ルール
♠KとJの道理
♠
5
「確度は?」
野性的で鋭い目が
龍月を見た。
六本木の事務所。
龍月はソファに腰を下したまま、全く物怖じせずに、高いです。と、答える。
目の前の男―――
浅我 闥士。
日本の金融業界で一位、二位を争う浅我フィナンシャルグループの社長だ。
今年、46だが、若々しく凛々しい。
「
紋冬くんにそれとなく。おそらく
俐士に一任するかと。」
そうか。と、闥士は天井を仰いだ。
次いで、テーブルの上の書類を手に取る。
東京
港トレーディングカンパニー株式会社。
龍月は、融資見送りの提案をした。
闥士は、再び龍月に射貫くような視線を向けた。
思い出すなぁ。と、独りごちる。
「父親によく似てやがる。その瞳。言われねぇか?」
突然の思いもよらぬ言葉に、え。と、素で返答してしまった。
どちらかと言えば、母似だといわれますが。と言葉をつなぐ。
闥士は闊達に笑った。
龍月の両親、共に闥士の昔からの知り合いだということは知っている。
「融資に関しては、
東京港心會っつたか。そことの関係性もこっちで精査して慎重に進めるよう担当に伝える。」
「はい。優秀な浅我フィナンシャルグループの方々が与信判断をミスする事はないと思いますが……おそらく、潰れます。」
今度はあからさまに勝ち誇った顔で闥士は笑った。
「何のプレッシャーだよ。つーか、
潰します。の間違いだろ。え?龍月。」
ニヒルに笑う姿。
昔、渋谷の不良たちを束ねる
Crazy Kidsの
頭として台頭していた様子を、容易に想像させた。
龍月は頬をかいて、そちらは付属です。と、口にする。
本題は
Teddy―――
都華咲。のほうなので。と言い訳がましいが、伝えた。
闥士は嘲笑。
「東京港トレーディングか。代表は奴じゃねーな。表向き。裏で糸引いてんのが、都華咲の親父か。生きてやがったか。」
「最近の児童誘拐事件にも関わっているのは先に述べましたが、どうやら既にTeddyたちとその三下たちが接触した様です。」
東京トレーディングカンパニー。
ここ最近貿易会社として起業したベンチャー企業だ。
しかし、裏では人身売買や薬、違法な取引に関与している。
関西の大阪
港貿易会社の子会社だったが独立した。
新規融資として、浅我グループの系列銀行に500億を申し込んできたのだ。
元親会社の大阪港貿易会社が浅我グループと取引があったとはいえ、額が大きすぎる。
逆に根回しがあることを示唆している。
もしかしたら、すぐに自己破産させる気かもしれない。
つまり、浅我グループの不良債権となり得る。
その意図。おそらく怨恨。
「都華咲の父親―――
鬼頭 千狩は、ふてぇ奴だ。自分の子供を虐待して売り飛ばそうとした挙句に殺した。救いようのねぇ悪だ。奴が絡んでるなら、うちも標的だろうよ。」
さばさばと言うが、闥士の言葉尻には、都華咲とその妹、
雅楽への慈悲を観た。
当然か。苦しんでいた二人を救い、都華咲の面倒をずっと見ているのだから。
2015年11月15日だった。
龍月は9歳だったが、今でもよく覚えている。
都華咲は、7歳。雅楽は、まだ3歳だった。
七五三のお祝い。幸せの絶頂から恐怖、そして絶望。
雅楽を失った都華咲は、狂気に満ちた。
抑えられない殺意を実の父親に向けた。
あと一歩。寸前で都華咲は、殺人者にならずに済んだ。
しかし、今。また目の前に実父が現れたらどうなるか。
龍月は危惧していた。
闥士の意志を継ぐ、Crazy Kidsの最後の頭、
諸 紋冬は、次の頭を闥士の息子、俐士に継がせたかった。
しかし、俐士は都華咲と
東京華雅會を創設した。
紆余曲折を経て、Crazy Kidsはなくなったが、その後も、紋冬は東華の皆を弟分的に世話し、かわいがっている。
だから、今回“Aのお茶会”でMissionを言い渡された際、紋冬に任せた。
紋冬はおそらく都華咲が最も信頼する俐士に判断を委ねる。と推測していたし、それが最善だと思った。
父親が裏で操る組織の傘下が都内で悪事を働いている。
既に東華に触れたのなら、父親のことはもはや関係なく、都華咲は、東京港心會を
殺るだろう。遅かれ早かれ父親に出くわす。隠せないだろう。
父親のことを言うタイミングが難しいか。
「俐士の事考えてんなら問題ない。賽を投げたんだ。後はあいつらに任せとけ。変なトコ甘ぇな。」
龍月の心を読んだかのようにそういい、
幾史から連絡が入った。と言った。
幾史とは、東華の幹部、
耘 なゆたの父親で、闥士のCrazy Kids時代の仲間だ。
どうやら、東華も東京港心會が関西とつながりがある事を知った様だ。
大阪港貿易会社は、非公開だが、
大阪港心會という組織と主従関係にある。
その大阪港心會は、東京港心會と兄弟関係にあるらしい。
しかし、お互い腹には一物も二物も抱えていて、どちらが天下を取るか争っている愚連隊のような組織だ。
とはいえ、関西方面は全く問題ない。
なにせ、“Aのお茶会”の組織―――
空龍会。
英名、
Sky Dragon Society、通称SDS。のトップ、
飛龍 海昊のお膝元だからだ。
「それより、海昊にいってやれ。学業優先させて下さいってよ。」
闥士は自分でいっておいて、お前にはそんな情け無用か。と口にした。
闥士は、海昊とも旧知の中だ。
龍月は乾いた笑いをする。
「ったく。どこにこんな
高校生がいるんだか。無自覚だろうが、龍月。お前のオーラは常人じゃねぇぞ。」
化け
物か。と、吐き捨てた。
ひどい言われようなんですが。と、龍月が半ば抗議すると、誉め言葉だ。と、往なされた。
薪さんに似て、苦手なんだよなぁ。と、龍月は心の中で溜息。
薪とは、公安警察トップで、
維薪の父親。加えて海昊と無二の親友だ。
「都華咲のことだ。速攻正面突破だろ。六本木事件の再来か。ほんと、お前が持ち込む案件は、派手が過ぎんなぁ。」
面倒くさそうに口にするが、“六本木事件”の時も対象ビルの図面の手配や入館証。その他協力を惜しまなかった。ありがとうございます。と言って睨まれた。
頂いたお茶が手つかずだったことに気が付いて、手を伸ばした時だった。
「……。」
「……。」
龍月のスマホと闥士のそれが同時に着信を告げた。
コンマ一秒。二人は目顔。スマホにでた。
龍月の画面表示は、紋冬くん。闥士のは、なゆた。だった。
「龍月。悪い。」
紋冬の第一声。声音で好ましくない事象であることは判った。
―――俐士が、刺された。
なゆたからも同じ連絡だろう。もう一度龍月は闥士と目を合わせる。
紋冬は、注視してたのに。と、申し訳なさそうに言った。
渋谷のセンター街。
人ごみに紛れてその男は、おそらく都華咲を狙った。
一早く気が付いた俐士が脇腹を刺されたという。
命に別状はない。松濤の病院だ。と、紋冬は言った。
「
Leeが無事で何よりです。皆は、大丈夫ですか。特に、Teddy。」
「ああ。……今は。」
電話の向こう。
東華の仲間だろう。口々に罵詈雑言が聞こえた。
うるせぇ。と、おそらくハチ―――
八雲 慶蔵の声。
病院ですよ。と、タマ―――
千光寺 玉満。の冷静な声がした。
幹部が落ち着いているのなら、大丈夫だ。
でも、Teddyの声は聞こえなかった。
「俺、すぐに向かいます。」
龍月は紋冬に言って、通話を切り、腰を上げた。
闥士は微動だにしない。
行かないんですか。と、思わず口にして、非難と捉えるか。と、すぐに口をつぐむ。
睨まれた。が、次の瞬間、闥士は一笑。
「冷てぇか?俺は、医者じゃねぇ。命に別状がねぇなら、行く必要ない。」
非情。ではない。何もしてやれない。言葉外。
闥士は、なゆたからの電話を切ってすぐメールをしたようだ。顔を上げる。
「
詩映に行かせる。頼むな、龍月。」
「……はい。」
妻に託す。父親の愛とは、そういうものかもしれない。
龍月は一礼してコートを羽織った。
―――彼は、タビデ王だよね。
唐突に都華咲の事をそういった
JOKERの言葉が蘇った。
旧約聖書のサムエル記と列王記に登場する人物。
トランプのSpade Kingのモデルとされる、ダビデ王。
最も低い地位から王に昇りつめた、セクシーで美しい男性。
人々から愛されるアイドル的存在。カリスマ。
―――でも、
Jackを失ったら、弱いかもね。
JOKERは、そうも言った。Spade Jack―――俐士。
今は。そういった紋冬の言葉が、龍月の脳に黄色信号を灯す。
無意識に足早になる。
「おい、龍月。」
部屋を出ようとして、闥士に止められた。
「あんま、早く大人になりすぎんなよ。」
「……。」
真意は理解できていないと判ったが、もう一礼して六本木を後にする。
闥士の言葉。とりあえず心に留めておく。
思いの外、動揺していた自分に気づかされた。
龍月は、青空を仰いで、深く息を吸った。
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