JとKの約束


                19


中3に進級して、数日が経ったある日の昼休み。
裏庭で後ろから呼び止められた。ハスキーヴォイス。振り返ると、頭上からが降ってきた。寸でで避ける。
宗尊むねたけが、何ですか!と、驚いて、その男―――おそらく高等部。に言った。

 「いや、挨拶・・。ただの。」

 「はぁ?」

俺は、思い切り睨みを利かせた。
立ち姿は決して良いとは言えないが、おそらく何かやっている・・・・・・・。体術、武道。そのあたりのことを。白銀ホワイト・シルバーメッシュの入った黒髪。両目を隠す長い前髪。口元が緩んだ。

 「優等生ヅラの学コのヒーロー。そのご執心君・・・・は、どんなか。ってさ。」

考えるより先に手足がでた。宗尊が止めようとするが、俺は、手を出すな。と、声を張って制した。
優等生ヅラの学コのヒーロー。龍月たつきさんのことだ。
こいつ、誰だ?
俺は、このフザケた男に一撃を食らわせた。左頬ワンパン。

 「おっ。……へぇ。」

男は、殴られて切れた唇。血を拭って、笑った。男臭い笑みだが、どこかバカにするような、人を食った表情。いきなりフッかけてきて、何こいつ。ムカつく。
しかも、龍月さんの悪口。聞き捨てならない。

へいへい、もう一発。と、男は左右に身体を動かし、挑発してきた。来いよ。と、掌を上に向け手招き。そっちのデカブツ君・・・・・も。と、宗尊をも煽る。

 「……先輩?ですよね。暴力は、良くなっ……!!」

見えなかった。
男は口角を上げたかと思ったら、宗尊に近づき、一撃。横蹴り。宗尊はかろうじて受け身はとったようだが、尻をつかされた。
身長は宗尊より当然低く、どちらかと言えば細身。さっきの俺のパンチは、わざと受けやがったんだ。クソっ。なめやがって。

 「そんなんじゃヒーローの猟犬・・・・・・・には、なれねーよ?」

 「ってめぇ!!」

左ジャブ。右ストレート。男の左肩に向けて放つ。反動で男が前傾姿勢になった所を、左腕で首を抱え込んだ。締め上げる。柔術の技。フロント・チョークだ。
下がった男の脚を払い、転ばせマウントを取る。ここまで、数秒。動けないようにしっかり固め、俺は上から男を睨みつけた。視線と視線がぶつかる。

 「……。」

両目を隠す長い前髪がめくれ、額が露わになっていた。3、4pもある、向う傷。刀傷。思いの外、大きな目と凛々しい眉。たくさんのピアス。大き目の厚めの唇から赤い舌が出た。色気漂う、含みのある笑み―――嘲笑。だったか。

 「ぶっ!!」

頭突きをかまされた。と、気づいたときには、男は俺からキョリをとっていた。

 「一瞬の迷い。命取り。デカブツ君も。加勢しないと。」

学ランの汚れを手で払って、斜に構えた。
何、真面目くんなの。と、宗尊をまた煽る。

 「それとも。ビビってんのかな。」

だが、宗尊は、そんな挑発に乗る男ではない。太い眉をしかめただけだ。
こいつ……。何が目的なんだ。つーか、痛ぇ。
俺は、鼻と口を手で覆い、男をまた睨みつけた。

 「柔術かぁ。悪くないけど、打撃技がないし、地味だな。つまんねー。まぁ、多少ケンカはできるみたいだけど。その程度じゃ、戦闘不能にはできないし、やっぱ猟犬には向かねぇな。」

男は、何をするかと思いきや、ポケットに手を突っ込んでタバコを吸いだした。
まじ、何こいつ。
当然、宗尊が注意をして、何は目的なんですか。と、尋ねて、だから挨拶だ。と、いわれ口を噤んだ。俺と目顔。やはり、眉をひそめた。男は、タバコを消し、そのまま片手を上げ校舎内に消えた。

 「……大丈夫か!桔平きっぺい。」

 「……まじ、何あいつ。」

俺は唾を吐いた。赤い。口の中、鉄錆の味がした。

その放課後。
生徒会の集まり―――龍月さんが、俺らを推薦した。俺は言われる前に断ったが、宗尊は承諾。何故か付き添いで俺も行くハメになった。ボランティアでもいいそうだ。行こう、桔平。と、半ばムリヤリに。だ。とはいえ、これも龍月さんの想定内。おそらく。
生徒会室で待っていた龍月さんは、俺を見て嬉しそうに口元を緩めた。

K学の生徒会は、中高合わせて12名。
プラスボランティア数名。で成り立っている。らしい。中高それぞれ中3、高3が会長。中2、高2から副会長。あとは、書記とか会計とかが各学年に1、2名いるらしい。
龍月さんは、高等部に進学して、そのまま生徒会メンバー。のようだ。

あれから、龍月さんは、よく俺の所へ来る。様子を見に。だろう。
あの時、何であんな事―――銃を拾った。のか。今でもわからない。自分の胸の奥の感情が一気に溢れだしてきたのか。全く冷静でなかった。

龍月さんがいなかったら、俺は、あの時どうしていただろうか。
今まで、さんざ悪い事をしてきて、最後に人殺し。……闇落ち典型ルート。か。
そんな俺を龍月さんは、引き上げ、沈ませまいとしてくれている。

会議開始時間までの間。
龍月さんは、メンバーに囲まれていた。その誰もに応じ、笑顔を振りまいている。

―――優等生ヅラの学コのヒーロー。

優等生の性分が全くウソではないが、事実優等生―――でも。模範生ではない。あの男がいうのはムカつくが、確かに、いえた。

まさか、銃の扱いにも慣れているとは、さすがに尋常じゃない。でも、何か納得。というか、フツーの基準では測れない人。だ。
あの時の天の声・・・は、人間は完璧じゃない。と、いったけど、俺にとって龍月さんは、カンペキ。やはり、ヒーローだった。

