん。……飛沫をたのむよ。」 「……え。立さん?」 離れた一角で立ち尽くしていた海昊が、一歩前へでた。 瞳を丸くする。 「いやっ、いや――!!お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」 飛沫は思い切り首を振った。 丁は、その体を抱きしめて――、 「飛沫。……立を休ませてあげなさい。」 「パパ……」 立は、笑った。 「ありがとう。」 ゆっくりと立の優しく垂れる瞳が、閉じた。 ――――――……。 「お兄ちゃぁぁぁっんっ!!!」 飛沫の悲痛な声が、響いた。 家族と愛しい人に囲まれて、幸せだよ。と、言い残して立は、帰らぬ人となった。 ありがとう。 皆に想いを込めて、立はあの、青の大空になった。 病気と前向きに闘って、自分の人生を精一杯生きた。 そんな、立の最期の顔は、幸せに満ちた優しい笑顔だった――……。 「どうして……。」 その夜。 港は、年に一度の大イベント、夏の集会が行われようとしていた。 「どうして、立さん……」 こうき 箜騎を始め、皆涙をこらえきれずに悲嘆にくれていた。 声を押し殺して泣く者。 呆然とする者。 言葉なんてでてこない。 「泣くな!!」 ひさめ 氷雨が皆の前で啖呵きった。 「泣くんじゃねー!!」 自分も瞳にたまった涙をすすって、唇をかみ締め――、 ロ ー ド かみじょう たつる あおい ひさめ 「THE ROADの総統、龍条 立の追悼をシキらしてもらいます。特隊、滄 氷雨。」 本部も支部も。 皆、顔をそろえた真夜中の港、横浜、山下埠頭。 積み上げた薪に真っ赤な炎が燃え移る。 族葬。 「――これを以って、THE ROADを解散させる。」 氷雨の言葉に、皆がざわめいた。 氷雨は続ける。 強 制 「これからは、好き同士、仲間同士、集まるなりなんなりしてくれ。誰かに束縛されんじゃなくて、そーゆーの全部やめて。自由に、走ってくれ――……。」 氷雨の言葉に、矜が立ち上がった。 「立の意志でもある。あいつは、病気と闘った。前向きに、いつも前向きにって。そんな立の気持ち。ムダにしないでくれ。抗争なんてくだんないこと、二度と起こさないで、走ろう!」 皆の顔を見回した。 そして――、 「立からの、プレゼントだ。」 大きな段ボール箱を皆の前に差し出した。 無造作に中を開ける。 そこには、大量の――、 「手紙……?」 矜は頷いた。 ほずみ ながき みやつ とひろ 「箜騎。保角。修。……造、斗尋……」 ゆっくりと、一人一人、皆の名を呼ぶ。 手紙を差し出す。 「あいつ、いつからか書いていたそうだ。皆の分……全員分、ちゃんとある。」 矜は涙をすすった。 立を想った。 毎日毎日自分に手紙をよこした飛沫。 返事を返せなかった自分。 大切なものを守り通す、氷雨。 自分の病気に苦しんで、それでも支えつづけてくれた矜。 俚束と生きる勇気をくれた、夕摘。 ずっと、慕ってくれた箜騎、保角、修。 造、斗尋、皆。 そして、愛しい俚束。 全員に丁寧に、感謝を込めて、立はこの手紙を綴っていた。 皆は大事そうに、その手紙を両手に抱きしめて、そして封を開けた――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |