ルール
♠KとJの道理
♠
7
取り越し苦労だったか。
龍月は、病室での会話を扉の外で聞きながら、そっと溜息を漏らした。
龍月の脳裏には、六本木事件の際、理性を失いそうになった
天羽の姿が蘇り、
都華咲とリンクしたのだ。
大丈夫。都華咲も強い。大丈夫だ。自分に言った。
龍月は、スマホに指を這わせる。一斉送信。すぐに既読がついた。
龍月がここ、松濤の病院に到着したのは、丁度都華咲たちが
俐士の病室に入る所だった。
その姿を見送り、エントランスで会った、
闥士の妻、
詩映と娘、
希映を病室へ促した。
詩映と希映は、龍月が唇に人差し指を運び、頭を下げる姿に、察してくれた。
何も言わずに一礼して病室へ入っていった。
先程、そんな龍月に気が付いて病室からでてきた
紋冬と話した。
Teddyは今から
東京港心會を
殺りにいく。
想定内だった。
俐士が刺され、犯人が東京港心會の男と判明した時点で、闥士も言っていたように速攻正面突破。十分あり得た。
だから、ここに向かう途中で関係各所に連絡を入れた。
そしてさっき決行の最終メールを送信したのだ。
東京
港トレーディングカンパニーは、日の出埠頭から出している合法な取引のコンテナに違法なものを積んでいる。
例えば
薬。例えば人間。例えば武器。
東南アジア―――主にシンガポールを起点として、アジア諸国。
アメリカ、ロシアへも運んでいた。
JOKERはそれを阻止すべく、動いた。
一企業の悪路が世界を揺るがす前に断ち切る。
その流れの下に、龍月の友人、都華咲たち
東華が居たのだ。
龍月の今回のMissionは、東京港トレーディングカンパニーを正すこと。
闥士に言わせれば、潰す。同義かもしれない。
龍月は自嘲した。
Teddyにケリをつけさせる。といっては、他力本願がすぎるか。
Teddyを筆頭に東華の面々が意気揚々と病室を出ていく様を陰から見守って、俐士を見舞った。紋冬も残っていた。
「龍月さん……すんません、言えませんでした。」
龍月は、紋冬を見て、俐士に視線を移す。
首を横に振った。
今回の件に都華咲の父親が関わっていること。
龍月は、かえって苦しい思いをさせて悪かった。と、口にする。
今度は俐士が首を横に振って、言うなら自分が。と言った。
龍月の気持ちを慮ってくれたのだ。
俐士は、身体を起こして、やっぱり俺も行きます。という。
龍月は大丈夫だよ。と宥める。
「……Teddyは、ワガママで、ガキで、怖いモン知らずなんです。策なんかいつも無視だし、拗らせやで……」
俐士の声がだんだんと弱くなる。
「でも、すごく繊細なんですよ。……都華咲は……」
「うん、知ってる。」
龍月は俐士の背中を優しくさすった。
俐士は両手で顔を覆ったまま、言った。
今Teddyが理性を保っていられるのは、龍月のおかげだ。と。
昔、龍月が、都華咲に言った言葉。
紋冬がうなづいた。
俐士が刺された時、昔なら犯人の男を殺めていただろう。と。
ブレーキがかかっている。今は。と、語尾を強めた。
でも、父親を前にしたら、呑み込まれてしまうかもしれない。と、俐士は続けた。
「わかっています。Teddyが選んだのは、イバラの道。俺は、一生ついていくと誓ったから……でも、幹部は、なゆたくんたちは、道連れにはできません。……だから……」
―――悪い奴の為の悪い奴が必要なんだ。
Teddyは、言っていた。
警察の正義だけでは、ダメだ。自分も悪に染まる覚悟で自らをも賭さないと。
その時、龍月は都華咲を諭した。
それは、イバラの道だ。と。
たとえ、その行いが正しくとも、世間が認めた正義に反したならば、評価されない。
むしろ、警察に追われることになるかもしれない。
都華咲は、その時、笑った。
―――たっくんが、りぃくんが観ててくれるから、僕は、悪魔にだってなれる。
儚くも美しい笑顔だった。
雅楽の好きだったピンクベージュ色のクマと同じ色。
ハーフアップにした長髪が、今日のような少し冷たい風に揺れていた。
「……大丈夫。約束する。俺が、都華咲を人殺しになんて絶対させないよ。」