龍月さんは、日向ひゅうがさんも宋扶郎ソンフーランさんも大丈夫だ。と、いっていた。俺の親父オヤジの為に悪に手を染めてしまった―――ギリセ―フ。だったのだろうか。

ニュースにも、SNSにもあの日のことは載っていなかった。
あのCIAは、即死だったらしい。と、龍月さんは、複雑な表情で付け加えた。

時間が来て、自己紹介が始まった。
会長、副会長を中心に、今後の事や諸々の話があって、終了。帰ろうとしたところを龍月さんに呼び止められた。

 「来年会長・・・・嵩原 諒たかはら りょう―――諒ちゃん。高2だよ。」

特によろしくね。と、意味ありげに改めて紹介された。
嵩原―――先輩は、慌てた様子で両手を顔の前で振る。さわやかスポーツマンタイプ。実際バレーボール部だという。小麦色にやけた頬をかいて、よろしくな。と、笑顔を見せた。白い歯が零れる。

宗尊がデカい声で挨拶。俺はアゴをさげた。
龍月さんは、相変わらず飄々としていて、軽薄そうな態度。でも、俺は理解しわかっている。これも、龍月さんの何らかのなのだ。
他人を良いように動かし、扇動する。時に勝手な人だと舌打ちしたくなるが、認めざるを得ない。この人は、やはり非凡。

 「遅くなったわ。」

突然大きな音をたてて教室に入ってきた男―――聞き覚えのある、ハスキーヴォイス。昼休みの男。は、悪びれもせず、ずかずかと歩いてきて、俺らを見とめた。
宗尊さえ構えた。そんな俺らにニヤリ。と、笑った。

 「―――自己紹介。もう、済んだよ。な。」

俺らに視線を合わせた。こいつ……。

 「……かーげ。」

龍月さんは、瞬時に何かを察したのだろう。多分男の名。を呼んで、軽く睨んだ。カゲ。と、呼ばれた男は、先に挨拶しといてやったんだよ。お前の猟犬に。な。と、龍月さんの肩を叩いた。

その瞬間に、俺はカゲ。ってやつに腹蹴り、一発。さすがにこの程度じゃ倒せないが、腹をかかえさせた。

 「宗尊の挨拶の礼・・・・です。」

顔を上げたカゲって男は、いーねぇ。と、どこか嬉しそうに腹をさすって、じゃっ。と、軽く言ったかと思うと、飛び掛かってこようとした。

 「はい。ストップ。」

龍月さんが、エルボーをする構えで、カゲって男を制した。カゲって男は礼の礼だよ。などとフザケたことを抜かす。他の生徒会の人が驚いて、かなり騒ついたが、龍月さんが大丈夫。と、治めた。

 「貲 立影たがら たつかげ、高1だ。もう、来ないと思うけど、よろしく。」

龍月さんに抱えられたまま、やはりフザケたことを言って教室をでていってしまった。何、意味不な先輩。だ。龍月さんは、代わりに謝って、俺らに向いた。

 「……桔平は、悪くないっス。あ、暴力はダメですが。」

宗尊が昼休みのことを話す。奇襲に頭突き、タバコ。
龍月さんは、溜息をついた。

 「カゲ……立影はさ、粗暴なとこあるけど、根は優しんだ。ちょっと誤解されやすい……というか、まぁ。でも、ごめんよ。良く、言っとく。へいちゃん。イケメンが台無しにならなくて、良かった。」

龍月さんは、俺の前髪を優しく触る。傷とか残ってないよね。と。
そういえばカゲ……先輩。お額の傷。……と考えて、別に興味ないし。と、思い直す。

 「でも、嬉しいなぁ。平ちゃん、俺の為に怒ってくれたんだ。」

ふふっ。と、龍月さんが、先の宗尊の説明を思い出して笑んだ。
宗尊は、事細かに説明しすぎだっつーの。俺は、売られたから買っただけです。と、強く言った。

 「それに。全然わかんないんで、あの人。仲良くする気とか、ないですから。」

そっか。と、龍月さんは、少し残念そうな表情をしたけど、次の瞬間は、いつもの人を茶化す口調でいった。

 「平ちゃんってさ。普段は理性的なんだけど、実は本能的なトコ、あるよね。特に、自分じゃなくて自分が大切に思ってる人を貶されたり、侮辱されたりしたとき。」

……。
俺が無口でいると、来年。楽しみにしててよ。と、また意味不なことを言った。

でも、きっとこれもまた龍月さんの描く未来のこと。なんだろう。
なら、俺は、言う通り楽しみに待ってますよ。
俺を、文字通り救ってくれた龍月さんに、応えたい。たとえ何があっても。

今後、もし、俺が間違っても必ず正してくれる。叱咤して、その手を差し伸べてくれる。宗尊もだ。ずっと、約束を覚えていてくれた。俺も、宗尊との約束、そして龍月さんとの約束。を、必ず守っていく。
二人がいてくれたら、俺は、迷わず進んでいける。

―――ヒーローの猟犬には、なれねーよ?

上等だ。俺は、孤独じゃなく、孤高の狼。誰に何を言われようが、龍月さんを傍で支えてやる。その為に、強くなる。なってやる。

俺は、龍月さんを見た。
来年のことを言った龍月さんに、一言。

 「鬼が笑いますよ。」

龍月さんは、やはり余裕たっぷり、自信に満ちた魅力的な笑顔で、笑わせないさ。と、笑った。



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