ルール
            KとJの道理


                14


海風が、龍月たつきの長い前髪を揺らした。
心地良い。地元に戻ってきた。と、実感させられる。

鎌倉市由比ヶ浜海岸にほど近い邸宅。飛龍ひりゅう組本部。
代々の飛龍家本家は、大阪だ。
しかし、現総統の海昊かいうが自身が学生時代を過ごしたここ、神奈川に新居を構えた為、ここが飛龍組本部とされた。

立派な門の手前には、清掃をしながら、門番としての役割を務める男がいた。
龍月が一礼すると、暗黙の了解で通してくれる。
よく手入れの行き届いた庭を歩き、事務所に向かった。
敷地内には、組の事務所や組員の宿舎、空月あつきたち海昊の家族が生活する母屋などが点在する。
さらに、龍月も利用させてもらっている、道場も完備。

 「おさまってなによりや。おおきになぁ、龍月。」

今回の関東事変に空月たちトリオを巻き込んでしまった事を、龍月は謝罪を込めて報告。そんな龍月に海昊は穏やかな口調でいい、左エクボをへこませた。
SDSの首魁にして、日本一大きなヤクザ組織、飛龍組の総統。
後ろに撫でつけた黒髪。良く整った眉。鼻筋の通った精悍な顔立ち。
およそ、数々の修羅場をくぐってきたヤクザの大親分。の様な一般的に表現される人物像とは全く異なる、温厚で優しい面持ち。

しかし、まとっているオーラは非凡そのものだ。
JOKERジョーカーとは似て非なる、踏み込めない領域を肌に感じる。

 「Teddyテディは大丈夫なんか。」

龍月は、心からの気遣いに頷いて、信頼する仲間たちがいる事、自分もこれからも力になりたい事。を伝える。
実の父親が自分を殺せと命令した。そして、対峙。
Teddyは、実感してしまったことだろう。
自分に対し、父親―――鬼頭きとうが愛情の欠片もないことを。

 「辛かったやろな。」

 「はい……。」

子供は、親を選べない。もちろん逆もだが。
修復できるものなら、その手助けをしたかった。と、龍月は心苦しい心中を吐露した。
せやな。と、海昊は龍月の背中を優しくさすってくれた。

 「おい、優等生。」

突然。何の前置きもなしに、辛口で聞こえ辛辣な口調。
そして、息子とよく似ている龍月を睨んだ鋭い目。
維薪いしんの父、たきぎだ。
ラフな格好だが、屈強な体格と判る。
海昊が来とったんか。と、平素に受け止め、同席を促した。
薪は、鼻をならした。もう一度、龍月を軽く睨んだ。

 「王虎昊ワンフーハオ。奴をこっちに渡す気は、さらさらなかったろ。」

薪は、憤りを隠さず海昊を非難した。
こっち―――つまり、警察だ。
JOKER―――王虎昊は、鬼頭を警察に渡さなかった。
更生の機会を与えなかった。
それを、ある種黙認した龍月に、優等生。と、揶揄したのだ。

“Aのお茶会”は、SDSのいわゆる諜報機関の一つだ。
SDSは、今や世界中にネットワークを持ち、膨大な情報と人材、資金を有する世界規模の団体。
世界的には、そのトップの名は、王龍海ワンロンハイ
海昊は、実は、中国の血を引く、中国マフィアトップでもある、王龍海だ。

世界のベクトルを平和へと導く、理想論ともいうべく理念を掲げ、私利私欲の団体を解散させたり、先の六本木事件、世界多幸教事件などに人知れず尽力している団体、SDS。
各国の警察―――主に公安と連携をし、事件を解決に導いている。
犯人―――今回は、鬼頭。その処遇は、JOKER、王虎昊に一任されていた。

 「まあいい。目に余るようなら俺が容赦しねぇ、って言っとけ。」

薪は海昊に啖呵を切ってもう一度龍月を見た。
その目。やはり、闥士に似ていた。無条件に視線を反らしたくなる。
歯に衣着せぬ物言い。人を見透かす真っすぐな瞳。

あ。っと、思わず声が漏れそうになった。
父親―――如樹 紊駕きさらぎ みたかと似ているのだ。

父、紊駕は、鎌倉市にある私立病院、如樹病院の院長だ。
多忙で不規則な生活故、休日をゆっくり一緒に過ごすことは少ない。
そして、母親―――如樹 紫南帆しなほも同じ病院で働く臨床心理士の為、龍月はほぼ院内保育園で育った。

父親と母親が働く姿は常に目にしていた。
休憩時などは、一緒に遊んでくれたのも覚えている。すぐ目の前の海へ連れて行ってくれたりもした。

周りには、いつも誰かがいて、皆自分をかわいがってくれた。
両祖父母も自宅から徒歩圏内なので、しょっちゅう行き来していた。
だから、淋しいと思ったことはない。
3つ下の妹、紫月しづきもおそらくそうだろう。

そして、飛龍組の面々。幼少から身体を鍛えるために道場に通い、たくさんの仲間もできた。

―――ときには、ワガママになる事も必要だ。
そう、父親に言われたことがある。
先の薪のような真っすぐ、人を射抜くような瞳で。
心中をのぞかれたようで、ドキリとした。

自分のワガママに付き合ってもらうからね。と、笑顔で言ったTeddyを思う。

 「身の程をわきまえてるっつったら聞こえいいか。」

薪は、溜息とともに吐き出した。

 「でもな。物分かり良すぎるな。ガキなんだからよ。」

大人になるな。と、薪に言われ、闥士たつしにも同じことを言われた。と、龍月は、思わず口にした。海昊が噴き出して、薪にまた睨まれた。

 「闥士と似とるさかいなぁ。」

穏やかに言う海昊に対して、やはり薪は睨み返して鼻を鳴らした。
そして、俐士りひとは、生きてたか。と、龍月に訊いた。
口調こそは乱暴だが、心配しているのは伝わった。

 「はい。俺と同じくガキ・・。なんで。回復早いです。」

 「ちっ。いいやがる。」

龍月と薪のやり取りに海昊が破顔する。

今は、まだ。
龍月は心のうちに抱いている思いを抑え込んだ。
いつか、なりたい自分になれた時に。
超えたい壁を超えられた時に。

 「いい顔。すんじゃねーか。俺は、俺らの稽古をしれっ、とサボるような堂に入ったガキのお前。キライじゃないけどな。」

 「うわっ。って……根に持ってます?」

今年の入学・進級祝い稽古の事だ。
諸事情で不参加。いや、サボった。
やっぱ苦手だなぁ。と、龍月は、心中で溜息をついた。
相変わらず全てを許容するオーラを醸し出して、海昊は微笑していた。



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