俐士は顔をあげる。いつもは、父親譲りの凛々しく切れ長の瞳が潤んでいた。
頼みます。と、深々と頭を下げた。
龍月は、腰をあげようとして、紋冬がちょっと気になったことがある。と、言った。
Teddyたちは、腹ごしらえをしてから乗り込むと言っていたので、少しの猶予はあるか。
龍月は、紋冬の話に耳を傾ける事にした。
「……。」
その話を聞いて、俐士は龍月にトリオ、借りれませんか。と口にした。
龍月にも同じ考えが過ったのだが、逡巡した。
東華は総勢約200。東京港心會は300を超える組織だ。
奇襲でやや優勢というところだろう。
紋冬の杞憂が現実になったら、明らかに劣勢だ。
トリオ―――
維薪と天羽。そして
海昊の息子、
空月の事だ。
天羽は実は渦中で、
Clubの
Aceが
Missionにあたっていた。
空月に関しては、海昊の手前もあり、龍月自身、あまり巻き込みたくない。というのが、本音だった。
「Teddyはトリオ、すごく気に入ってて……特に、維薪の
腕には、一目置いています。」
「……だよね。俺が取り上げちゃったようなものだしね。」
龍月は、頭をかいた。
病室の開いた窓から入る風が龍月の左下がりの前髪をなびかせ、右瞳を垣間見せた。
迷いの色が観えた。
「いえ。いいトリオですよ。そして、皆、強い。」
本来都内住みの維薪は、俐士や都華咲と同じ、都立S中学校に進学予定だった。
しかし、龍月が自分や空月、天羽と同じ私立K学園に進むよう仕向けた。
空月と天羽のために。
維薪にいわせたら、自分で決めた。と、譲らないだろうが。
「あんときの、ほらこいつ。前歯ないんスよ。」
俐士が、丁度送られてきた画像を龍月に見せた。
すぐ近くのファミレスだろう。皆で決起晩餐会!と銘打った食事風景。
中央にTeddy。周りに幹部。端の方に大きく口を開けた大男が映っていた。
前歯が一本ない、
田子 大。
維薪が小5の時だった。
当時から年の割に長身で、ケンカ強かった維薪は、中1の田子に目を付けられ、呼び出しをくらった。が、維薪は瞬殺で田子を伸した。
その逆恨みで今年の夏、複数人で維薪にリベンジしようとした所をTeddyに
殺られた。
東華の
道理に反する。と。その代償が前歯だったようだ。
Teddyは、
道理に反する輩は絶対に許さない。例え仲間だろうと。
逆に敵であってもTeddyの意向に沿うものは、受け入れる。
自身が強いからできる
道理だ。
だから、維薪と田子が接触すると判った時、トリオのことをTeddyに伝えた。
夏祭りの日だった。
「俺の代わりっていったら維薪は怒りますかね。東京港心會のトップはTeddyが
殺ってくれるでしょうが、源剱くん、ハチ…残りの戦力が、正直不安です。」
「俐士の抜けた穴は、でかいだろうな。さらに父親?それに……」
うん。と、龍月はうなづいて、紋冬はこっちも集めるか。と、
Crazy Kidsの昔の仲間だろう。の事を言う。
東京港心會は、東京港トレーディングカンパニーの裏の仕事を担う、用心棒的団体。
故に、ケンカ慣れしている輩ばかりだ。
Teddyは当然、その強さを疑う余地はない。
天性の才能。というべき驚異の身体能力。
160程の小柄な体格からはおよそ、想像もできない。
東華の幹部や仲間も強い。
闥士の仲間、Crazy Kidsのメンバーを親に持つなゆた。
ケンケンこと、
深恒 源剱。
剣士になりたいというだけあって剣術、遠隔戦に長けている。
ハチは、Teddyの幼少の頃から一緒に衣食住を共にする仲。
互いに切磋琢磨してきた。
2m近い長身に恵まれ、接近戦に強い。
タマは、肉弾戦は苦手だが、頭脳戦が得意だ。
しかし、紋冬が言うように俐士の抜けた穴は大きいだろう。
「わかった。大丈夫、まかせて。
Leeは、しっかり休むんだよ。」
龍月は、一言も口を挟まずに見守ってくれていた詩映と希映に頭を下げて病室を後にした。
関係各所の動きを予測し、維薪にLINEを送った。
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