ルール
            ♠KとJの道理♠


                11


俺が、止めるまでもなかった。
龍月たつきは、穏やかな気持ちで見守っていた。
鬼頭きとうが到着して、都華咲つかさと対峙。
都華咲は自身に打ち勝った。

紋冬あやとが危惧していたのは、東華とうかに裏切り者がいるかもしれない。ということだった。
2周年パーティーの際、気が付いたようだ。
調べを進めると、前歯が一本ない男―――田子たご。だと判明した。
紋冬から俐士りひと。俐士から源剱げんけんに伝わった。

それにしても。
と、龍月はポケットの中の鍵をまさぐった。
東京港心會とうきょうこうしんかいの裏切りは、僥倖だった。

維薪いしんを待っていた時、異様にハイテンションなピンク色の髪の男に声を掛けられた。
男は、東京港心會の馬越 勇心まこし ゆうしんだった。
龍月の事を、龍月大先輩。と呼んでは、いかにTeddyテディを尊敬、崇拝しているかを延々と語りだした。

そして、鍵。
本当に子供たちの手錠のものだった。
龍月が、Teddyのことを頼むね。と、言うと、大先輩に任された。と息まいて倉庫に向かってくれたのだ。

 「大丈夫か。」

都華咲は、右の側頭部から血を流していた。
ハンカチで押さえてやると、顔をゆがめた。
そのまま胸に引き寄せる。
都華咲の拳も血で汚れていた。
実の父親との対峙。心中察して余りある。

都華咲は、龍月の胸に顔をうずめたまま、うん。と、頷いた。
大丈夫。と、自分を奮い立たせた。
希映のえが。と、口にしたので、見てごらん。と、龍月は上を指す。

鬼頭が手下を使って希映を人質にしたのは、うかつだった。
でも。龍月の指さした先。

天井近くの窓。希映を捕らえている河豚ふくべの死角に空月あつきの姿があった。
そして、なゆたとタマ。天羽てんうもこの乱闘に参加している。
空月は、希映をみとめ、一早く救出に向かったのだろう。そういうコだ。

超人離れした身体能力。
配管や何か出っ張りがあれば、開いている窓へ外から登ることが可能だ。
たとえ、何メートルあろうとも、空月にとっては朝飯前。

キャットウォークにいる河豚は、正規のルート―――源剱が昇ろうとしている階段。しか注視していない。踏ん反り返って高みの見物を決め込んでいた。
空月が既に希映を解放していることなど、知る由もない。

あっくん。と、都華咲は、安堵の溜息とともに吐いた。
空月と目が合った。
155センチほどと都華咲よりも小柄だが、空手や柔道の腕前は大人顔負け。
底知れぬ小型犬だ。と、龍月は空月に心の中で称賛を送った。

まもなく源剱が敵を討って河豚と対峙。一瞬で決着がついた。
東京港心會のメンバーは、200弱の人数差もなんのその。勢いそのままに大阪港心會おおさかこうしんかいのメンバーをなぎ倒している。
東華と元Crazy Kidsクレイジーキッズ、維薪。そして、どうやら大阪港心會の一部もいるらしい、即席同盟。も快進撃。

 「タマ。ほらよ、チャージ♪」

紋冬が何かをタマに酒を手渡した。酒の瓶だ。
ちらりと見えた銘柄―――透明なビンに黄緑色の文字、SPIRYTUSスピリタス。
世界一最強の酒と知られる、ポーランドが原産地のウォッカだ。
アルコール度数は、96度。
ほぼ100%を超える飲用の酒は現在どこにも流通していないという。

大丈夫なのか。と、龍月の杞憂をよそにタマは一気飲み。
マンガのように両腕を振り上げて、東京港みなとトレーディングに向かっていく。
さすが、モンちゃん。と、都華咲は笑顔を見せた。
戦況は、超優勢だ。

足元で、鬼頭がうめいた。
あとは、こっちの仕事。だ。

 「都華咲。この男、借りるね。」

龍月の真面目な面持ちに、都華咲は、わかった。と静かに口にした。
龍月はうなづいて、鬼頭を担ぎあげた。

龍月は、倉庫から離れた場所で、顔面が潰れて赤黒い、原型とどめぬ鬼頭を見下ろす。そこいらに転がっていたペットボトルを使い、海水をかけた。

 「ぶっ、は!!っ痛……って、てめぇ。誰だ!クソっ、痛ぇ!!」

港の明かり。逆光で龍月の顔は見えないはずだ。
龍月は鬼頭の質問を無視して言った。

 「東京港トレーディングは潰れます。いや、潰す。浅我あさわグループから融資も受けられないどころか、警察に追われる立場になる。」

 「なっ……てめ、電話の?」

鬼頭はもがいたが、当然手足の自由は奪ってある。
東京港トレーディングカンパニーの代表は、女性だった。
鬼頭は愛人をトップに据え、公式に会社を運営させていた。

 「鬼頭さん、貴方の選択肢は、二つ。」

龍月は指を二本立てた。
ひとつは、違法な取引を全てやめて罪を認め、カタギになること。
ひとつは、諦めずに罪を重ね、足掻くこと。

 「後者の場合、JOKERジョーカーが貴方を許さない。」

最大限の酌量だった。
大元―――大阪港みなと貿易。は、海昊かいうが既に手を打った。
大阪港貿易は、東京港トレーディングと大阪港心會を見放す決定をした。
東京港トレーディングと鬼頭との関係の証拠は、唸るほど用意した。
言い逃れはできない。

 「ジョ、ジョーカー。だと?ふざけるな!誰だ!」

全く反省の色はない。
明らかだった。それでも龍月は、どっちにするのかと問った。
もう、時間が、ない。

 「Mission Complete,Aceミッション コンプリート エース。」

有無を言わせない声音だった。
任務は終了。あとは、こっちで引き受ける。とのJOKERの英語での指示。
思わず龍月も唾を飲み込みそうになる。

鬼頭も悟ったのだろう。誰だ。と、再三龍月に訊いた質問を口に出せずに、ただ、その声の主を探すようにして、重たい首を左右に振った。
真っ暗な闇から悪魔が降り立ってきたような雰囲気を醸し出して、JOKERは、もう、十分だ。と、今度は日本語で言った。

 「お前は、これから一生光の差さない世界へ連れていく。」

後悔しても遅いよ。
一音一音が冷えていく、JOKERの声音。

 「死んだほうがマシだと思えるほどの、世界だ。一生表には出さないよ。」

背筋が凍るような口調。
無駄のない動きで二人の人間が鬼頭を引き起こして、渾身、抵抗する鬼頭を連れて行った。

 「おつかれさん。Spade Kingスペード キング。頑張ったね。Jackジャックも。良かった。」

灯りの下。
姿を表したJOKERは、本当に同一人物かと見紛う。天使の様相オーラ。
白のロングコートに、茶髪。アーモンド形の愛嬌のある鳶色の瞳。

 「だから、もう安心してって伝えてあげなね。」

JOKERは笑った。猫口はやはり、チェシャ猫のようだった。
しかし、言葉外。
お前は、まだ知らなくていいよ。と、聞こえてくる。
鬼頭の処遇。知りたくもなかった。今は、まだ。
龍月は、了解しました。と、頭を下げた。



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